第89話 「チャッカマンズ マスコット」
船の甲板に出た―――晴天。
そとは波の影響を受けやすいのか、上下の揺れがきつくなったような気がする。ギィ、ギィ、ギィ……海風がすごい。
あちこちで、カモメの叫び声が聞こえる。
ミャアミャア!
ギャアギャアギャア!
「ひゃ……」
港の光景を見るや、ニニコが驚声をもらした。
大きな港……海上保安庁の基地のようだ。
何隻もの巡視艇、哨戒艇が停泊している。すぐ近くにそびえたつ巨大なビル、宿舎、倉庫、倉庫、またビル……
あたりをキョロキョロと見まわすニニコ。甲板から埠頭をのぞき、ぞっと身震いした。
1メートルほど低い岸壁に、保安隊員がずらりと並んでいる。総勢100名はいるだろうか。
高い位置から見下ろすと、全員がこちらを見ている気さえする。
グラリグラリと船が揺れる。
高い、怖い、フラフラする。
足がすくむ―――
「なにしてる! 降りろ!」
ビク……!
真後ろに立つ隊員が叫んだ。
あわてて、さきを歩くフォックスに追いついた。怖い。
金属の階段が、船の縁にかけられているのに気がついた。アルミ製の、軽量のタラップ。
「あ゛―――……こりゃ無理だわ。乗れん」
トラがボヤきながら、ぐっと膝を曲げ……
「よっ」
飛び降りた。
ズドォ!!
港にひびく振動。
反動で、勢いよく上下する船。
ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ―――
「きゃ……」
「おーおー、怖いな」
ニニコがフォックスにしがみつく。
飛び降りたトラは、すぐさま数人の隊員に取り囲まれた。
「オラぁ! なにしてやがる」
「ナメてんじゃねえぞ貴様!」
大男たちが、トラにつかみかかる。迫力のある連中だ。
「いやいや、なんもしねえッスよ。なんも」
手錠をかけられた両手を前に、無抵抗ですよとアピールするトラ。包囲を、ゴメンナサイ、失礼しますとかき分け……
「ちょっとスイマセン。ホントすいません。さ、オーナー」
タラップの上にいるフォックスに、手を伸ばした。
エスコート―――
にんまりと笑顔を向けるフォックスが、やはり手錠をされた両手を伸ばした。
左手をトラの手のひらに載せ、カン、コンとタラップを降りながら……さみしそうにつぶやいた。
「トラ、ニニコ。楽しかったな、この2か月は」
「なんていうか、息もつかせねえほど楽しかったな」
「もしこれが小説か漫画だったら、ここで終わるのがもったいねえほど、楽しかったな」
「……」
「……」
言葉につまるニニコ。
言葉につまるトラ。
はいとも、いいえとも言えない。なにも言えない。
「元気でな。いつか……2人とも、呪いを解いてくれ」
埠頭に下りたフォックスは、それきり黙ってしまった。
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「よし、移送作業にかかれ」
隊長らしき男の合図で、大型の護送バスが2台やってきた。
2台―――
「マルヒ③と④は、こっちのバスだ。バーベキューファイアとコイツは、あっちのバスに乗せろ。急げ!」
指揮官の合図で、隊員たちが動き出す。
コイツ呼ばわりされたレインショットは背を丸め、視点も定まらない様子だ。しきりにブツブツとつぶやいている。
無理もない。
彼に下される判決など、死刑しかありえない。正気でいられるはずもない。
屈強な大男たちが壁となり、4人が分けられる。トラとニニコが顔を見合わせ、うなだれた。
これでフォックスと本当にお別れ。
もう二度と会えない。
何も言えないトラ。
何も言えないニニコ。
もう、二度と会えない――――――
『ようやく会えたな』
声がした。
とても、低い声。
ニニコの足元で、声がした。
例えじゃない。
本当に足元で、声がした。
『見つけたぞ、ニニコ―――』
低い低い、悪魔のような声。
「……え?」
とつぜん名前を呼ばれ、きょろきょろとあたりを見回すニニコ。
いや、その場にいた全員が、周辺に目を見張る。
誰もいない。
誰もいないではないか。
「トラ、いまの声なに……ロボット!」
「誰か、お前を呼んだよな? 誰もいねえぞ……ロボット!?」
トラとニニコが周辺を見まわす……
ロボット!?
なにこれ!?
ロボット!??
保安隊員らもざわめき始めた。
「え……」
「なんだ?」
「ワッ! なんだそりゃ」
「なんだ、どうした?」
「見ろ……ろ、ロボット?」
「どうした? に、人形だ!」
ざわつきは、やがて騒然となった。
「な、なんだこりゃ?」
「ラジコンか?」
全員がニニコの足元を注視し、なんだなんだと騒ぎ立てる。離れた場所にいる隊員たちには、なにが起こっているのか分からない。
トラ、ニニコは目を丸くした。
言葉が出てこない。
2人ともポカンと口を開けて『人形』を眺めている。
歩いてこちらにやってくる人形―――いやロボット?
ガシャ、ガシャ、ガシャ。
トコ、トコ、トコ。
高さ30センチほどの、ゆるキャラっぽいロボット。漫画に出てくるようなコミカルな姿だ。
ケーキの箱に、短い手足が生えたような小さなロボット。
それがヨチヨチと近づいてくる。
ラジオペンチのような、オモチャのごとき腕をニニコに伸ばし―――言った。
『ようやく見つけたぞ、ニニコ。我のネジを返せ』
ネジ……
ネジ!?!?!?
「!!!!!!!!!!!!!!!」
「ぎ……!!!!!!!!!!!」
トラ、ニニコが飛び上がる!
言葉にならない叫び―――
「え、え、え、え!!」
「煙……!!」
2人の悲鳴が、波止場にとどろく。




