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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第22章「とてつもないパワーを焼き捨てる脱力劇へ」
196/249

第196話 「B1」



 地下。

 トラが落ちてきたところは……なんだここは? 真っ白な粉が舞い、周囲がまったく見えない。


「ペッペッ! な、なんじゃ、ここは? あ痛ててて」

 (しり)をさすりながら、ズッシリと起き上がる。口の中にも、正体不明の粉塵(ふんじん)が入ってきた。この味は……

「こ、こりゃ塩か? ペッペッ!」


 だんだん視界がはっきりしてきた。

 天井の大穴に届かんばかりに、塩の30キロ袋がいくつも積まれている。こんな大量の塩を、いったいなんのために? 

 だが、これがクッションになったおかげで助かったようだ。トラ落下のショックで数十袋が破れ、床は塩の砂場になってしまった。


 どうやらここは倉庫らしい。

 塩の袋のほかには、なにやらよくわからない機械類が置いてある。だが、いずれも電源は入っていない。とにかく、ここが火の海でなかったことだけは幸いだ。


 ふと正面を見ると、わずかに空いたドアから光が()れている。部屋を舞う塩のパウダーがきらきらと反射し、とてもきれいだ。

 いや、待て。

 塩なんかどうでもいい。


 フォックスは?

 フォックスはどこだ?



挿絵(By みてみん)



「トラ」



「ぎゃあ!!」

 びくぅ!

 おもわず叫んでしまった。声のしたほうに目をやると―――塩袋のタワーに身を隠すフォックスがいた。


「ヒソヒソ。こっちこっち」

「ヒソヒソ! ア、アホ。心臓止める気か! ヒソォ!」


 音を立てないよう、すり足で移動するトラ。あんだけ叫んどいていまさら……とにかくフォックスに目立ったケガが無いのを見て、すこし安心した。


「お前、ケガはねえのか? ヒソヒソ。まったく勝手なことしやがって」

「悪かったよ。ヒソヒソ。悪かったよ」


 いつになく素直なフォックス。

 しおらしいと言うべきか……やはり様子がおかしい。少し震えているようだ。


「なあ。上は? ニニコはどうした、ヒソヒソ」

「そとに逃がしたよ、こうなったからには別行動だ。ヒソヒソ」


「みんな怒ってたか? ヒソヒソ」

「ヒソォ! 当たり前だヒソォ!」


「……それでも来てくれたのか? アタシのためにヒソヒソ」

「ヒソォ! 当たり前だヒソォ!」


 塩まみれになって小声でささやき合う。頭から真っ白になったフォックスの小さいことよ。ずいとトラに迫り、真剣な目で訴える。うるんだ目で。


「アタシの籠手が無くなっちまった。ヒソヒソ」

「わかっとるわ、自慢か! ヒソヒソ」


「怖い」

「なん……え?」


「自分でも不思議でしかたねえ。情けねえよ。ヒソヒソ、けどダメだ。籠手が無いと……アタシは怖い」

「な、なに言ってんだ、お前。なんのために苦労してここまできたと思ってんだ、ヒソヒソ。やっと呪いが解けたんじゃねえか、ヒッソ!」


「シーカとルディの気持ちがわかった。ヒソヒソ」

「……ヒソ?」


「あの籠手は……いや " 焼き籠手 " はアタシの一部だ。一部だったんだ。失って初めてわかった。無くすなんて考えらんねえ。怖くて死にそうだ。ヒソヒソ」

「ヒソ。まさか探そうってのか?」


「来てくれて助かったぜ。お前の長靴に、焼き籠手がどこだか聞いてくれねえか。ヒソヒソ」

「イヤだね。殺す気かよ」



 とんでもない申し出だ。

 フォックスは正気か? にべもなく断るトラ。

 

「頼むよ。ヒソ、頼む頼む頼むヒソ」

「ダメだ、ダメに決まってんだろ。いいかげんに籠手のことなんざ忘れちまえ」




「あ忘れてたー! すいません!」




 ビクゥ!

 ビクゥ!!

 ……いまのはトラでもフォックスでもない。若い女の声だった。どこから聞こえたのだろうか。2人は顔を見合わせ、声のした方向を探る。

 薄暗い倉庫内。

 まだ塩のにおいが立ちこめる中を、そぅっと、そうっと音を立てないように移動する。



挿絵(By みてみん)



 声はまだ続く。

 今度は中年の男の声。


「忘れたじゃないよ、ホワイトくん。なんでスマホを置いてきたりするんだ」

 


 ……なんの会話だ?

 声は倉庫の外から聞こえてくる。トラとフォックスは、扉にへばり(・・・)ついた。どうやら5人いるらしい。通路を移動しながら、なにやら話しているようだ。

 そのなかでもよく響く声は……


 ビキッ!

 トラの顔に血管が浮き出る。


 クイックの声だ。

 どうやら電話をしているらしい。

「はい、はい。焼き籠手のパーツ発見しました。大変でしたよ、捕獲すんの。はい。いま地下の封印室に向かってます」


 フォックスの顔に血管が浮き出る。

 ()籠手(ごて)のパーツを捕まえた―――?

 


 いったいなにが起こっているのだろうか。

 彼らにスポットを移してみよう。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「忘れたー! すいません!」

「忘れたじゃないよ、ホワイトくん。なんでスマホを置いてきたりするんだ」


 20歳くらいの女の子を(しか)る中年の男。

 女の子は……ホワイトと言ったか? 背の高い、モデル体型の美人だ。だらりとぶら下げた彼女の両手は、ベッチョベチョのローションにまみれていた。

「ひぃ~、気持ち悪~」


「じゃあブラックくん、君が総務にかけてくれ」


 スーツ姿の中年は、もうひとりの女の子に命じた。ウェーブのかかった髪の、おっとりした雰囲気の女の子。

 だが……


「あの、すいません。私もロッカーにスマートホンを置いてきちゃいました」

 微笑(ほほえ)みながら謝る。

 

「……もういい。クイックくん。総務部に連絡してくれ」


 中年の疲れ果てた声に、クイックは了解っすとスマホを操作する。

 

「あー、もしもし。はい、はい。焼き籠手のパーツ発見しました。大変でしたよ、捕獲すんの。はい。いま地下の封印室に向かってます」



挿絵(By みてみん)



 パーツ確保の連絡を入れるクイックに、女の子2人は熱い視線を送る。クイックもそれに答えるようにウィンクして見せた。


「あー、いえ。確保したのは、えーっと、大学実習生(インターン)の2人です。いえマジです。ほかの待機要員は、全員消火活動に回してもらって大丈夫です。はい、はい」

 ピッ。

 ようやく電話を切った。


「わー、ありがとうございます。クイック先輩」

「よかったー! 先輩が今日いてくれて!」

 熱狂。


「困るねえクイック君。教育担当官の僕の立場がないじゃないの」

 ジロリ、にらむ中年。


「またまた~大目に見てくださいよ、ヒューストン主査。OBの俺の顔を立てさせてくださいよ」

 ヘラヘラと笑うクイック。


 どうやらクイックと、2人の女の子は同じ大学の先輩後輩らしい。3人に共通する軽い雰囲気よ、まさに(るい)は友を呼ぶだ。



 ここには5人の魔王軍がいる。

 ひとりはクイック。 

 その前を歩く2人のインターン生と、スーツ姿の中年男。


 さらに、まったく(しゃべ)ってないがもうひとり。メガネをかけた細身の女がいる。女は小型の金庫を手にしていた。

 べっちょべちょに汚れた金庫。しかも、中でなにかが動いているらしい。コンコンと内側から音が聞こえ、そのたび金庫は揺れた。


「クイック、この金庫どんどん熱くなってきてる。それに防火用ジェルが漏れてきて、べちょべちょする」

「あっそ」


 

 メガネ女は、金庫がアツアツであることを訴えた。

 どうやら金庫の中に、焼き籠手のパーツは閉じこめられているらしい。防火ジェルでくるんで封入しているらしいが、内部から発する熱のために、湯気まで出ている。


 メガネ女も大したもので、厚手のナベつかみ(・・・・・)を両手にはめているではないか。だが金庫の熱さに、鍋つかみの布地はブスブスと()げつき始めた。しかもジェルでぐちょぐちょ……



「クイック、この金庫どんどん熱くなってきてる。それに防火用ジェルが漏れてきて、べちょべちょする」


 大事なことなので、もう一度伝えるメガネ女。

 しかしクイックはそれを無視し、おなじくジェルまみれの女子大生にハンカチを渡した。


「なあ、ホワイトちゃん。このハンカチ使いなよ。べとべとで気持ち悪いだろ」

「わー、いいんですか。ありがとうございます」


「……」

 無表情のメガネ女。

「クイック、話がある」


「すいません主査。俺そろそろ3階に行かせてもらっていいスか? バーベキューファイア一味の拘束に行きたいんスよ」


「ダメだよ。君の気持ちはわかるけど、焼き籠手の封印がさきだ。呪いにかからない者(・・・・・・・・・)には、ひとりでも多くいてほしいからね」

 中年男は、クイックの申し出をきびしく却下した。

 

 女子大生……ブラックとホワイトと言ったか? 彼女たちの表情にも緊張が走る。

 クイックの答えは―――


「……了解です。すいません」

 ぼさぼさと髪をかきつつ、不満げながら承知した。


「……」

 無表情のメガネ女。

「クイック、話がある」



「さ、行こう。()籠手(ごて)本体はもう封印を済ませたはずだ。パーツもそこに封印する」

 歩き出した中年男。

 以下、彼をヒューストン主査と記載する。ヒューストンは、女子大生らに問題を出す。


「さてホワイトくん。鎧の封印に必要な塩の割合は? 覚えているだろうね」

「えーっと……0.3パーセントです。人体の塩分濃度と同じです」

 即答。


「よろしい。ではブラックくん。鎧が人間に憑依するために必要な魔力値は?」

「はい。鎧の体積1リットルに対し、必要な魔力値は100ミオです。これを下回る場合、鎧は人間に憑依できません」

 即答。


「よろしい、ではホワイトくん。通常の人間の魔力値は? また、アスカの子孫の平均魔力値は?」

「うえ、難しい! えーっとふつうの人の魔力は、だいたい88000ミオです。アスカの子孫は、多くても1200ミオくらいしかないんで、まったく呪いにかからないか、巨大な鎧には呪われません」

 即答。


 ヒューストンの口元がゆるむ。

「よろしい、よく勉強してるね。研修内容まで忘れてたらどうしようかと思ったよ。ところでクイックくん。キッカくんがさっきから呼んでるよ」

  


「クイック、話がある」

「……お前ホントにしつこいな。どうした? なによ?」


 メンドくさそうにクイックは横に並んだ。前を歩く3人から離れるように、2人は歩くペースを落とす。

 女……いや、キッカと記載しよう。

 キッカは表情ひとつ崩さず、クイックの顔をまじまじと見た。


「焼き籠手のパーツを捕まえたの、クイックなのに。なんでインターン生に手柄を(ゆず)ったりしたの」

 ぼそ。

 外見に似合わぬ、ハスキーな声のキッカ。


「あの子らマジカワイイしー。優しくすんの当然じゃん?」

「……かわいいけど。かわいいっていうか、オシャレのしすぎ。インターン生なのに自覚に欠けてると思う」


「お前もすりゃいいじゃん。俺の行きつけのサロン紹介してやろうか? ひとり紹介するたびに割引券もらえるんだよねー」

「行かない。クイックの金髪、ぜんぜん似合ってない。チャラい」


「悪かったな」

「なんでインターン生に手柄を(ゆず)ったりしたの」


「あの子らマジカワイイしー。優しくすんの当然……何度言わせんだよ」

「ウソ」


「ウソじゃねーよ、勝手に決めんな」

「説明できないけど、ウソだとわかる」


「……」

「ウソ」



 会話が終った。

 談笑しながら進む3人の後ろを、クイックとキッカは無言で歩く。沈黙を破ったのは、クイック。


「……俺もインターン時代に、モーリス先輩から手柄を譲ってもらったんだよ」

「モーリス? モーリス・レイダー警部? サントラクタで確か……あ、その、ゴメン……」


「俺がマヌケさらしたせいで、モーリス先輩とオスカー主任を死なせちまったんだ。いや、十津川隊そのものを潰滅させちまったんだ」

「……」


「なんでお前にこんなこと話さなきゃなんねーんだ。もう黙ってろ」

「……」


 さっきから冷たい態度を取られ続けるキッカ。だが食い下がる。感情の読み取れない無表情、だが、すがりつくように(さび)しい声で食い下がる。


「クイックはこの任務のあと、どうするの?」

「さあな。先輩たちに土下座でもして、隊に復帰させてもらうか」


「なら国連安保理(うち)に来ない? 内閣官房庁(いまのとこ)より休みも増えるし。いまの部署、アスカの子孫は私しかいない。クイックが来たら2人になる」

「お前とダブルスで仕事なんか冗談じゃねえっつーの。ていうか、アスカアスカうるせえよ。だいたい、俺は好きでこんな体(・・・・)に生まれたんじゃねえし」


「……どうして? 人より強いし、呪いにもかからない。生れつき魔力が無いのは、特別なこと。私はアスカの血を引いて生まれたことを誇りに思ってる」

「400年も前の先祖(・・)の話すんじゃねえよ。もう黙ってろ、うぜえ」


「……」


 黙れ、と言われてしまった。

 キッカは―――


 いや、あとにしよう。


 5人は通路の一番奥にやってきた。

 大金庫の前に。



挿絵(By みてみん)



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終身刑の魔女より

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いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



ぜひ、応援よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] じわじわと謎が明らかになったり、謎が増えたり(笑)。 「呪われない」というのは「呪われずに装着できる」ということでもありそうで……。 一人が全パーツを装着したらどうなるのかが気になりますねえ…
[良い点] 今話。 久しぶりに読み応えがありました・・・・ ホント [一言] 俺も呪いのかからない体質になりたいw 古川師匠は?
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