第8話 「バーニング」
ガランガラン! ガランガランガラン!
ガランガラガラン! ガランガラガラ―――
ガランガランガラン!
『1000万歩……』
『達成だ……』
トラの踏み出した1歩と同時に、パズルが爆ぜる音が響いた。
長靴が、
呪いが、
ガランガランと、
脱げた。
解けた。
長靴がバラバラになり、そして……
トラの両足が解放された。
『お前を解放しよう……』
『次が待ち遠しい……』
ガラガラと分解される長靴。
トラの体に異常が起こる。
あれ?
なんだ、この浮遊感。
なんだこの減量感。
前方に、つんのめる……
重しを失ったトラの体。
瞬間!
トラの眼前に、火の玉が迫る!
死……
「死ィねェえ!」
ゴッッッッ!!
爆音を上げて、組長の籠手が火球を放つ。
豪速球……いや、まるでロケット弾!
弾道に炎を散らしながら、トラに向かう。
被弾する!
その0.01秒にも満たない刹那、トラの頭をかけ巡ったのは……
なんだコレ?
体が……なんだコレ?
軽い。
ドォン!!!
ゴォオオオォオオォオオ……火球がドオと燃え広がった。
火炎瓶をぶちまけたような炎!
トラは?
火球をよけるトラ。
組長にかけ寄る!
……はい?
よける……
えッ!??
ドドドドドドドッ!!
組長に駆け寄るトラ!
超スピード!!
超スピードで、組長に飛びかかる!
ドゴォッ!!!!!
「ぐべっ……!」
トラの踵が組長の顔面に埋まる。たっぷりと肥えた体が、ボールのようにブッ飛んだ。
ドォッ!
ワンバウンド!
ドドォ!!
ぶっ飛ばされた組長が、床に転がされる。気絶―――
「は!?」
「な……!!」
組員たちの絶句。
目の前に、いつの間にか立っているトラ。
「組長!」
「あ? あ? え?」
組員が慌てふためく。
なにが起こった!?
瞬間移動のごとく目の前に飛んできたトラと、いきなり蹴り飛ばされた組長。
いったいいつの間に?
気がついたら、コイツが組長に飛び蹴りを見舞っていたぞ。
しかし肝心のトラは、足元がおぼつかない様子でふらふらと体を揺らしている。
「……え? 火は?」
隙だらけ……いや、自分になにが起こったのかわかっていない。
「あれ、え?」
あれ、いつのまに?
ここ、どこ?
キョロキョロしている。
「???? こっ! こっこのガキャ!」
ブン!!
組員の1人が、消火器をトラの頭めがけて振り下ろした!
「え……うおッ!!」
思わずトラが身構える。
だがもう遅い!
食らう!
ガギィン!!
食らった。
いや、食らってない。
消火器が床に叩きつけられて、ガァンとひしゃげた。
トラがいない。
「い?」
「消え……!」
「左だ!」
「いつの間に! は、はや……」
「壁だ!」
「いや……天井……!」
ドドドドドドドドドド!!
回避していた!
消火器をくらう直前、トラは身をひるがえして避けていた。
いやそれどころではない。
壁だ!
いや、て、天井!?
トラは一瞬で部屋の反対側まで跳躍し……あろうことか、2本の足で壁を駆けあがった。
さらに部屋を縦に半周し、天井を走って戻ってくる。
天井をだ!
ドドドドドドドドドド!
その速さ……速い、なんてものじゃない!
消火器を振り下ろした組員の頭上に、トラが降ってきた。
ドコォ!
「うお……ぐえ!」
かわすヒマもなく、組員は頭を踏みつけられた。さらにその首を踏み台に跳躍し、ぴょーんと6メートル離れたフォックスのもとへ飛んでいく。
ダン、と彼女の目の前に着地した。
「ひっ!」
悲鳴!
なにがなんだかわからないフォックス。
な、なんだコイツ?
どうなってる?
早すぎて残像しか見えんかった。と思ったら、目の前に飛んできやがった……なんかフラフラしてやがる。
こいつ、今度はバッタにでも呪われたのか?
こ、こわい……って、うわ!
ガシ!!
「わっ……」
トラが手を伸ばし、フォックスの襟首をひっ掴んだ。走り出す!
「ひいいいいいいいいい!」
引きずられる。
っていうか、浮く!
トラの速力のあまり、手提げ鞄のようにフォックスの体が宙に浮く。ジェットコースターみたいに視界がブッ飛ぶ!
「うわー!」
は、早すぎる。
すごい加速!
かかか、体がちぎれるぅ!
直後に急停止!
「ゲッ!」
遠心力で、体が縦に一回転した。ようやくトラが襟を離す。
どしんと尻もちをつくフォックス。
「痛い!」
ここは……どこ?
背中が熱い。
背後の壁が炎を吹きあげている。
ふりそそぐ火の粉、灰……
ここは……アタシが最初に燃やした壁の前か!
一瞬でこんなとこに……
結果的に、あくまで結果的にだが……助けてくれた?
きょろきょろ。
フォックスが室内を見まわす。
離れた位置にかたまる組員たち。全員が呆然とこっちを見ている。組長どこいった……?
いた。
倒れてる。
トラの顔を見上げる。
韋駄天のような脚力で、室内を駆け巡ったトラ。
なんじゃこいつは……あれッ??
あっ!!
長靴脱げてる!!
「おいトラ! おまえクツ脱げてんぞ、クツ!」
フォックスが叫びまくる。
トラは――――――
「お、お、お、お……」
突然ふるえだした。
そして組員らに向かって叫ぶ、叫ぶ!
「お前ら、俺になにしやがった!? なにがどうなってんだ!?」
狂喜、驚愕、ビックリビックリの表情。混乱した様子で騒ぎたてる。
パニック―――状況が理解できていないらしい。
「おおお、おい! どうなってんだ、バーベキュー!」
「いや、だから長靴……てめえの足みてみろ、早く!」
泣きそうなトラ。
あきれながら、足を見るようにせっつくフォックス。
「なによ足って……ぎゃあ! 長靴、脱げてんぞコレ!」
大炎の前でハシャぐハシャぐ。
3メートルくらい飛び回る。
「神よ……うあ、うあ、うあ……あ? あああああああああああああああああああああああああ! かかか体が、なにコレ軽っ! あッ、足がカユい!」
ようやく事態が理解できたらしい。
呪いが、解けている。
「イエアアアアアア! マ、マジ? これマジ? メエエエエエエエ!」
びょんびょん飛び回るトラ。
よかった、本当によかった。
「マ、マジ? これマジ!? マジマジマジマジ??」
「九官鳥かお前は! おい、トラ! トラって!」
「うえーい!」
飛びまわる。
「おいって!!」
「え?」
「浮かれてるとこ悪いけど……これほどいてくれ、逃げよう」
フォックスの「逃げよう」の声に、やっと飛び跳ねるのをやめるトラ。
「お、お、そうだな。って、ていうか見た? いま俺、み、見た?」
「見たから! 早く!」
フヘフヘと笑いながら、トラはロープの結び目を探る。
くそっ、フヘヘ。
なんて固く縛ってあるんだ。
エヘヘ、ほどけない、ウヘヘ。
笑いっぱなしでロープをほどこうとする、気持ち悪いトラ。
でっへっへ。
天井に、もうもうと立ちこめる黒煙。
バチバチと火の粉が降ってくる。
壁の隙間を伝って、炎は全室へと拡散しているだろう。もうこの屋敷は崩壊する。
すぐにもここから離れなければ。
と、組員たちも騒ぎだした。
「組長、しっかり!」
「しっかりしてください!」
ひときわ体格のいい組員が、完全に気を失った組長の体をゆすり起こす。だが組長は目を覚まさない。
怒りの矛先は、バーベキューファイアの拘束を解こうとしているクソガキへ―――
「てめえら逃げんのか、腰ヌケがぁ!」
「逃がしゃしねえぞ、ガキャア! アホ面もっとゆがめてやる!」
言ってはならないことを言ってしまった。
「なななな、なんだとぉぉぉお!」
カ、カ、カ、カッチーン!!
アホの言葉に反応するアホ……
「ぶ、ぶ、ぶ、殺してやる――――――!」
「やめろ――――――!!」
もう遅い。
フォックスが止めるのもむなしく、トラと組員らの大立ち回りが始まる。
「俺の怒りを知れ! ワーワーワー!」
とびかかるトラ。
手当たり次第に組員を叩きのめしていく。猛烈なスピードで。
「ぐわ!」
「うわ熱ちち! ぎゃあ!」
「くそッ、どこに行きやが、ぐえ!」
「来やがれ、クソガキャ、ぐえ!」
「ひゃあ! 廊下にまで火が、ぐえ!」
ぜんぜん勝負にならない。
チーターの狩りより速い。
縦横無尽に飛びまわり、あっという間に全員を倒してしまった。
だが、そうこうしている内に……
※ ※
「しまった! そうこうしているうちに……」
炎は部屋中に延焼し、廊下に出ることはもはや叶わない。火の壁が、部屋の中央に迫ってくる。
ゴオオオオオオオオオオオ……
ゴオオオオオオオオオオオオオ……
ゴオオオオオオオオオオオオオオ……
「火の海じゃねえか! 神よ……!」
「さっきから言ってんだろ、どーやって逃げんだよ!」
神に祈るトラ。
半泣きのフォックス。
なんてこったい。