第26話 「デスマッチ」
「パーツ! 返せボルァああ!」
全身に触手を巻き付けたまま、ドズドズドズとシーカに突進するトラ。
さきに、触手の正式名称を書いておく。
「かたびら」という。
トラの体には、かたびらが巻きついたままだ。引きずられる女の子!
「痛だだだい!」
ザザザザ!
トラはそんなのお構いなしに、グルンと半回転してシーカに蹴りを放った。
回転に “ かたびら ” が巻きこまれ、女の子が遠心力で浮く。
「ふぃいいいいい!」
少女の、悲鳴。
トラの蹴りは……
ドシィイン!!
当たらない。
ひらりと躱され、長靴はそのまま壁にめり込んだ。
トラとシーカの距離は、わずか数10センチ。
「お、お、遅……」
言葉を震わせながら、シーカが長靴に触れようと左手……朽ち灯を持ちあげる。
いや、長靴ではない。
狙いはトラの顔面!
肩を引いて、パンチの構えをとる。
ヤヤヤ、ヤバイ!
「うおおおお!」
とっさに全体重を壁に乗せるトラ。絶命する―――
ドパンッッッ!
シーカの左ストレートが、壁を消し飛ばした。
トラは?
上。
上に、駆けあがった。
「うるああああああああああ!!」
ドドドドドドドォ……!
垂直の壁を2本の足で駆け上がった。回避―――
ズダン、ズダンと壁をのぼるトラ。
それに引っぱられる少女。
ぽかんと見上げるシーカ。
瞬間!!
6メートルほど上空で、ダン! と跳び降りた。
「うあらぎゃ!」
技の名前だろうか。
トラが叫びながら、シーカの頭上へ降ってくる。
「! ……な……」
今度はシーカが、ヤバい。
ドゴォオオオオオオオオン!!!
着地……いや、墜落。
落下の衝撃でクレーターが出来た。
シーカは?
間一髪、跳転してトラを避けた!
「……く! し、しま、た……」
しかし、わずか30センチ後ろはドブ川。
追いつめられた。
すぐに体勢を立て直し、トラに左手を突き出すが……
「こ、こ、こいつ……あ、あれ……?」
「ぐ、ぐぐ……」
どうやら、トラはそれどころではないらしい。
「く、首が締まる。し、死ぬ……!」
首に “ かたびら ” の1本が絡み、首吊りのように喉を絞めつけられているではないか。
女の子は、その真上2メートル。
壁から突き出した釘かなにかに引っかかっているらしい。トラの頭上で「きゃあ!」とか「ひい」とか叫んでいた。
宙吊りになりながらも、必死にスカートを押さえている。
見えちゃうわ、見えちゃう!
そのスカートの中から伸びるかたびらは、6本がトラを縛り、ほかの6本は釘を外そうとしている。
あ、いまようやく外れた。
ドシン!!
窒息寸前だったところへ、女の子がトラの頭に降ってきた。
「きゃあ!」
「ゴゲエ!!」
意識がブッ飛びそうになりながら、それでも倒れないトラ。女の子を肩に乗っけたまま、さらに激昂する。
怒りの矛先は、なぜかシーカへ。
「痛え! よくもやったな!」
「きゃー!」
ズドンズドン!
ふたたび突進。
シーカの背後は、川!
後ろに下がることは出来ない!
大振りの蹴りがシーカに向かう。
ブンッッ!!
スカッ!
「……フン」
余裕で避けられた。
完全に見切られているらしい。半歩ほど左に移動しただけで、かんたんに躱される。
カラ振り―――蹴りの勢いそのまま、今度はトラと少女がドブ川へ落ちそうになる。形勢逆転。
「おお!?」
「きゃー!」
落ちまいと踏んばるトラ。
トラにしがみつく女の子。
「あ゛――――――!!!」
落ちた。
姿が見えなくなる。
『いかん、真っ白闇が!! 追え、シーカ!』
少女の落下に " 朽ち灯 " が叫ぶ。
そう。
トラはどうでもいいが、少女が落ちるのは困る。
アイテムを逃がしてはいけない。
朽ち灯の声にシーカは駆け出し、慌ててドブ川をのぞきこんだ。
「に、に、ニニコ……わ!」
「嘘じゃあああああああああああ!!」
ドガッ!
トラの蹴りが飛んできた。
「落ちてねえわ! ボケェ!」
2人は川に落ちていなかった。
トラは長靴で堤防に貼りつき、シーカが顔をのぞかせるのを待っていた。まるでヤモリ―――待ってましたと蹴りを放つ!
今度こそ直撃した!
いや!
ズガンと強い衝撃が、シーカの左手にかかった。
「ぐ……!!」
朽ち灯を盾にした。
かろうじて防御……だが、とてつもなく恐ろしい声が、朽ち灯から発せられる。
『ぐぅ! 我を……き、貴様、我を足蹴に……』
朽ち灯が唸る。
恐ろしい声で、トラを責める。
恐ろしい声で、シーカを責める。
『我を盾に……シーカ……悪い子だ。あとで覚えておれ』
「う、う……」
シーカが身震いする。
その目が、恐怖に染まる。
だがそれどころではない!
ガチン!
長靴が、朽ち灯に貼りついた。
はがれない。
「うりゃああああああああああ!」
トラが吠える。
朽ち灯を貼りつけたまま、長靴をブンまわした。シーカごと……なんちゅう脚力!!
宙に舞ったシーカが、地面に叩きつけられた。
ズダンッッ!!
「が…………」
効いているらしい。
もう一発!
岸に上がり、シーカを貼りつけたまま、ふたたび足を振りあげる。
今度は壁に叩きつけてやる!
だが…… ボゴォ!!
「ぐべぇ! 痛え!」
シーカが体をひねって、トラの顔面に蹴りを食いこませた。たまらずシーカを解放するトラ。
ちなみに女の子はまだトラの頭にしがみついている。
べつに記載の必要なかったので省いたが、彼女はずっと「ヒィ」とか「ぎゃあ」とか喚いていた。
「こんの……よくも……」
ズザッ!
「は、はあ、はあ……」
ジャキ……
距離をとる2人。
トラとシーカが互いに構えた。
すると……
「や、や、や、やい。に、ニニコを、乱暴に、あ、あつ、あつかうな」
シーカが唇をふるわせる。
「降ろして! あなた、降ろして!」
トラの耳元でわめく女の子。
……ニニコ?
いまさらながら、この少女の名前だろうか?
女の子を見もせず、トラが吐き捨てる。
「ニニコ? ああ、このスリのこと? そうはいくかよ」
「ニ、ニ、ニニコを、降ろ、せ」
シーカは怯まない。
とてつもなく拙い話しかた。眼光だけが鋭くトラを見すえている。
眉をしかめるトラ。
なんだ?
なに、コイツのしゃべりかた。
「オイ。その喋りかた、どうした? マジに頭でもやっちまったのか? えー……誰だっけ?」
「し、し、し、シーカ」
「そうか、覚えとくぜ。ロリコン野郎」
「……ギリッ」
あからさまな侮辱に、シーカの顔色が変わった。
にらみ殺さんばかりの目を向ける。
怒りを隠そうともしない。
トラと違うのは、それを言葉にできないこと。ギリ、と歯を軋り、朽ち灯の掌を上に向けた。
その掌に―――……
パチパチ……ボゥ!!
掌に火花が走り、火球が生まれた。
トラの悲鳴。
「ンな……火ィイイイイイ!?」




