第5話 「バーベキューファイア」
町はずれの高台に、3階建ての洋館がある。
田舎町のサウスキティには似合わない、白亜の館。敷地は高い塀に囲われ、あちこちに監視カメラが設置されている。
3階のもっとも日当りのいいこの部屋は、オフィスに使われているらしい。高価そうな調度品や、絵画、陶器、彫像などは、いかにもいかがわしい雰囲気だ。
でも、いかがわしいのは当たり前。
だってヤクザの事務所なんだから。
「ハーハッハ、こんなに早くカタをつけて頂けるとはねぇ。さすが、お見それしましたよ先生」
「大したこっちゃねぇスよ。アタシにかかりゃね、組長さん」
広々とした絨毯敷きの洋間に、パチパチと拍手がひびく。
白髪を七・三にわけた太った男が、革張りのソファにどっかりと座ったまま、マントの女を応接している。
あの無礼な、黒髪のマント女……
「レッドローファミリーの連中、当分活動できねえそうだ。さすがはバーベキューファイア先生。おっと失礼。フォックス先生とお呼びしましょうか」
「どっちゃでも結構でさ。それよか橋の工事入札をとられたくらいで、相手の組を丸焼きにするこたねえと思うんスけどね」
「これもメンツの問題でねぇ。先生のおかげでウチの組も、本家に面目が立ちましたよ。はっはっは……」
男の高笑い。
つーんとそっぽを向く女。
※ ※
部屋のすみでは、7人の組員がマント女に顔をしかめていた。いずれも強面の大男だ。
女は、館に入ってからもマントを脱がなかった。
椅子も茶も断り、立ったままボスと話すマントの女。プロの始末屋と呼ぶにはあまりに若い。男たちは、それが不審でならない様子だ。
※ ※
組長が頬の肉を揺らして笑う。
「ところで先生。先生の腕前は、本家でもウワサになってましてねぇ。上の連中からも、先生を紹介しろって矢の催促でしてねえ」
女の機嫌をうかがいながら、組長は次の仕事の話をはじめた。
なるほど。
本家とやらがどんな極道かはわからないが、レッドなんとかファミリーを壊滅させたのは、よほど名誉なことらしい。
だが……
「アタシがウワサに、ねえ……」
女の表情はあくまで険しい。
「組長さん。街中アタシのウワサで持ちきりでしたよ? だれが言いふらしてんすかね」
女の言葉に、ピクリと組長の片眉が上がった。
女―――以下、『フォックス』と記述する。
組長とフォックスが、一瞬にらみ合いになった。だがすぐに、ふひひと組長が愛想笑いを返す。
「いやはや。先生みたいな凄腕がついてて下さるって評判になりゃあ、うちの組も箔がつくんでね……気に障りましたかい?」
「……いんえ。ぜぇんぜん?」
ぶっきらぼうに答える。
「先生? ま、機嫌なおしてくださいよ」
組長が椅子から立って猫なで声を出した。まったく悪びれていない。
ぷい。
ふたたび、そっぽを向くフォックス。
フン……
気に障ったに決まってんだろうが。
ああ、そうかい。
裏家業の仁義も守れねえんなら、仕方ねえ。
記念すべき「119軒目」は、ここにするか……
パチン、パチン。
もぞもぞと腕を動かし、フォックスがマントの留め金をはずしていく。
パチン、パチン。
バサ……
マントがするりと床に落ちた。
開けたその姿は――――――
「!!」
「な、なんだ? そりゃあ……」
マントを脱いだフォックス。
露わになったその姿を見て、ざわと声をあげる組長と組員たち。
「おい、そりゃあ……なんだ」
「その右手、なんだ? あれ」
「先生、その右手……」
ざわ、ざわ。
ジャキン……!
右手。
フォックスの右腕には、籠手。
ゴツゴツと角ばった、レンガを思わせる石造りの籠手がはめられている。
彼女の細い腕には似合わない、不恰好で無骨な籠手。
ヒジの近くまで覆い隠す、巨大な籠手。
「ぜんぜん気にしちゃいませんよ? そん代わし……」
籠手を突き出し、ぎゅうと握り拳を作るフォックス。
「119軒、ここで引退させてもらいまさあ」
パッ……!!
勢いよく開いた掌から、火花が散る。
パチパチ……
ゴオオオオオ!
籠手の掌に、炎が吹きあがった。
ゴオオオオオオオオオオ!!
炎はバスケットボール大の球形に収束し、なおも燃え続ける。まるで超小型の太陽……じりじりと皮膚が焼ける熱気。
本物の火だ。
ガシャン。
フォックスが腕を伸ばし、壁に向けた。その動きに、小太陽がふわりとついてゆく…… 瞬間!
ドゥ!!
火球がドゥと弾丸のように発射され、壁に激突するや、炎がぶわあと広がった。
ゴオオオオオオオオオ!!
ゴオオオオオオオオオ!!
ゴオオオオオオオオオ!!
「「「のああああああああああああああああああ!」」」
またたく間に、壁一面が炎を吹きあげる。
あっけにとられていた組長ほか7名が絶叫をあげた。
「あちち!」
「うおっ」
「てめ、コラぁ」
口々に組員たちが騒ぎたてるなか、組長だけは、ソファから身を乗り出して籠手に目を奪われていた。
「オイ……なんだそりゃあ」
「うわあ、あちち!」
「ひゃあ! 天井に……」
悲鳴、炎上音のとどろく室内に、とてつもなく低い、地の底から唸るような声が響いた。
『119軒、達成だ……』
悪魔のような声。
―――籠手が、しゃべっている。
まるで悪魔のような恐ろしい声に、その場にいる誰もが言葉を失った。
あっ、籠手が……
『お前を解放しよう……』
『名残り惜しい……』
ガラン、ガラン。
ガラン……ガラン……
籠手がいくつものブロックにバラけ、ガランガランと床に落ちる。抜け落ちていくブロックの隙間から、真っ白な右腕が露わになった。
まったく日焼けしていない、真っ白な右腕。
右腕が、完全に、解放された。
「逃げた方がいいスよ、組長さん。これ、普通の火じゃねえっスから」
ゴオ、ゴオ。
炎は天井に達し、バチバチと壁紙が爆ぜて飛んだ。
室温があがる。
壁材が燃える。絨毯が焦げる。
とてつもない異臭―――