第39話 「ベイキング ホット」
トラとニニコが、火炎地獄で漫才やっている―――そのあいだに。
その間にブロック群は、すっかりシーカを取り囲んでしまった。
ただし、距離を置いて。
約3メートル……それ以上は近寄ってこようとはしない。明らかに、朽ち灯を警戒している。
『朽ち灯よ……さっき逃げて行った女の右手にあったのは「焼き籠手」ではなかったか?』
『しかもなぜ、お前が「足枷」と「焼き籠手」を含んでいる? まさか食ったのではあるまいな。状況がまったくわからんぞ』
落ち着いた口調。
ブロック群が、かたかたと上下する。
対して、朽ち灯は興奮した様子だ。
『そのまさかだ、食ってやった。お前も食いたい。お前を1枚よこせ、煙羅煙羅ァ……』
中空のブロックを掴もうと、手を伸ばす朽ち灯。
それっ、それッ!
だがブロックは逃げる。
ザアアアア……!
ブロックのすべてが、シーカの腕では届かない高さに逃げてしまった。
『裏切りだ。我らの望みは、再びひとつとなること。それを忘れたのか』
ザアアア。
ブロック群……以下、煙羅煙羅と記載する。
煙羅煙羅の言葉に、朽ち灯がすこし冷静になったらしい。自身の心情をぽつぽつと答え始めた。
『我は……独力で世界に討って出たいのだ。世界のすべてを食したくなったのだ』
『誰の手も借りず、誰にも邪魔されず。そうしたくなったのだ。わからんか? わからんだろうな』
『なにしろ我にもわからんのだから……』
狂気。
狂気の朽ち灯。
だが煙羅煙羅は……
『わかるとも。かつて我が憑依していた赤子が、成長して同じ病にかかった。青い青い、自立心と自我の芽生えだ』
まるで子供に言い聞かせるような言いかた。
『お前まで、我を人間に例えるのか? 許さんぞ。降りて来い』
怒る朽ち灯。
『許さんでいい……それで? 我らの力まで欲したのか? 馬鹿すぎて話にならんわ』
バカにする煙羅煙羅。
『な、なんだと? なんと言った貴様!』
怒る朽ち灯。
『興奮するな朽ち灯よ。ふむ、お前は1600年で変わったな。幼くなった』
バカにする煙羅煙羅。
「ちょっといい?」
トラが話に入ってきた。
「無機物だけで会話してんじゃねーよ。この世の光景じゃねえな、まったく」
『……なんだ、お前は?』
浮かぶブロック……いきなり割りこんできた男に、ドスの利いた声を浴びせる煙羅煙羅群。
「ここのアルバイトだよ。見りゃわかんだろ」
威風堂々とウソをつくトラ。
『……朽ち灯よ。アルバイトとは何だ?』
困る煙羅煙羅。
『知るか!』
怒る朽ち灯。
あきれるシーカ。
(こいつはホントに……)
口には出さないが……いや、出せないが、本気で困った表情を浮かべた。
(さっさと逃げればいいのに、バカだなあ)
(お前のオーナーは、煙羅煙羅が解放された瞬間、尻に火がついたキツネみたいに逃げて行っちゃったぜ。なかなかの上玉だったなあ)
(ところでこいつの名前なんだっけ。そう、トラだ。まあコイツはどうでもいいや)
(ニニコ……この子もかわいいな。すごくいい子なんだ)
(初めて会った時も、俺の話を3日も聞いてくれた。優しい子だ。もしかしたら、人間との会話に飢えていただけかもしれないが……俺もそうだけど)
(お茶も出してくれたな。なのに、朽ち灯が食うと言い出したから、さんざん怖い目に合わせちゃった)
(女の子は何十人も殺したけど、この子は殺したくないなあ)
(2人とも俺を睨んでる。無理もないな)
(いいんだ。どうせ、伝えようにも伝えられない。朽ち灯には逆らえないし、どうせ俺の胸中は、俺の胸の中だけだ)
(ああ、それにしても暑い……)
ぐるぐると交錯する、シーカの心の声。
と――――――……
「それにしても暑ちぃな、シーカ」
「ッッッ……!!」
……ビックリした。
トラに、胸中を言い当てられた。
もちろん「ああ」などと答えられるはずもない。だが、わずかに口元が開く。
(……おどかすな、バカ)
目を丸くして、トラの顔を眺めつづけるシーカ。
ざぁ……
ブロック群が、トラとニニコの方を向いた。
『足枷、真っ白闇。久しいな―――』
ふわりふわりと上下に揺れながら、徐々に広範囲に広がるブロック50個。
トラの後ろに隠れるニニコ。
彼の上着の裾をぎゅっと握る。
触手で。
ぎゅっ。
『ふむ、「覚醒」しておらんようだな。会話は無理か』
『だが懐かしいぞ、諸君。さて―――……誰に憑依してやろうか?』
品定めするように、ブロックは3人の周りを舞う。
「ケッ……! 積木細工が恐ろしいこと言ってやがるぜ」
態度最悪のトラ。
ぐい、と鼻血を拭い、シーカを指さした。
「今日はここまでだ。焼け死んだら割に合わねえからな。いいかシーカ。近いうち必ず、耳をそろえて返してもらうぜ。さ……行くぞ、ニニコ」
ずしゃり!
ブロックなど無視。
背を向けて歩き出すトラ。
撤退―――
イヤだ!
ニニコは納得できない。
イヤよ、イヤよ!
「う……ううう!」
ぶわああああ!
ズルズル、ズルズルズル!!
触手12本が、高く伸びあがった!
そして……!!
ズルリ。
ぶくぶくぶく……!!
かたびらの色が変わっていく。
ぶくぶくと、あざやかな水色に染まっていく。
「ニニコ、やめろ!」
「し、死ぬわよ! 私が本気で怒ったら、みんな死ぬわよ!」
水色に染まる触手。
今度はなにが飛びだすってのよ?




