第59話 「ドント クライ ベイビー」
「ぐすん……フォックスのバカ……」
ベッドの上で丸まり、ニニコは泣いていた。枕を抱えて、グスングスンと鼻を鳴らす。
しばらく、めそめそと泣いていたが……
「くすん……ハッ!」
突然!
なにかを思いついたように、ハッと目を見開いた。
「そうだ! 泣いてる場合じゃないわ」
はっきりと口にした。
泣いている場合ではない。
ニニコは起き上がった。
「私がハール二等兵を助けなきゃ!」
ニニコは使命感に燃えている。
ハール二等兵はいま、医務室に拘留されているはずだ。たぶん、ベッドとかに拘束されてるんじゃないだろうか。
薬物の使用が明るみに出れば、彼はおしまいだ。
いちばん悪いのは、麻薬を持ちこんだレインショットなのに……!
理不尽すぎる!
そんなのかわいそうだわ!
「私が助けてあげなくちゃ……!」
決意は固い。
レインショットの部屋に行き、ハールの事件をもみ消すように説得するのよ!
いいえ、脅迫するのよ!
イヤだとでも言おうものなら、私の " 真っ白闇 ” が黙っちゃいないわ。
黄色の触手は電気ショック。
黒の触手は毒ガス。
黄緑は……なにを隠そう、塩酸なのよ!
「勇気を出すのよ、ニニコ……!」
シーツで涙をぬぐい、部屋を飛び出した。
向かうはレインショットの部屋だ。
大丈夫、きっとうまくいくわ!
愚かな決心を胸に、ニニコはせまい通路をぱたぱたと走る。
…………この子、ここまでバカだったっけ?
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「すげえな、これぜんぶ食糧かよ」
ハイドランジアを燃やすため、フォックスは食料の備蓄庫にいた。
大型冷蔵室のわきに、衝立てで区切られたスペースがある。そこにはダンボールが山のように積まれていた。
何百箱あるのだろうか、ぎちぎちに天井まで積まれている。これがすべて食料品なのだからすごい。
レトルト品や菓子、ジュース、乾物、調味料……ここは、冷蔵を必要としない食料を置いておくスペースのようだ。
ちなみに、ここは食品を保管するためだけの倉庫だ。メインの格納庫はこんなもんじゃない。それこそ体育館くらいデカい。
「さて、と―――」
ハイドランジアはこの中の、フルーツの缶詰に偽装してあるはずだ。きょろきょろとダンボールの山を見まわす。
と。
「そこにいるのは誰だ!」
とつぜん、男の大声。
フォックスの背後から、筋骨隆々の水兵が声をかけてきた。
「あら、ごめんなさい。お邪魔しています」
にっこりとフォックスは振り返る。
この女、おどろく様子さえ見せない。
「おっと! 失礼、博士でしたか」
まだ二十歳まえと思われる若い水兵は、不審者がフォックスとわかるや、とたんに笑顔になった。
鼻の下を伸ばして、へらへら笑っている。
「どうされました? ここは立ち入り禁止ですが」
「申し訳ありません、妹を探してましたの。夕方から見当たらなくて……どこに行っちゃったのかしら」
右腕のギプスをさすりながら、さらっとウソでごまかした。
その間も、きょろきょろと周囲を見まわす。
と。
みつけた。
山積みのダンボールから離れた位置に、ぽつんと置いてある木箱があった。ミカンの缶詰のラベルが貼られた木箱だ。
そのラベルには赤いマーカーで、大きくバツ印が付けられている。
「あの、あそこに置いてある木箱はなんですの?」
水兵に顔を近づけ、ボソッと小声で尋ねるフォックス。
さらさらと艶のある髪から、女のにおいが香る。水兵はたまらない気分になった。
「ええ、あれは期限切れの缶詰です。どういうわけだか、間違って搬入されたようで。は、ははは……」
水兵は照れているのか、たくましい体をもじもじとよじる。軍人が巨体をくねらせる姿は、じつに不気味だ。
そのとき。
どこからともなく、なにかが壊れる音と、すさまじい悲鳴が響いた。
トラの声だ。
ガシャ―――ン!!
「うわあああああああああん!」
「研究データが、パソコンがあああああ」
「博士に怒られるよおううう」
顔を見合わせるフォックスと水兵。
「なにごとでしょう? いまのは、博士の助手の声では」
「さあ……わかりませんわ」
わかりませんわと答えたフォックスの、苦々しげな顔。まさか、トラがここまで演技がヘタだとは思わなかった。
とんでもないダイコン役者だ。
通路からは、まだトラの泣き声が、おんおんと聞こえてくる。




