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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第1章「途方もないノルマを焼き捨てる今日へ」
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第6話 「オートマ」




「火のッ! 用――――――心!」


 ズ――――――ン! !

 ゼーゼー、ハーハー。


 街の商店街に、大バカ野郎の絶叫がとどろく。


 商店が並ぶ通りに入ってから、トラの歩くペースは目に見えて落ちていた。

 人通りはすこしづつ増えてきたが、町の住人たちはトラを見てもべつに驚く様子はない。もう慣れっこのようだ。


 いま何時だろう。

 消防本部に戻る時間は、とっくに過ぎているはずだ。


 参ったぜ。

 いいわけがなにも思いつかねぇ。正直に話したらクビ確実だし、どうすりゃあ……






  『右手……』



「え?」

 誰かが、しゃべった。誰だ……



  『右手が空いた』 



「あ? え? あ!」

 長靴が、しゃべった。

 呪われたあの日と同じ、地の底から響くような声。



『ここから近い。再びひとつに……』



 呪いにかけられたあの日(・・・)以来の、長靴のことば。

 トラがわめきたてる。


「ててててめえ! 10年ぶりに(しゃべ)ったな! 外れろコラァ!」

 

 こ、こいつのために俺の人生は……!

 くそ、ちくしょう!

 こいつめこいつめ!


 自分の足に向かい、どなり声を浴びせる。


「お前を粉々にして、ブタに食わせてやる! (たい)らげたブタから順にオレが食い殺してやる!」


 ……筆舌に()くしがたい罵声(ばせい)

 近くにいた学生が腰を抜かす。

 ある買い物客は、わが子の耳をふさいで逃げ出した。若い奥さんたちが遠巻(とおま)きに、ヒソヒソとトラを眺めている。

「ちょっと、あのコ」

「呪いのコでしょ。やだ、下半身と会話してる」


 ざわざわと、尋常でない様子のトラを囲むように人だかりができた。


   

『今、行くぞ……』



「俺から離れやがれえええええ!」



   ズン……!



「お? おおお?」

 ズン! 

 ズン!


「おおおおおおおおおお? ちょ、おい待て! どこ行くんだよ勝手に!」

 ズン! 

 ズン! 

 ズン!



 ……勝手に?


 長靴がトラの下半身を強引に動かし、ズンズンと歩き出した。トラの意志を完全に無視し、どんどんと歩きはじめたではないか! 


 がつん。

 ドシン! 

 人にぶつかる。ポストにぶつかる。


「痛て!」

「わっ」

「ワンワン、キャイン!」

 通行人に、犬に、原付バイクに体当たり!

 障害物をものともせず、まっすぐまっすぐ長靴は進む。

 ズゥンズゥン。


「ちょちょちょちょ……」

 トラはパニックになっていた。

 わお、痛て、アッごめんなさい、止、とめてくれ!

 

 ……やがて目の前に商店が(せま)ってきた。



「おうトラ。精が出るな……おい、なんだ! バカよせ……」

 こちらに向かってくるトラを見た八百屋の店主が、悲鳴を上げる。


「よせと言われても、あ、あ、超絶(ちょうぜつ)やばい!」

 ズドンズドン!

 足だけが先行するような変な体勢で、八百屋の店内に突入した!

「よけて! あッもう、ぐわー!」


 ドゴォン!

 青果の商品棚をなぎ倒し、さらに店の奥へ向かう。お前は機関車かい。



「なにしやがんだ! ああ、店が……」

 怒る店主。


「俺じゃねえ、靴が勝手に……いてて、果汁が目に! スダチだ、ユズだ!」

 柑橘(かんきつ)類の(たな)に突っこみ、パニックになるトラ。

 店内をあらかた破壊したあと、奥の勝手口をぶち抜いて裏通りへと消えていく。まるで嵐……

 ズゥン、ズゥン、ズゥン!

「なにも見えない! 酸っぱい、痛い!」



  『再びひとつに……』



 八百屋に開いたトンネル。その奥から、トラの悲鳴がまだ聞こえる。

「助けてくれ~!」

 

 どうしろってのよ。

 通りに残された人々は、ただ茫然(ぼうぜん)と立ちつくすのみだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ゴオオオオオ……


 洋館は、いまや外からも火災が起こっているのが見て取れる。黒煙が上がり、屋根裏へ侵入した炎は廊下へと流れはじめた。

 その出火場所である、3階の大広間――――――



  『腕だ……腕がある……』


   カチャン、ガチャン……


  

「て、てめえ……なに考えてやがる!」

 青ざめながら()えたてるフォックス。

 その視線のさきでは、籠手(こて)があたらしい宿主に()りついていた。



「なにって? 見ての通りだよ。先生」 


 組長……彼の右腕を(おお)う、大量のブロック群。



挿絵(By みてみん)





  『119軒に火をつけろ……』

  『それまでは決して外れない……』




「消火器だ! 消火器を持ってこい!」

「消えねえよ、まるっきし消えねえぞボケッ!」

 なんとか火を消そうと、組員たち数人が(あわ)てふためいている。やれバケツだ、消火器だ……

 

 その広間の中央で、組長の右腕にカチャンカチャンと籠手が組みあがってゆく。

 

 ……組長は正気なのか? 

 自分から呪いのパーツ群に触れ、右腕に(まと)わせた。


 カチャン……カチャン……


 籠手が、組みあがった。



「バカか、なに聞いてやがった! そいつの呪いにかかったら……くそ! てっめえ離せ、ほどけ……!」

 2人の組員に取り押さえられ、フォックスは後ろ手に手首を縛られている。さらに胸囲を腕ごとぐるぐる巻きにされて、床に転がされた。



「ぜんぜん構わねぇさ。こぉんな(すげ)えモン手放すなんざ、先生の気がしれねえな」

 組長が左手で籠手をさすりながら、愉快そうに笑う。


 ぱちぱちと(てのひら)から火が()き出し、ぼうぼうと球形にうずまいた。


 炎―――

 ボゥッ!

 ゴウ、ゴウ……

「ほほ、こいつはいい。おい、てめえら火は消えそうかぁ?」



「ダメです! 消えっこねえっすよ、熱ちっ!」

「組長、ここはもういけねえ。はやく外へ……」 


 組員たちの足元には、(カラ)になった消火器が何本も転がっている。なんとか消火しようと苦心(くしん)した。

 だが炎は壁一面に広がり、屋敷全体に延焼するのは時間の問題だろう。おそらく屋根裏はすでに火の海にちがいない。


 大広間いっぱいに、火の粉が舞う。



「よしお前ら、ずらかるぞ。もうこんなボロ屋敷にゃ用はねえ。ははは、この手甲がありゃあ、金なんざいくらでも入ってくるぜ」

 組長の右手で、火球はさらに温度を上げた。

「あちち! なあ先生、いっぺん出した火玉はどうやって消すんだい?」



「て、てめえ……後悔すんぞ。そいつは……あぐぁ!」


 ズドッ!

 なんとか(ひざ)で起き上がろうともがくフォックス。その背を、組長がカカトで()(しず)めた。


 重い……もう一発!

 ズドォ!

「ギャッ! ゲホぉ! ゴホ、い、ひい……」

 


「なるほど、消せねぇわけだ。じゃあ先生に燃えてもらおう。前から言おうと思ってたがな、あんたは(たけ)えくせに、仕事を選びすぎだ。ははは」

 組長はフフンと()えた腹をゆすり、がしゃりと籠手を鳴らして火球をフォックスに向けた。


「~~~~……!!」

 にらみ返すフォックス。だが……熱波で目を開けていられない。

 視界が揺れる。

 死、ぬ――――――


(ちくしょう……ああ、最後の最後にバカやっちまった。さんざん好き勝手に使ってくれた仕返(しかえ)しなんざ、考えるんじゃなかった)


(思い出したぞ。私の人生、こんなヘマばっかりだった。入るなって言われたお城の倉庫に入って、呪いにかかって、119軒燃やせとか言われて……泣きそう)


(マリィはどうしてんだろ? 人生で友達と呼べたのは、とうとうマリィだけだったなぁ。あぁ顔が焼けそう)


(さっすがアタシの火ィだ。キレイ。食らったら、さぞかし熱いだろうな。それが怖くて、生き物は燃やせなかったのに)


(暑ちぃ……)




 …… 

  ………


   ズドォオオン。

   てめえ、この止まれバカ!


             ………

               ……

                 …





(……なんだ? あれ? この声は……)


 屋敷が揺れる。


 ガシャ、ガシャン!

 炎上するサイドボードから、年代物の(つぼ)が落ちた。



 …… 

  ………


   ズドォ! 

   ズドォ!!

   ちょ、お前ここヤクザの事務所…… 


   ズドン、ズドン、ズドォン。

   ぐわー、入っていく!


             ………

               ……

                 …



 廊下から叫び声が聞こえる。

 床が振動する。



 …… 

  ………


   ズドン! 

   ズドン!


   ゴホゴホ、なんかケムいぞここ!


   ズドン! 

   ズドン!


   ゴホ、まさか火事じゃねぇだろうな!


   ズドン! 

   ズドン!


   よせバ……やめ! 


   お、お邪魔します!


             ………

               ……

                 …





挿絵(By みてみん)



 ドゴォ!!

 バラバラバラバラ……!


 扉が蹴り飛ばされ、粉々(こなごな)にぶっ飛んだ。

 ズシン、ズシィン……!

 大広間に入ってきた長靴男が、気まずそうに挨拶(あいさつ)を始めた。そして叫ぶ。



「どうも……こんちわ。あの、火の用心……ぎゃあ! ライブで燃えてんじゃねえか!」



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終身刑の魔女より

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いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



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