第62話 「マジックハンド」
「なんなんだよ、アレは……」
トラは身を乗り出して、目を見開いた。
海の上に人間が……いや人間かどうかわからない。そいつは波にゆられて上下しながら、海上を歩いてくる。巨大な腕で。
体だけは普通の人間のサイズ……だと思う。だがその腕は、体長を超えるほど大きく長い。
いや、そもそも腕なのか?
翼のようにも見える。
2本の、腕だかツバサだかで、のっしのっしとこちらに向かって歩いてくる。海面をだ。
そんな非常識なものは、トラの知る限り、この世にひとつしかない。
アイテム――――――
「マジかよ……」
ただちにオーナーに知らせなくては!
い、いや、さっきの見張りの2人を呼ばねば!
「す、すいません! ちょっと、ちょっと来てください!」
25メートルほど離れてしまった水兵たちを、トラは呼び止める。
「なんだ?」
「なんだ、どうした?」
あわただしく2名の水兵が戻ってくると、トラはあせりながら海を指さした。
「あ、あれ見てください! 海に人が…………いませんね」
真っ暗な、不気味な波の音がひびく海。
さっきの人間が、いない。
「あれ????」
あきれて顔を見合わせる2人の水兵。
なに、どうしたわけ?
「なんだ、いったい」
「海になにかあるのか?」
「いや、あそこに…………なんも無いですね」
「……」
「……」
とてつもなくイタい空気。
大騒ぎしたのに、見間違いだったらしい。
「あはははは……すんませんッス。お騒がせしました」
顔面真っ赤っかのトラ。
一刻も早くこの場を離れたい。そそくさと振り返ると……
いた。
「ぎょッ!!」
悲鳴をあげてトラが飛びあがる!
5メートルくらいの目の前に、いる。
甲板の上に……いつのまに!
その、あまりに奇妙な姿はどうだ。
女。
女が甲板に立っている。
オールバックのカーリーボブに、女にしては屈強な肢体。ハイネックビキニの大きな胸に目が行く。上半身は、ビキニの水着しかつけていない。
発達した足の筋肉が、ショートパンツに映える。
いやそんなことより、女の肩からアイテムが垂れさがっている。
引きしまった脇腹を、肋骨のような骨組みが後ろから包みこんでいる。まるでコルセット―――
それを支えに、長く大きな「鎧袖」が、左右の両肩を隠すように2枚、腰まで垂れさがっている。
天使の翼……なんて良いものではない!
細ながいブロックを、短冊状にずらりと連ねた構造。
簾のような “ 肩を覆う盾 ” を垂れ下げている。
腕のように見えたのは、この巨大な「肩シールド」だったらしい。これを使って海の上を歩いていやがった。
「出っ……!」
出たァ!!!!
叫びそうになったトラだったが……水兵たちがそれより早く、女に近づいた。
「よう、マリィ。久しぶりだな」
「わりぃな。急に呼びつけてよぉ」
とてつもなく気さくに声をかける、水兵2人。女の体を舐めるように、ニヤニヤと眺めている。
マリィと呼ばれた女が、腕組みをしながらそれに答えた。
「アイラ、ごぶさたしています。ベックスも。早速ですが、ブツはどこです?」
「ああ、あそこさ」
ひときわ大きい体のベックスが、甲板の中央を指さす。高さ3メートルを超える、速射砲だ。
「あの砲のなかに隠してあるんだ。いつもの偽装をしてあるからよ。すぐにわかるぜ」
状況について行けない。
この女は、水兵2人と顔見知りなのか?
って!
ガンッ!!
「がァ……!」
突然トラは、顔面を殴られた!
景色が揺れる。
激痛――――――があんと真後ろに倒れる!
強打した後頭部に熱い感覚。
背中に伝わる、甲板の冷たい感触。
ぐらつく視界でトラが見たものは、マジックハンドのように伸びた「肩シールド」だった。
細長い板を交差させて伸び縮みする、あのマジックハンド。
びよんびよんと上下する肩シールド……その先端は、物がつかめる構造になっているらしい。腕そのものだ。
人間の手のような構造―――
こいつで殴られた!?
速すぎてまったく見えなかった!
もうろうとする意識を、必死に保つ。
気絶してなるものか。
頭上の会話が耳に入る。
水兵2人の声だ。
「あいかわらず凄え代物だな、マリィ」
「おっかねえや。そら、コイツを海に捨ててくれ」
水兵……アイラとベックスが、恐ろしいことを女に命じた。
「はい。よいしょ……」
トラの腕をつかむ、鎧のアーム。ぐいと強い力で引っぱられる。
しかし、トラの体はびくとも動かない。
「む……あ、あれ?? なんですコイツ。動かせません」
ぐい、ぐい。
トラの上半身は持ち上げることが出来た。だが、長靴の超重量……まったく持ち上がらない。
「こ、こんなバカな……」
困惑するマリィ。
と――――――
「離しやがれ、マリィ……」
仰向けに倒れたまま、首を起こすトラ。
ものすごい形相だ。
「マジにぶちきれたぜ……」




