第32話 「グレイブ」
ゴゴゴ……
巨大な扉が、ゴンゴンと派手な音を立てながら開いてゆく。
驚きっぱなしだったトラとフォックスが、声を上げた。
急に、にぎやかになる2人。
「おお、開いた!? おい、今のなんだニニコ。触手が黄色になったぞ!」
「いまのって電気か!? なんで扉のパスワード知ってんだよ。ここの関係者なのか?」
ワーワー!
だが、ニニコは答えず。
開いていく扉を、じっと眺めている。
扉の向こうが見えてきた。
「行きましょ。トラ、フォックス」
バン!
バン!
明かりがつき、だだっ広い室内が露わになる。
そこは―――……
研究所のようだ。
ずらりと並ぶ大型の精密機器。
4つ並んだ広いデスクには、パソコンや書類が乱雑に積まれている。医療機械のようなモニター機材がずらり……ケーブルを室内中に這わせていた。
そして床には、砂山。
真っ白な砂山。
ひとつ、ふたつ、みっつ……
数えきれない。
まるで粉砂糖の何百袋を、床にぶちまけたようだ。その白砂のなかに、原型を留めぬ白骨がいくつも埋もれている。
左半分しかない頭蓋骨。
尖って突き出ているのは、アバラ骨だろうか?
あとは、どこの骨だかもわからない。
この白い山は、すべて……骨?
人間の骨がすり潰されたものか?
何十人分あるのだろうか。
いや。
なにがあれば、こうなるのだ?
パウダー状に分解された白骨。
まるで朽ち灯―――
つかつかとニニコが奥へと進み、2人もあとからそれに続く。
「ここは研究所だったの、化学兵器の」
ニニコが、重々しく語り始めた。
「3年前にテログループの標的になって……そのとき曝露した毒ガスでみんな死んだわ」
「ここにある白い砂山は、みんなの死体よ。あれがパパとママ。あとは助手の人でしょ。部下の人でしょ。それから……」
砂山のひとつひとつを指さし、説明するニニコ。
その話を割って、トラがつぶやく。
「……なあ。いまのは空耳か? 毒ガスって聞こえたぜ」
「うん、毒ガス。体内に入ると、酵素が分解されて骨がスカスカになるの」
「アタシたちを殺す気かよ、ニニコ」
淡々としたニニコ。
にらむフォックス。
「安心して。残留してる毒はないわ。3年がかりで、隅々まで私が舐め取ったから」
「はあ!?」
「! ……閉じ込められてたのかよ、ここに……」
フォックスとトラが顔を見合わせる。
な、なんちゅう…………ひでえ話。
砂山、いや骨の山を踏まないように、ニニコはゆったりと歩く。
「パパもママも、この施設でいちばん偉い研究員だったわ。 " 真っ白闇 " の呪いを解くために、パパとママはこの研究所を使って、何度も実験してくれたの」
「ノルマなんか熟さなくていいニニコ。かならず物理的に外せるはずだ。大丈夫だよって」
「でもあの日、反政府ゲリラがこの研究所を襲撃したの」
「きっと電気系統を破壊されたのね。毒ガス漏れに気づいた所長は、みんなを研究室ごと封鎖したの。きっと、大変な決断だったはずよ。私は所長を怨んでいないわ」
骨の山を、懐かしげに、悲しげに、やさしげに、ひとつひとつ目を配りながら室内を歩く。
「だって所長さん、すごくいい人だったのよ? パパとママのお仕事を評価してくれて……だから私の呪いを解く研究も理解してくれて、ここの設備を貸してくれたんだもの」
「真っ白闇のノルマは、「かたびら」を12色に染めることよ」
「いろんな土を食べて、いろんな風を吸って、いろんな水に浸って……それが真っ白闇に蓄積されるの。それが " かたびら " の色を染めるの」
「あの日、私も毒ガスを吸いこんで意識を失ったわ。けど、真っ白闇が毒素を吸収したのね。目が覚めたらみんなは死んでいて、かたびらは白から黒に変わっていたわ」
「いまは黒のほかに、黄色でしょ。それから水色、茶色、黄緑の5色だけ。もうこの町では、これ以上望めない。だから旅に出るまえに、お墓参りに来たの」
「ただいま、みんな――――――」
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同時刻。
研究所の外に……また!
またコイツらが。
シーカと朽ち灯が、やってきた。
『あっちだ』
ビシ。
トラたちがいる方向を指さす、朽ち灯。
『シーカよ……今度、人間に後れを取ってみろ。頬の肉だけでは済まさんぞ』
頬の肉……?
シーカの左頬には、血のにじんだガーゼが当てられている。シーカは答えることなく、小さくコクリと頷いた。
『いい子だ、シーカ……』
『食うぞ……真っ白闇……ニニコ……』
『食ってやるぞ、煙羅煙羅……』




