#1 午後の授業。そして死
残酷な描写あり
17.12.02登場人物が二人増えました。
高校生活の中で日常というものほど退屈なものはない。
さらに言えば昼食後、しかも春の陽気が強い日だといえば眠くなるのは当然である。
春眠暁を覚えず。その通りだなと、ふと思う。
御堂宗司は早々に睡眠欲に白旗をあげて夢の世界へと落ちていった。
宗司がいるのは、川沿いにある高校で一応、進学校なのだが、不良もそれなりにいる高校である。
その中で、一年生の教室内の窓際、一番奥に宗司は居た。着ているのはこの高校の制服でブレザータイプの服である。宗司は派手ないびきをかきながら、机に突っ伏したり、隠れて寝るというようなことをせずによだれを垂らしながら眠っていた。クラスの皆も眠っている宗司に気が付いているが、起こそうとする者は誰もいない。これから起こるであろうことを期待しているためである。
その豪快な眠りに教師はわなわなと震える。
「……御堂くん。きみがそういう態度をとるのであれば、私にも考えがある!」
そう言うが早いか持っていたチョークを投げた。
投げられたチョークはまっすぐに定められた的——宗司へと向かっていく。
宗司のだらけた眠り顔に当たる前に、何かに阻害されてチョークは消えていた。
教師は何が起こったのか中々理解ができなかった。だがやがていつも通りのことなのだと
教師は理解する。
そう――消えたチョークは宗司の右手人指し指と親指に掴まれていた。
「先生。いつもながらこんなことで起こさないでくれませんか」
目を開け、空いた左手で頭を掻いた。
「先生。宗司には俺たちが束になってもかないませんよ」
一人の生徒が言う。その表情はニヤニヤとうれしそうである。
「そうっすよ。御堂に攻撃できる奴なんて神藤か天道さんくらいっす。……でもその二人だって良くて相打ちらしいっすから」
また別の生徒も言う。期待通りに事が起こってその表情は晴れやかだ。他の男子はほとんどが笑顔だが、少しやれやれといった表情をした生徒もいる。女子連中も、男子ったらしょうもないことで喜んでしょうがないなぁという表情を浮かべたり、一緒に笑っていたりと様々だ。
隣のクラスにいる二人を宗司は思う。剣術の筋は悪くない。
だが、天道凛の場合は西洋剣術で本来の技を封印しているし、もう一人の神藤大和のほうは真面目すぎるのだ。神藤流には仕方ないのかもしれない。
そんなことを考えていると
「これは破壊しておかなくてはならないものだ! 世界に存在していてはいけないものだっ!」
怒鳴り散らす声が聞こえた。パッリーンと直後に何かが割れる音もする。
思考を停止して宗司は廊下へと出ていく。
「あっ。こら勝手に出ていくな!」
と、喚く教師の声が聞こえたような気がしたが無視をした。同じタイミングで大和と凛が廊下へ出てくるのを確認する。二人のほうはちゃんと許可を得たらしく失礼しますねとか言っている。宗司と大和、そして凛の三人は何事かと声のした方へと走った。凛は肩までの髪であり、宗司達と同じブレザーなのだが、リボンタイとミニスカートにニーソックスという、いで立ちだ
「よぉ!宗司君たちじゃないか。君たちもサボりかい?僕と薫に任せればいいものを出しゃばってきやがって」
霧島徹が恰好をつけながら自身の髪をかき上げて言った。
霧島流という忍術の流派の一つであり、大柄で丸い体はまるでゴムまりのようである。
だが、その体術と忍術は侮れない域にある。風紀委員長を務めているが、問題があるため、それを監視するために委員長になったに過ぎない。
「徹様のおっしゃる通りですわ。ここは私達に任せて会長達は下がっててくださいまし」
十六夜薫も徹の腕に抱き着きながら手に持った扇子を唇に当てるという格好で言う。巨乳で生徒副会長であり、扇子術と女の武器を駆使し、徹の許嫁でもあり、徹の全てを受け入れている女である。同じくブレザーなのだが、薫の場合はリボンタイを外し、ブラウスのボタンを二つほど外しているため、ブラジャーと胸の上谷間が少し見えている。スカートはミニであり、膝下までのソックスを履いていた。
廊下は走らないと見咎める教師はいないし、授業中にそんなことができるのは彼らが、この地において絶大な影響力を持つ古流武術の一派で荒事に慣れており、教師や警察が関わるよりも上手くやるからである。
ただ宗司は完全な野次馬根性であり、大和は正義感から。そして凛の理由は生徒代表という理由からではある。
「もう二人とも。ここは"わたし"に任せてよ!」
走りながらも凛は言う。大抵のことは凛一人でも手加減して解決できる力はある。
「天道さんの剣術ではちょっと難しいかもしれませんし、それに相手が男性であった場合、女性である天道さんが心配です」
大和が心配そうにつぶやいた。大和はフェミニストであり、木刀が入った布袋を持っていてその中には宗司の木刀もある。
「相変わらず心配性だな。大和は。大丈夫。普通の相手ならば凛に勝てるようなやつはいないさ。それに凛は戦うときに結構パンチラするからさ」
「なっ!このエロ宗司ぃ! 」
咄嗟に真っ赤になって走るスピードをゆるめて、革製のバッグのジッパーを開け、刺突剣レイピアを鞘から引き抜いて構えると足に力を込めた。
その突進力はかなりのものだったが、宗司には反対方向に向かって走っているのにも関わらず、ひょいっと難なく避けられたのだった。そして凛の尻を軽くたたく。
「よっと。いつも言っているだろ。突進技は隙が生まれやすいって……避けてしまえばこの通り」
三人ともすでに師範代の域まで達しているが、宗司は周りの空気や気配、相手の挙動を読むのが得意なほうであり、それよりも少し上をいっているのである。そのために避けることができた。
「キャァ。言葉だけでいいじゃない!なんでセクハラするのよ」
「いや。なんとなく」
「バカやってないで。見えてきたようだぞ」
同じ制服の茶髪で目つきの悪い少年がそこに居た。
一回の廊下に、かつて隣の遺跡で発掘された一部の変な遺物をガラスのケースに展示していたのを割り、中に入っていた大きな鏡や、鐘、宝石なんかを乱暴に取り出していた。
「何をしている!」
大和が木刀を竹刀袋から抜いて構えた。
凛も先ほど、宗司に突き立てようとした刺突剣を構えなおしている。宗司はというと、ズボンのポケットに突っ込んでいた防刃素材の手袋を嵌めた。甲に鉄の板が張られているが傷だらけだった。
大和に渡してある木刀を使う必要性は、無さそうだと宗司は思う。これは宗司の遊び心である。慢心といってもいい。
「ふむ。確か御堂宗司と生徒会長の天道凛。そして剣道部の神藤大和だったな。後は霧島徹と副会長の十六夜薫か。ここら辺の問題解決役だと聞いたな。だが、所詮は世界を知らぬ者だ」
運び出していた学生服の少年は目の色を変えた。そして目に力を込めたようだった。途端に何か巨大なものに睨まれているかのように感じた。体に少ししか力が入らない。宗司の背中に冷や汗が伝う。
懐かしいな……こういう"眼"使いは。人を殺傷してきてこそ得られる力。殺気の上にある威圧というやつである。宗司は何度も祖父に掛けられているため懐かしさを覚えたのだった。
「「無駄なことを」」
威圧をさらりと徹と薫は受け流した。
「な…………なんなんだ」
大和はこの重圧に施行がついていかなくて驚いているようだ。大和にとっては未知の領域なのだろう。
「なっ。何よ。こ………れ…動……けない」
凛のほうも何とか声を絞り出したようで何とか耐えている様子だ。
「何かされたのかい?剣士ってのはこれだから」
「そうですわよ。こんなもの意味を持ちませんわね」
徹は袖から苦無を出してくるくると回転させてパシンっと音を出しているし、薫は扇子を両手に持って余裕そうである。
「ん?何故効かない!?」
少年が驚愕する。
「わたくしどもは忍び一族。故に術は聞きませんの」
「まぁ、古流武術なんていう者達には聞くだろうねぇ。宗司君たちは大人しく寝てな。ここは僕がやるよ! 」
右手の苦無に舌を這わしてから少年に向かって投げる。二つの刃物が少年に向かう。さらに薫が扇子を仰いだ。胡蝶蘭の描かれた大扇子で、思わず嗅いでしまいたくなるほどの甘い匂いを纏う風が行くのだが、それには象をも一瞬で昏倒させるほどの強力な睡眠薬が混ざっており、その成分は当然のことながら認可されていない。
「無駄!無駄!無駄!無駄!無駄!無駄!苦無など簡単に落とせる!睡眠薬など意味ないわ!」
飛んできたクナイを真横から、はたき落としながら少年は言った。
「なんだとっ!?」
飛ばしたクナイを叩き落とされた徹の顔に驚愕の表情と冷や汗が伝う。
(やっぱりか。あの少年相当な使い手らしい。様子見をしている場合じゃないなぁ。こりゃ。)
こういう場合の解き方を宗司は知っているため、宗司は静観をやめた。
「はぁっ!」
と宗司は気合を入れる。気合をかければしっかりと動くのだ。
「……なるほど。強いな……気合をいれれば解ける!それと大和! 俺の木刀をくれ。二刀ともだ! 」
「な…るほど。はぁっ!!…………ああ」
大和は、まだうまく解けてはいないが、ほんの2、3メートルくらいしか離れていない。それだけならばなんとか投げることが可能だろう。二振りの木刀を竹刀袋から投げられ、受け取る。
「本気でいく。手加減無しだ!御堂流古流武術、御堂宗司参る!」
二つの刀を構える。それは相手を本気で潰す必要があるときに限る。
御堂流というのは剣術だけに特化した流派ではない。剣術も武術も可能な流派だ。
「俺の名は来栖雷電とでも名乗っておこうか」
少年はそう名乗って半身になり、利き手を腰よりも少し上に肘を軽く曲げて構え、左手は腹を守るようにしたいわゆる空手の構えをとった。
「え"っ」
宗司は途端に目が点になった。
「……なんだ? 」
雷電と名乗った少年はどこがおかしいのか分からないというふうに、不思議なものでも見るように宗司を見た。
「いっ……いや、なんか変な名前かなと思って」
宗司が咄嗟に答えた。
「あ"っ!! これでもこの世界っぽく一生懸命考えたんだけどな」
雷電は不機嫌な顔になり、額に青筋まで立っている。
「なんか厨二病っぽいなぁ。気配は確かに強いんだけど、本気出していいのかなぁ」
宗司はため息をつきながら攻撃をためらった。
「舐めるな。いや確かにお前は強いようだが、所詮は俺の相手にはならない」
そう言うが早いか一瞬で間合いの中に入ってきた。
「なっ! なんだと」
宗司が驚くのも無理はない。
継足などで間合いの中に飛び込んできたのではないのだ。
文字通りの瞬間——そう瞬間移動されたのである。
「くっ! 」
後ろに飛ぼうとするが来栖という男のほうが早い。拳が突き出されていた。空手の突きである。
ズザザザ——。
攻撃の衝撃を受けると同時に跳んでダメージを最小限にとどめる。
宗司は足に力を込めて突進し、木刀を振り下ろしたが、雷電は身を屈めると後ろに跳ぶ。まるでエビのような体勢で後ろにとんでいたのである。
「なるほどな。てこずらせてくれる。だがまだ達人の域ではないな。そして、この俺に敵うレベルじゃない。俺の真の名はイクス・スパーク。この名を胸に刻んで逝け!ハアッ!イクスマキシマムバスタアァァッ!」
言いながら雷電改めイクスは手から巨大な塊を放った。
それは某竜玉漫画や某街喧嘩格闘ゲームで使われる気弾や波動といったものである。
流石にそれを防ぎきれるものではない。何よりも、それは速く防御が追いつかない。
木刀は簡単に木屑と化して光に宗司たちは包まれていった。
あ~。これは俺死んだな。宗司はそう思いながら身体が光に包まれていった。
『…………き………』
『……き……ろ…』
『お……き……ろ……』
『起きろ!御堂宗司。神藤大和。天道凛。霧島徹。十六夜薫よ』
死んだと思ったのに声が聞こえる。助かったのだろうか。