第250話 「ムルト」
あぐ。
人差し指に集めた水玉にかぶりつくフォックス。あぐあぐと、水玉のほうから口に入っていく。
とてもジュースを飲んでいるとは思えない。まるで無重力空間のような光景だ。10個近い水玉が、フォックスの喉に流れこんだ。
「あぐあぐ。ちなみに魔王様、アタクシからも質問よろしゅうございますかね?」
あぐあぐ。
ゴクゴク。
「フルカワを見っけて持って帰りましたと。で、アモロと合体させますよと。そしたらその、アモロの機能停止とやらは治るのか?」
「治るよー」
「なんでわかんだよ。ゲフゥ」
「わかるんだ。理由はないけどわかるんだよ。私、魔王だからさ」
「へえ。そりゃお見それしました」
「で、水な義肢と煙羅も復活させんだろ? そのあとはどうすんだ? いよいよ復活した鎧で世界征服か?」
あぐあぐ。
ごくん。
「焼き籠手なら返さねえぜ。死んでもな」
「そこだけ・賛成だ。俺も、朽ち灯は・返せない」
シーカも同意する。
「死んでも、な」
「ふうん」
マオちゃんの表情は冷たい。
凍りつくような目。
すると……
「フルカワはどーこだ?」
『あっち……』
『あっち……』
ビシッ。
ビシ!
「うわっ! 痛ててて!」
「ぬ・おっ!」
ギリギリギリ……!
シーカの左手が、フォックスの右手が、ぐるりと反転しておなじ方角を指す。無理な方向に関節がねじられ、ふたりの顔は歪んだ。
だがマオちゃんは許さない。
「フルカワどこぉ」
「うぎゃッ! がああ!」
「グッ、く、朽ち……やめ……」
ギリギリギリ!
「さっきからムカつきっぱなしだったんだよね。これからは、魔王様ってのはやめようよ。私のことはオーナーって呼んで」
「あががが、わ、わかった。わかりましたオーナー!」
「オーナー、た、頼むから・もうやめ……」
同時に膝をつくシーカとフォックス。
とても立っていられない。
か、肩が外れる!
「いいねいいね。その真面目さなら、フルカワなんてすぐ見つかるね」
にっこり。
笑うマオちゃん。
「あ、もう楽にしていいよ」
「ぐはっ! い、痛ってえ~!」
「うぐっ……」
がしゃ!
ガシャン!
はあはあと息を荒げる2人。
重なり合って倒れてしまった。あろうことか、フォックスが下だ。
「はあはあ! どけよ、どこ触ってんだ!」
「痛たた・た。お前こそ・どこ触ってる!」
「あはは、ごめんごめん。もしフルカワ回収作戦がうまくいったら、ご褒美をあげるよ。君たちが生きてる間は、朽ち灯と焼き籠手は貸してあげる」
笑う。
「だから、ちゃんとフルカワを持って帰ってね。トチったりなんかしたら、トラくん、ハムハムくん、ニニコちゃんの順番で殺しちゃうよ?」
「あ、あいつらが羨ましいぜ。人質のほうがマシだ」
「まったく・だ」
口の減らないふたり。
「フン。そんじゃ……朽ち灯。これへ参れ」
『……はっ……』
ガシャ。
マオちゃんの前に、朽ち灯が差し出された。
シーカの意志ではない。
朽ち灯本人が、マオちゃんの眼前まで浮き上がった。朽ち灯とは思えないような従順さだ。
「ぐえっ!」
さっきと逆方向に左手を捻じられるシーカ。痛みのあまり、またヒザをつく。
「んー、朽ち灯。お前と私の考えはおんなじみたいだ。私はもう、元の鎧に戻る気なんか無い。お前も同じなはずだよね」
にんまり。
笑みを浮かべるマオちゃん。
「だから今のとこ、お前を迫害する気はない。だから私に背くことは許さん」
『……心得てござる』
「よろしい」
チュ。
朽ち灯にキス。
「下がっていいよ」
『はは……』
ガシャン!
「さて、焼き籠手。おいで」
じろり。
ぶるぶる。
フォックスの右手が、ぶるぶると持ち上がる。フォックスの意思ではない。焼き籠手が震えながら、マオちゃんの眼前にやってきた。
傍目には、フォックスが籠手をマオちゃんに突き出しているようにしか見えない。だがフォックスはなにも言わない。焼き籠手の意思にまかせて、成り行きを見守っている。
「焼き籠手。お前は私の城を燃やした。さらにサントラクタでは、私の作戦を、間接的とはいえ妨害した。絶対に許せん」
ギロリ。
「ただし。現行の災禍である穢卑面を捕獲した功績は大きい。これに免じ、刑の執行を猶予する」
ぶるぶる。
焼き籠手は小さく震え続ける。
「再三申し伝えたように、フルカワ回収作戦が失敗に終わった場合は覚悟しておけ。フォックス君は処刑し、お前も封印する。くれぐれも肝に銘じておくことだ」
冷淡。
「下がれ」
スッ……
フォックスが右手を下げた。焼き籠手には、マオちゃんのキスは無いようだ。
「こりゃ責任重大だぜ。魔王様、じゃない。オーナーのご命令じゃな……チュ」
キス。
フォックスが籠手にキスをした。
チュ、チュ、チュ……キスの嵐。
「俺は・キスなんか・しないぞ」
『したら殺すぞ』
漫才をはじめるシーカと朽ち灯。
「それじゃあ最後にシーカ君、フォックス君」
ぎろり。
「なんだよ」
「な・んだ」
ふてぶてしい。
「ふう……」
フォックスとシーカの不遜な態度に、もうマオちゃんはメンドくなった。呆れながら、ふたりに命じる。
「せいぜいがんばってね」
「はいよ、オーナー」
「了解・オーナー」
「んん……そろそろいい時間かな? ベック! レイブン! コン!」
「はッ!」
「はい」
「はい!」
控えていた3人が、いっせいに返事をする。
フルカワ回収作戦のリーダーたちだ。
「あとはお願いね。お金はいくらかかっても構わないし、抵抗勢力があれば排除して」
にこやか。
フォックスらには決して見せなかった笑み。
「君たちを信頼してる。くれぐれも気をつけてね」
「はっ! 魔王様!」
整列。
そして敬礼。
※ ※
ガチャ……バタン。
マオちゃんはVIP室をあとにした。部屋の外で待機していた隊員らとともに、空港の出口へ向かう。
巨大で美しい空港のロビー。
マオちゃんらが歩いているのは、それを見下ろせる2階の職員用フロアだ。
天窓からのぞく青空がとても近く感じる。まるで天空の通路―――階下では、ビジネスマンや家族連れが、ちらほらと行き交っていた。
「けっこう家族連れが多いね。そういやもうじき連休か」
下界を見下ろすようなマオちゃん。
「フルカワのことが片付いたら、私もどっか行きたいね」
「そのことですが魔王様。よろしいでしょうか」
あとにつづく隊員が、おずおずと申し出る。
きわめて、言いにくそうに。
「その、お父様とお母様がひさしぶりにお会いしたいとのことです。いつものレストランでお食事だけでもとのことでしたが、なんとお返事いたしましょう」
「また? フジオくんもカオリちゃんも寂しがりだね」
ため息。
でもうれしそうなマオちゃん。
「いいよ、行くって言っといて。ほかになんかあった?」
「はい。ロドニー博士から、ドラゴンテイルのデータが送られてまいりました。明日より、カワバタ重工の傘下工場にて試作品を作成いたします」
「へ? ロドニーくんが作ってくれるんじゃないの? あ、まだ裁判中だっけ」
「はい。博士はまだ在宅起訴中でございます。ですがリモートで、工場に指示を出すとのことです」
「それならよし。封印の設計のほうは?」
「はっ。封印のプールの設計も完成しており、必要資材、人員の確保は先週に完了いたしました。こちらもロドニー博士が、リモートで作業計画に参加されるとのことです」
「へえ。やっぱ彼をリクルートしてよかったよね。有能だわ」
と。
飛行場を見下ろす巨大な窓の向こう、第二滑走路に、チャーター機が降りてきた。
フルカワ回収チームを乗せる専用機だ。
「あー、見て見て! 来た来た!」
やってきた飛行機を見つけるなり、はしゃぐマオちゃん。急に子供っぽい声で喜びだした。アタマの炎も、ぴこぴこと踊るように動く。
「あははは! フォックス君とシーカ君、さぞ驚くだろうねえ」
ははは。
あははは!
隊員たちも笑う。
シーカとフォックスは知らない。
ふたりが客席ではなく、操縦席に案内されるというドッキリがしかけられていることを。
もちろんその様子を撮影するカメラも、コックピットに設置済みだ。フォックスたちがパニックになったところで、ネタバラシの予定である。
マオちゃんのジョークは、金がかかってるうえにブッ飛んでいる。




