第241話 「アフタードリンク」
「それに正直、咲き銛いらないもん」
「……ん?」
「ゴホ?」
「いらないとは?」
「いらんことないだろ、マオさん」
「いや、いらない。だって咲き銛、弱いんだもん」
ゴクゴク。
プハ。
「たとえば鎧の中でいちばんムカつくのはって言ったら、ダントツで穢卑面だ。ただし能力は認めてる。正直、今回の件ではすっかりしてやられた感じだしね」
ゴク、プハ。
「そこにいくと咲き銛はねえ……弱い! 能力的にいらない」
「いや、それでもいらないってことないでショウ」
「なに? 咲き銛ってそんなに弱いの? たしかヤリが伸びるんだっけ」
「あと、人工心肺の代わりにもなるそうだ」
「なるほど。えー……ほかには?」
「なーんも無し。それ以外、なんの能力もない。ていうか数メートル程度の攻撃能力なんて、銃で間に合うことだ」
ゴクゴク。
プッハ。
「銛を伸ばす能力もねえ……離れた場所にあるものを取る能力って、ほかにも出来る鎧いっぱいあるし。水な義肢とか真っ白闇とか……ホントに多いな。真剣になんの取り柄もないよ、咲き銛」
あんまりな言いぐさ。
これでは咲き銛がかわいそうだ。
しかし……
事実だ。
「なるほど、それは弱い」
「確かに今とくに必要ない鎧デースね」
「しかし珍しいじゃないか、マオさん。君が追放を提案するなんて」
「追放じゃないよ、これは就労支援みたいなもんだ」
ゴクゴク。
「待って、ドリンクおかわりする。次は……コーラにするかな」
「もう飲まないほうがいいデースよ。糖尿になっちゃいマース」
「なんか俺もコーラ飲みたくなってきた」
「軍曹、私にもいただけますか」
「……就労支援ってなに? マジで意味わからん」
「みんなにもコーラ入れてあげよう。私はなんていい魔王なんだ」
ドリンクバーマオちゃん。
みんなの分のコーラを入れてあげる。
ジョロジョロ、シュワー。
「ちょっと今回の件で思うところがあってね。野球でもメジャーとマイナーがあるじゃん? 弱者に、強者と同じ業務量を課すのはかわいそうだよ。むしろ簡単な仕事をあてがってあげないと」
シュワー。
シュワー。
「はいコーラ。イブラヒム、みんなに回して」
「ゴホ。ありがとう、マオさん」
「ありがとうございます軍曹。えー……え? 鎧に仕事をさせるのですか?」
「ああ、わかりマーシた。自分であれこれ考えて居場所をみつけてこいと」
「……それができるなら無能じゃないと思うが」
みんな厳しい言いかたをする。
エリートには落ちこぼれの気持ちなどわからないのだろうか。
……咲き銛が落ちこぼれ?
そんなことないよ、ないはず。
だがマオちゃんは許さない。
「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすという。きっと咲き銛にとってもいい成長の機会になるだろう」
目がキラキラ。
頭の火もピカー。
マオちゃんは輝いている。
「よく言うよ。マオニャン、自分の子孫にはアマアマのくせに」
「それで成長できるくらいなら世話ないと思うんデースが」
「まあいい。正直どうでもいい」
「じゃあ咲き銛に関してはそういうことで」
「では本会議の方針をまとめよう、えーなんだっけか」
「①シーカにアモロ本体 (フルカワ)を探させる、ゴホ」
「②イヒカの憑依先を選定しマース。トラブリック、ニニコ、ハムハムの3人が候補デース」
「③スクラップの配送車から井氷鹿、ほか勇者、穢卑面、咲き銛を取り出す。ついでに神父の死体は友達連中にくれてやる……と」
「よっしゃ、これで決まりだね! あー、終わった終わった! おしりが痛いよこのイス、ホントダメだ」
ンー!
椅子に片足を乗せて、思いきりマオちゃんは背伸びをする。もちろん椅子とは、機能停止した水な義肢のことだ。
よくもこんなデコボコしたものに座っていたものだ。
「ンンー! このあとみんなヒマ? それならちょっと付き合ってよ」
「付き合うのはいいけどマオニャン。重要な議題が残ってるよ」
「え? 他になんかあったっけ?」
また背伸び。
ンン!
「まだカネの話してないよ。今度の損害、670億超えてんだけどどうする?」
「なるほど……え!?」
ぴた……!
背伸びしたまま固まる。
「670億デース。もちろん西州通貨でデース」
「……なにそれ。え、え、待って。第47魔王城の修復だけでそんななる?」
汗ダラダラのマオちゃん。
「魔王城再建に250億。あとは道路公団への損害賠償とか口止めとか、あとサントラクタの件(14章から16章)もあるし」
「うそーん……」
「それに魔王軍の人員っていろんな国や団体から構成してるからさ。魔王軍の仕事でケガした場合、ウチで補償しないといけないから」
「いやーん……」
「さらにさっき言った、トラックを丸ごと沈める規模の封印を作るとして……さらに追加で上乗せだな」
「あにゃーん……」
なんか、一気に深刻なムードになる5人。
さっきまでならこのタイミングでウェイトレスが乱入してくれたのだが、肝心なときに来てくれない。
アル老人も孫が来てくれないことを気にしているのか、ホールのあちこちを振りかえる。だが来てくれない……
「どうやって捻出しマースか、こんな大金」
「いや……あるけどね、670億くらい。でも現金化するだけで5年くらいかかるぞ」
「ゴホ、戦争以外での出費としては過去最悪じゃないか?」
「うん、しかも損失金として税申告もできないしな」
さすがの四天王も眉をしかめる。
と!
と、ここでマオちゃんに天才的ひらめきが舞い降りた。
「いいこと考えた! 鎧を民間に貸し出す事業をしよう!」
天才。
「さしあたり、真っ白闇のレンタル事業を始めよう。そうと決まったら、すぐにニニコ君の呪いを解かなくちゃ」
キラキラ。
「ゴッホ! ゴホ、や、やめてくれ!」
「やめてくだサーイ!」
「わ、わかった。金は俺たちが何とかするから」
「もう軍曹は何もしないでください!」
止める四天王。
必死に、必死に止める―――
「そぅお? そんじゃあお願いねー」
作戦成功。
マオちゃんはいつもいつも、異次元級のメチャクチャを言う。そうすることで仕事を他人に押し付けてきた。
押しつけられた四天王が頭を抱える。
気の毒に。
「うーん……どうする?」
「またアレやる? 外国為替の操作」
「あれはお前、もう無理だろ。このネット時代に」
「いまは個人投資家の動きが早すぎるよな、ホント」
「それなら医療用大麻の規制を緩めまショーウ。保険を適用できるようにすれば、処方箋書けば書くほど補助金たんまりデース」
「あ、悪い。それもう進めてる。5か国で解禁しちゃった」
「ほかになんかあったっけ?」
「ほかって……そんな簡単に儲け話があるかよ」
「……」
「……」
「……」
「うーん……あれでいくか? 来年のワールドカップ」
「……」
「……気が進まんがしょうがない、本選出場枠を増やすか」
「いまは32か国でシタね。36か国くらいにしマースか?」
「いや、減らそう。28か国にする」
「……ゴホ? へ、減らす!?」
「減らしてどうすんの、本選のチケット販売数減るじゃん」
「放送権利料もデース、大損しマースよ」
「そう。そのぶん、予選試合がめっちゃくちゃ白熱すると思うよ。予選の放送権なんてメチャ安いだろうから、いまのうちに買い占めておこう」
「……予選のほうで儲けるってこと?」
「まあ、たしかに本選出場のかかった試合のチケットとか放送権とか、すごいことになるだろうね」
「でも本選の試合数が減るんじゃ、プラマイゼロじゃないか」
「減らさない、本選の試合数は今までどおりだ」
「……ゴホ、どういうこと? 8リーグから7リーグになるのに、なんで試合数いっしょなんだよ」
「あ……ああわかった!! 1次リーグ敗退国のなかから復活戦するわけか!」
「そう。28か国でリーグ戦して、2次に勝ち残るのが14チーム。これまでどおりベスト16にするために、敗戦国14チームで再試合だ。勝ち抜いた2チームが敗者復活」
「大賛成デース! 試合数も増えるし、これは確実に大儲けできマース!」
「じゃあ、負けそうな14か国のチケット販売権買っておこうか。放送権も」
「敗者復活する2か国はどこだ~みたいなスポーツ賭博もやりまショーウ。そこでまた儲かりマース!」
「ゴホ……いっそ敗者復活戦にも賞金ださないか。ロトくじみたいにして集金すればけっこう集まるんじゃないか」
「えーっと、ちょっと待って。いま話してるワールドカップっていうのは、サッカー? バスケ? ラグビー?」
「全部いこう」
「目標収益は1200億を目指しまショーウ!」
やんややんや。
なんか鎧の会議よりも盛り上がる四天王。みんなスポーツが好きなんだと見える。平和的な方法のお金儲けっぽくて、本当に良かった。
マオちゃんは……
「うう、ドラヤキ食べ過ぎたせいで眠気が」
平和。
すごく平和。
―――こうして。
こうしてすべては魔王の支配下となる。
はずだった。




