第34話 「ベッドマン」
「へっへっへ……でかしたぜニニコォ」
「ハハハ、来るんだよそれが。この場所がわかるから、なァ」
ウヘウヘと、耳まで裂けるような笑いを浮かべる2人。
おびえるニニコ……
「この場所がわかるって……わかるはずないわ、教えてないんだもの!」
シーカが来る?
ここに?
どうやって?
ニニコの不安をよそに、フォックスはさっさと今後の方針を決める。
「そうと決まったらニニコ。しばらくここで寝泊まりだ。3年もここにいたんだ、メシと水はあるんだろ?」
「そ、そうと決まったらって……なにが決まったの?」
「すべて決まった。それよりメシは……いやいい。車に戻りゃ、レトルトの買い置きがあるしな。ベッドと風呂はねえのか?」
「あ、え……こ、この部屋を出て、右に曲がった通路の奥が医務室よ。ベッドならそこにあるわ。お風呂はないけど、機材洗浄用のシャワーならお湯も出るわ。けど……あの……」
「んじゃトラ、運んどいて。ついでに晩メシの支度も頼んだぞ。あの、アレだ。冷凍のアレあったろ」
「はいはい、ミックスグラタンピザでしょ? トレーラー戻って取ってきます」
雑用を命じるフォックス。
もう、従うのが当り前のトラ。
半泣きのニニコ……
「ちょっと! グスッ、聞いて! どうしてシーカが来るってわかるの!?」
必死に訴える彼女に、トラは―――
「ニニコ。ピザ温っためるけど、カマンベールとチリソース、どっち好き?」
「え……カマンベール! じゃなくて!」
ついに怒鳴るニニコ。
戸惑う彼女に、フォックスがさらに質問を重ねる。
「ニニコ、ところでここの電気ってどうしてんだ? こんな廃墟なのに、電気止められてねえのか?」
「え? こ、ここは屋上にソーラーがあって……一定量をいつも溜めてあるの。いえ、ちがっ……シーカの話を……」
「よし、そんじゃ先にシャワーだ。埃っぽくてかなわねえ。行くよ、ニニコ。ホラ案内して」
「ちょ……ちょっと待って。引っぱらないで……」
ニニコの片袖をつかみ、強引に連行するフォックス。
さあ風呂だ。
「ま、待って。まさか迎え撃つんじゃないでしょう? だってシーカがここに来るなんて、絶対ないわ。場所を教えてないんですもの。ねえ、トラ、トラ……」
困惑状態のまま、ニニコは引っぱられていく。トラに助けを求めるが……
「行ってらっしゃー」
笑顔で見送られた。
あっという間に、フォックスはニニコを連れて行ってしまう。
※ ※
ひとり「水槽室」に残されるトラ。
「やれやれ……いそがしい日だぜ」
中腰の作業を続けたせいか、背中が痛い。
「ん、ん―――!!」
背伸び。
ぐーっと肩甲骨まわりの筋肉がほぐれていく感覚。
スッとする。
「ああ! ふー、やれやれ。さきにベッド取りに行くか……おっと、言い忘れたぜ」
こぽこぽと、不気味な音を奏でる水槽。
それを見上げ―――
「埋めてやっからな!」
ひとりごと。
いや、水槽の中にぎっしりと漂うアイテムに「埋めてやる」と吐き捨て、トラはベッドを取りに医務室へ向かった。
ズシン、ズシン、ズシン……
誰もいなくなる。
誰もいなくなった部屋で、水槽のポンプの音だけが不気味に響く。
こぽ、こぽこぽ。
蛍光灯の光に照らされながら、液体の中にうかぶアイテム……
3人の誰ひとり、これの正体について議論しなかった。
しても仕方がない。
だって、埋めてやるんだから。
こぽ、こぽこぽ。
こぽこぽこぽこぽ……
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ズシ、ズシ、ズシ……
真っ暗な通路に、長靴の振動が響く。
「ふぅ、ふぅ……ここか? けっこう歩いたな……」
汗びっしょりのトラ。
今日は一日中、歩き通しだ。
ニニコの指示したとおりの通路を進み、ようやく医務室に突き当たった。
廊下の電灯は切れている。真っ暗―――だが壁際にポツポツと設置された非常灯がボンヤリと光ってくれているので、歩くのに不便はなかった。
カラカラと医務室のドアを開く。
「さて、ベッドは……あった! おい、なんでひとつだけやねん」
なんと、医務室なのにベッドはひとつしかないではないか。
いや全部で4つ……あるにはあるのだが、全部ボロボロだ。あるいは血痕や弾痕だらけで、まともなのはひとつしかない。しかたなく、そのひとつだけを持っていくことにする。
「トホホ……」
だが、不幸中の幸い。
ベッドの脚にはキャスターがついていた。
ゴロゴロゴロ。
ズシンズシン!
薄暗がりの通路を、ベッドを押して進む。キャスターの転がる音と、長靴の足音が、長い長い廊下に反響する、
そして、トラのひとりごと。
「やれやれ。ひとつのベッドで、どうやって3人寝るんだ? 交代制かよ、まったく……いや待てよ。うふふ、それならそれで……い、いや! も、もも、もしかして逆のパターンも……うふふ」
妄想。
なにが、それならそれでなのか?
逆のパターン、とは?
果てしなく膨らむ、卑猥な妄想。
だがすぐに現実を思い出す。
「……ならないな、なるわけがねえよ。オーナー、い、いや、フォ、フォ、フォックスの言うことだ……」
「ハァ? これはアタシのベッドなんだけど。え、トラの寝るとこ? ゆかに藁でも敷いて寝れば? ギャハハハハ、いーっひっひっひ」
「とか言いやがるに決まってる。ついこの間だって……」
ブツクサブツクサ……モノマネまでして、臨場感たっぷりの愚痴をこぼす。
最近のトラは、ストレスのせいか独り言が増えた。体にも心にも非常によくない。
さらに悪いことは重なる。
バキ、バキャッ!
とつぜん鈍い音が鳴り響き、ベッドが動かなくなった。
「うわッ、なんだ? ……ちょっと待ってよ」
トラの足元に、コロコロと転がる小さなタイヤが2つ。
「キャスターとれたよ、やめてくれ……」
キャスターが2個いっぺんに外れてしまった。
しかたがないので、ベッドの下にもぐりこみ、えいと持ち上げる。
け、けっこう重い。
ていうか、ま、前が見えない。
ふらふら、ズシズシ。
よろよろ、ズシズシ。
「こ、腰が、腰が……はあ、はあ……肩が、肩が……」
悲鳴のようなうわごとを漏らしながら、背を丸めてズシ、ズシと進む。
なんという根性……彼を動かすものは、フォックスに怒られるという恐怖のみ。ピラミッドの石を運ぶ奴隷のごとく、ベッドを背負って歩く、歩く。
ドシン。
「んん??」
ベッドがなにかにぶつかった。
お次はいったいなんだ?
かがめた腰を上げ、前方に目をやると……
「なんだ? 廊下のまんなかに……うおぉッ!!」
遭遇!!
いや衝突!!
「ぎゃあ! もう来たのかよ!」
悲鳴をあげるトラ。
立っていたのは、シーカ。
どしんとベッドをぶつけられて、尻を擦っている。
「あ、あ、あ、あ……や、や、やあ」
向こうから声をかけてきた!
ちょっと待て、唐突すぎるだろ!!




