第66話 「マリィ ミーツ フゥ」
食糧庫。
そこはもう火の海だった。
「消火! 消火!」
「艦長は!? 連絡はまだか、まだ連絡はつかないのか!」
「シャッターを下ろせ! 消火器持ってこい、消火器だクソッタレ!」
艦の乗組員すべて、と言えるほどの人数が集まっていた。彼らは通路に列を組み、バケツリレーをくり返している。
何百杯も、何百杯もバケツが往復する。
もう何本の消火器をカラにしただろう。
火の勢いが、だんだん小さくなってきたように感じる。
「博士! はやくここから避難してください!」
若い下士官がフォックスの肩を抱き、火災現場から追い出した。彼は、フォックスのギプスをかばうようにして避難の誘導をしてくれた。
「は、はい。みなさんお気をつけて……」
フォックスは食糧庫を背に、その場を離れる。
配管とダクトだらけの狭い通路を、逃げるように進む。ようやく誰もいなくなったことを確認すると―――
「レインショット……死にやがれ」
鬼のような表情で、つぶやいた。
(鳴らねえじゃねえか、警報がよお!)
すさまじい怒り。
そして、なにか嫌な予感がした。
警報が作動しなかった。
なにかおかしい……!
仕事はカンペキに終わった。
ハイドランジアは完全焼失させたし、証拠はなにも残してない。
だが、事前の打ち合わせとちがう。
作戦の成否にかかわるほど重要な予定がだ。
まさかレインショットのやつ、まだなにか企んでいるのでは? 警報が鳴らなかったのも、ヤツがなにかしたのではないか?
いやいや、さすがにそれはない。
いくらなんでも、自分の乗ってる船を全焼させるようなことはしないだろう。やっぱりさっきのは警報が故障していただけだろう。
「どっかで爪切り借りれねえかな」
フォックスはいま、とてつもなく疑心暗鬼になっている。同時に、とてつもなく残酷になっている。
フォックスは、本気でレインショットを拷問しようと考えている。ほかにも隠しごとがないか、洗いざらい吐かせるつもりだ。
爪切りなんかをどう使う気なのかはわからない。
でも、殺しはキモいからイヤだ。
合理的理由から、フォックスは爪切りを使うことにした。
「それはそれとしてニニコだな……メンドくせえ」
レインショットの依頼を引き受けないでほしい。
ニニコの言ったことが、いまごろフォックスの胸に刺さる。たしかにこんな依頼は、引き受けないほうがよかったかもしれない。
だーからー、そういうワケにいかなかったんだってば!
ひとまずレインショットのことは、あとにしよう。
どうせ海の上では逃がすこともないし。
まずはニニコだ。
このあとニニコとするであろう会話のリハーサルを、頭の中でくり返した。
レインショットを拷問しようと思うんだ!
お前もやる?
さすがにこんなことニニコには言えない。べつに言う必要なんかないんだが、はたして隠せるものだろうか。
(アタシ、すぐに顔に出るからなあ……)
とくに考えがまとまらないうちに、部屋についてしまった。
たぶんニニコ、まだ泣いてるだろう。
これが陸の上だったら、フラペチーノでも飲みに行かない? みたいな感じで仲直りのきっかけを作れるんだけど。
海の上じゃどうしようもない。
船の生活というのは、なんとも不便なものだ。
ああもう!
考えててもどうにもならん!
「おーい、起きてるか?」
ガチャ。
ドアを開いたフォックスは、つとめて明るい声で入室した。
しかし。
「はい、起きてます」
「うわあ!!」
フォックスは飛び上がるほど驚いた!
部屋にいたのは、ぜんぜん知らないひとだった。
「お邪魔してますよ」
見知らぬ女が挨拶してきた。
あろうことか、アイテムを纏った女がベッドに腰かけている。
「ちょっとあんた誰!? ここにいた女の子は??」
パニックのフォックス。
わーわー!
混乱するフォックスに追い打ちをかけるように、女のアイテムが動く。巨大な腕みたいなのが持ち上がり、にゅっと近づいてきた。
マジックハンドみたいに、ぎゅるるとフォックスに伸びてくる。
「ひゃあ、あっち行け! なにこの手!?」
腕のアイテムが、フォックスに襲いかかる。
いや、狙いは右腕のギプスだった。マジックハンドが器用に包帯をつかみ、ビリビリと破いていく。
ビリビリビリ。
露わになる籠手。
「な、なんだよテメエは!」
ガシャン!
フォックスが籠手を突き出した。なんでも燃やす籠手……見られてしまった以上、戦うしかない。
しかし女の反応は、予想外だった。
目を潤ませて、なぜかフォックスに抱きついてきたではないか。
「会いたかった……」
「にゃあ! なにする!」
しがみつかれた!
会いたかったってなに!? 本気でワケがわからない!
「な、なんだよてめえは! ちょ……はなせ! ぐええ……」
ぜんぜん逃げられない。
すごい力だ。
「マジでなんなんだよ!? 離せっての!」
離さない。
女は泣き出しそうな顔を向け、すこしだけ腕の力を緩めた。
「フゥ。ほんとうに、フゥですか……」
「はあ!?」
心臓が止まりそうになる。
フゥ。
10年ぶりに呼ばれる、とっくに捨てた名前。
そして気づいた。
目の前にいる女は―――
「マリィ……マリィか!?」
驚きで声が高まる。
「マリィ、生きてたんだな! マリィ!」
「ええ、私です。フゥ……」




