第89話 「チャッカマンズ マスコット」
あちこちで、カモメの叫び声が聞こえる。
ミャアミャア!
ギャアギャアギャア!
「ひゃ……」
港の光景を見るや、ニニコは驚声をもらした。
ここは海上保安庁の基地のようだ。
港を埋めつくすように、ビルや宿舎、倉庫などが立ちならんでいる。埠頭には、何十隻もの船が停泊していた。
これがすべて巡視艇だろうか。
甲板から波止場を見下ろしたニニコは、ぞっと身震いした。
岸壁に、保安隊員がずらりと並んでいるではないか。50人くらいいるだろうか。高い位置から見下ろすと、全員がこちらを見ている気がした。
グラリグラリと船が揺れる。
高い。
怖い。
フラフラする。
足がすくむ―――……
「なにしてる、止まるな!」
ビクッ!
うしろから怒鳴られ、ニニコはあわてて先へ進む。
怖い、怖い……
あたふたと慌てるあまり、前を歩くトラにぶつかった。けっこうな勢いでぶつかってしまったが、トラはなんのリアクションも取らなかった。
ふと見ると、船の縁に橋がかけられている。
あちこちが錆びついた、金属の歩橋だ。
船と岸は1メートルほど離れているだろうか。タラップの歩くところは、板ではなく、鉄のアミだ。排水溝にかぶせてあるフタみたいに、下の水面が透けて見える。
なんか、ひどく頼りない。
「あ゛―――……これ大丈夫かなあ」
トラがボヤきながら、そうっとタラップに乗る。
そして、急いで岸壁へ飛び移った。
「よっ、うわヤバい! ほっ!」
グシィ!!
タラップがすさまじい音を立てて、ひん曲がった。トラが岸に移るのがあと5秒遅かったら、橋もろとも海に落ちていただろう。
反動で、はげしく船が上下する。
ぎぃ!
ぎぃ、ぎぃ!
まるで大波にぶつかったみたいに、哨戒艇は揺れた。
「きゃ……」
「おーおー、怖いな」
ニニコがフォックスにしがみつく。
「オラぁ! なにしてやがる」
「ナメてんじゃねえぞ貴様!」
トラは、すぐさま数人の隊員に取り囲まれた。えらく迫力のある連中だ。
「いやいや、なんもしねえッスよ。なんも!」
手錠をかけられた両手を前に、トラは無抵抗をアピールする。隊員の包囲を、ゴメンナサイ、失礼しますとかき分け……
「ちょっとスイマセン。ホントすいません。さ、オーナー」
タラップの上にいるフォックスに、手を伸ばした。
エスコート―――
にんまりと笑顔を向けるフォックスが、手錠をされたままの両手を伸ばす。トラの手を取ると、カン、コンとタラップを降りながら……さみしそうにつぶやいた。
「トラ、ニニコ。楽しかったな、この2か月は」
「なんていうか、息もつかせねえほど楽しかったな」
「もしこれが小説か漫画だったら、ここで終わるのがもったいねえほど、楽しかったな」
「……」
「……」
言葉につまるニニコ。
言葉につまるトラ。
はいとも、いいえとも言えない。なにも言えない。
「元気でな。いつか……2人とも、呪いを解いてくれ」
埠頭に下りたフォックスは、それきり黙ってしまった。
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「よし、移送作業にかかれ」
隊長らしき男の合図で、大型の護送バスが2台やってきた。
2台だ。
「1番と2番は、こっちのバスだ。バーベキューファイアとコイツは、あっちのバスに乗せろ。急げ!」
指揮官の合図で、隊員たちが動き出す。
コイツ呼ばわりされたレインショットは背を丸め、視点も定まらない様子だ。しきりにブツブツとつぶやいている。
無理もない。
彼に下される判決など、死刑しかありえない。正気でいられるはずがない。
屈強な大男たちが壁となり、4人が分断される。トラとニニコは顔を見合わせ、うなだれた。
これでフォックスと本当にお別れ。
もう二度と会えない。
なにも言えないトラ。
なにも言えないニニコ。
もう、二度と会えない――――――
『ようやく会えたな』
声がした。
とても、低い声。
ニニコの足元で、声がした。
例えじゃない。
低い低い、悪魔のような声。
『見つけたぞ、ニニコ―――』
「……え?」
とつぜん名前を呼ばれ、ニニコはきょろきょろとあたりを見回す。
ニニコだけじゃない。
その場にいた全員が、周辺に目を見張る。
だが誰もいない。
誰もいないではないか。
「トラ、いまの声なに……きゃあ、ロボット!」
「誰か、お前を呼んだよな? 誰もいねえぞ……うわロボット!?」
トラとニニコが同時に叫ぶ。
ロボット、と。
なにこれ!?
ロボット!??
「え……」
「なんだ?」
保安隊員らも、ざわめき始めた。
「ワッ! なんだそりゃ」
「なんだ、どうした?」
「見ろ……ろ、ロボットだ!」
「どうした、なにが……ロボット!?」
ざわつきは、やがて騒然となった。
「な、なんだこりゃ?」
「ラジコンか?」
全員がニニコの足元を注視し、騒ぎ立てる。離れた場所にいる隊員たちには、なにが起こっているのかわからない。
やがて、なんだなんだと大騒ぎになった。
トラとニニコは、目を丸くした。
言葉が出てこない。
2人ともポカンと口を開けて、” ロボット ” を眺めている。
ロボットは、トコトコとこちらに歩いてくる。
ガシャ、ガシャ、ガシャ。
トコ、トコ、トコ。
高さ30センチほどの、ゆるキャラっぽいロボット。漫画に出てくるようなコミカルな姿だ。ケーキの箱に、短い手足が生えたみたいだ。
それがヨチヨチと近づいてくる。
ラジオペンチのような、オモチャのごとき腕をニニコに伸ばし、ロボットは言った。
『ようやく見つけたぞ、ニニコ。我のネジを返せ』
ネジ……
ネ、ネジ!??
「ネネネ!?」
「ネ、ネジ!!?」
トラ、ニニコが飛び上がる!
「え、え、え、え!!」
「煙……!!」




