第214話 「ワンマン シネマ」
■ WARNING ■
前回に引き続き警告する。
今回、一文字たりとも読み飛ばさないこと。
チャッカマン・オフロードの最重要設定である。
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「なにから説明しようかな……ルソン島の話からしようかな」
もったいぶった話しかたのシルフィード。心なしか、ボコボコの顔が微笑んで見えた。
―――コンテナの隅に蛾が飛んでいる。
「ルソン島は、赤道直下の東洋の島さ。16世紀、ルソン島には大勢の西洋人がやって来てた。大海原を旅してね」
「新大陸を求めて航海する冒険家のことを、コンキスタドールという。西洋の列強国は植民地を広げるべく、世界中の未開の地を侵略に行ったんだ。教科書でおなじみの大航海時代ってやつさ。コンキスタドールとは、イスパニア語で征服者って意味だ」
「そしてルソン島にもコンキスタドールはやってきた。イスパニアの貴族が率いる艦隊だ。彼らは、そうとうな野蛮人ぞろいだったらしくてねえ。植民地支配をするために、ずいぶん手ひどいことをしたらしい。その支配政策のひとつが強制改宗さ」
「ルソン島には当時、いろんな宗教の部族がいた。これは支配する側にとっては、じつに都合が悪いんだ。ある者はブタを食べない、ある者は1日に5回も礼拝する……生活スタイルがてんでバラバラで、これじゃ一体的な産業開発の進めようがない」
「だから宗教ってのは、支配地域全体でひとつにまとめるのが最適なんだ。そのためにコンキスタドールは、かならず本国から宣教師を連れてきたんだ。現地の人間を改宗させるために」
「もちろんルソン島に来た艦隊にも、宣教師が乗船していた。その宣教師こそ、400年前の魔王さ」
「ところが宣教師魔王は、島に来るなりそうそう、ルソン島の原住民に殺された」
「原住民の気持ちもわかるよ。とつぜん外国の軍隊がやってきたと思ったら、家を壊すわ、畑は焼くわ。そのうえ信仰まで変えろとか言うんだもの。そりゃ殺したくもなるさ」
「で、このあとが面白いんだけど、今度はその現地人が魔王に憑依されて、新規魔王になった」
「さらに新規魔王は、日本から来た海賊に殺された。ふふ、いきなり超展開だろ?」
「倭寇って聞いたことあるかな。当時のルソン島には、日本の海賊がわんさといたらしい。コンキスタドールが来る以前から、あちこちの海域を荒らしまわってたそうだ」
「それで、なんらかのトラブルになったんだろうね。新規魔王は海賊に殺され、今度はその海賊が、魔王に憑依された」
「考えてみれば当たり前の話で、解放された鎧は次の人間を呪いに行く。被害者のいちばん近くにいる者に……つまり殺害者にだ。魔王を殺せば、殺した者が次の魔王になる。まるでババ抜きだよ」
しゃべる、しゃべる、シルフィードは止まらない。
さっきの蛾は、どっかに行ってしまった。
「さて新規新規魔王だけど……ややこしいから“ 日本人海賊マオ ”としよう。彼は海賊の頭だったらしい」
「そしてなんのこっちゃ。海賊マオは手下を率いて、やがてルソンの海域を完全支配した。で、コンキスタドールたちを相手に戦争はじめたんだ」
「このへん、よくわからないんだよねえ。肉体が入れ替わっても、魔王の本体はカブトなわけだろ? 憑依先が変わったからって、魔王の人格が変化するわけじゃないはずだ」
「海賊の体になったからって、なにも海賊稼業つづける必要なんかないんだよ。ましてコンキスタドールと敵対なんて、島に来た最初の目的と違いすぎる。ルソンでの布教活動はどうなったんだか」
「もしかしたら、それ以前からコンキスタドールたちと意見対立してたのかもね。肉体も新しくなって心機一転、競合他社で再出発みたいな感じだったのかな。ブラック企業の上司と部下なんて、いつの時代もそんなものかもしれない」
「おっと脱線しちゃったね。ここからが重要だ、話はそれから40数年後に飛ぶ」
しゃべる、しゃべる、シルフィードは止まらない。
あ、さっきの蛾が戻って来た。
「さてさて40年後。ルソン島に、またしても日本人の一団がやって来た。だが今度来たのは海賊じゃない。軍人とその家族だ」
「軍人の名前はたしか、高山右近……それに内藤如安、だったかな」
「高山家は、当主右近を筆頭に、妻のジュスタ、娘ルチア、そして長房ほか4人の孫。内藤家はジョアンと妹のジュリア。そして両家の従者が数十人だったかな」
「当時の日本では、異国の宗教は一切禁じられていたらしくてね。でも高山と内藤の一族は、異教に傾倒した罪で島流しにされてきた。よくある宗教弾圧の追放令だよ」
「話が戻るけど、このときルソン島はイスパニアの征服者によって、完全に植民地化されていた。たまたまとはいえ、皮肉な運命だよ。というのも、当時の日本に異教を伝来したのは、イスパニアの宣教師だったそうだ」
「高山と内藤の一族にとっては、神がかり的な奇跡だよね。悪い冗談みたいとも言えるけど。イスパニアの宗教によって日本を追放されたのに、追放されたその島はイスパニアの植民地だったんだから」
「イスパニア人たちは、意外にも日本人らを大歓迎した。国を追放されても信仰を貫いた彼らは、敬虔な信者としてルソンで手厚く迎えられた。高山家、内藤家はもちろん、その従者たちも熱烈な歓迎を受けた」
「そんな高山家の従者のひとりが、アスカだ。彼女は……くくく、聞いて驚かないでよ。アスカは “ 勇者 ” に呪われてたんだ」
「ここでふたたび海賊マオが出てくる。島流しにされてきた日本人のウワサを聞いて、マオは高山家を訪問した。そして腰を抜かした。まさかまさか、勇者の被呪者がいるんだもの」
「魔王と勇者、じつに何百年ぶりかの再会だ。その縁もあって、高山一族と海賊マオの関係は急接近していった」
「そして、これがまたいい加減というか……高山右近の人柄もあったんだろうけど、海賊マオとコンキスタドールは和解するんだ。またしても急展開だろ?」
しゃべる、しゃべる、シルフィードは止まらない。
さっきの蛾は、またどっかに行ってしまった。
「当時ルソンを統治していたのは、フアン・デ・シルバという提督だ。彼は、魔王ひきいる海賊たちにさんざん手を焼いていた。だから高山右近が、海賊マオを連行してきたもんだから狂喜した」
「とはいえ高山右近の仲裁もあって、海賊マオは事実上の無罪放免さ。もっとも船はすべて没収されちゃったもんだから、海賊は廃業だけどね」
「無職になった海賊マオは……もう海賊じゃないけど、ここまできたら海賊マオで統一しよう。海賊マオは、手下や現地人の友達といっしょに船大工をはじめた」
「ヒマになった海賊マオは、高山右近や内藤ジョアンを島の観光に連れてったりしてた。ほかには右近の娘と飲みに行ったり、右近の孫と飲みに行ったり、ジョアンの妹と飲みに行ったりしてた。ようするにダラダラしてた」
「あ、言い忘れてた。このときの海賊マオは8代目だ。海戦で死ぬたび、手下に手下にと乗り移ってよみがえった。おかげで、ついたアダ名が『不死身のムルト』だ」
「ムルトとは……ルソン語で幽霊、イスパニア語では死者って意味だ。魔王にぴったりだろ?」
「だが人間はムルトじゃない」
「島の生活はとつぜん一変する。ルソンに着いてわずか40日後、高山右近が病死したんだ。残された妻と娘、その孫たち、そして従者たちは、右近のあとを追ってみんなで死のうみたいな空気になった」
「たったひとり、アスカは違った。なんのこっちゃわからないと思うけど、彼女は旅に出るとか言い出した」
「ルソンを征服したイスパニア人は、本国に定期船を送っていた。当たり前だ、貿易のための支配なんだから。その船に乗って、アスカはイスパニアに行くとか言い出した」
「高山右近の魂が神の国に行けるように、総本山の教会に行って祈ってくるとか言い出した。あろうことか教皇に会って、ルソン島の平穏を祈ってもらうとか言い出した」
「バカだろ? このアスカ」
「シルバ提督はこれを快諾した。まあ高山右近への借りもあるし、断り切れなかったんだと思う」
「そして、海賊マオも一緒に行くことになった。右近の娘ルチアが、アスカの護衛を依頼したんだ。そりゃ魔王にとってイスパニアは、宣教師時代の祖国だからね。案内役としてはうってつけだ」
「船は出航。アスカと海賊マオは、世界半周旅行に出発した。この船旅のあいだ、小説50本くらい書けそうな面白エピソードが満載なんだけど、さすがにこれは端折ろう」
「半年がかりで、ようやく船はイスパニアに着いた。そして無事に高山右近のために葬礼をしてもらえたのさ。それもすごいことに、教皇直々にだよ。本当に教皇猊下に会えたんだ。まあ、ルソン島を統治したシルバ提督の紹介状があったからこそだけどね」
「と、これは補足だけど。彼らの修道会の総本山はイスパニアにはない。ローマにある。これはアスカが、西州の地理を理解してなかったのが原因だ。もっとも17世紀の東洋人の知識じゃ、無理もないけどね」
しゃべる、しゃべる、シルフィードは止まらない。
さっきとはべつの蛾が、壁に止まっている。




