第7話 「テン ミリオン」
「あの、火の用心……ぎゃあ! ライブで燃えてんじゃねぇか!!」
ドアを破壊して侵入してきた、長靴の男。
わめく、わめく。
「おい、みんな何してんの! はやく逃げるのよ、ワーワーワー!!」
その場にいた全員が固まった。
なんなんだ、このやかましい野郎は?
突然の侵入者に、組員が消火作業の手を止め怒鳴り散らす。
「なんだてめえは! 殴りこみか!」
「いや、ちが……それよか燃えてるって! 全員、机の下に隠れろ!」
「そりゃ地震のときだ! 焼け死にてえのか!」
間違った避難指示をするトラ。
怒る組員たち。
「おお?? そっちのおっさん、なに持ってんだ??? 右手のギプス燃えてんぞ!」
「余計なお世話だ! 土足で入りやがって、ブッ殺すぞ!」
パニクるトラ。
怒る組長。
8対1でギャンギャン吠えあう、いい大人たち。
……場が、混乱してきた。
トラは組長の籠手を、組長はトラの長靴を、なんだそりゃ! と捲くしたてまくる。
だが「本人」たちは人間など無視し、彼らだけで会話していた。
先に声をかけたのは、火を生む籠手。
……
…………
『久しいな「足枷」……だが一足ちがいだ』
チャキン。
…………
……
長靴がそれに答える。
彼らにしかわからない声で。
『久しいな「焼き籠手」……残念だ』
……………………
…………
『ああ残念だ。あと1歩だったのに……』
残念だとくりかえす、籠手と長靴。
…………
……
トラはわめく。
わめき続ける。
「俺はここに来たくて来たんじゃない! なぜなら……」
「おいトラっ! 早く逃げろ!」
女の甲高い声。
えっ、と目を向けると……
「えっ……あれ!? お前……」
さっきのマントの女だ。
膝立ちになって叫んでいる。いや、今はマントを脱いでいるが……代わりにロープで縛られてやがる。
なんじゃこりゃ。
いや、それどころじゃない!!
「おい火事だぞ! なんで縛られてんだ? さ、さてはお前、ヤクザにもケンカ売ったな! バカじゃないの!? ワーワー!」
女は―――
「私はバーベキューファイアだ! この火事も私がやった!」
「それどころじゃ……は?? なんだと!?」
「 “ なんでも燃やせる籠手 ” 。アタシを呪ってたアイテムだ! 外すために火事を起こしてきた! そこのオヤジが、右手にハメてんのがそうだ!」
超早口で説明する女。
いやフォックス。
いや、バーベキューファイア。
トラは―――
「い、いっぺんにいろいろ言うんじゃねえ~!!」
ダメだ。
ふたたびパニックになるトラ。状況に全然ついていけていない。
こ、この女がバーベキューファイアだぁ???
「このタヌキジジイ、自分から籠手に呪われやがった! お前なら、どういうことかわかるだろ! コイツなんにもわかっちゃいねえ!」
トラの理解と関係なく、フォックスは訴えつづける!
「ああもう、聞いてんのかノロマ! たのむ逃げてくれ、私の火事で……ぐぅ!」
ドガッ!!
組員の1人に頭を蹴りつけられ、フォックスは床に転がされた。
「ぎゃっ!」
ドガ、ドカッ!
頭、背中、頭……体中を踏みつけられる。
「誰がタヌキだコラぁ!」
「おら! 調子乗んなクソアマ」
「アタマ割っちまうぞボケ!」
ドガッ!
ドガッ!!
ボコボコに蹴られるフォックスを見て、やっと我に返るトラ。
呪い、呪い……って、あぁ!?
あッ、何してやがる!
「あッ、なにしてやがる! おい、やめ……!!」
「やかましい!! 黙ってろ、殺されてえのか!」
組長の怒号。
「う……」
殺す、と凄まれてトラが怯む。
組長の右手……「なんでも燃やせる籠手」の手のひらに、ゴオゴオと火球が浮いている。それだけで、女の話がすべてが事実だと理解できた。
どうする?
どうすればいい??
どうする、いったん逃げ―――
いや。
オレの足じゃとても……
くそっ!
落ち着けオレ、冷静に―――……
脳みそフル回転のトラを、組員らが囃したてる。
「バカ野郎が。今ごろブルっても遅えぞコラ!」
「こんな女、ノコノコ助けに来やがって」
囃したてる。
誤解だアホ、ちょっと黙っててくれ。
たのむから、黙ってて!
俺は、我を忘れやすいんだ!
「お前、なにしに来たんだ? 死ににか、ああ?」
「バカなガキだぜ。出来の悪そうなツラしてやがる!」
「放火魔が焼死とは皮肉だな。ははは」
―――カチン。
ちょっと待て。
「ちょっと待てオイ、お前がコイツを悪く言うな」
トラの口調が、変わった。
組員たちを睨みつける―――いや、目の焦点が合っていない。
キレて、いる?
「バーベキューファイアの言うとおりだ、お前なんにもわかってねえ」
よりによって組長をお前呼ばわりし、吐き捨てる。
「籠手のちからで調子乗ってられんのも、今だけだぜ? 今日からてめえも一生、ノルマに駆けずり回るんだ」
独白のように。
宣告のように。
トラが残酷な現実を突きつける。その目は、裏社会の人間でさえ見たことがないほど恐ろしく冷たい。
だが……
「なにホザいてやがる。こっちきて言え」
「来れるもんならな」
「ハハハ、おい本気にすんなよ。近づいたら殺すぞ」
「逃げろ逃げろ! 後ろからコンガリ焼いてやっからよぉ、ギャハハ」
……この組の構成員は、本当に頭が悪いらしい。
トラはもう、後のことなどなんにも考えていないのに。
「ああ、そうかよ。そいつを聞いて―――誰が逃げるか」
逃げない。
トラは逃げない。もうなにも考えていない。
立ち向かう。
ズドォオオン……!
踏み出した右足が、ズドンと床を、震わせた。
――― ひと足ちがいだ ―――
――― ああ残念だ ―――
――― あと1歩だったのに……
バァアアアアアアアアアアアアアン!!
バァアアアアアアアアアアアアアン!!
ガラガラン ガラン……ガラン。
ガラン!
ガランガランガラン!
ガランガラン!
ガランガランガラン!
ガランガランガラン!
ガラガランガラン!
ガランガランガラン!
ガラン!
ガランガラン!
ガランガランガラン!
ガランガラン!
ガランガランガラン!
ガランガラガラン!
ガランガラガラ―――
ガランガランガラン!
『1000万歩……』
『達成だ……』
ガランガラン!
ガランガランガラン!