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第八話 ロコ育成計画

本日二話目


「――ロ、ロコです! ふつつかものですが、よ、よろしくお願いします!!」


 テンパるあまり、お約束のボケをかましながらチャット画面に向かって大きく頭を下げるロコ。


 冷え切った空気を仕切り直し、あらためてあいさつ、となったはずなのだが、頭を下げるロコを見守るギルドメンバーの目は依然としてトゲ混じりだった。

 それも、何だか主に、俺に対して……。


「ルキ。ちょっとその子のことを話す前にわたしたちだけでOHANASHIをしよっか」

「え? いや、でも……」


 渋る俺を一顧だにせず、シアは決定事項と言わんばかりにロコに話しかける。


「ロコ、だっけ? そこでゆっくりしてていいわよ。わたしたちは、こいつ、に聞かなきゃいけないことがあるから」


 威圧感たっぷりのリューとシアに、ロコは心配そうな顔を俺に向けた。


「あ、あの……ルキさん?」


 どうしたらいいか分からない、といった表情のロコに、


「だ、大丈夫。何か誤解があるみたいだから、少し話してくるよ。ロコはそこで待ってて」

「あ、あの。ルキさん、気を付けて」


 いや、ただ話をするだけで何を気を付けるんだ……と笑い飛ばせない迫力が、画面に映る二人にはあった。

 泣く泣くロコに少し離れてもらうと、俺は二人に向き直ったのだった。



 ※ ※ ※



 ロコを画面から引き離したシアは、早速俺を問い詰める。

 それに対して、俺が彼女の事情を細部をぼかしながら説明すると、一応みんな分かってくれた……のだが、


「で? あの子はどこまで知ってるわけ?」

「どこまで、って……」


 シアは、それで追及の手を収めはしなかった。

 その鋭い眼光は、俺に言い逃れを許さない。


「プレイ制限されてた時に、正式稼働アナウンスは聞いたらしい。それ以上のことは……」

「つまり、知ってるのは正式稼働したことだけ。あれからただ時間が経ってるだけで、ジェネシスにはまだ人がたくさんいて、前みたいに賑わってるって思ってるわけだ」

「それは……そうなんじゃないか」


 確認するようなリューの言葉に俺が自信なくうなずくと、シアは追撃のように尋ねてくる。


「どうするつもりなの? ずっと隠しておけるようなもんじゃないわよ」


 それはもちろん、分かってる。

 分かってる、けど。


 俺はちらりと、後ろを見る。


 ロコは自分が聞いては行けない話だと理解しているようで、両耳を手のひらでふさいで、目もぎゅっと閉じて、聞いてませんアピールをしている。

 何だか間が抜けた姿ではあるが、そんな年相応の姿を、出来れば守ってやりたいと思った。


「少しだけ、話を聞いたんだ。ロコは家庭でちょっと、寂しい思いを、してたみたいで……。きっと、俺には想像もつかないようなつらい思いを、ずっとしてきたんだと思う」


 それを何とか出来るなんて、思い上がったことは言わない。


「だけど! 今、あの子は楽しそうに笑ってるんだ! 心の底から、ジェネシスを楽しんでるんだ!

 だから、だからさ。せめて今くらいは、ここにいる間くらいは……。ここは面白くて、安心出来る場所なんだって、そう、思っていてほしいんだよ」



 ――たとえそれが、現実には存在しない、虚構の(バーチャルな)理想郷だとしても。



 それが今の彼女には必要だと、救いになりえるのだと、そう思うから。


 そんな俺の想いが、シアには通じたのか。

 鋭い目つきで俺を見ていた彼女は、やがて根負けしたように、はぁ、と息をついた。


「分かったわよ。協力してあげるわ」

「……悪い」


 俺が小さく頭を下げると、シアは不機嫌そうに横を向いた。


「べ、別に、あんたのためじゃないわよ。

 ……ただ、わたしだってジェネシスを始めた時は毎日のログインが楽しみで仕方ない時期だってあったし。あの子がそういうの体験できないの、やっぱり違うって思うから」

「うわー、チョロ」


 横から口をはさんだリューをにらみながら、ウィンドウのシアは腕を組んで言った。


「だから、わたしも協力はするけど、あんたも気をつけなさいよ。あの子と一番長く接するのはどう考えてもあんたなんだから」

「わ、分かってる。余計なことは言わないようにするよ」

「そんなの当然だけど、それだけじゃないでしょ。たとえば、あんたのとこからはランキングも見れるんでしょ。何かの拍子にそれ見られちゃったら一発アウトなんだから」

「あっはは! そりゃ確かに一発だね! 『うわっ……わたしのゲーム、過疎すぎ…?』ってなるね」


 リューのまぜっかえしに嫌そうな顔をしながらも、シアは俺をにらみつけ続ける。


「やるからは徹底的に。それでもいつまでも隠せるものじゃないわよ。もし、限界が来た時は……」

「分かってる。俺が責任を持って全部話すよ」

「……分かってるなら、いいわ」


 俺があらためて頭を下げると、「貸し一つだからね」と言ってシアはつんと顔を逸らした。

 ……だが、そうやっていい話で終わらないのが俺たちのギルドだ。


「よーし! んじゃ、そういうことなら、僕も一枚かませてもらおうかな」


 話が終わったと思ったその時、リューが不穏なことを言い始めた。


「リュー? なに、言ってるんだ?」

「ほら、ここにはさ。今のジェネシスで最高の人材がそろってるワケじゃん」

「……はぁ?」

「分かんない? ほら、全プレイヤーで最高レベルのシアは言うまでもないけど、僕は魔物の知識についてはジェネシスのプレイヤーの中でも一番だって自信はあるし、ミィヤだってヒールに関しては間違いなくナンバーワンでしょ」


 リューの煽りに、ミィヤはあっさりと乗っかった。


「ふふ。それはもちろん、この世界でわたくしよりもヒールを使った人はいないと断言出来ます」


 それに対して、


「や、むしろあんたはヒーラーじゃなくて、どっちかって言うと呪……」

「でしょ! つまり、ここには世界最高の人材がそろってるってことだよ」


 何か言いかけるシアの言葉にかぶせるように、リューが場を締める。


「いや、それは……そう、だけど。あんたねぇ」


 リューの言いように、良識派のシアは渋い顔をするが、


「……それとも。まさかシアは、人が多かった頃の魔法使いに、自分が劣ってるって、そう思ってる?」

「そ、そんなワケないでしょ! わたしだって、ずっと遊んでたワケじゃない! 今のわたしなら、誰にだって……!」


 これまたあっさりと、リューの言葉にのせられてしまう。


「つまり、さ。僕らはこの世界で最高の師匠、ってことだと思うんだよね」


 口ではまともなことを言っているが、リューの目は、何より雄弁にこう語っていた。



 ――こんな面白そうなこと、逃してたまるか、と。



「……リューの本音はともかく、まあ、新人育成っていうのには、ちょっと興味あるわね」

「お、おい?」

「し、仕方ないでしょ! わたしは初期職業が特殊だったから、そういうのとは全然縁がなかったのよ!」


 シアも結局は好奇心が抑えきれないのか、そう言って何やら考え始めてしまった。


「そういうことなら、わたくしが協力しない訳にはいかないですね」

「お、おい……?」


 そして、最後の一人、ミィヤがあっさり話に乗ったことによって、俺の意見は完全に無視され、シアが我が意を得たり、とばかりにうなずく。


「話は決まったわね! じゃ、きちんとプランを立てて、わたしたちの手で、あの子を最高のオモチャに……じゃなくて、最強のルーキーに鍛え上げるわよ!」



 こうして、何だか、グダグダのうちに……。

 耳を手で押さえ、たまーにちらっちらっと薄目を開けて俺たちを覗いているこの小さな女の子は、「最強のルーキー」とやらに仕立て上げられることが決定してしまったのだった。



 ※ ※ ※


「(はむっ! はむはむはむはむはむっはむっ!!)」

「そういうワケで、僕らがロコちゃんを一人前のプレイヤーにするから、大船に乗った気分でどーんと構えてていいよ」

「よ、よろしくおねがいしますっ!」


 あらためてロコをギルドメンバーに加えた我がラストホープは、久しぶりの新人プレイヤー、ロコの最強育成計画をスタートさせた。


「(むっしゃ! むっしゃむしゃむしゃむしゃっ!!)」

「まずは育成方針を決めないとねー」

「育成方針、ですか?」

「そりゃ、闇雲にやってたんじゃ能率悪いっしょ」


 その仕切りは言い出しっぺで今回の件には意外にも乗り気なリューがやっていた、のだが……。


「それじゃあ……の前に、シア!」

「はむはむはむは……なによ?」


 リューの言葉に、ようやく一心不乱に食べ物を口に詰め込んでいたシアの動きが停止する。


「何よ、じゃなくてさ。さっきからくっちゃくっちゃくっちゃくっちゃうるさいんだけど」

「く、くっちゃくっちゃはしてないでしょ!」

「や、擬音はどうでもいいけどさ。とにかく気が散るよ」


 今回ばかりはリューの指摘ももっともだ。

 全く休みなくひたすら口の中に食べ物を突っ込んで咀嚼していくシアに、ロコもすっかり怯えていた。


 そんな呆れた空気が伝わったのか、シアは少し顔を赤くする。


「し、仕方ないでしょ。コスパを考えたら、回復には食べ物食べるのが一番なんだから」


 シアの言にも一理はある。

 もちろん彼女だって、ただ食べることが好きだから食べているだけではない。

 ……だけではない、はずだ。


 しかし、そんなシアの言い訳にも、リューはじとっとした目を向けたままだ。


「いくらなんでも食べ過ぎでしょ。というかそれ、焼き芋でしょ。そんな食べてたら……」

「ジェ、ジェネシスでは食べても太らないから! いくら食べてもセーフだから!」

「そっちじゃなくて、おな……」

「ポ、ポーション飲んでるから! そっちも平気だから!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶシアが叫ぶ。


 このやりとりで分かる通り、ジェネシスでは体型が変化することはないが、一部の生理現象は普通に存在しているため、食事や排泄は必要だったりする。

 ただ、まあ、真面目にモンスターと戦っている時に「トイレー!」なんてなったら笑い話にもならない。


 そのために存在しているのがクリアポーションという奴で、ほかにも回復効果はない代わりに完全に空腹を満たしてくれるフードポーション、同様に眠気を払ってくれるドリームポーションなんてものもある。

 真面目に考えると色々とツッコミどころはある設定だが、そういう世界なのだからしょうがない。


「わ、分かったわよ! 話し合いに参加すればいいんでしょ! 参加すれば!」


 シアはなぜか俺の方をちらっちらっと見たあと、肩をいからせて立ち上がった。

 口ではそう言いながらも、いまだに芋の方を未練がましく見ているのはご愛敬、といったところか。


 とはいえ、一度決めればシアの切り替えは速い。

 考え込むように、「そうね」とつぶやいたあと、キッと顔をあげて、猛然と語り始めた。


「となればまずは、プレイスタイルの模索ね! ジェネシスにはプレイスタイルの制限、なんてものはないわ! 初期職業の方向性でキャラクターの成長を決める人は多いけれど、たとえ初期職業が剣士でもそこからの育成次第で弓使いにも魔法使いにもなれる」


 シアはそこまで言うと、グッと目に力を入れてロコを見る。


「つまり、あんたはこれから魔法使いになってもいいし、魔導士になってもいいし、マジックキャスターになってもいい! 何を選ぶかはロコの自由なのよ!」

「いや、それ実質選択肢ないだろ」


 どんだけロコを魔法使いにしたいんだよ、こいつは。


「と、とにかく! 最初のうちは可能性を潰さずに、色々なジョブを体験してみるのがいいと思うわ。みんな、自分の職業のことなら話ができるだろうから、それを聞いてからプレイスタイルを決めていきましょう」


 シアの言葉に乗り気になったのは、意外にもリューだった。


「それ、面白そうだね。じゃ、僕ら三人でプレゼン大会しようよ」

「プ、プレゼン……?」


 突然飛び出した学生にはあまり縁のない言葉にシアは目を丸くするが、リューは楽しげに補足する。


「そう、プレゼンテーション大会。まあ要するに、三人で自分の職業のいいところを説明してさ。どれをやりたいかロコに判断してもらおう、ってこと」


 というか、ナチュラルに俺が省かれているのはどういうことだろうか。

 いや、もしかすると彼女たちなりの配慮かもしれないが。


「ふうん。リューの提案にしてはなかなか面白いじゃない」

「わたくしも、構いません」


 二人がうなずき、全員の視線が、一斉にロコに集中する

 その無言の圧力に、哀れな新人であるロコが抗えるはずもなく……。


「よ、よろしくお願いします……」


 ということになったのだった。


次回更新は明日

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胃が痛くなった人に向けた新しい避難所です! 「主人公じゃない!
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