第45話 「ナイスキャッチ」
「早速ですが、お引き取りを。俺の世界から、今すぐにだ」
ゴォン!
ドドドド……トレーラーが荒野を走る。
すでに研究所の敷地は、はるか後ろ―――ボロボロになりながらも猛スピードで走る車体を、朝焼けの太陽が照らす。
なんと、そんなに時間が経っていたとは……地平線から朝日が射しこみ、運転席のフォックスが目を細めた。
そんなことより。
後方から、怒鳴り声と悲鳴と、なんか物騒な音が聞こえる。
ガゴン、ガゴン、ゴコン!
ざっけんなコラ、死にやがれ、きゃあフォックス、きゃあ、きゃあ……
大揺れするコンテナ。
大小無数の破片が、車体からバラバラと飛び散るのが……さっきからサイドミラーに映ってるんですけど。
「い、いったい後ろで、なにしてやがんだぁ?」
パチパチと、バックカメラのスイッチをオンオフするが、モニターには何も映らない。
「くそッ、こんのポンコツ!」
振動が激しくなる。
※ ※
ズギャ、バキン!
長靴がコンテナのバックカメラを踏みつぶした。
「こんにゃろ、ブッ切るぞゴラぁ!」
「ふっ、だは!」
ドガッ、ドガ!
ドガ、ダゴッ、ボゴッ!
めった打ち。
いや、取っ組み合い。
トラの長靴は、コンテナに貼りついていて使えない。
シーカの左手は、やはりコンテナに埋まって使えない。
ひとりは水平立ち、ひとりは壁に刺さっている……人類史上、もっとも奇妙な肉弾戦がくり広げられていた。
シーカはやはり、拳法かなにかの心得があるのだろう。両手で殴りかかってくるトラに対し、無理な体勢からでも蹴りを放ってくる。
パンチだ!
キックだ!
もう収拾がつかない。
「ネ、ネジ。か、返せ!」
「俺に言うな! ウガッ、痛てぇなコラ! 上のラウンドガールに言え!」
ドガ!
ドガ、ドゴ!
コンテナの天井から、ニニコが乱打戦を見下ろしている。
「あ、危ないわ! トラ、シーカ!」
必死で叫ぶが―――
「サンキュー教えてくれて! オラァ! お前こそパーツ返せ、ボケ!」
バキャ!
ガン!
「グア……! か、返し、返しかた、なんて、し、知らなガハッ!」
ゴン!
バキッ!
「だったら八つ裂きにしてやる! バラバラの残骸からパーツ探してやる!」
大立ちまわりが続く―――次の瞬間!
ドドドド……ガッ!!
なにかに乗り上げたのか、トレーラーが激しく跳ねる。
「うお! あ――――――ッ!」
バキン、バキバキ……長靴の重さに耐えきれず、扉の片方がまるごと外れた。コンテナの中に転がり落ちるトラ。
「おわ―――……ガン! 痛え!」
バランバラン!
ガラン、ガラン!!
外れた扉が、地面にバウンドして粉々に砕け散った。
それと同時!
「キャ……!」
コンテナの上からニニコが落下した。
「!! ニニコ…………おぶッ!」
ガシィ!
シーカが右手を伸ばし、ニニコを抱きとめた。ナイスキャッチ。
「ひー! ひー!」
「ぐ! お……お、重、おも……」
パニック状態のニニコ。
苦悶の表情のシーカ。暴れる彼女の体重が、両肩にかかる。い、い、痛い……!
どっかりとコンテナ扉に刺さった煙羅煙羅が、煙をシュウと噴き上げる。
『娘! 我のパーツを返せ!』
「ヒー、ヒー!」
「く、く、苦し、し、し……」
『聞いているのか、娘!』
「ヒー、ヒー!」
「く、く、苦し……」
マジで収拾がつかなくなってきた。
※ ※
一方―――
「ぬう、痛ててて……」
コンテナの中に転がされたトラが、頭をさすりながら上体を起こした。
思いっきり後頭部を強打した。片っぽ無くなってしまった扉の向こうから、シーカと、ニニコと、煙羅煙羅のわめき声が聞こえる。
よ、よくも……
「くそっ、ぶっ殺してや…… あン? なんだ……?」
扉の内側に、なにかがある。
暗くてよく見えない。目を凝らすと―――
「なに……? うわ!!」
『こんなバカな……こんな、こんなはずでは……アモロ……』
朽ち灯。
残ったほうのコンテナ扉を貫通して、突き出ている。
『なにかの間違いだ……間違いだと言ってくれ……』
なにやら呟いている、コンテナから生える籠手。
ブチ切れのトラ―――
「てててめえ! 元はと言えばお前が……パーツ返せ、このキッチン手袋!」
掴みかからんばかりに怒鳴りたてる。
彼の真剣な訴えも、朽ち灯にはぜんぜん聞こえていないらしい。がちゃがちゃと指を震わせる。
『アモロ、アモロだ……アモロならば……』
がちゃがちゃ。
『煙羅煙羅の呪いを解ける……』
ガチャ。
がちゃ……
はい?
「おい聞いとんのか!! いい加減にしねえと…………はい?」
耳を疑う。
いま、なんと?
呪いが、解ける――――――?
呪いが解ける????????????
ドドドドド――――――
トレーラーの時速は90キロ、100キロ、95キロ……
ドドドドドドドドドド――――――