第202話 「ドット&ハイフンコード」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※
「諸君! そこにある車は我々が使わせてもらう。ジェニファー君は人質としていっしょに来てもらおう」
えへんと胸をはるマオちゃん。
言い忘れたが場面が変わっている。
ここは裏庭。
ニニコ&シーカが、魔王軍と対峙していた。
状況覚えてる?
シーカはジェニファーを人質に取っていた。背後から、彼女のワキをわしづかみだ。
「ちょちょちょ、くすぐったい! どこ触ってるんです!」
「た、た、頼むから・暴れるな!」
「おい、ジェニファーを離せってんだ!」
「くそ、はやく銃を……くそったれ、このブロック動きゃしねえ!」
ハワード隊の面々は、地面に落とした銃を拾おうとしていた。だが銃の1丁1丁に煙羅煙羅ブロックが貼りつき、撃つどころか拾うこともできない。
いや、もう銃どころではない。
さっきから魔王さまは、ティッシュを美味そうに食べているではないか。
もぐもぐ。
あろうことか、ニニコがどんどん与えてしまう。どこにこんなにポケットティッシュを持っていたのだろうか。もう2袋目だ。
「はい、マオちゃん。どんどんおあがり」
シュッシュッ。次から次にチリ紙を与えるニニコ。ヤギに餌をあげてるみたいだ。
「聞こえなかったの! マオちゃんの命令よ、車のキーを渡して! さもないとティッシュ地獄よ―――!」
「もぐもぐ。ティッシュ美味しい!」
この世のものとは思えない会話……しかしマオちゃんの顔色が変わる。口にティッシュを詰めこんだまま、鋭い目で空を見上げた。
「むぐッ、この波動は……水な義肢! まあいいや、もぐもぐ」
ふたたびティッシュを食べ始めた。
まだまだハイドランジアの効果は消えそうもない。
「ニニコてめえ、魔王様になんてもの食わせやがる!」
「アタマ狂っとんのかお前は!」
「おい、魔王さまの首に巻きつけてんの! それ " 真っ白闇 " の触手じゃねえだろうな!」
「この野郎、魔王様をヤク漬けにしやがったな! 絶対に許さねー!」
叫びまくるハワード隊。
マオちゃんの首には、まだピンクの触手が絡みついたままだ。さすが、ロドニー戦で行動を共にしていた面々。真っ白闇の能力については、百も承知らしい。
「俺の車は渡さないぞォ―――!」
アントニオの怒りはもっとすごい。
「いざとなったら車を破壊して俺も死んでやる―――!」
なんでやねん。
「こ、こ、こら! き、聞いてん・のか! ジェニファーが・どうなっても・いいのか!」
「私に構わず魔王様を!」
怒るシーカ。
勇敢なジェニファー。
朽ち灯ブロックが周囲を取り巻いているところを見るに、シーカの魔力はまだ回復していないらしい。
『いい度胸だ、女』
『どこから食ってやろうか』
『美味そうだ』
殺す満々の朽ち灯……
と。
アントニオ副部長はじめ、ハワード隊の15人はあることに気づいた。
全員の視線がマオちゃんに……いやマオちゃんの、やや上に集まる。
「……魔王様にそれ以上ゴミを食わせてみろ! ただじゃ置かねえぞ!」
「お前のアタマは春かよ、ニニコ!」
「コイツの親は毎日泣きどおしだったろうぜ。気の毒に」
「こんな娘生んだんだ、製造者責任だろ」
あえて暴言を吐き続けるのは、自分たちが注目している場所を悟られないようにするためだ。はたしてニニコをダマせただろうか。
「よ、よくも言ったわね! こっちにも考えがあるわよ、ワーワーウギャー!」
顔を真っ赤にして怒るニニコ。
マオちゃんの口に、さらなるティッシュを詰めこみ始めた。完全に相手の術中……
美味そうにティッシュを食べるマオちゃん。その頭上に煙羅ブロックが、ずらずらと整列していた。
100個余りの煙羅煙羅のうち、20個はハワード隊らを攻撃し、いまも彼らの銃を地面に押さえつけたままだ。うち5個は、アントニオのトランク砲を封じている。
残る80個がマオちゃんの頭上に、スクロールするかのように広がっていた。いや、この整然とした縦5横16の配置は……
「!!」
「!?」
「……!」
ハワード隊員らの目がきらりと光る。
これは " ドットハイフン式信号 " か。
点と線で単語を表す、無線通信の符号。なぜ鎧がこんなのを知っているのか……いやそんなことどうでもいい。ブロックは正面と側面を使いわけて、文章を伝えてきた。
" ジョウナイ ミナギシ カイホウ キケン "
" ミナギシ マオウサマニ テキイ ツヨシ "
" スミヤカニ シャリョウ ヨコサレ タシ "
" ジェニファ レンラクインニ ヒツヨウ ナリ "
" ワレ エンラエンラ キグンニ ミカタス "
ざわ。
一瞬、ハワード隊に動揺が広がった。すぐに治まったが、その変化を見逃すシーカではない。
(なんだ、いまのざわめきみたいな反応は?)
眉をしかめるシーカ。
(さっきからどいつもこいつも、視線がちょっと上っぽいな。煙羅がなにかしたのか? くそ、俺たちに不利なことしてないだろうな)
「……」
アントニオの頭脳がフル回転する。いま、一番に考えるべきはなにか? 魔王様の安全に決まっている。
" 城内 水な義肢 解放 危険 "
" 水な義肢 魔王様に 敵意 強し "
" 速やかに 車両 よこされ たし "
" ジェニファ 連絡員に 必要 なり "
" 我 煙羅煙羅 貴軍に 味方す "
水な義肢……本当に解放されたのか? まさかこの火災で? だとすれば緊急事態どころではない。
であるならば……
誰がその手に乗るものか。
魔王様を人質にされたまま、みすみす逃がすバカがどこにいるものか。いますぐ救出できる体制をととのえ、なおこの場でシーカとニニコを始末するスキをうかがうには……ダメだ、さすがにすぐにそんな上手い方法は思いつかない。
時間稼ぎだ。
とにかく魔王城にいるほかの連中がかぎつけるまで、ここに釘付けにするしかない。
「……オーケー。オーケーだ」
がしゃんと機関銃を投げ捨てるアントニオ。そしてポケットからキーを取り出した。
「これが車のキーだ。見えるか? くれてやる」
「な……副部長!」
「そんな……!」
どよめくハワード隊。
「やかましい! 全員黙ってろ!」
アントニオの命令。
「おいニニコ! シーカ! 車を貸してやる。それでいいな!」
「……!」
ニニコとシーカは、離れた位置から顔を見合わせた。いきなりなんだ……? 急にこっちの要求を。いや、そ、それでいいのだ。
「そ、それでいいのよ! キーをちょうだい!」
「……ああ。妙な・マネ・するなよ」
「そうだ! 早くしないと私ここで脱いじゃうよ!」
急かすマオちゃん。
もう脱ぐどころじゃないほどボロボロの姿だが、このうえストリップまで始めると言い出した。部下の苦労も知らず、いい気なものだ。
って本当に脱ぎはじめた。
それもカブトから。
「さあどうだ……くそ、この魔王脱げない」
ぐいぐい、脱げない。
その場にいる 全 員 が 無視。
「ただし条件つきだ! ジェニファーを離せ。代わりに俺が人質になってやる!」
アントニオの額の汗が飛ぶ。
「こいつは絶対条件だ。イヤだってんなら、車のキーはへし折っちまうぜ」
「副部長……」
感激のあまり泣き出すジェニファー。あいかわらず感情的になりやすい女だ。
「ふざ・けんな。魔王を・殺すぞ」
にらむシーカ。
「それだけ・じゃない。朽ち灯の・能力は・知ってるな。お前らを・粉にすることも・出来るん・だぞ」
「へえ、そりゃ傑作だ。俺もろともキーを消し飛ばすってのか? ふるってるね」
アントニオは……笑う。
丸腰で、部下の先頭に立って笑う。
「さあシーカ。ジェニファーと魔王様をこっちへよこせ」
「じょ、じょ、条件・変わってる・ぞ! どっちも・渡すか」
にらみ合いは続く。
社員食堂の壁にあいた大穴からは、白煙が立ちのぼっていた。さっきまで、もうもうと黒い煙が吹き出していたのに。どうやらスプリンクラーが作動し、火は消えつつあるらしい。
ということは―――背後のトンネルからも、魔王軍が来るかもしれないということだ。いや来るに決まっている。火の手が消えたかどうか、誰も確認に来ないわけがない。
いずれにせよもうすぐ、裏庭の睨みあいは終わるだろう。そう信じたい。
さぁて……
トラとフォックスはまだ生きているだろうか。安心していただきたい、ちゃんと生きている。
そう信じたい。




