第201話 「フリーク」
『背だ。背がある。4242隻の船を沈めろ……』
『と、言いたいところだが……』
『足枷、焼き籠手の贄……会いたかったぞ……』
『よくも我をこんな目に……殺してやる……!』
「うぎゃあ! なんでこうなるんだよ!」
「きゃあ! マ、マ、マリィの……オエエエ!」
逃げ出すトラ。
吐くフォックス。無理もない、軍艦かしはらでは殺されかけたのだ。(第10章 を参照)
ザアアアア!!
どうしたことか。さっきまで大人しかった焼き籠手群が、いきなりフォックスを守る。水な義肢に奪われまいとしているのか?
だが水な義肢の興味は、もうひとりの女に向かった。
『女……女、女だ……4242隻の船を沈めろ……』
バシャ。
べしゃんと尻モチをついたキッカに、水な義肢のアームが伸びる。
「す、水槽に戻りなさい。いますぐ……」
気丈に命じるキッカ。しかし恐怖で動くこともできない彼女は、水な義肢の格好の餌食だ。
巨大なアームがキッカの肩に触れる。
「ひぃッ!」
『おお、愛いヤツ……これは楽しめそうだ。来い、来い』
カシャ、ガシャ。
キッカを呪うべく、水な義肢が大きく腕を広げる。だが、アームの動きがピタリと止まった。
『はて、憑りつけん。これは……なんだ!? なんだ貴様は!』
「あ、ああ……クイック。クイック、助けて……」
『魔力がないだと? 信じられん、こんな人間がいるとは……呪えん、これでは呪えんではないか! 貴様、ぬか喜びさせおって!!』
激高。
身勝手に怒りながら、大腕をブンと振り下ろした。
ズドン!!
「はぎゃ!」
アームに張りとばされたキッカは、そのまま反対側のガラスに叩きつけられる。そして気を失ったらしい、吐血―――
「ぐ……げ……」
『ふん、役立たずめ。まあいい……』
ガシャ。
もうキッカに興味を失ったらしい水な義肢。両アームを支えに、ガシャンと振り向いた。
『ふむ……そこな2人、どこへ行く気だ……』
「びく!」
「びくぅ!」
トラとフォックスは、まさに封印室を抜け出るところだった。ヘビに睨まれたカエルのように、扉に手をかけたままビクリと固まる。
『逃がすとでも思ったか? 貴様らのせいで我は……絶対に許さんぞ。こっちを見よ』
ガシャ。
ガシャアア!!
水な義肢のアームが床がたたく。その威力たるや、タイルをブチ砕いてしまった。
『聞こえんのか。我を見ろ。こっちを見よ』
恐ろしい声。
2人は……
「いやだ!」
「やなこった!」
脱出。
2人は封印室を飛びだした。
「それ押せ!」
「ひい、閉めろ閉めろ!」
ワーワー!
ギィ……バタン! 大急ぎで扉を閉じる。ぎっりぎり、水な義肢を閉じこめたまま脱出に成功した。
『開けんかあああああああああ!』
ドガン!
ドガッ!
中から扉を叩きまくる水な義肢。ものすごい力……ドシンドシンと合金のドアが揺れる。
「た、助かった……間一髪だったぜ」
「ふう。やれやれ」
ホッと一安心。
トラとフォックスが胸をなでおろす。よくとっさに外に出たものだ。水な義肢と密室で対峙など、命がいくつあっても足りるものではない。
「おのれ、貴様ら……!」
と、ぐるぐる巻きに縛られた老人が床にいた。サンダース二等兵だ。後頭部に大きなコブをふくらませて、腹ばいになっている。なんとか起きようとするが、足までガムテープで縛られていてはどうしようもない。
「ほ、ほどかんか!」
サンダースだけではない。
インターンの女子大生2人も、なんとかいう主査も倒れているではないか。この3人は完全に意識を失っているらしく、縛られたままピクリとも動かない。いや動けたとしても、口に猿ぐつわを噛まされては喋れまい。
「おいトラ。なんでこのジイさんの口を縛らなかったんだよ」
「しょうがねえだろ。倉庫にあったテープはこれで全部だったんだ」
「お、おのれ! このままでは済まさんぞ」
サンダースの怒声。
「そこの女がバーベキューファイアか!? おのれ、その鎧は魔王様のものだ! 返せ!」
「鎧……あ、これぇ? ちがうね。こりゃ前からアタシのだぜ、変な言いがかりやめてくれよ」
意地悪く笑うフォックス。まだ右手に憑りつけず、周囲を舞う焼き籠手を撫でてみせた。
「お前ら、この城でいちばんザコかったぜ。殴られるまでアタシ達に気付きもしねえんだからな。向いてねえからやめちまえ」
「おのれ~、誰が天井から降ってくるなんぞわかるか! このバケモノどもめ」
怒るサンダース。
どうやらトラは、お得意の天井逆さ歩きで4人の真上に忍び寄ったらしい。なるほど、サンダースの言う通りだ。そんなもん気付くわけない。
「フォックスお前な、なんか変にテンション上がってんぞ。まさかハイドランジア吸ったんじゃねえだろうな。どうかしてるぜ、ホント」
あきれ顔のトラ。
「悪かったなジイさん。いい年なんだし、軍人ごっこもいいかげん卒業しろよ」
「ヒヒヒ、どうよお爺ちゃん。アタシの連れは優しいだろ」
トラの腕にからむフォックス。
「おいおい、なんだよ」
「いいじゃねえか。魔力とかいうのが戻ったら、またアタシの右手はゴーレムみたいになっちまうんだぜ。いまのうちさ」
やっぱり変なテンションのフォックス。
ちょっと照れてるトラ。
サンダース老を完全無視―――
「おのれええええええええ!」
その声をかき消すように、封印室の扉はドカンと吹き飛んだ。
ドガアァアアアアアアアアアア!!
爆発!
分厚い合金の扉がドンと開いた。
内側からのすさまじい空気圧で、トラもフォックスも飛びあがった。全蛍光灯がブチ割れる―――ガシャアアアア!!
「ぎゃあ!」
「ひゃあ!」
ガラス片が降りそそぐ。
『おぉのぉれぁ……貴様ら、どこまで我を怒らせる気だ……!!』
ザシャ!
バシャッ!
恐ろしい声を震わせ、水な義肢が這い出てきた。宿主もいないのに、アバラ骨みたいな骨格だけで歩く、歩く!
怒りに打ち震える声……
『こ、この我がこんな屈辱を……八つ裂きにしてくれるわぁああああ!』
ザシュ、ザシュ!!
不気味に2本腕を駆使し、トラとフォックスに襲いかかる。
床に倒れた人間など眼中になし。目指すは憎き、足枷と焼き籠手の被呪者2人。
『首をもぎ取ってくれる……!!』
ザシュ!
ザシュ!
切り裂くような足音が迫る。ザシュザシュザシュ!
『殺す……殺す!』
「おわあ、助けて!」
すさまじい奇声を発しながら逃げるフォックス。トラを置き去りだ。
「俺を置いてくな、このクソ女! ひぃいい!」
ドガドガドガ!
トラは死にもの狂いでフォックスのあとを追う。
『待たんかぁああああああああ!』
ザシュザシュ!
ザシュザシュ!
恐ろしいことになってしまった。
焼き籠手を奪還したはいいが、水な義肢の封印まで解いてしまった。魔王城の地下1階で、アイテムと人間の追いかけっこが始まる。
捕まったら最後の鬼ごっこ。
水な義肢が2人の背後に迫ってくる。
ズシャ、ズシャ、ズシャ!




