第191話 「トルネード」
「きゃあ伏せて! グレネードが来やらるあわ!」
ガシャン!
ボシュ、ボシュウウゥゥウウ!!
ガラスを貫いて煙幕弾が撃ちこまれた。
ブワァアアアアアアアアアア!
一瞬でスモークに包まれた。数メートル先も見えない。いや、もっとヤバイことにこの煙、どうやら催涙成分を含んだものらしい。ものすごい刺激臭に、全員パニックだ。
「ゴホゴホ! へっ―――きし!」
「吸うなよ、やばいぞコレ! ぶえっくしょ!」
「鼻がムズムズする!」
そして次の瞬間、一面に広がっていた煙が消えてしまった。
え!?
煙が消えた! いや……消えたわけではないが、明らかに消えつつある。
「ゴホゴホッ! あ、あれ!?」
「へっくしゅん! 煙は??」
視界が晴れる。
なぜ……
ズオ! と吸気音が聞こえた。
「煙羅煙羅、第7形態チェーンジ!!」
マオちゃんの左肩に、巨大な換気扇のごとき鎧があるではないか。高速回転するプロペラは、すべてのガスを吸収してしまった。
これが煙羅煙羅……?
ブロック群は結集し、とんでもなく不格好な翼……のような鎧に変形している。これが煙羅煙羅!?
いちばん驚いたのは、煙幕弾を撃ちこんだ2人だった。屋外にぶら下がったまま騒ぎたてる。
「はあ!? おいおい、CSガスが消えちまったぞ!」
「ちょっ魔王様、なにやってくれるんです!」
※CS……クロロベンジリデンマロノニトリル。催涙ガス。
「どうだ見たか! あ、あれ? 2人とも、そんなとこにぶら下がってないで入っておいでよ」
銃撃者らに手招きするマオちゃん。
「なんなんだ!? どういう状況なんだよ!?」
「くそ、もう一発だ! 魔王様に当てるなよ!」
宙づりの2人が次弾を装填……するより早く、彼らを吊り下げるワイヤーに朽ち灯が飛ぶ!
『くだらん……死ね』
ガシャァン!
窓を粉砕した朽ち灯パーツ2枚が、ロープを切断した。
ブツッ!
ブツン!
悲鳴をあげて2人組は落下する。
「うわあああああああああ!」
「ひゃあ魔王さまアアア!」
悲鳴―――
「あ……バ、バネッサ? コールトン?」
硬直。
誰もいなくなった窓に向かって、マオちゃん手を伸ばす。だが、だがもう遅い。へらへらと笑っていた顔は、一瞬で凍りついてしまった。現実を直視したかのように。
「あ……あ……お、落ちた……2人が落ちた……わ、私は、私のために……なんだ。なにを言ってる。いま私はバネッサとコールトンを……み、見殺した?」
ぺたん。
ぶるぶると震えながら、床にへたりこんでしまった。
「い、い、いまは西暦何年なんだ? 落ち着け、2人を助けに行かないと。アスカが生きてるわけない。ア、ア、アスカ? なんだ、なんでいまアスカの名前が出てくるんだ。なんで私はこんな幸福感を感じてるんだ? まるで強烈な薬物の症状みたいに……な、なにがどうなってる……」
頭を抱えながら、ブルブルとつぶやく。
それどころなもんか!
「逃げろぉああああああああ!」
フォックスの号令で、全員が走り出した。
「ヒー!」
一目散に逃げるニニコ。向かうのは、いちばん近いドア。なんの部屋だろうか……気にしてる場合じゃない!
「こ・こ・来い! モゴモゴ!」
「ほげ」
シーカは、マオちゃんの腕を引っつかんでニニコのあとを追う。そのあとに続くフォックス、トラ、ハムハム。
駆ける、駆ける。
ドシンドシンドシン!!
全員が恐ろしい速さで、謎の部屋になだれこんだ。
その0.04秒後―――
ガシャアアアアアアアアアア!!
窓ガラスを突き破り、特殊部隊みたいな連中が飛びこんできた。ロープを使い、上階から飛び降りてきたらしい。先行した2人の落下を見るや、直接突入してきやがった。
「左右を見張れ!」
「資料室に入りやがったぞ!」
「まだ撃つなよ、魔王様もドアの向こうだ!」
「ひゃあ、来たわ!」
バタン!!
ニニコが勢いよくドアを閉め、半泣きでみんなに訴える。
「ど、どうしよう。どうしたらいいの!」
「どけニニコ! オラアアアア!!」
「ぬあ・あああ!」
ガリガリガリ、ズズズズズ!!
トラとシーカが、本がぎっしり詰まったスチール棚を押してきた。そのままドアを塞いでしまう。
ズシーン。
どうやらここは資料室らしい。小さなコンビニくらいの室内には、書棚、書棚、書棚が並んでいる。その奥にはちいさなドアがあるが、ここを出たらさっきの通路に戻ってしまうだろう。
トラとシーカは、室内のあらゆる重量物をドアの前に移動させた。もちろん前後の2か所ともふさぐ。
「うるあ!! はあ、はあ!」
「ハッ、ハッ……」
なにげにこの2人のタッグは初めてだ。それほど今の状況は切迫している。
それよりもマオちゃんだ。
ガタガタとふるえながら、必死に今の状況について唱えていた。
「私は魔王。ここは私のホーム。職業は美少女料理人。私の周りでガチャガチャ浮いているのは煙羅煙羅。100均で買って来た」
ところどころ記憶がおかしいのは、まだハイドランジアの効果が続いているのだろう。最悪なのは、アモロのことを思い出されること。肉体機能を消すちからで、トリップ状態を解除されたらマズい。すべてが水の泡だ。
そうなる前に……
「あ、マズイわ! えい!」
ニニコの触手がふたたび。
プシュウ。
プシュプシュ。
青とピンク、2色の霧がマオちゃんを覆う。
「ぬ……む……!! あはぁ、パパだよー」
再度トリップ。
アヘりまくるマオちゃん。超ハッピー。
「むむ……じつにすがすがしい気分だ!」
「きみ、なかなか酷いことするね」
ドン引きのハムハム。
もう知らんと、ほかに出口が無いかと周囲を見まわす。だがうしろを振り向いて驚いた。
「……フォックス? フォックス!?」
「てめえ! てめえ、今すぐ外にいるアクションスターどもをなんとかしやがれ! 殺すぞ、殺すぞてめえ!」
みんなが大わらわしているなか、なんとフォックスは、マオちゃんに掴みかかったではないか。
ズイ、と剣先をマオちゃんの首に押し当てた。ものすごい形相……本当に殺しそうな勢いだ。いやパニックを起こしている。
「なにヘラヘラしてやがる! てめえの手下どもをなんとかしろって言ってんだよ、聞いてんのか!」
「聞いているとも。あれは私が、砲兵隊を率いていたころだ。部下のひとりが、捕虜とデキてるのが発覚してねえ。2人とも毛むくじゃらの大男だったもんだから、ベッドシーンを想像して一個中隊みんなが吐いちゃったの。もう、そこらじゅうでオエーってなってた。マズいことに、その日たまたま本部の監査があってね。食中毒が広まってるのを隠蔽したと誤解されて、隊長の私は無期限の減俸に……」
「そうか、よぉぉくわかったよ……う、腕の1本も落としゃ、人質の自覚を持ってくださるだろうぜ」
フォックスの顔が、みにくく歪んだ。
そして剣を振りかぶる。
「い、い、痛えぞ。覚悟しな」
血走った目。
「フォックス!!」
「フォックス、おい何やってんだ!」
ニニコとトラが叫ぶ。
剣が振り下ろされる。
だがそれより早く、プカプカ浮いていた煙羅煙羅の1枚が、フォックスの右手に飛びかかった。
ズドォ!!
ボギィ!
「うぎゃあ! ぎゃあ、ぎゃあ!!」
フォックスの白い腕が粉砕……されていない。煙羅煙羅が叩き折ったのは剣だ。刀身が真っ二つに折れてしまった。
うずくまって悲鳴をあげるフォックス。なんのダメージも受けていない右手を押さえ、痛い痛いとくり返している。
「痛え、痛え! 折りやがったアタシの手を、アタシの手を!」
くり返しになるが、折れていない。
「……何やってんのフォックス?」
「……なにやってんだ、お前?」
ハムハムとトラは、助けにも行かない。だってケガなんかしてないんだもの。
「く、く、朽ち灯・頼む。下に、おりる・しかない。モゴモゴ」
『フン。最初からそういう態度でいればいいのだ』
冷静なのは、シーカと朽ち灯だけらしい。逃げ道がないと判断し、ふたたびトンネル作戦に出た。
朽ち灯のパーツたちが、床にぴたぴたと降りていく。直径1メートルほどの円を描くようにブロックが並んだ瞬間……
ボン!
粉塵が舞い飛んだ。
朽ち灯のサークルは、ドリルのように回転しながら床材を消していく。階下への脱出口が掘られていく。
『塩化ビニール……美味いぃい』
『ウッドチップ、美味い……』
『コンクリート、美味いぃいぃ……』
穴の奥から、おそろしい声が響く。どうやら魔王城の味を堪能しているらしい。あいかわらず化け物すぎる。
「ふう……モゴモゴ」
ほかの4人の様子を見て、シーカはため息をついた。
「(ニニコはともかく、トラがまともに役に立ってる……信じられないな)」
「(それよりこのハムハム、足止めにしかなってない。置いていくか)」
「(それに……チッ!)」
フォックスに、失望の目を向けるシーカ。ゴミでも見るかのような目だ。
これがみんなの運命を分けた。
数秒。
ほんの数秒の油断。
シーカが気を緩めたのがマズかった。
朽ち灯が床を粉砕していたために、室内にいないのがマズかった。
バァン!!
天井の一部が外れ、さっきの特殊部隊が上半身をのぞかせた。にっこりと笑顔で……ちがう! フェイスシールドに、スマイルマークをペイントしているのだ。
逆さのそいつは、一瞬で6人の配置を認識したらしい。マオちゃん以外の5人に向けてフルオート拳銃をブッ放す。
パパパパパパパン!!
「ギャー」
「ひぃ、マジかよ!」
「うおお!?」
悲鳴!
完全にフイを突かれた。
だが弾丸は誰にも当たらなかった。
煙羅煙羅だ。
煙羅煙羅が弾丸を防いだ。
ガガガガガガキン!
ガガガギィン!!
跳弾した銃弾が、あたり一面に飛び散る。
マオちゃんは!?
マオちゃんは無事か!
「あ……いまの音なに? ここどこ??」
マオちゃんはボーッとしていた。




