第39話 「ベイキング ホット」
「私たちが相手になってやるわ! ワーワー!」
「私たちってお前と誰だ! 押すんじゃねえ―――!」
トラとニニコが、火炎地獄で漫才やっている。
その間にブロック群は、すっかりシーカを取り囲んでしまった。
ただし、近づいてくる様子もない。
約3メートル……それ以上、シカに近寄ろうとはしない。どうやら、朽ち灯を警戒しているようだ。
『朽ち灯よ……なぜお前が “ 足枷 ” と “ 焼き籠手 ” を含んでいる?』
ガチャ。
ガチャ。
『その “ 焼き籠手 ” だが……さっき逃げて行った女に憑依していなかったか?』
『なにがどうなっている。状況がまったくわからんぞ』
『まさか、食ったのではあるまいな』
ふわふわ。
ふわふわ。
ブロック群が、ガチャガチャと問い詰めてくる。
対して、朽ち灯は興奮した様子だ。
『そのまさかだ、食ってやったのだ。お前も食いたい。煙羅煙羅よ、お前も1枚、我に食わせてくれ。いや、食わせろぉ!』
中空のブロックを掴もうと、朽ち灯は手を伸ばす。
それっ、それッ!
だがブロックは逃げる。
ザアアアア……!
ブロックのすべてが、シーカの腕では届かない高さに逃げてしまった。
ザアアア!
ブロック群……以下、“ 煙羅煙羅 ” と記載する。
『朽ち灯よ、お前がやっているのは裏切りだ』
『我らの望みは、再びひとつとなること。それを忘れたか』
怒る煙羅煙羅群。
『裏切り? 裏切りか……そうかもしれぬ』
裏切りと言われて、朽ち灯はすこし冷静になったようだ。
自身の心情をぽつぽつと答えはじめた。
『我は……独力で世界に討って出たいのだ。世界のすべてを食したくなったのだ』
『誰の手も借りず、誰にも邪魔されず。そうしたくなったのだ』
『わからんか? わからんだろうな』
『なにしろ我にもわからんのだから……』
狂気。
狂気の朽ち灯。
だが、煙羅煙羅は理解したようだ。
『わかるとも。かつて我が憑依していた赤子が、成長して同じ病にかかった。青い青い、自立心と自我の芽生えだ』
煙羅煙羅は、まるで子供に言い聞かせるような口調だ。朽ち灯のことも、赤ちゃんと比較するみたいな言いかたをする。
これは朽ち灯のプライドを傷つけた。
『貴様……! 我を人間とくらべる気か? 許さんぞ。降りてこい』
怒る朽ち灯。
『許さんのはこっちだ。我らの力まで欲しておきながら、独力でとは呆れるわ』
とうとうバカにする煙羅煙羅。
『な、なんだと? なんと言った貴様!』
怒る朽ち灯。
『興奮するな朽ち灯よ。ふむ、お前は1600年で変わったな。幼くなった』
バカにする煙羅煙羅。
「ちょっといい?」
ズシン!
トラが話に入ってくる。
「無機物だけで会話してんじゃねーよ。この世の光景じゃねえな、まったく」
『……なんだ、お前は?』
ザア!
煙羅煙羅群が、いっせいにトラのほうを向く。
「ここのアルバイトだよ。見りゃわかんだろ」
ズシン!
威風堂々とウソをつくトラ。
『……朽ち灯よ。アルバイトとはなんだ?』
困る煙羅煙羅。
『知るか、我に聞くな!』
怒る朽ち灯。
(こいつはホントに……)
あきれるシーカ。
口には出さないが……いや出せないが、本気で困った表情を浮かべた。
(さっさと逃げればいいのに、バカだなあ)
(お前のオーナーは、煙羅煙羅が解放された瞬間、尻に火がついたキツネみたいに逃げて行っちゃったぜ)
(彼女、なかなか上玉だったなあ)
(ところでこいつの名前なんだっけ?)
(そうだ、トラだ。まあコイツはどうでもいいや)
(ニニコ……この子もかわいいな。すごくいい子なんだ)
(初めて会ったときも、俺の話を3日も聞いてくれた。優しい子だ。もしかしたら、人間との会話に飢えてただけかもしれないけど)
(俺もだけどね)
(なのに、朽ち灯が食うとか言い出すから、さんざん怖い目に合わせちゃった)
(いままで女の子は何十人か殺したけど、この子は殺したくないなあ)
(2人とも俺を睨んでる。無理もないな)
(しかたないんだよ。どうせ俺は、朽ち灯には逆らえないし)
(ああ、それにしても暑い……)
ぐるぐると交錯する、シーカの心の声。
と―――
「それにしても暑ちぃな、シーカ」
トラが話をふってきた。
いきなり。
「ぎょッ!?」
さすがのシーカも、びくりと固まる。
……ビックリした。
いま考えてたことを、そのままトラに言われた。
もちろん「ああ」などと答えられるはずもない。
だが、わずかに口元が開く。
(おどかすな、バカ)
シーカが目を丸くして、トラを見た。
はじめて。
はじめてシーカが、自分自身の興味でトラを見た。
『足枷、真っ白闇。久しいな―――』
ざぁ……
煙羅煙羅群が、トラとニニコの方を向く。
ふわりふわりと上下に揺れながら、すこしずつ広範囲に広がるブロックたち。
「ひっ!」
トラの後ろに隠れるニニコ。
スカートから伸びる触手が、ガードするようにニニコを包んだ。
『ふむ、どうやらどちらも覚醒しておらんようだな。会話は無理か』
『だが懐かしいぞ、諸君。さて―――』
『だれに憑依してやろうかな?』
品定めするように、ブロックは3人の周りを舞う。
「ケッ……! 積み木の分際で、恐ろしいこと言いやがるぜ」
気分最悪のトラ。
ぐい、と鼻血を拭い、シーカを指さした。
「よおシーカ。ここ燃えてるから、外でさっきの続きやろうぜ。ほら、ニニコも行くぞ」
ずしゃり!
背を向けて、トラは歩き出した。ズシンズシンと扉へ向かう。
「……」
シーカは動かない。
去っていくトラを眺めるばかりだ。
「おいって! さっさと来いよ。焼け死んだらどうすんだよ!」
いつまでも動かないシーカに、トラは怒鳴る。どうやら本気で避難を促しているらしい。
トラは火事だから避難しようとしている。
……本当に、ただそれだけだ。
トラは逃げない。
今日、シーカと決着をつける気だ。
そのために、シーカに避難を促している。
トラは、正真正銘のバカだ。
ザア!
煙羅煙羅が、あわてて呼び止める。
『待て貴様、どこに行く』
『さっきから気になっていたが……貴様、なぜ歩いてる?』
『足枷を履いて、どうして歩けるのだ』
『おい、待たんか……』
「待つわけねえだろ。おいニニコ、さっさと来いって!」
ズシン。
ズシンズシン。
トラが避難を急かす。
でもニニコは……
「イヤよ、イヤ!」
叫ぶ。
ニニコは納得できない。できてたまるか!
「私、ぜったい許せない!」
ぶわァア!!
ズルズル、ズルズルズル!!
触手12本が、ニニコのスカートから伸びる!
ズルリ。
ぶくぶくぶく……!!
触手の色が変わっていく。
ぶくぶくと、あざやかな水色に染まっていく!
「ニニコ、やめろ!」
「し、死ぬわよ! 私が本気で怒ったら、みんな死ぬわよ!」
水色に染まる、12本の触手。
美しい。
そして、とてもおぞましい。




