第54話 「メイジャー・ジョンソン」
少佐とフォックスが甲板を去った。
残されるトラとニニコ。
さあさあと吹く風が、とても心地いい。
背後では海兵たちが、せわしく各自の任務に追われている。
そんな船上でのんびり海を眺めているのは、じつに贅沢で、手持ち無沙汰だ。というより、することがない。
どこまでも続く水平線―――
「ねえ、トラ」
「なんだ、ニニコ」
「わたし、海の旅ってはじめてよ。海ってきれいね」
「お前この3日、ずっとそれ言ってんじゃん。俺はもう飽きちまったよ」
飽きちまったと言いながら、手すりにもたれかかるトラ。
青い海に目を落とし、ニニコはつぶやく。
「ジョンソン少佐のこと、フォックスはいつも " レインショット ” って呼ぶわね」
「ああ……そうだな」
神妙な顔のニニコ。
神妙な顔のトラ。
この3日、ふたりはおなじ話題をくり返していた。
「ホントにどうなってるのかしら。トラは聞いてない?」
「昨日も言ったろ。知らねえし、知る必要もねえよ。オーナーの仕事のことに首つっこむな」
「……うん」
「さあて部屋に戻ろうぜ。ここにいたら兵隊さんらの邪魔になる。行こうぜ」
いったん、この軍艦について解説をさせていただく。
この艦は、全長160メートル。
排水量は7200トン。
ミサイル駆逐艦としては、やや大型だ。
イージスシステムも備えるこの艦は、名前を「かしはら」 という。たいへん申し訳ないが、機密のために所属はお教えできない。
現在の乗組員は、トラたち3人をのぞいて262人。いずれも屈強な水兵たちが、せわしなく勤務についている。
では、艦内の一室にシーンをうつそう。
ジョンソン少佐の部屋に、フォックスは招き入れられた。
「なんでよりによって科学者なんだよ? 記者でも赤十字でも、ほかに詐称できただろ」
壁にもたれかかるフォックス。
首にかけた、偽のIDカードをぴらぴらと持ち上げる。IDには、実在する大学の名前が記されていた。
「今日だけでも5回はボロが出そうになっちまった。バレたら冗談じゃすまさねえぞ、レインショット」
将校の部屋とはいえ、そこは軍艦の中だ。とてつもなく狭い。ベッド、チェスト、机、テレビ、強化ガラスの窓がひとつ……それだけの個室だ。
革張りの椅子に、少佐はギシンと腰かける。
「レインショットはやめてくれ。この国ではジョンソン少佐だ」
「肩書きの文句は言わないでくれ。すべて、ニニコちゃんのせいなんだからな。未成年者を艦に乗せるには、科学者の家族くらいしか無かったんだ」
部屋に入ってから、彼はうすら笑いをうかべっぱなしだ。
じろじろとフォックスの右腕に目をやる。
「国際指名手配されている君を密入国させる方法は限られるんだ。それよりも、君がまだ呪われたままと知ったときは驚いたよ。119軒の放火など簡単だろうに」
「ンなこたアンタに関係ねえだろ。それよか、あとになって追加料金なんて言わねえだろうな」
フォックスの口調は威圧的だ。
ひどくドスの利いた声。ジロリと眼鏡を光らせて、レイン……ジョンソン少佐を睨みおろす。
「おいおい、同胞をそんな目で見るなよ。わかっているとも。私は君たちをキスカンダス王国に送り届ける。君は900万ナラーの運賃を支払う。じつにシンプルな取引だ」
「暴利やがるぜ。あんたは “ 北 ” にいたころから変わってねえな、銭亡者め」
「おいおい、おなじ穴のムジナだろう。私も君も、選ばれた人間だ。能力があるからこそ “ 北 ” ……いや、祖国から亡命できた。ちがうかね?」
ジョンソン少佐。
以下、彼の名前はレインショットで統一させていただく。
レインショットの、嫌な笑み。
一方、フォックスはぴくりとも笑わない。
「いったいアンタ、おんなじ手口でどんだけ儲けてんだ? “ 脱北 ” の斡旋から始めて、いまは軍人の身分で密輸業者かよ」
「そうとも、だから同じ穴のムジナと言ってるんだ。私は密輸屋、君はその客だ。そうだろう?」
険悪な雰囲気が続く。
まるで一触即発のような不穏な空気だ。
しかし、そのとき―――
ドンドンドン!
ドンドンドン!
「少佐、ジョンソン少佐! おられますか!」
いきなり部屋のドアが激しくノックされた。
さすがのフォックスとレインショットも、びくりと肩をすくませる。
「なんだ? 入りたまえ!」
「失礼いたします!」
レインショットの返答に、若い水兵がドアを開けて飛びこんできた。
「しょ、少佐……あ、博士もご一緒でしたか! じ、じつは……そ、それが……」
敬礼もせず、水兵は口をパクパク動かす。
よほど動揺しているのか、なかなか言葉が続かない。
「ええい、なんだ! 何があった!」
レインショットが怒鳴りつける。
狭い室内に大声が響き、フォックスは耳をふさいだ。
ごくりと唾をのみこむ水兵。
ようやく、言葉が出た。
「ハール二等兵が甲板上で小銃を発砲! 現在、人質をとっております! なお人質は、その、博士の助手であります!」
……ちょっと待って。
え、なに?
「ちょっと待って」
「ちょっと待ちたまえ」
フォックスとレインショットが顔を見合わせる。
人質?
……助手ってまさか。
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「お願い、トラを離して! どうしてこんなことをするの!」
甲板の中央で、ニニコは泣き叫ぶ。
「た、助けてください! 博士、博士―――!!」
トラも叫ぶ。
現在トラは、水兵のひとりに自動小銃を向けられていた。後頭部に、ズシリと銃口を突きつけられている。
まるで銃殺刑。
これでは抵抗などできるはずがない。両手を上げたまま、トラは叫ぶことしか出来ない。
「トラ! うわああん!」
ニニコは叫ぶ。
「博士、博士を呼んでください!」
トラも叫ぶ。
「俺は妖精だ! ピーターパンを呼んでこい!」
犯人の水兵も叫ぶ。
なんと言えばいいのかこの水兵……目がイってる。




