第244話 「ファイヤーヘッド」
ずいぶん時間がたったような気がする。
そうでもないような気もする。
マオちゃんが、四天王と会合したのはいつだっただろうか。あれから、時間の経過がわからなくなるくらい大変だった。
だから残念ながら、この章は時系列をメチャクチャにして紹介せざるをえない。
お許しいただきたい。
それくらい、マオちゃんは忙しかったのだ。
この数日、マオちゃんはたいへんだった。
いろんな作戦を立てるために。
いろんな人間と会うために。
まずやらなきゃならないことは “ フルカワ ” の捜索だ。
かつて鎧から追放したパーツ「フルカワ」を探し出し、機能停止した「アモロ」を復旧させねばならない。
まるで切除した腫瘍を、ふたたび自分に移植するような話だ。しかし、いまの鎧にはそれが必要なのだ。
マオちゃんは、魔王軍総員に指令を出した。
「全軍、総力をあげてフルカワ回収のために行動せり」
魔王軍全員、目の色が変わった。当り前だ。アモロが機能停止してしまったら、魔王軍の医療体制が崩壊する。
ただちに、全隊全部署が一丸となって捜索のタスクフォースが結成された。
マオちゃんはフルカワ回収作戦を発令するにあたり、魔王軍のみんなに念を押した。
フルカワの能力が、肉体の再生であるということ。
だが、それはウソであること。
フルカワが人体の欠損を修復しているのを、魔王である自分も見たことがない。フルカワ自身が出来ると言ってただけだ。
きっとウソなのだろう。
きっと出来ないのだろう。
マオちゃんはみんなに責められるのが怖かった。
みんなに誤解されるのが怖かったのだ。
「なぜ、いままで再生の鎧があることを黙っていたのか」
「そんな鎧があるなら、なぜ真っ先に回収をしなかったのか」
「肉体が欠損している者も魔王群には多い」
「なぜ我々のために、いままでフルカワを探してくれなかったのか」
みんなに問い詰められるのが怖かった。
……そう。
魔王軍のなかには、肉体を欠損した者が山ほどいる。
任務で。
内乱で。
戦争で。
病気で。
事故で。
彼ら彼女らが失った肉体を、もとに戻してあげたいと思わなかったことは無い。
できない。
できないのだ。
フルカワには再生の能力などない。どうせ無いに決まっているのだ。
マオちゃんはみんなに謝った。できる限り、直接みんなに謝った。会えない者たちにも、動画で謝った。
失った部位を再生できるのではないか、という期待をさせてしまうかもしれないことを。
残念ながら、フルカワにそんな能力はない。
だからこそ大昔に鎧から追放されたのだ。
しかしいま、魔王軍はフルカワを必要としている。
アモロ復旧のために、鎧は完全体にならねばならないのだ。
マオちゃんはフルカワが大嫌いだった。
1600年くらい前にも、魔導士チャッカの右目を再生してみせると豪語したことがある。結果はひどいものだった。10日がかりでも再生できなかった。
上手くいかないフルカワは、おかしいおかしいと言っていた。
おかしいのはお前だ。
怒ったチャッカによって、フルカワは追放されてしまった。追放されるそのときでさえ、私は人体を再生できるんだと喚いていた。
マオちゃんは考える。
なんでフルカワは、あんな残酷なウソをついたのだろう。人体の再生という、究極の希望とも言うべきウソを。
そして最後の最後まで、それができないことを認めなかった。
会いたくない。
ホントはフルカワになんか会いたくない。まして、再びひとつになんかなりたくない。アモロ復活のために協力してほしいなどと、頭を下げるなんて冗談じゃない。
というか、57年前の私を殺しやがって。
本当ならキラウェア火山の火口にでも放りこんでやりたい。
マオちゃんはムカムカしていた。
彼女の出した結論は―――
「ま、いいや。出たとこ勝負でなんとかなるか」
マオちゃんは深く考えないことにした。
そんなこと、フルカワを探し出してから考えることにしよう。
と―――
「魔王様、いかがなさいましたか?」
「ふにゃ?」
びく。
マオちゃんはようやく我に返った。思わず周囲を見回す。ここは……リムジンの後部座席だ。セカンドシートにはタヌイ局長がいた。心配そうにマオちゃんを見ている。
「あれ、タヌイくん? ここは……」
「いかがされましたか。いまはもう国道502号線です、あと20分ほどで魔王城に到着いたします」
魔王城……?
そうか。ここは車の後部座席だ。そうだ、いまは車で移動してる途中だった。
「魔王様?」
「あ、ああゴメン。ちょっとボーっとしてた。私、なんか言った?」
「出たとこ勝負と聞こえましたが」
「あはは。私そんなこと言った? ちょっと真剣に考えごとしてたよ」
「ひどくお疲れのご様子です。すこしお休みになられないと」
「大丈夫だよ。うん、大丈夫ありがとう」
マオちゃんはだんだん状況を思い出した。
いまは空港からの帰り、第47魔王城へ向かっているところだ。そうだそうだ、空港でタヌイくんと合流したんだった。
「ごめんね、タヌイくん。なんか私に報告があったんだっけ? なんだったかな」
「いえ、サントラクタの作戦の経過報告ですので早急ではございません。明日にでもいたしましょう。ただ、これだけはいまご覧いただけますでしょうか」
タヌイはスーツの内ポケットから、封筒を取り出した。
請求書在中と表書きされた封筒だ。
マオちゃんの表情が、わかりやすく曇る。
カブトの炎もぴこぴこと揺れた。
「ああ……これかぁ。なんだっけ、ルディ神父のお仲間から来たとかいうお手紙だっけ?」
「はい。請求書と但し書きがございますが、中身は……魔王軍の内部事情の詳細でございます」
ボッッ!
魔王から吹き上がる炎が、ドンと屋根まで立ち上った。たちまち車内が青い炎で充満する。
熱くはない。
そして、すぐに掻き消えた。
炎は兜のうえで、さっきとおなじように小さく灯っている。いちいちマオちゃんの感情に反応するらしい炎。
「見せて。えー、マジでウチのこと書いてあんの?」
「はい。どうか落ち着いてお読みください」
マオちゃんは封筒をシートに投げ捨て、便箋を広げた。
1枚目、ざっと目を通す。
2枚目、ざっと目を通す。
3枚目……
ぶおっ!
すさまじい炎がカブトから吹き上がった。車内はもちろん、あらゆる車体のスキマから爆炎が漏れる。マオちゃんの火は熱を持っていない。爆発の危険などまったくない。だが知らないものには、炎上しながら走る車にしか見えなかっただろう。
やがて炎も落ち着いた。
「タヌイくん」
おそろしく低い声。
マオちゃんは、タヌイを見ようともしない。便箋をじっと睨んだまま動かない。
「はい、魔王様」
「この手紙送ってきた連中さ。これから “ ルディ軍 ” って呼ぶことにするね」
「周知いたします」
「うん。じゃあルディ軍の代表者にアポ取ってよ。来いって言っといて」
「は……よろしいので?」
「うん。会うことにするよ」
「……承知いたしました」
「ふう……参ったな。なんでこいつら、魔王軍がサントラクタでやったこと全部知ってんのよ」
「は……それは」
「ああ、もしかしてニニコちゃんのメールかな。なんだっけ、ルディ軍のシスターに、いろいろ情報送ったらしいじゃない。ジェニファーくんのスマホで」
「いえ、通信会社のサーバーまで確認しましたが、そこまで大した情報はありませんでした。まったくべつの理由で、彼らは魔王軍の内情に精通しております」
「気持ち悪いなあ」
「もしや魔王軍内に内通者がいるのでは……」
「あんま考えたくないけどね。まあ、そのへんも会ってから聞くことにするよ」
マオちゃんを乗せたリムジンは、まもなく第47魔王城に到着するだろう。20、21、22章にてメチャクチャになった魔王城。
すでに復旧のために大工事が始まっているはずだ。
マオちゃんの、いや魔王軍のフルカワ回収作戦は、いよいよ動き出す。
それではここから2カ月の出来事を紹介していこう。
あいにく時系列があやふやなのだが、お許しいただきたい。
もう、そういうのにこだわっている場合ではないのだ。
だって、マオちゃんは2カ月後に死んでしまうのだから。




