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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第27章「立つ瀬もないブーツを焼き捨てる魔王へ」
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第247話 「マッシロヤミ」

 


 さて前回書いたように、ニニコとトラは、この第47魔王城にて監禁されている。監禁というと言葉が悪いが、治療と検査をかねてだ。

 そもそも犯罪者のふたりが行ける場所などないし、魔王軍に(かくま)われているともいえるわけだが。


 では、ニニコ用の監獄……ではなく客室の様子を見てみよう。職員が寝泊まりするための個室を、簡易的に鉄格子で囲った「ニニコ部屋」は、けっこう快適だ。

 テレビもあるしゲームもある。ソファ、ベッド、トイレも個室シャワーもある。ビジネスホテルの客室そのものだ。ちなみに毎日3食にオヤツも出る。


 ただし24時間、魔王軍に監視されている。3人の女性隊員が、交代制でニニコを見張っているのだ。

 3人とも、ニニコにたいへん優しい。ニニコが不安がっているときは話を聞いてくれるし、ときには魔王城のなかを案内してくれたり、とても親切にしてくれている。


 もちろん、ここまでニニコに甘く接するのも作戦だ。

 バーベキューファイアに依存してるニニコを、今度は魔王軍に依存させるため。作戦はきわめて順調と言えた。



 そしていまニニコ部屋には、マオちゃんが訪れている。もちろん黒服のボディーガード3人も一緒だ。


 ニニコの監視役の女は、退室を(うなが)されて出ていった。テーブルに、いつものうがい薬(・・・・)を置いて。



 ※※



「ニニコちゃん、今日で1カ月だね。さ、うがい(・・・)しに行こうか」

「う、うん」


 マオちゃんに命じられ、ニニコはコップを手に取る。なかに入っているのは、ポビドンヨードのうがい(・・・)薬だ。いわゆるイソジンである。

 この1カ月、毎日これでうがいすることを義務付けられていた。


 真っ白闇のノルマは、その触手を12色に染めること。

 黒、赤、茶、ピンク、水色、青、黄緑、灰色、オレンジ、黄、と10色を集めて、のこりは2色。

 緑とムラサキだ。

 ポビドンヨードは(むらさき)色のノルマにあたる……らしい。


 ニニコは不思議だった。

 なぜ、このうがい薬は茶色なんだろう。紫じゃなくていいの?



 みんなで洗面台へ向かう。黒服たちももちろんついて来る。トイレ、浴槽と一緒になった洗面所で、ニニコは薬を口にふくむ。

 ぶくぶくぶく。

 ガラガラガラ……んべっ。

 ガラガラガラ。

 ベッ。


 すると、ニニコの右足で声がした。

 悪魔の声が。



挿絵(By みてみん)



『タヌキ……電気……酸素……塩酸……ハイドランジア……ヨウ素……半分いった……』

『選べ……このまま最後の物質(マテリアル)を探すか、片方だけ解き放つかを……』


 ふとももで、冷たい悪魔の声が響く。

 ニニコが何年か振りに聞く、()白闇(しろやみ)の声。



「あ、え、あの」

「さっさと外れろ」


 ニニコがなにか言う前に、マオちゃんが命じる。

 ぐっと押し黙るニニコ。


『お前を半分だけ解放しよう、次が待ち遠しい……』



挿絵(By みてみん)



 ズトンッ!

 右の()白闇(しろやみ)が、ニニコのふとももから外れる。外れるというか、ふつうにドスンと床に落ちた。

 なんというあっけなさ(・・・・・)だ。ズボンでも脱げるように、いとも簡単に呪いは半分解けてしまった。


 が……


 ドガッ!!

 マオちゃんが洗面台の収納棚(しゅうのうだな)を蹴る。マオちゃんは軽く蹴っただけのつもりだったが、なにしろアスカの子孫の怪力だ。棚の戸は、バキンと砕け散ってしまった。


「ひっ!」

 ビクッ!

 ニニコは驚いて立ちすくむ。てっきり自分が蹴られるのかと身構えたら、蹴られたのは真後ろの洗面台だ。しかし、そのキック力たるや……棚がバキバキに粉砕されているではないか。恐ろしくて身を縮ませる。

「な、なに……」


「右じゃん、クソ!」

 怒鳴(どな)るマオちゃん。

「あーもう! 左だったら煙羅煙羅(えんらえんら)のパーツが回収できたのに!」


 バンッ!

 今度は浴槽を蹴るマオちゃん。さすがに今度は砕けないが、スリッパが廊下まで飛んで行った。


 おびえるニニコ。

 しかしマオちゃんは気に留めることもなく、ゆっくりと身をかがめた。そしてニニコの足元に手を伸ばす。


「ちょっとニニコちゃん、足上げて。真っ白闇取らせてよ」

「ひ……は、はい」



 怖い。

 マオちゃんに言われるがまま、右足をあげる。筒……真っ白闇から右足を抜いた。マオちゃんは床に落ちた真っ白闇の片っぽを、なにも言わずに拾い上げる。まるで自分のものだと言わんばかりに。


 ニニコはちょっと泣きそうだった。呪いから解放された記念すべき瞬間なのに、まったく嬉しくない。

 悲しい。

 そして、マオちゃんが怖い。



「じゃあ、ちょっと今後のこと話そうか」

 真っ白闇をぞんざい(・・・・)に持ったマオちゃんは、さっさと洗面所を出ていった。めちゃくちゃに壊れた洗面台はそのままに。


 ニニコはなにも言わない。

 何年振りかに見る自分のふとももを、ペタペタと触っている。かゆい。右足だけ軽くてスースーする。なんだか、自分の肉体が減ったかのような奇妙な感覚だった。



「どしたのニニコちゃん。こっち来て!」


 立ちつくすニニコに、来いと命じるマオちゃん。さっさと浴室を出ていってしまった。もちろんボディーガード3人も出ていく。


 ニニコの心中は複雑だった。

 トラ、フォックス、シーカ、ハムハムに会わせてもらえないまま、もう1カ月。ジェニファーのことや煙羅煙羅(えんらえんら)のこと。聞きたいことは山ほどある。


 いや聞かされてはいるのだ。

 トラもフォックスも、ハムハムもシーカも、魔王軍に捕まっていること。全員が魔王軍への協力を条件に、命は助けられたこと。ジェニファーが入院中であること。

 教えてはもらえるのだ。

 だが、会わせてもらえない。


 それに、鎧のことはなにも教えてもらえてない。

 煙羅煙羅(えんらえんら)は、なぜあんな巨大なボールみたいになったのだろうか。教えてもらえない。


 この1カ月やらされたことと言えば、イソジンでうがいすることだけだ。真っ白闇のノルマを満たすために―――そして有無を言わさず、解放された真っ白闇は没収されてしまった。

 たしかに呪いを解くことが人生の目的だったが、こんな強引かつ事務的に対応されるといい気はしない。

 なんか、悲しい。


 だがとても口答えする気にはなれない。

 人質の自分が、魔王に逆らってどうしようというのだ。それにマオちゃんのカブトも、なぜか形が変わっている。

 煙羅煙羅とおなじ現象なのだろうか。

 聞いてみたい。


 ……怖い。

 とても聞けない。なんだかものすごく、今日のマオちゃんは怖い。



「ニニコちゃん、はやく来てってば!」

 怒鳴り声―――



挿絵(By みてみん)



 イラだった様子のマオちゃんに(おび)えながらも、びくびくとニニコは洗面所を出た。黒服のひとりに(うなが)され、ニニコはテーブルをはさんだ向かい側に座る。

 

 マオちゃんはもうソファに座っていた。ニニコから取り上げたばかりの真っ白闇は、テーブルに置かれている。


「あの、マオちゃん。その……ひさしぶりです」

「今ごろ? そういや君らが私を(・・)誘拐した日から会ってなかったっけ? 忙しくて忘れてたよ」


「あ、あのときはごめんなさい」

「ん? べつにもういいよ。あんなの50年に1回くらいあるしね。それよか私のカブト、形が変わってるっしょ。どう?」


 ビク。

 まさかマオちゃんのほうから(カブト)の話を振ってくるとは……


「う、うん。とってもその、強そう」

「そうかな? ちょっとは魔王らしく見えるかな」


 飄々(ひょうひょう)としたマオちゃん。ニニコの不安そうな様子を楽しんでいるかのように、にっこりと笑う。


 ……ようやくマオちゃんが笑った。

 だからこそ、よけいに怖い。



「あの、ジェニファーはどうなったの……?」

 おそるおそるニニコは(たず)ねる。


「まだ入院してるよ。部隊に復帰すんのはまだ先になりそうだけど。だったよねコイル?」


 黒服のひとりが、こくんと(うなづ)く。巨木のような体格をした彼がコイルらしい。ほかの2人は微動(びどう)だにしない。

 雰囲気(ふんいき)というか、(たたず)まいとでも言おうか、このボディーガードらの威圧感はふつうではない。3人とも別格の達人だとニニコにも理解できた。だが、マオちゃんのほうがはるかに怖い。


 マオちゃんがテーブルの真っ白闇を、パンパンとたたく。

 まるで無価値な物みたいに。



「あ、あの私、ジェニファーに謝らないと……」

「へ? なにを?」


「その、ケガさせたことを……」

「ケガは彼女が自分で負ったんじゃん、私を守るために。ニニコちゃんには関係ないし」


「……」

「謝られてもジェニファー君も困ると思うよ?」


「で、でもお見舞いとか」

「なら本人に伝えとくよ。でさ、そろそろ真っ白闇の話していい?」


 ニニコは怖かった。

 本当にマオちゃんを恐ろしいと思った。聞きたいことがたくさんあるのに、はやくこの面談が終わってほしいとしか思わない。


「聞いてる? 真っ白闇の話していいかな?」

「は、はい」


 そう答えるしかなかった。



「はい。じゃあまず1ヶ月のうがい(・・・)お疲れ様。真っ白闇のノルマってけっこう大変だよね。12個の毒素とか元素とかを吸収することだもんね。よくひとりで10個も集めたもんだよ」

「……自分で集めたのは、2つくらいしかないわ。パパやママや、シーカがいたから……」


「うんうん。いままでの人生で出会った人たちのおかげだよね。なので最後のふたつは、私が用意してあげました」

「あ、ありがとう……ございます」


「はじめは安定ヨウ素剤でも飲んでもらおうと思ったんだけど、ニニコちゃんの体調の経過観察もしたくてさ。時間はかかるけどポビドンヨードでうがいしてもらって、ちょっとずつヨウ素を吸収させたってわけ」

「あ、あの……」


「たぶん今日あたり、必要量がニニコちゃんに蓄積されるころじゃないかと(にら)んでたのよ。いやー、計算ぴったりだわ。ちゃんと呪い解けたもんね。え、どしたの?」

「ポビドンヨードって……なに? なんですか?」


「へ? ああ、いまの(・・・)若い子は知らないかな。ヨウ素ってのを利用した消毒薬があんの。むかしはヨードチンキって薬もあったんだけど、あれすごいしみる(・・・)んだよね。懐かしいなあ」

「あ、あの」


「あー敬語じゃなくていいよ。なに?」

「あの薬、茶色だったけど……どうして(ムラサキ)のノルマになるの? ぜんぜん色ちがうのに」


「ああ、そんなことか。大丈夫、間違いなくヨウ素は紫色だよ。水に溶けたときだけ茶色に見えるってだけ。さっきのうがい薬、デンプンに触れても紫色になるんだけどね」

「あ、そうなの……よくわかんないけど」



 ニニコは、なんとなくイヤだった。

 ニニコにとって真っ白闇は、呪わしい異物であると同時に、自分の人生の象徴でもあった。だからこそ、自分の力でいつか呪いを解きたかったのだ。


 マオちゃんに所有権があるのはわかる。だが、「さっさと返してくれ」とでも言わんばかりの対応がとても悲しかった。


 本当は、残りのノルマも自力で見つけたかった。それにムラサキの触手も、自分の目で確かめたかった。半分だけ呪いを解くことができるというのも、聞かされていなかった。

 なにもかもマオちゃんが決めてしまう。


 いまもマオちゃんは、真っ白闇にヒジを置いたり、ぐらぐら揺すってみたり。さっきはテーブルから落っことしたりした。

 無神経で乱暴な(あつか)われかただ。



 (くや)しい。

 ……私の真っ白闇なのに。



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終身刑の魔女より

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いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



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