第24話 「イン ザ スカート」
「俺はもうおしまいだ! どうにでもなっちまえ!」
繁華街の中央でトラは、半狂乱になって叫んでいた。
あろうことか、フォックスから預かった10万ナラーのうち、10万ナラーを失くしたのである。
全部じゃねぇか。
念のために補足しておくが、ナラーとはこの世界の通貨である。130ナラーあればジュースが買える。
もと来た道を、トカゲのように地面を這って封筒を探すトラ。自販機の下、ベンチの陰、排水溝……
見つからない。
見つからないではないか。
トラはもう2時間近く、町の入口と電気屋を2往復していた。全身汗だく、足はフラフラ……だが見つからない。
ここでトラの理性は死んだ。
「俺に時給10万の仕事を世話してくれ! ここで雇ってくれ!」
水道工事の現場で、落ちていたスコップを拾って勝手に仕事に加わるトラ。ザクザクと猛スピードで地面を掘り返すパワフルさは、まるで耕運機だ。
「俺を使ってくれ! さもなきゃいっそ殺してくれ!」
現場に乱入した長靴男に、あろうことか仕事を手伝われて水道屋の職人たちはパニックになった。
「な、なんだよコイツは! おいマルコ、警察を呼んでくれ!」
「すげぇぞ、なんて速さだい!」
「殺してくれ、殺してくれ!」
ザックザック。
すぐさま追い出され、トラはいよいよ途方に暮れた。
※ ※
ズシ……ズシ……
2時間前まであんなに軽かった長靴が、いまはこんなに重い。
どうしよう。
正直にこのことをオーナーに……殺されてしまうわ!
自然と足は、人通りの少ないほうへと向かう。めずらしくトラが弱音を吐いた。
「金はどこだ……」
その時―――……
ズシン!
「?」
ズシン、ズシン!
「!? な、なんだ……!? あ、足が勝手に……まさか!」
足が、足が、勝手に進む。
トラの意思に反して、自動的に歩き出したではないか。これはあの日と同じオート歩行―――
こ、これはもしや……
トラの表情が、驚きからやがて……笑みに変わる。
長靴にも、探索の能力があったのか!?
ズシンズシン。
長靴が進むにまかせ、どんどん人気のない方へ向かう。
ズシンズシン。
ズシンズシン―――
そのうち、キッタないドブ川が流れる工業団地跡に出た。
「な、なんだ? ここ……」
ずいぶんとカビ臭い。
妙だな、静かすぎる。機械の音どころか、人の声もしない。
「どこまで行くんだ? オイ」
もちろん長靴は答えない。
そのうえ、地面に釘やブロック、レンガなどが散らばり始めた。どう考えても車など通れそうもない。
フゥ、フゥ、もう足が限界だ。
しかしここ、誰もいないのか?
もう使われていない区画か?
サビだらけの大型機械が、無残に放置されている。
タイヤのない軽車両が、脇道をふさいでいる。
割れた窓。
ひびの入ったアスファルト道。
そこからぼうぼうと生えるペンペン草……
おかしい。
ホントにこんなところに、失くした金があんのか?
ドブ川沿いの道幅は、だんだん狭くなってきている。2階建てほどの高さの、工場だか資材倉庫だかに囲まれ、外の様子がわからない。
これ帰れるんだろうな…………って!
ドシン!
「キャッ!」
「痛て!」
小道から女の子が飛び出してきて、トラにぶつかった。
あっ、と小さな悲鳴をあげて転んだ少女。
トラよりいくつ年下だろうか。グレーがかった髪、あまりいい身なりはしていない。薄汚れた長いスカートは……いや、何度も説明の必要はあるまい。
“ あの娘 ” である。
倒れこんだ拍子に、少女は封筒を落とした。
トラがあわてて腰をかがめ、女の子に手を差し伸べた。だがすぐに彼女が落とした封筒にギョッと目を向ける。
「おっとゴメ……ハッ!! それは……」
トラ用と書いてある封筒からはみ出すのは、10万ナラーの大金。失くした封筒ではないか。
トラの眼の色が変わる。
声のトーンも変わる。
「ちょっと待て、その金は……」
おそろしく低い声に、女の子がびくりと反応する。
おそるおそるトラの顔を見あげ―――
「あっ! あなたのじゃないわ!」
と叫んで封筒を背後に隠してしまった。
自供。
「ちょっと来い、このガキ! その金どうしたか言ってみろ!」
「離して、離してよ! 来る……あ、あいつが来る!」
トラが女の子の襟首をひっつかみ、封筒に手を伸ばすが……女の子はもと来た方向を気にして怯えているのか、逃げようともがく。
それでも封筒は離さない。
ジタバタ。
「そいつを見せろ! こンの……俺を怒らせるんじゃない!」
「やめてッ!」
抵抗する少女。
と!
突如!
そのスカートから――――――
ズモモモ……にゅるにゅる、ずるずる。
なにかが、スカートから這い出してきた。
何本も、何本も。
にゅるにゅる、ずるずる……触手だ!
「ぬわ! なんだなんだ!?」
触手がトラの体に、ぐるぐると巻きついた!
おもわず悲鳴をあげる。
なに!??
なにこれ???
ぐにょぐにょと黒い、ゴムみたいな感触の……マジでこれ何よ!?




