第211話 「マウンテンロード」
トラとフォックスは……いよいよ車泥棒にまで落ちぶれてしまった。都合よく足があってラッキー! くらいにしか思っていないらしい。
じろじろと用心深く車内を物色し始めた2人。フォックスは運転席を、トラは助手席をのぞきこむ。
このバンは荷台の壁によって、車体の前後が隔てられている。そのカベには横一直線に刀傷が入り、ざっくりと荷台まで貫通していた。
「うひゃあ見ろよ。シートどころか、車体まで切れてんぞ」
「よくもこんな、ざっくりイっちまうもんだな。なんちゅう切れ味だ、おっかねえ」
2人が言うとおり、座席ごと隔壁を切り裂いたのは、青年の腕刀だ。なんという破壊力……もし彼が不意打ちを食らわず対決することになっていれば、いまごろトラは八つ裂きにされていただろう。
そんなこと気にする様子も無く、ドアの無くなった車内に、いそいそと乗りこむ2人。
ギイイイ!!
トラの乗った助手席側が、大きく沈む。車のあちこちがギシギシと悲鳴をあげた。まだ発進すらしていないのに、今からこんなことで大丈夫だろうか。
「トラ、シートベルト締めとけよ。カーブで転がり落ちても責任とれねえぞ」
「なんかゴルフ場にあるカートみたいだよな。ってことは助手席の俺がキャディさんかよ」
「サービスの悪いキャディさんだぜ、客のアタシに運転させんのか。オッケー、次のラウンドに行きますよ。666番ホールにご案内だ」
「もう打ち上げ行きたい」
グォン!!
車は発進した。
信じられないスピード……時速25キロくらいしか出てない。車はガタピシと動き出した。ニニコらと合流するために。
グオオオオオオオオオオン!
のろのろ。
「遅っそ……アクセルべた踏みしてんだぜ。いま逃走中なんですっつっても、誰も信じてくれねえだろうな」
「俺のせいだって言いたいんだろ。このオープンカーの馬力が足りねえんだよ、絶対どっか壊れてるね」
グオオオオン、ブロロロ!
エンジン音がすごい。
魔王城から2人はどんどん遠ざかる。やがて林を抜け、山間の道に出た。
のろのろ。
「なあトラ、そのへんくまなく見てくれよ。タバコどっかにねえ?」
「ねえってば、もうさんざん探したろ。さっきの野郎、あのナリで健康志向とは恐れ入ったぜ」
がさごそ。
「さっきのやつ、マジで魔王の下っ端だったのかな。ていうかここ、いったいどこなんだ?」
「さあな……なあ、今いる国の名前がわかんねえなんて信じられるか? 今日この世界に召喚された気分だ」
「地球の上と下じゃえらい違いだぜ。夜になったら星座とかでわかるかな、晴れてりゃだけど」
「待てよ、ちょっと待て。ふつうにカーナビあんじゃん、これで見りゃいいんだ。えーっと拡縮を最大にするには、えー、このスイッチか…………このボケナビ! なんでアップになりやがんだ!」
「最大にするからだろが。アタシにやらせろ、マイナスを押すんだよ。こうやってホレ……喜べ、地球の荒れ果ててない側だ」
「見せてくれ、どこにいんの俺ら……やめてくれ、俺のいちばん興味ない常任理事国じゃねえか。ルディの教会まで何百万キロあるんだよ」
「ルディの教会は市民会館を曲がった先だな、山脈と砂漠を越えてすぐのよ。てなわけで教会に戻るプランはボツだ。この国で潜伏しつつ、魔王人質作戦を続けんぞ」
「神様、フォックスを正気にお戻し下さい」
「ブツクサうるせえぞ。とにかくスマホだ、どっかで調達しねえと始まんねえよ。クラウドの電話帳も見れねえから動きがとれねえし、なにより金が使えねえ」
「シーカのやつが全部用意してくれてるのを願うか。もしかしたら、あっちから迎えにきてくれるかもしんねえぜ。ハイヤーかなんかでよ」
「もしそうなったらあいつに惚れちゃうね。まあその可能性も期待しとくか」
「やっぱマジにスマホがいるなあ。できれば穏便に、無料で手に入れてえよ」
「話変わるけどよ、この車たぶんあと10キロも走れねえぞ。まっすぐ進まなくなってきてる。不思議だぜ、なぜかパンク寸前だ」
「あ―――……そいつはたぶんクギかなんかを踏んだんだ。カーナビで修理屋の検索する?」
「先にスマホだ、そのへんに落っこちてたら教えてくれ。次はヘアサロンに行って、そのあと修理屋に行こうぜ」
「ついでに大使館にも寄ってくれ。亡命するから」
「だったらこのまま真っすぐ行って、突き当たった堤防を左に曲がるといいよ。1キロも行けばホームレスのたまり場になってる橋があるから、この車と交換条件にすれば、スマホはわけなく手に入るよ」
ギギギィ!!
ブレーキ!
……車が止まる。
対向車が1台、バンの横を通りすぎた。むこうの運転手は、不思議そうな顔でドアのないバンを眺めたが、とくにスピードを緩めることもなく行ってしまった。
だれだ、いま言ったのは?
フォックスとトラが顔を見合わせ、おそるおそる背後を振りかえる。2人がもたれるシートのすぐ後ろの壁。
荷台の壁には、鉄板青年が刻んだ裂け目が走っている。荷台まで貫通した、幅5センチほどの裂け目。
その裂け目から、澄んだ青い目がこちらをのぞきこんでいた。
ぱちぱち、きょろきょろ。
「……お前、だれだ?」
息をのむトラ。
さすがに背筋が凍りつく。
「誰だ、お前? いつからそこにいやがった」
「ご挨拶だなあ。僕のほうが先に乗ってたんだけど」
ぱちぱち、きょろきょろ。
「やあフウ。また会えたね、やっぱりこれって運命だよ」
「はあ~……」
フォックスの顔が歪む。吐き気がするとでも言わんばかりに。
聞き覚えがある声だった。
サントラクタの一夜の……ってか2日くらい前の!
「よう勇者殿。その、あれだ。わざとやってんのか、コントをよ」
ふたたびフォックスはアクセルを踏んだ。ブオオオオオ……ゆっくり、ゆっくりと車は動き出す。
最悪―――小雨が降り始めた。
「踏んだり蹴ったりだ、ちくしょうめ」




