第34話 「ベッドマン」
「へっへっへ……でかしたぜ、ニニコォ」
「ハハハ、来るんだよそれが。この場所がわかるから、なァ」
ウヘウヘと、耳まで裂けるような笑いを浮かべる2人。
「この場所がわかるって……わかるはずないわ、だって教えてないんだもの!」
おびえるニニコ。
シーカが来る?
ここに?
どうやって?
ニニコの不安をよそに、フォックスはさっさと今後の方針を決める。
「そうと決まったらニニコ。しばらくここで寝泊まりだ。メシと水くらいあるんだろうな?」
「そ、そうと決まったらって……なにが決まったの?」
「ぜんぶ決まった。それよりメシは……いや、いいや。車に戻りゃ、レトルトの買い置きがあるしな。ベッドと風呂はねえのか?」
「あ、え……こ、この部屋を出て、右に曲がった通路の奥が医務室よ。ベッドならそこにあるわ。お風呂はないけど、機材洗浄用のシャワーならお湯も出るわ。けど、あの……」
「んじゃトラ、運んどいてくれ。ついでに晩メシの支度も頼んだぞ。あの、アレだ。冷凍のアレあったろ」
「はいはい、ミックスグラタンピザでしょ? トレーラー戻って取ってきます」
雑用を命じるフォックス。
もう、従うのが当り前のトラ。
「ちょっと! グスッ、聞いて! どうしてシーカが来るってわかるの!?」
半泣きのニニコ。
必死に訴える彼女に、トラは―――
「ニニコ。ピザ温っためるけど、カマンベールとチリソース、どっち好き?」
「え……カマンベール。じゃなくて!」
ついにニニコは怒鳴ってしまう。
戸惑う彼女に、フォックスがさらに質問を重ねる。
「ところでニニコ、ここの電気ってどうしてんだ? こんな廃墟なのに、電気止められてねえのか?」
「え? こ、ここは屋上にソーラーがあるの。昼間に作った電気を蓄電器に溜めてるから……じゃなくて! シーカの話は!?」
「よし、そんじゃ先にシャワーだ。埃っぽくてかなわねえ。行くよ、ニニコ。ホラ案内して」
「ちょ、ちょっと待って。引っぱらないで!」
ニニコの片袖をつかみ、強引に連行するフォックス。
さあ風呂だ。
「ま、待って。まさか迎え撃つ気じゃないでしょう? だってシーカがここに来るなんて、絶対ないわ。場所を教えてないんですもの。ねえ、トラ、トラ……」
困惑状態のまま、ニニコは引っぱられていく。
必死にトラに助けを求めるが……
「行ってらっしゃー」
笑顔で見送られた。
あっという間に、フォックスはニニコを連れて行ってしまう。
「さてと。やれやれ……いそがしい日だぜ」
ひとり、水槽室に残されるトラ。
中腰の作業を続けたせいか、背中が痛い。
「ん、ん―――!!」
背伸び。
ん、ん!
ぐーっと肩甲骨まわりの筋肉がほぐれていく。
「ああ! ふー、やれやれ。さきにベッド取りに行くか……おっと、言い忘れたぜ」
こぽこぽと、不気味な音を奏でる水槽。
それを見上げ―――
「埋めてやっからな、お前!」
ひとりごと。
水槽にぎっしりと漂うアイテムに「埋めてやる」と吐き捨て、トラは医務室へ向かった。
ズシン、ズシン、ズシン……
誰もいなくなった。
誰もいない部屋に、水槽のポンプの音だけが不気味に響く。
こぽ、こぽこぽ。
蛍光灯の光に照らされながら、ぷかぷか浮かぶアイテム……
3人の誰ひとり、これの正体について議論しなかった。
議論してもしょうがない。
だって、埋めてやるんだから。
こぽ、こぽこぽ。
こぽこぽこぽこぽ……
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ズシ、ズシ、ズシ……
真っ暗な通路に、長靴の振動が響く。
「ふぅふぅ。ここか? けっこう歩いたな」
汗びっしょりのトラ。
今日は一日中、歩きっぱなしだ。
ニニコの指示したとおりの通路を進み、ようやく医務室に着いた。廊下の電灯はぜんぶ切れているらしく、ここまでずっと真っ暗だった。
でも非常灯がポツンポツンと光ってくれてたので、歩くのに不便はなかった。
カラカラと医務室のドアを開く。
すると、自動で電気がついた。
パッッ!!
まぶしい!
急に明るくなって、目がくらむ。だが助かった。暗いままだったら、なにも見えないとこだった。
「さて、ベッドは……あった! って……おいおい、なんだよコレ」
なんと医務室のベッド5台のうち、4台が血まみれだった。
血痕や弾痕だらけで、とても使えたものではない。おそらくテログループの襲撃によって、恐ろしいことが起きたのだろう。
なにがあったのか想像するのもイヤだ。
かろうじて汚れてないベッドは1台しかない。
しかたないので、その1台だけを運ぶことにする。不幸中の幸い、ベッドの脚にはキャスターがついていた。
「トホホ……」
ゴロゴロゴロ。
ズシンズシン!
薄暗がりの通路を、ベッドを押して進む。キャスターの転がる音と、長靴の足音が、長い長い廊下に反響する。
さらに、トラのひとりごと。
「やれやれ。ひとつのベッドで、どうやって3人寝るんだ? 交代制かよ、まったく……」
ズシン。
ズシン。
「いや待てよ。それならそれで……い、いや! も、もも、もしかして逆のパターンもあったりして! うふふ」
妄想。
なにが、それならそれでなのか?
逆のパターンとは?
果てしなく膨らむ卑猥な妄想。
だが、すぐに現実に戻る。
「……ならないな、なるわけがねえよ。オーナー、い、いや、フォ、フォ、フォックスの言うことだ……」
「ハァ? これはアタシのベッドなんだけど。え、トラの寝るとこ? そのへんにティッシュでも敷いて寝れば? ギャハハハハ、いーっひっひっひ」
「とか言いやがるに決まってる。この前だってそうだ……」
ブツクサブツクサ。
フォックスのモノマネまでして、臨場感たっぷりの愚痴をこぼす。
最近のトラは、ストレスのせいか独り言が増えた。
体にも心にも非常によくない。
さらに悪いことは重なる。
バキ。
バキャッ!
とつぜん鈍い音が鳴り響き、ベッドが動かなくなった。トラの足元に、コロコロと小さなタイヤが2つ転がる。
「うわ、なんだ? ちょ……ちょっと待ってよ。キャスターとれたよ、やめてくれ……」
キャスターが2個いっぺんに外れてしまった。
しかたがないので、ベッドの下にもぐりこみ、えいと背負う。
「よ、よいしょ。むぐっ……!」
け、けっこう重い。
ていうか、ま、前が見えない。
ふらふら、ズシズシ。
よろよろ、ズシズシ。
「こ、腰が、腰が。はあはあ。肩が、肩が」
悲鳴のようなうわごとを漏らしながらも、必死に進む。
なんという根性……彼を動かすのは、フォックスに怒られるという恐怖のみ。ピラミッドの石を運ぶ奴隷のごとく、ベッドを背負って歩く、歩く。
―――すると。
ドシン。
「んん??」
ベッドがなにかにぶつかった。
お次はいったいなんだ?
かがめた腰を上げ、前方に目をやると……
「なんだ? 廊下のまんなかに……うおぉッ!!」
遭遇!
いや衝突!!
「ぎゃあ! もう来たのかよ!」
トラが悲鳴をあげる。
「あ、あ、あ」
立っていたのは、シーカ。
どしんとベッドをぶつけられて、尻を擦っている。
「やあ」
向こうから声をかけてきた!
ちょっと待て、唐突すぎるだろ!!




