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2017年/短編まとめ

あの子の部屋の壁事情

作者: 文崎 美生

あの子の部屋には写真が一枚、貼られている。


肩口で切り揃えたアッシュグレーの髪を揺らし、真ん丸の鮮やかな緑の瞳を見開いているあの子は、あどけなさが残っていた。

歳は十いくかいかないか程度で、ツーサイズは大きめの軍用パーカーを着ている。


そんなあの子の隣には、軍服を着込んだ男が一人、あの子の華奢で薄くて頼りない肩を引き寄せて写っていた。

艶のある黒髪を短く整え、アオイライトのような瞳の男だ。

胸元には、軍入隊時に受け取るドッグタグがぶら下がっていた。


男の年齢は多く見積もっても三十代頭だろうか、あの子とはどちらにせよ一回り以上の差がある。

男は楽しそうに嬉しそうに、まるであの子の存在を自慢するようだった。

あの子はまるで初めて写真を撮られたようで――事実、あの子にとってはそれが初めての写真撮影と聞いた――ぎこちない。


それでもあの子の部屋には、その写真が一枚、白い壁に貼られていた。


数年後にはその写真の横にドッグタグが一枚、鎖に付けられた状態でぶら下がり、そのまま。

殺風景な部屋に写真が一枚、ドッグタグが一枚あるだけだった。


そこから更に少し経った頃、殺風景な部屋のその壁に、一枚、写真が増やされる。

ドッグタグを挟んで隣に貼り付けられた写真には、幼い頃のあの子よりも更に髪を短く切り揃えた、成長したあの子の姿。


アッシュグレーの毛先が僅かに色素が薄まっており、大きかった瞳も若干釣り上がるように鋭くなっている。

唇を尖らすようにしたあの子は、鮮やかな緑をあらぬ方向へ向けていた。


いつの間にか、あの子は軍服を着ており、その胸元にもドッグタグが光る。

そんな写真が一枚、あの子の部屋の壁に追加されたのだ。


その直ぐ後に、写真は更に増える。

横一列に並んだ三枚の写真のうち、最も新しい写真の中、被写体は二人。

一人はあの子、一人はあの子と歳の近い男。


顔に擦り傷を作ったあの子が困ったように、眉尻を下げて笑っていた。

その横に並んだ男も眉の形を歪めて笑っており、どちらもやはり、ボロボロだ。


男は猫っ毛のような線の細い黒髪に、赤い光の宿った瞳をしている。

眼鏡越しに揺らめく炎のような赤い光が、弧を描いた目元に合わせて歪んでいた。

肩を組んで笑い合う二人は、文字通り戦場を駆け抜けた友である。


次に増えたのも、あの子が男と写る写真。

しかし男は初めて見る顔で、茶金の髪を、それこそ女のように伸ばして、後頭部で一つに結い上げていた。


顔にガーゼやら何やらを貼り付けたあの子の華奢な細腕を取り、一緒に振り上げている写真だ。

背景は今までにない室内のものだったが、こちら、あの子の顔も今までにない、引き攣ったものだった。

何と言うべきか、そう、子供の扱いに慣れていないような、そんな感じだ。


更に違うことといえば、あの子もその男も、軍服を着ていない。

軍用パーカーも着ていない。


あの子は薄っぺらな黒いシャツに黒いパンツで、男の方は白いシャツに黒いパンツ。

あの子の胸元には相変わらずドッグタグがあるけれど、男の方には何もない。


それが四枚目の写真。

その後は、ギプスをしたあの子や、居眠りするあの子の写真が増えた。

その隙間隙間を埋めるように、眼鏡の男や、茶金の髪の男も映り込む。


写真が壁の隙間を埋めていく中、別の男が写った写真が増えた。

サングラスを掛けてその奥の瞳を隠した男だ。


敬礼をした男に対して、首を竦めるあの子が写っているが、髪が伸びている。

長くとも肩口程度だったアッシュグレーの髪が、胸下まで伸びており、毛先の色素抜けの範囲を広げていた。


どこかぎこちのない男に比べて余裕のあるあの子は、一番最初の写真とはまるで真逆で、その写真を見る度に、あの子は時間の経過を感じている。

一枚目の写真の横にぶら下げられたドッグタグが、その輝きを失う程度には。


その後、眼鏡の男と茶金の髪の男とサングラスの男が写った写真が増える。

ただ眼鏡の男はいつの間にか軍服ではなく、白衣を着込み、茶金の髪の男も髪色はそのままに髪を切り――しかし男にしては長い――結い上げることはなくなっていた。


何にせよ、あの子を含めてそれぞれが変化を遂げる程に月日が流れている。


男三人とあの子の写真が増え続け、ある日あの子以外の女の子がその写真に写った。

若干ヘルメットちっくな髪は、鳶色をしており、いつかのあの子のように唇を突き出して不満げな顔をしている。

隣のあの子も眉を寄せ、胸の下で腕を組みながらそっぽを向いていた。

女の子の首元にもドッグタグが揺れている。


何をどう見ても仲の悪い二人だ。

その後の写真も距離が遠く、二人のみで写る写真はそれぞれ仏頂面を作っていた。


その二人が何とか薄くでも笑うようになった頃の写真には、犬が一匹。

軍用犬でその訓練士の姿もあった。

目に痛い金の髪の根元が元の黒を覗かせた、所謂プリン頭状態の男が訓練士だ。

軍用犬は背筋を伸ばし、その訓練士とあの子の足元で写真に写っている。


幾つかある写真の中の軍用犬は、その訓練士が受け持っているのだろうが、犬種は違う。

方や大柄な体に強靭な筋力を持ち、黒と茶混じりの毛並みで精悍な顔付き。

方や毛の短く細身でシャープな体を持ち、人工的に作り上げられた尖った耳と短い尾。

方や鼻と足の長い筋肉質な体に、明るい茶の毛色に下がった尻尾が愛嬌的。


あの子は犬種名が分からないものの、顔付きで判断しているので間違うことはない。

そんな訓練士と犬を含めた写真が増えた。


そうこうしているうちに、また、人が増え、今度は女の子だ。

若干というか大分人離れたした海のようなエメラルドグリーンの髪の女の子は、そっとあの子に寄り添って写真に写る。


僅かに下がった眉とはにかむような笑顔に、あの子も安心したような笑みを浮かべていた。

軍服を着ていない女の子だが、どこかの写真の中の何枚かであの子が好んで着ていた軍用パーカーを着ている。


そんな面々での写真が増えていく。

例えば軍服を着てボロボロになっていたり、そうじゃなくても傷だらけだったり、または食事中だったり、居眠り中だったり。

時折、水遊びをしている写真も混ざる。


一枚目の写真が色褪せ、擦り切れた頃、あの子の写真が増えなくなり、何故か、ドッグタグが十一枚もぶら下がっていた。

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