表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第1章「途方もないノルマを焼き捨てる今日へ」
4/242

第4話 「シー イズ フリー」




「ゆっくり上げろぉ!」

「生きてるぞォ!」


 たまたま近所で作業をしていたクレーン車が来てくれた。

 トラが沈んでいるらしき(・・・)場所に、ぶん、とフックを投げこむ。

 ドボーン!

 川面(かわも)に、水柱(みずばしら)があがる。


 もっと右だ、いや行きすぎだ! 

 何度か空振りしたあと、手ごたえがあった。


 ウィイイン、ギシギシ。

 ざばあ……


 フックが長靴のカカトに引っかかってくれたようだ。

 逆さにバンザイのポーズで宙づりになったトラが、川から現れた。


 ウィイイン。

 ポタポタ。

 ()雑巾(ぞうきん)のように水滴をたらす彼の体が、どしゃりと岸に降ろされる。だが、トラはピクリとも動かない。

 これホントに生きてるのか?


「ゲェホ、ウェッホ!」


 なんと生きてやがる……

 


 無事を確認できたとたん、町の人たちは早々と去っていった。ごく一部の者は、悪態をつきながら。

 クレーン車も、ゴトゴトと石畳(いしだたみ)を鳴らして帰っていく。


「まったく人騒がせな」

「どうすんだ、あの橋の穴よう」


 人々はすっかりいなくなり、トラだけが残される。

 ええ、ずぶぬれで。



※ ※



「げほ……チッ! よっこらせ」

 どっかりと地面に(しり)をつき、誰もいなくなった広場を睨むトラ。

 

 ああ死ぬかと思った。

 くそっ、どいつもこいつもバカにしやがって!  

 フン、いいさ。

 助けてくれただけ、まだこの町の連中はいいヤツばかりさ。

 フフン。



  「よぉ、災難だったな」



 んん?

 ポタポタと(しずく)が落ちる髪をかき上げ、声のしたほうを見上げる。マントを羽織(はお)った黒髪の女が、こっちを見下ろして笑っていた。


「いい靴だな、それ」



 カチン!

 とんでもない皮肉を言いやがった、このアマ。



挿絵(By みてみん)



「……誰だテメェ、変なかっこして」

「変なのはお前だろが。なんだよ、家内安全(・・・・)て」


 家内安全。

 もちろん、トラが肩にかけているタスキのことだ。


「変!? 冗談やめろ。こいつのどこが変なんだよ」

 そう言いつつ、手でタスキを隠そうとするトラ。

 恥ずかしがっているらしい。


 だが、女はそんなのお構いなし。

 興味津々(きょうみしんしん)とばかりに腰を曲げ、トラの目線まで顔を近づけた。


「おいおい隠すなよ。よく見せろよ、その変なタスキ」

 するどい目に、黒い(ひとみ)

 ニンマリと笑う女。



「よ、余計なお世話だ! 俺だって、好きでこんなタスキと旗を……あッ!」


「? どうした?」

「旗……!」


 旗がない!

 失くした、失くしちまった! 

 旗の紛失に気づいたトラが、(あわ)てて川をのぞきこむ。


 もちろん見つからない。とっくの昔に下流だろう。


 ああ……



「聞いてるか? 長靴を()いたトラ」

 楽しそうに尋ねる女。

 ニマニマ。


「……」

 うんざりとするトラ。


 ……誰だ、この女に俺のこと教えたアホは。

 ああ冷てえ。

 パンツまでぐっしょりだ……



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「消防団のバイトさ」

 

 ざばぁ。

 地面にどっかりと尻をつき、長靴に入った水を抜くトラ。ぎゅっと絞ったタスキをきれいに広げ、川岸のガードレールにかけた。


 女があんまりしつこいので、無視するのは(あきら)めて質問に答えてやることにした。構ってちゃんのクソアマめ。

 ていうか、いったん休憩しないとマジで死ぬ。そのついでだ。


「消防団のバイト? それで火の用心か?」

「てめえも火事に気をつけろよ。 " 放火魔バーベキューファイア " って知ってんだろ?」


 女の表情がこわばる。

 トラの口からも、放火魔バーベキューファイアの名前が出てきた。やはり町中のうわさになっているらしい。



「先週、ヤクザの事務所が火事ったの知ってる? それがバーベキューファイアのしわざらしいんだ。ありゃあスゴかったぜ」


 トラがびちゃびちゃの髪をかき上げる。

 ()い金髪が、水分を(ふく)んでオレンジがかっている。

「全焼2(むね)、なのに死者ゼロ。どうも死人を出さないってのが、バーベキューファイアのジンクスらしいんだ。ま、ウワサだけどな」


「ふーん」


「んで街中、急に防災だ訓練だって大騒(おおさわ)ぎでよ。見回りのバイトを、消防署が募集してたんで~~って、まあそういうわけだよ」



「なるほど、それで火の用心……ただでさえ目立つお前にはもってこい(・・・・・)だな」

「放っとけ」


 ざばぁ。

 左足も水が抜かれ、水たまりができた。



「実際、バーベキューファイア様様(さまさま)だよ。この町にゃ、もう1軒ヤクザの事務所があるんだ。ところが一方は火事で活動休止。抗争もいったん()んで、平和そのものだよ」

 


   お前(トラ)がいなきゃな。


「フッフッフッ」

 お前がいなきゃな。

 思わず、そう口にしそうになるのを(こら)えて、女が1人でウケる。


「?」

 トラが(まゆ)をしかめて、女の顔を見上げた。


「ハハ。いや、なんでもねぇ。そんで? いま何歩目だよ。1000万歩(ある)くんだっけ。もう相当きてんだろ?」

「さァ、わかんね。数えてねーもんよ」



   …………なんですと?


「なんですと?」

 今度は、おもわず口に出た。

「数えてねえだと! 気になんねーのか!?」 


 とつぜん興奮する女。

 いったい、いまの話のどこに食いついたのか。


「な、なんだよ。急に……」


 いきなり怒られてトラが(ひる)む。

 だが女は、さらにガミガミとまくし立ててきた。


「不安だろ? 両足切断したほうが楽かもとか考えるだろ!」

「考えるか、ンな怖いこと!」


 女の様子は尋常(じんじょう)ではない。

 さっきまでの飄々(ひょうひょう)とした様子とは、人が変わったように興奮している。歩数を数えていないことが、そんなにシャクに触ったのだろうか。



「ハァハァ、ふう…………」

 ため息。

 女はようやく落ち着いたのか、(あき)れたように感想を述べた。

「理解できん、なに考えてんだ」



 カッ、カチーン! 

 トラの血圧が急上昇する。


「ああ? いまなんて言いやがった! 理解!? されてたまるか、呪われてから言え!」

 ズンと長靴を鳴らして立ち上がり、逆に女ににじり寄る。


 だが……

 女は、とても冷たい視線を返してきた。


 

挿絵(By みてみん)



「お前さ―――じつはもう1000万歩以上、歩いてんじゃね? それでも長靴が脱げねぇってことは……」

 マントの(えり)からのぞいた口元が、うすく笑うのが見えた。

 


「…………へ?」

 ぞっ……

 トラの背筋に寒気が走る。

 マジで脱げなかったりして……ム、ムカ――――――!!


「なんだオラ! 怖えことばっかぬかすな! おい、ちょちょちょちょちょちょ待ておい!」



「じゃーな、がんばれよトラ。長靴脱げたらスニーカー買ってやるよ」

 女は言いたいこと言って去っていく。

 てくてく。


「待たんかい―――!!」

 すでに数メートル先を歩く女を、ずんずんと追いかける。


 ま、待ちやがれ、まだ話は終わってな、ハァハァ、ほ、ホントにスニーカー買ってくれるんだろうな、ぜえ、はあ、ま、待て、だ、駄目だ……

 わかってたことだが、普通に歩く人間にも追いつけない。



「はぁ、はぁ……ケッ、なにアイツ! おっと……いけね、バイトバイト……」


 女はもう、道のはるか向こうにいる。

 くそ、仕方ねえと、ようやく(あきら)めてタスキを取りに戻った。

 ズドンズドン。


 マズいなあ。

 ずいぶん時間を食った上に、旗まで失くしちまった。さらに橋まで……いや、巡回ルートを決めたのは消防団なんだから、これは俺のせいじゃないぞ。


 ……通用せんかな? 

 ま、いいや。

 とにかく気を取り直していこう。


「火の用――――――心! ズシーン!」



「うるせーぞ、ガキ!」

「カカカ、カチーン! なんだとォ!」


 ……通行人に(から)まれるトラ。


「毎日毎日うるせーんだよ! 家で足踏(あしぶ)みでもしてやがれ!」

「お、お、大きなお世話だジジイ! ズシン、ズシィン!」



 怒鳴(どな)りあう声が、すでに遠くを歩くマントの女にも聞こえてきた。女は一瞬だけ振り返って、郊外の洋館へと足を進める。 


 この町にある、もう1軒のヤクザの事務所へ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


終身刑の魔女より

 ↑

いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



ぜひ、応援よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ