第9話 「ツイン」
「しまった! そうこうしているうちに……」
炎は部屋中に広がり、廊下に出ることはもはや叶わない。
ゴオオオオオオオ!
火の壁が、部屋の中央に迫ってくる。
「火の海じゃねえか! 神よ……!」
「さっきから言ってんだろ、どーやって逃げんだよ!」
神に祈るトラ。
半泣きのフォックス。
いったいどうすれば……
「いったいどうすんだよ! ワーワー!」
「泣くなよ、窓から飛ぼうぜ。俺の足なら3階からでも余裕だろ」
「あっ、頭いい! オンブしてくれオンブ!」
提案するトラ。
よろこぶフォックス。
「あ、駄目だ。ひぃふぅみぃ……転がってるヤクザども、焼け死ぬな」
「な!? も、そ、放っとけよ! 自業自得だろ!」
組員を助けようとするトラ。
怒るフォックス。
いそがしい。
「今まで死人出してねえんだろ? もったいねえじゃん、やっとフィナーレ飾んのによぉ」
「へ……」
素のトラ。
素のフォックス。
「窓から全員放り投げるか……いや、確実に死にやがるな。どうすっかな」
「……」
困るトラ。
きょとんとするフォックス。
そのとき、音がした。
ガシャン―――
ガシャン……ガシャン……
部屋の中央で音がした。
忌まわしい音。
「なんだ? なんの音……ひぃッ!」
「あ、ああ……」
トラとフォックスが、あまりにも恐ろしい光景にふるえあがる。
「ハァ、ハァ……やるじゃねえかクソガキ……」
組長が意識を取り戻したようだ。
ガチャリと籠手を床について、顔面血だらけで立ちあがる。
「へへへへ……だがてめえの脚力も、これでワシの物だ」
狂気に満ちた笑い……
欠けた歯を剥き出して、ぐふぐふと笑う。潰れた鼻を中心に、顔がトラの足形に腫れ上がっている。
ボタボタと床に血滴が落ちた。
「どうだ小僧、小娘! なぶり殺しといこうじゃねェか!」
ガシャ……ガシャン……
「な……」
「ウソ、だろ……」
トラとフォックスに戦慄が走る。
な、なんてことを……
「てってめえ……何考えてやがる!」
張り裂けるほど悲痛な叫びをあげるトラ。
ガシャン。
ガシャン。
ガシャン―――
『足だ……足がある……』
『1000万歩 歩け……』
組長の短い足に、ブロックが群がる。トラを10年封じていた長靴が組みあがった。
「はははははははははははは!!」
呪われる組長―――
「は、ははは、ふはははははははははっは、あ、あら? なんだ??」
完全に結着した長靴が、すさまじい重さをまとう。
床にビシィと亀裂が入った。
「あ、あああ、あ、足が地面から…………離れない!! ちょ……待……なんだこりゃあ!?」
う、動けない!
磁石で貼りついたよう……いや、床に埋まってるみてぇだ!
こ、こいつ!
動け、うごけ!
「……なんてこったい」
「……なんてこったい」
呆然とするトラとフォックス
両手を振りまわし必死にもがく組長を、2人は苦笑いで眺めていた。
困ったなぁ、どう反応したら……
バカすぎる、どうなってんだ?
「く、くそ! てめえらぁ……」
組長の咆哮!
バッと掲げた籠手から、炎が噴き出す。
「死ぃねぇええええええ!」
「いやだ」
バァン!
トラが床を蹴る。
と同時に―――
決着した。
ドゴォ!!
超高速で組長の顎に蹴りが叩きこまれた。
速い!
まさに一瞬!
激突の勢いで組長の体が浮き上がる。直後、派手な音をたてて床に転がった。
組長が長靴を履いていなければ、何十メートルぶっ飛んでいたのだろう。
ズズーン!!
衝撃で床が揺れる。
ゴゴゴ……床が揺れている。
ゴゴゴ……まだ揺れている。
「ふう……なんか揺れてない?」
「なんかどころじゃねえよ。な、なにコレ」
顔を見合わせるトラとフォックス。
ゴゴゴォ……どんどん大きくなる。
と――――――
バキバキズゴッ……
ドドドドドドドドガラガラドォォーン!
床が抜けた。
3階から、1階まで。
「「ああああああああああああ!!」」
ドドドドドドォォォォォォォォ……
全員が、奈落に飲みこまれていく……
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パラパラパラと火の粉がふりそそぐ。
3階フロアが1階まで落下した。
比喩ではない。
本当に3階の床が、1階までフォーリンダウンした。トラ、フォックス、組長、そして組員7名ごと―――
もうメチャクチャ……ガレキの山、山、山だ。さっきまでピクピク動いていた組員も数名いたが、落下の衝撃で完全に沈黙した。
心配ご無用、トラは無事だ。
書くまでもない。
フォックスは……安心してほしい。なんとか無事にソファの上で転がっている。
「1階、食料品売り場です」
「ふざけんな、あー……でも、ノドは渇いてる」
仰向けのフォックスが、目を細める。
天井が高い。
さっきまで自分たちがいた階から、バラバラと火のついた木片が降ってきた。
と―――
ウ~……ウ~……
カンカンカン……
遠くからサイレンが聞こえてきた。
「お前のバイト先か? 消防車きたぞ」
消防車が、屋敷へ到着した―――




