第37話 「トゥ アッシュ」
トラとシーカが対峙する、そのころ―――
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―――研究室の中。
「ぷふ」
シャワーを浴びてさっぱりとしたらしい。顔を赤くしたニニコの頭から、ポカポカと湯気が立ちのぼる。
ぼさぼさしていたグレーの髪が、すっきりとボリュームを落ち着かせている。
なんだ、可愛いじゃないか。
その背後では、フォックスが顔をひきつらせていた。
「はっはっは……ベッドも飯も用意できてねぇ。どうしてくれようか……」
ため息をつくニニコ。
またこんなことを言い出すんだから、もう。この数日会う大人は、みんな私より子供で困るわ。
「……あんまりガミガミ言っちゃいけないわ。ねぇ、フォックスとトラはどういう関係なの?」
「あ? 関係なんかねぇよ。マセたこと言いやがる」
イライラを隠すことなく悪態づくフォックス。
その時、壁の向こうから怒声が響いた。
トラの声だ。
……
…………
………………
「メチャクチャにしてやる! ソープにも行けねえ体にしてやる!」
………………
…………
……
してやる、してやる、してやる……
耳をふさぎたくなるような山彦が、室内に反響する。
「なんてことなの……」
内容のおぞましさに青ざめるニニコ。
なにか誤解しているらしい。
「追いつめすぎてイカレやがったな。もう殺すしか手がねぇよ」
フォックスがコキコキと籠手を振るう。
と――――――
ドオォオオオオン!!
ガラガラガラ……
「ぬわ! なに!?」
「ギャー! なに!?」
分厚い鉄扉が、轟音を立てて崩れた。
その向こうから現れたのは―――
「ひゃ……シ、シーカ……!」
壁の粉が、煙幕のように舞う。
そのなかを、シーカがゆっくり室内に入ってきた。
「あ、あ、あ……ニ、ニニコ……」
「ひ……」
シーカの姿に、身をすくめるニニコ。
「なあんだ、もう来やがったのか。よぉ、色男」
ガチャ……
シーカの前に立ちはだかり、籠手をひらくフォックス。
「意外と早かったな。アタシのメイドは? どうした?」
「……」
シーカはなにも答えない。
じっとフォックスを見据えるのみ。
緊迫した睨みあいを破ったのは、朽ち灯だった。
『おお……なんという姿だ、煙羅煙羅……』
ジャキ……!
シーカが、いや、朽ち灯が水槽に向かって指を開く。
『情けないヤツめ。こんな姿で封印されていようとはな。シーカよ、こいつは後回しだ。先に「真っ白闇」を食うぞ。ニニコごと食う……』
恐ろしいことを平然と言ってのける。
「ひ……ひ……」
ニニコはその言葉に、おびえ震えた。
シーカは無言で、水槽を眺めている。
こっちを見ようともしないその様子に、フォックスが眉を吊り上げた。
無視してけつかる!
「聞いてんのかオイ! アタシのメイドはどうしたってんだよ!」
声を張りあげるフォックスに、シーカがじろりと顔を向けた。
が、シーカはもちろんなにも答えない。
代わりに朽ち灯の笑い声が、不気味に響く。
『メイド……メイドだと? ふふ、あの男なら廊下に転がっているぞ』
ヂリヂリヂリ。
フォックスの咥えた煙草に、火が灯る。彼女の目は、小石でも見るかのようにシーカの左手へ……
「おい……お前になんか聞いてねぇよ。焼き直し」
『!!!!!!!』
……またしても侮辱される朽ち灯。
フォックスの目はもう、シーカにしか向いていない。
ついに朽ち灯の我慢が、限界に達したらしい。
『……灰にしてやる』
ボッ!
突き出した朽ち灯の掌に、火球が生まれた。
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同、廊下。
トラ――――――
「ど畜生ォが。やってくれるぜ……」
ふらふらと足を引きずりながら、研究室へ向かう。
ズシ……
ズシ……
壁に手をついて、ズルズルと足を進ませた。
「痛だだだ……クソッ! やられたぜ……」
顔中の傷を押さえ、苦悶の表情を浮かべた。
渾身の力で、シーカに体当たりをブチかまそうとした。だが、カウンターの蹴りを食らい倒れてしまった。
シーカは無傷……そのうえ逃げられた。
おそらくシーカは、すでに研究室に入っているだろう。最悪だ……
でも、なんでだ?
なんで俺を殺さねえ?
ズシ……ズシ……
昼間もそうだ。
途中でいなくなりやがったし。
殺せたはずなのに殺さなかったのは……ああ、そりゃそうか。
ズシ……ズシ……
俺が死んだら、長靴の呪いが解けちまうもんな。
組長のときがそうだった。
そうかそうか。
そりゃ、こんな長靴に呪われたらたまらんわな……
ほんじゃあ盗むなや!
パーツ返せや!!
ズシ……ズシ……
ようやく研究室の前までやってきたが―――
「うそ、だろ……」
扉に、大穴が空いているのが見えた。
間違いなく、朽ち灯によって貫通された穴。ぱらぱらと細かい塵が舞っている。
サラサラと崩れる穴からは、室内の強烈な光が洩れていた。
「もうカンベンしてくれよ……」
頭がぐらぐらする。
それでも必死に、ズシリズシリと明かりの漏れる穴へ……なんとか、たどり着いた。
穴に手をかけて、中をうかがう。
すると――――――
「トラ! トラ……!」
ニニコが、中からこちらに駆け寄ってきた。
「ニニ……わっ!」
「伏せて!」
悲鳴をあげて穴から飛び出し、トラに飛びかかる。タックル―――
「ぐへっ!」
そのまま、真後ろに押し倒される。
ゴチン!
後頭部を廊下に打ちつけた。
「痛え!」
直後……
ボゥオオッ!!
続けざま火球が飛び出し、通路の壁に当たった。
ブワァ!
爆散する炎。
いったい、中ではなにが……?




