第208話 「オフロード」
『見事だったぞ人間ども! さあ立ちあがれ、我こそはというものはここに集え! 魔王さまに忠勇を誓う者たちよ、ここに参れ! さあ名乗り出よ!』
短い手足をふりふり、SUVの屋根で煙羅煙羅はスピーチをはじめた。
『どうした、誰もおらんのか! 人間の底力とはそんなものか!』
「あいたた……ここにいるわよ」
「人間を・なめる・な」
立ちあがった。
シーカとニニコが立ちあがった。
ニニコはふらふらと、車のキーを握りしめて立ちあがる。アントニオのポケットから奪ったものだ。なんだ、結局盗んでしまった。
「ぐす……」
血だらけの口をぬぐいながら、めそめそと泣く。
「なんでこんなに思い通りにならないのよ……グスン」
「泣いても・この世界の・思うツボ・だぞ」
シーカは立ちあがった。気絶したジェニファーの脇を抱え、うんしょうんしょと引きずっていく。
「に、に、ニニコ。手伝って・くれよ」
「グス。わかったわ、私が足を……重っも!」
よっころしょ、よっこらしょとジェニファーを運ぶ2人。彼女をどうしようというのか……もちろん一緒に来てもらうつもりだ。
魔王誘拐計画は、なんの支障もなく継続中なり。ニニコとシーカは、ついでにジェニファーも誘拐する気だ。人質は多いに越したことはない。
ウソ。
ジェニファーがいたほうが楽しい。彼女をさらう理由はそれだけです。
『やれやれ、疲れた。ああ、美味いものばかり食って満足したわ……』
シーカの左手で、朽ち灯は笑う。
「ぐすん。トラとフォックスはどうしてるかしら。ハムハム、無事なのかしら」
「あ、あ、あいつらが・死ぬとは・思えない・ね」
ボロボロのニニコ。
ボロボロのシーカ。
ジェニファーを連れて、魔王の馬車に……いやSUVに馳せ参じた。
「ふうふう。お、重かったわ」
「ふ、ふだん・なに・食べてるんだ・ジェニファーは」
『フハハハハハ、よくぞ来たニニコ! よくぞ来たシーカ! 見直したぞ、お前たちにこれほどの底力があったとは』
プッシュー。
やたらハイテンションの煙羅煙羅。
『お前たちに、魔王様のお側に仕える栄誉をくれてやる。人間にはもったいない名誉ぞ! フハハハハハハ!』
屋根の上からめっちゃ誉めてくる。プシュー!
「ニニコ・鍵をくれ」
「待って。さきにうしろのドアを開けるわ。ジェニファーを寝かせましょ」
2人は煙羅煙羅を無視。
ジェニファーを後部座席に寝かせ、それぞれ運転席と助手席に乗りこんだ。
『フハハハ! フアハハハハ!!』
興奮おさまらない煙羅煙羅も、車内にもぐりこんだ。車の中は煙だらけだ。
『プシュプシュー! プシュー!』
グォン!
ブルルル……ついにSUVは動き出した。シーカ、ニニコ、マオちゃん、煙羅煙羅を乗せて走り出した。
幸い、下までは一本道だ。
坂を下って行けば国道に出るだろう。ナビを見れば、ここが市街地のすぐ近くなのが確認できる。だが、まずは魔王城の敷地を出なければ。
「い、い、イヤに・なってくるな。こ、ここからが・本番だぞ」
ハンドルを握るシーカの疲れた顔よ。
「魔王城から・出る橋は・検問が・あるはずだ。も、も、もう1戦・あるぞ」
「……フォックスとトラ、大丈夫かしら。ハムハムも……見捨ててきちゃった」
助手席のニニコの、泣きそうな顔よ。
「どうしよう。どうしよう」
グス。
『あの2人なら生きておるぞ。のう、朽ち灯よ』
『ああ、ピンピンしているようだな。さっき屋根の上から落ちたようだが、頑丈なやつらだ』
煙羅煙羅と朽ち灯の楽しげなことよ。
なぬ!?
「え……え!? 待って、あの2人も脱出できたの!?」
助手席のシートを倒し、うしろの煙羅煙羅に詰め寄るニニコ。
「なんでそんなことわかるのよ! なんでなんでなんで!」
『落ちつけ。足枷と焼き籠手の気配をまだ感じる。ということは、奴らは死んでいないということだ。どうだ安心したか』
「……ま、待て・よ。焼き・籠手? フォックス・籠手が・戻ったのか?」
シーカのハンドルさばきは荒い。グオングオン、右へ左へと車は揺れる。いや、道のせいだ。極端に湾曲した下り坂は、丘の斜面を活用するためなのだろう。
大きな施設を2、3ほど通りすぎ、ついに車は魔王城の門へ―――すなわち唯一の出入り口である橋にたどり着いた。
「チッッ! そ、そういや・そうだった」
シーカは思いきり舌打ちをした。このままスピードをあげて、橋の検問を突破するつもりだった。だが、アクセルから足を離す。
グオオオ……SUVが速度を落とし、ついに徐行する。橋の両岸には機関銃を持った男たちがいる。何台か車も止まっているが、問題は橋そのものだ。
車止めのストッパーで閉ざされているのはもちろん、橋はカクカクと直角に曲がっている。暴走車が入ってこれないようにする対策だろう。やはり魔王城を名乗るだけある。一流の警備機構だ。
ここに来るときも、シーカはそれに感心したはずなのに……今の今までうっかり忘れていた。突破できないではないか!
「(警備を殺すしかないな)」
シーカは覚悟を決めた。ニニコの前で殺人を犯す決意を。キィ……SUVは、ついに橋の前で停車した。
警備員らが車に集まってきた。もう駄目だ……シーカはため息をつき、ドアに手をかけた。
降りる。
そして即、殺す。
相手は5人。
問題ない、殺す―――
だがそんな場合じゃなかった。
「どきやがれ、この野郎ォオオオ!」
バタン!
助手席のドアを外から開けられた。そしてバカでかい声で怒鳴りつけられる。
「ぎゃあ!」
「うわー!」
耳をふさぐシーカとニニコ。
「車をどかさねえか―――! なんでこんなとこにいるんだ!」
ハワードだ。
ハワード部長が血相を変えて、車内をのぞきこんできたではないか。
「耳が、耳が!」
悶絶するニニコ。ついでに心臓も止まるとこだった。
「ぶ、ぶぶ・部長・さんかよ」
シーカはもうがっかり……肩を落とす。見知らぬ他人ならともかく、世話になったこの人を殺すのは忍びない。忍びないが……
「(ああ、ヤダな。ニニコに確実に嫌われる)」
「ニニコちゃんとシーカ君じゃねえか! こんなとこに車止められちゃ困るよ、どいたどいた!」
絶叫のハワード部長。
「魔王城が火事らしいんだ! もうすぐ消防車と救急車が来るから、そこをどいてくれ!」
……?
え????
シーカはきょろきょろとハワードの顔をながめ返す。この人は……この人は……
俺たちが何をしたのか知らない?
「おい、まだ来ねえのか消防は!! もう一度かけてみろ、署長を出せと言え!」
荒ぶるハワード。
警備員たちに怒鳴りつける姿はゴリラのようだ。気の毒に、警備員たちはなにも悪くないのに謝っている。
「ぶ、ぶ、部長・さん!」
「部長さん! 私たち病院に行くところなの! 私もシーカもジェニファーも、火事で大ケガしちゃったのよ!」
シーカもニニコも、ここぞと声をはりあげる。
ハワードは―――
「なんだとぉおおおおおおおおおお! ホントだ、2人とも大ケガしてるじゃねえかああああああ! ちょっと待て、ジェニファーもだとおお!!」
怒号。
なにもそんなに叫ばなくても……いまごろ2人のケガに気付く。ついでに後部座席のジェニファーにも気づいた。横たわったまま、ぐったりと動かないではないか。
「ジェニファア―――!! 死んでるううううううううう!」
「死んで・ないよ!」
「死んでないわ! お、お願いだから黙って、耳が……病院に行くのに、アントニオさんに車を借りたの、はやく行かせて!」
「なんでそんな大事なことを先に言わねえんだ! おいゲートを開けろ! はやく行け!」
ハワードの怒号が飛ぶ。
警備員らはハイハイと、車止めのストッパーを下げた。そして対岸の検問にも連絡してくれているらしい。橋の向こう、反対側のゲートが開くのが見える。
顔を見合わせるシーカとニニコ。
ま、まさかこんな……こんなアホなくらい簡単に?
ハワードが勘違いをしてくれたなんていう、くだらない理由で?
命がけの脱出劇の締めくくりが、こんな結末で解決を迎えていいのだろうか。
いいのだ。
「はやく、早く行くんだ! 病院の場所はわかるか!?」
必死のハワード。
ダマすのがかわいそうになる。
「はやく行けええええええええええええええええ! 殺すぞおおおおおおおおおお!」
また叫ぶ。
「はい、行きます! 病院行ってきます!」
「じゃ、じゃ、じゃ……」
ブロロロ。
ふたたび車は動き出した。橋を通りすぎ……対岸の検問所も抜けて……ブオオオオオオオオオオン!!
アクセル全開で国道に向かう。
「ふふ、ふふふ。あははは、キャハハ!」
「あ・ははは・は・はは……」
笑うニニコ。
笑うシーカ。
魔王城はもう、はるか後方。バックミラーにも映っていない。脱出成功、脱出に成功した!
「キャハハ! やった、やったあ!」
「こ、こら! あ、あ、あぶな・あははは・はは!」
シーカの腕にしがみつくニニコ。
……うれしいか?
仲間を置いて逃げるのが、そんなに。
『うれしいか? 仲間を3人も置いて逃げるのが。クク……それでこそ人間よ』
朽ち灯は笑う。
クハクハ、クハクハ。
「ちがうもーん。マオちゃんがいるから、こっちの立場のほうが上よ。魔王城に来てよかったわ」
「あ、あ、あ、最高の・一日だった・な」
笑う。
「ふにゃ」
後部座席のジェニファーはまだ起きない。まさか死にはしないと思うが……たぶん。
『ああ、最高の一日だったな!』
ゴキゲンの煙羅煙羅。
『これで魔王様は我のもの……我のものだ』
SUVは走る。
魔王を誘拐し、猛スピードで城から遠ざかる。どこへ行こうというのか、いまはどこでもいいさ。
どこへでも―――




