第229話 「 」
ブロロロロ!
車は山道を駆け巡り、そしてようやく小高い半島を大回りした……
と!
「わっ! 見て!」
「やった……」
海だ。
大きな湾に面した海岸沿いには、漁港と思われる区域が見えた。そして工場地帯には巨大な倉庫群が広がり、大小さまざまな船舶が行き来している。
潜伏に申し分ない港だ!
このままの速度で行けば、30分もあれば湾岸に着けるだろう。
「ホッとしたわ」
「ホッと・したな」
ようやく。
ようやく車内の空気がほころぶ。不安なことばかりだが、とにかく一歩前進した。
マオちゃんを人質にしている限り、いくらでも魔王軍と交渉ができるはず。どんな交渉をするかは、手ごろな船に乗りこんだあとで考えればいい。
その間に、ルディ神父の教会からメールが返ってくれば最高だ。1万人規模の集団だそうだから、ヘリかなんかで迎えに来てくれれば……来てくれる、よね?
いいや、きっと来てくれる!
希望。
ほんのわずかだが、着実な希望。
そんな小さな希望は、
一瞬で打ち砕かれた。
「やめろおおおおおおおおおおおおおお!」
絶叫ぉ。
マオちゃんの絶叫ぅお!
突如!
とつぜん!
うしろで寝ていたマオちゃんが起き上がり、絶叫した。
「やめろ、穢卑面ェええええええええええええ!」
立ちあがった勢いで、ガンと天井に魔王をぶつけたマオちゃん。もちろん両手はベルトで縛られたままだが、そんなことお構いなし。
背骨が折れるほど体を反り、狂号をあげる。
体を引き裂かれたように、大切なものを奪われたかのように泣き叫ぶ。
「イヤアアアアアアアアアアアアアア! 穢卑面えええええええええええ!」
絶叫ぉぉ。
―――エヒメ、だと?
「ぎゃッ!」
「うおおお!?」
ビビった!
ニニコ&シーカの悲鳴。いきなりなにごと……まずい! ハンドル操作を誤り、車はガクガクと反対車線にはみ出す。
「や、ヤバ……」
急ブレーキ!
あやうくガードレールにぶつかりそうになる寸前、シーカはハンドルを思いきり切ってブレーキを踏む。
ギャアアアアアアアア!
車体は大きくドリフトし、カーブに沿って滑る。
「う・う・わ!」
「きゃ―――!」
悲鳴。
瞬間、朽ち灯が動く。
シーカの意思に関係なく、グルンと助手席に伸びた。
『ニニコ、煙羅煙羅を捨てろ!』
はじめてだった。
朽ち灯が、ニニコのために動いたのは初めてだ。
ガシィ!
車外に放り捨てるべく、朽ち灯は煙羅煙羅をつかみ取る。
だが遅かった―――
ドォン!
ドガアアアアアアアアアア!
衝突。
車はガードレールにぶつかり、曲道に沿うように数十メートルも滑走する。
ギャリギャリ、ガリガリガリ!
明らかにブレーキを踏んでいない!
SUV車は火花を散らしながら半回転し……ドガァッ! すべてのタイヤをバーストさせてようやく止まった。
ボンネットは根こそぎ外れ、エンジンは凄まじい煙を噴き出している。バックドアも窓が大破したうえ全開しているではないか。
大事故……車内はどうなっているのか。
ニニコとシーカは無事なのか?
ジェニファーとマオちゃんは無事なのか。
「ああ……ああ……こんな、こんなことが……」
マオちゃん。
マオちゃんは無事だ。
……なんで無事なのか?
いやなんで道路に座りこんでいるのか?
スクラップ同然になった車からどうやって脱出したのだろう、血まみれで横たわるジェニファーのそばで、わんわんと泣いている。
「ああああああああん! あああああああああん!」
カブトに、青い炎が灯る。
マオちゃんの悲しみを写しとったかのような、青い炎が。
魔王の形が変わっている。
武者鎧のカブトのような形状。
だが、騎士カブトのような眉庇……というのか? ガシャンと顔面を守る可動式のバイザーみたいなのもある。
和洋の兜を合わせたような―――
なんで魔王の形が変わっている??
いや、それよりも。
なぜマオちゃんは車外にいるのか。
それもケガひとつせずに。
脱出したのだ。
ジェニファーが脱出させてくれたのだ。
車が衝突する寸前、マオちゃんの絶叫でジェニファーは目を覚ました。たしかにあの大声を聞けば、一瞬で失神状態から覚めても無理ないだろう。
とはいえ意識はもうろう、頭もグラングラン……どうして自分が車に乗っているのか、状況がまったく理解できなかったジェニファー。
それでも泣き叫ぶ魔王さまを落ち着かせるべく後部座席を乗り越え、ぎゅっと抱きしめた。あのドリフト中の車内でだ。
その瞬間!
ジェニファーは、助手席のニニコに気が付いた……いや、ニニコがヒザに乗せた煙羅煙羅の『変化』を見るなり、彼女はバックドアを開けた。
転げ落ちる、死ぬかもしれない……
知ったことか!
ジェニファーはマオちゃんを抱きしめ、背中から落下、車外に飛び出した。
ドガアアアアン。
2人の脱出直後、車はガードレールに激突した。
あのまま車内にいたら無事だったかわからない。ジェニファーの機転のおかげで、マオちゃんはかすり傷ひとつ負わなかった。
だがジェニファーのダメージはひどい。背中は血まみれ……路面への激突、摩擦でスーツどころか皮膚も破け、大量に出血している。
おそらく肋骨が折れているのだろう、口から血のあぶくを吐いているのは、内臓が傷ついているに違いない。
忠誠。
魔王に、身を挺して忠誠を尽くした。命すら顧みずに。
「ジェニファーくん……うう、ジェニファーくん」
泣く。
マオちゃんは泣き続ける。
へたりこんでわんわんと泣く彼女は、どう見てもただの女子校生だった。
カブトの炎がゆらめく。
その青色は、どう見ても地獄の業火だった。




