第47話 「ドゥ ノット ユー ダイ」
トラが蹴とばしたバンパーが、ごっそり外れて飛ぶ。
ドガッッッ!!
「がは……!!」
シーカの顔面に直撃した。
顔に巻かれていた包帯が、衝撃でほどけた。
視界がゆがむ。
飛び散る血、血、血……
頬の穴からも血が噴き出す。
朽ち灯に「罰」として開けられた、口内まで貫通する傷。
いや、それどころじゃない。
頭から地面に落ちる。
死――――――
『シーカ!』
ぐるり!
シーカの左腕が動いた。
シーカの意思ではない。
朽ち灯が左手を動かし、地面を叩いた。
ダン!!
ザアアアアアアアアァァァアア!
分解!
大地が粉砕され、すり鉢のような砂場と化した。
ボフン!
背中から落ちたシーカだったが、ダメージはない。
砂だ。
砂に埋まった。
もうもうと土ぼこりが舞い上がる。
「痛ッて、え……」
ふらふらとシーカは立ち上がる。
全身、砂まみれの血だらけだ。
トレーラーはもういない。
もう、はるか遠くへ去ってしまった。
「え、えん、煙羅。と、飛び、飛び、追い、追い……」
シーカは、煙羅煙羅に飛びたいと訴える。
しかし―――
『バカめ。我の窯は、もう空っぽだわ。とても追いつけん』
プシュッ。
プシュン。
煙羅煙羅が、クシャミみたいに煙を吐き出す。さっきまでの赤い煙ではなく、灰色の煙だ。どうやら本当に全エネルギーを使い切ったらしい。
「そ、そ、そ……そうか……」
名残惜しそうに、シーカは目を閉じた。
『吸った血は全部で……0.48リットルか。しばらくお前に厄介になるぞ、シーカ』
プシュッ。
プシュン。
『くそう、くそう! 煙羅煙羅、貴様のおかげで……! なぜだ、なぜ邪魔をする……いますぐシーカから出ていけ』
がちゃ。
がちゃ。
指を震わせる朽ち灯が、悔しそうにつぶやく。
『朽ち灯よ……我の封印を見ただろう? なぜ我は、水槽に封印されていたと思う?』
プシュン。
プシッ!
『知るか! くそ、くそぅ……』
ガチャ。
ガチャ。
『もう140年ほど前になるか。我もお前と同じく、単独で世界に挑もうとしてな。そして結果はあのとおりだ。朽ち灯よ……人間を侮ると、ロクなことにならんぞ』
プシュッ。
『……知るか。そんなこと知るか』
ガチャ。
ガチャ。
『さあ、我らの最初の目的はなんだった? 再びひとつに戻ろうぞ』
プシュ。
プシュ。
『……勝手にしろ! 我はもう、なにもかもイヤになった』
ガチャン。
ガチャ。
『いや待てよ。そうだ、いい考えがあるぞ。そうだ、そうしよう』
『勝手にしろ。我は眠る……シーカよ……』
シーカが、朽ち灯に視線を落とす。
その目には、怯えも、恐れも、恨みもない。ただの籠手を見るような目だ。
『……シーカ。シーカ・カリングッド……』
「あ、う」
『我はしばらく眠る。なにもかも嫌になった……』
「あ、う」
『フン……思えば、あの震災がケチの付き始めだったわ。忌々しい封印が神殿ごと消えたと思ったら、あたり一面、ガレキと死体の山だ』
「あ、う」
『生きていたのは、左手のないガキひとりだけだった……』
「お、お、俺は、あ、あのとき、お、おま、お前が……」
『お前だと!? オーナーと呼ベ!』
「お、お前が、と、灯火に、見え、た」
『バカか! お前は馬鹿か!』
イヤミを遮られて、朽ち灯は怒る。
シーカは、表情を変えないままだ。
顔中から血を垂らしたまま、じっと朽ち灯を見つめている。
会話が止まる。
2秒。
10秒。
トレーラーはもう、はるか遠い……
『ふぅ……もういい。我は眠る……』
「おや、すみ」
『死ぬなよ、シーカ……』
「し、し、死な、ない」
『いい子だ……眠っている間は、お前の、義手でいてやる……感謝しろ……半端者の、シーカ…………』
「……うん」
やがてトレーラーが見えなくなり、立ちのぼる土埃も遠くなっていく。
ドォォォォ……
もう、エンジン音も聞こえなくなった。
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ボコボコになったコンテナの中。
トラが脇腹を押さえて、あおむけに転がっている。
シーカにもらった攻撃が効いてるらしい。顔のヤケドはすでに乾いているのか、血は止まったようだ。
顔色は真っ青だが。
「トラ、トラ……起きて、起きてよう……」
動かないトラを、ニニコが揺さぶる。
ゆっさゆっさ。
しかし、ぴくりとも動かない。
いや、視線だけをニニコに向けて、ゆっくりと口を開いた。
「に、ニニコ……なんでネジなんか食ったんだ……?」
「決まってるでしょ! みんなで私をのけ者にするからよ!」
……とてつもなく、くだらない理由。
理由になってるのか?
もっともトラの行動を振り返れば、ニニコをとやかく言えたもんじゃないが。
「……ニニコ。さっき俺、ひどいこと言っちまった。厄病神とか……ごめん、許してくれ」
「許すから! 許すから起きて!」
「……ついでに、先立つ不孝もお許しください」
「ゆ、許さないわ! 許さないわよ!」
ペタペタ!
触手でトラをビンタするニニコ。
「しょ、触手で叩くな! だ、誰か……ゲッ! よ、よせ……!」
触手の色が変わった。
黄色にだ。
黄色に染まった触手が、バチバチと絡みつく。
……これ電気じゃなかったか?
「トラ、しっかりして! いま心臓マッサージをするわ!」
「や、やめて! オ、オーナー……ぐえぁ!!」
バリバリバリ!
「死なないで! エーン」
「死ぬッ! ビリビリバリバリ!」
トラの体が焦げていく。
数秒間、絶叫してから彼は動かなくなった。
※ ※
ドドドドド……
「はぁ~」
フォックス肩を落とし、ハンドルに寄りかかる。
死ぬほど疲れているのか、ため息もなんか弱い。咥えた煙草に、パチパチ、ポッと火をつける。
「すぱ……ふう」
へし曲がったサイドミラーに目をやった。
さっき、シーカが振り落とされたのが見えた。
トラとニニコは……コンテナの中だろうか?
さっきトラの叫び声が聞こえたような気がしたが、もう聞こえなくなった。
なにがどうなってるのか、わからない。トレーラーを止めるべきかどうか、判断がつかない。
もう一度、ため息をついた。
「……小娘。まさか、ついてくるなんて言わねえだろうな」
すさまじい疲労と、大ケガ。
そして出費。
それなのに、事態はなにも進展しなかった。
本当に、なーんも進展しなかった。
朝が、完全に明けた――――――




