第63話 「アップ アンド ダウン」
「レインショットは、手下をかならず近くに置いてるんだってな……アンタらがそうか?」
トラが低い声をもらす。
じろり、ふたりの水兵を睨みつけた。
「なんのマネだ、俺はレインショットの客だぞ……それを……」
「な、なんでテメエが知って……! ああそうか、バーベキューファイアに聞いたな」
「ちょいと状況が変わってよ、全員殺すことになっちまったんだ。ひひひ」
アイラとベックスは、悪事を隠す気がないらしい。それどころか、トラに聞かれるがまま正体まで明かしてしまった。
まだ計画に着手すらしてないのに、バカかこいつらは。
「どうしたマリィ。早くこいつを始末してくれ、ほかのやつに見つかる」
女。
以下、マリィと記載する。
マリィの肩シールドは、すでにトラの長靴をつかんでいる。なんとか持ち上げようとしているが……だめだ。
「こ、こいつ重すぎます。なんですかこれは」
マリィはがんばっているが、まるっきりトラは動かない。
あきらめたのか、肩シールドは長靴を離した。
「だめです、こいつは後まわしにしましょう。アイラ、ベックス、さきに死んでください」
「……は?」
「いま、なんて言った?」
思いがけないマリィの言葉に、アイラとベックスが固まる。
は?
いまなんて?
「おい、どういう意味だ? ぐえ!」
「な……なにを……!」
ガシ!
ガシン!
左右のアームが、ベックスとアイラの首を掴んだ。
2人の足が甲板から離れた。
なんという力だ。成人男子2名を宙づりにしてしまうほどのパワー。いやアイテムもすごいが、それを支えるマリィの足はどうなってるのだ?
女の、いや人間の筋力ではない。
「うぐ……」
「あ、あぐ……」
アイラとベックスは足をばたつかせ、泡をふく。
「全員殺すことになっちまった、のです。さようなら」
ブン!
マリィが、ふたりを海に放り投げた。
「ぎゃあああ!」
「あああああああ!」
絶叫を上げて、暗い海へと真っ逆さまに落ちていく2名―――
ドバン!
ドバァン!
数秒後に2つの水音がした。
水面までの乾舷高は、約7メートル。
たぶん死んでないと思うが、断言はできない。
「どうした!」
「なにごとだ! な、なんだお前……?」
「おい貴様、そこでなにを……なにしてる!」
人が集まってきた。
3人、4人……だれもが女を見て、ぎょっと固まる。
「なんだ?」
「て、天使……?」
「ふふ」
マリィが初めて笑った。
薄い唇をすこしだけ上げて、小さく微笑む。
白鳥が両翼を広げるように、腕みたいななにかが左右に伸びていく。まるで天使の羽のように。
「ようこそ、私の沈没船へ」
「な……ぐわ!」
「ひ……」
「うお……!」
「あああああ!」
海に放りこむ。
マジックハンドが水兵たちを、次々に捕まえては海に放りこんでいく。
「てめ、なんちゅうことしやがんだ! ぬおおおおお!」
ドガァ!
床を踏み鳴らして、トラが起き上がる。
そして、ドッシドッシと走り出した。
「うわ、なに!?」
身構えるマリィ。
ものすごい雄たけびと足音をあげて走ってくるトラに、さすがにビビってしまった。
だが、トラはマリィなんかに目もくれない。
叫びながら、甲板から飛び降りた。
「ぬおおおおおおおおおお! 待ってろ、いま行くぞおおおおお!」
いや、トラは飛び降りたのではない。
ガンガンガン!
船の側壁を、2本の足でかけ下りていく。落下同然のスピードでだ。
そのまま、ザブンと海に突入した。
「……え?」
目を丸くするマリィ。
ガシャ、と力が抜けたように肩シールドが垂れ下がった。
「な、なにいまの?」
(なんだったんでしょう、いまの男は)
(あんな体重の男が存在するなんて、おどろきましたね)
(と思ったら、入水自殺してしまいました)
(私にかかってくるのかと思いきや、とんだイカレ者です)
(いいです、忘れましょう)
マリィは気を取り直し、仕事に戻る。
カツン、カツンと甲板を踏み鳴らし、速射砲へ歩きだした。
「な、なんだ? おい止まれ!」
「侵入者……うわああああ!」
「あああああ!」
「ぎゃあ!」
「おあああ!」
途中、10何人かを海に放りこんだ。
他愛もない。
それより速射砲だ。
98式50口径連装速射砲、なんという大きさだろう。
「へえ……いままで見たなかで、いちばん大きいですね」
まるで小山のようだ。
高さ3メートルはあるんじゃないか? こんなもんで撃たれたら、あとかたも無くなるだろう。
ハンドルを回し、窓ほどの大きさのハッチを開く。窮屈な入口から、左のアームをスルリと内部に侵入させた。
ゴソゴソ。
天井を探ると、すぐにブツは見つかった。
箱だ。
金属の箱が、ふたつある。
ひとつは警報器。
そのとなりに、まったく同じ大きさの箱がある。警報器の付属物のように偽装してある。とても安上がりな密輸手段だ。
フェイクのほうを強引に引きちぎる。
ジリリリリリリリリリリリ!!
ウィンウィンウィンウィンウィン!!
ビビビビビビビビ!!!
すさまじい警報が、艦中に鳴り響く。
「うわっ! やっちゃった」
どうやら間違えたらしい。
警報器のほうをちぎってしまった。
「しまった、どうしましょう」
あわててもうひとつも引きちぎり、アームをしゅるしゅると外に出した。
救急箱ほどの大きさの、金属の箱。
マリィが、よいしょと脇にかかえた。
まもなく警報を聞きつけた連中が、大挙してここに来るだろう。
(おあいにくさま、どんどん海に放りこんであげましょう)
(私のノルマのために……)
1分、2分……
来ない。
「……来ませんねえ」
だれも来ない。
おかしいではないか。
「どうなってるんでしょう。しかたありません、さきに沈没作業にかかりましょうか」
そこへ!
ドガァ!!
「ああああああああ! 冷てえええ!」
全身ずぶぬれのトラが戻ってきた。
ガンガンと船壁をのぼり、ふたたび甲板に戻ってきたようだ。
「ハァ、ハァ。て、てんめえ……ひとりも助けられなかったじゃねえか! はあ、はあ……」
なんと、落下者を助けに海面まで行ってたらしい。
だが、誰も助けられなかった。
ガン、ガン!
トラは憤怒の形相で、マリィに歩みよる。1歩ごとに、びちゃびちゃと甲板に水たまりができた。
「そのアイテム……ゲホッ! はぁ、はぁ、名前はなんだ……? なにができるアイテムだ!」
絶叫!!
「な……なんですって?」
マリィの表情が変わった。
驚愕―――
「いま、なんと言いましたかお前。アイテムって言いましたか?」
アイテム。
その言葉に、マリィの目の色が変わった。




