第174話 「5レンジャー」
「うわ、ニニコ!」
「え!? うわ、ニニコ!!」
飛びあがるトラとフォックス。
え!?
え!?
なんでここにニニコが!?
やっぱり魔王とやらと一緒に行動していたのか??
そんなことを考える余裕もなく……
「フォックス―――!」
顔をくしゃくしゃにして、ニニコはハムハムに抱きついた。
……なんでハムハムに?
「うわあ、なにこの子! 痛い痛い痛い!」
ハムハムの絶叫。
とつぜん女の子が飛びかかってきた。ズドォ! タックルの勢いで、車椅子は1メートルほどバックした。
かわいい女の子。
赤道付近の国で生まれた自分とは違う、白い肌の女の子。思わず顔が赤くなる。足も痛てえ。
「ちょ、ちょ、助けてフォックス!」
「会いたかったフォックス! 私、ほんとに会いたかったのよ! ものすごく強いハカセと戦ったりして……あなた誰!? ワーワー!」
いそがしいニニコ。
しがみついたのがフォックスではなく、見知らぬ少年だったことに今ごろ気付いたようだ。
「なんなの、あなた! 魔王軍の人!?」
しがみついたまま喚きたてる。
もう、バカ。
「おいおいニニコ。アタシの性別まで忘れちまったのか? 別れてから20日くらいしか経ってねえぞ」
フォックスのあきれた声。だがすぐに優しい顔になった。
「会えてうれしいぜ」
「フォックス……! あああん、フォックス!」
今度こそ、フォックスの胸に飛びついて泣くじゃくる。包帯だらけのトラとフォックスを見て、ニニコの目は潤んだ。
「2人とも酷いケガだわ。ぐすん」
「まあな。ほんのちょっと機関銃で撃たれたもんでよ」
フォックスも、よしよしとニニコの頭を撫でる。
「俺なんかビルから落ちたぞ、ほんのちょっとな。またポニーテールにしたのか、よく似合ってるぜ」
再会の喜びもそこそこに、トラの顔はあんまり明るくない。
最悪の予感がよぎる。
「で、え―――……なんでお前がここにいんだ? まさか魔王とかいうのと、いっしょに行動してたのか?」
「グスッ。うん、そうよ。私、シーカといっしょに魔王軍に……」
この2週間の出来事を訴えるニニコ。
訴えようとした、
が―――
バンッ!!
今度は乱暴に扉が開いた。
「うお!」
「うわ!」
全員がびくりと視線を向ける。
ガツガツガツと早足でこちらに向かってくるのは―――
「シ、シーカ……な、待って!」
思わずニニコはたじろぐ。
歩み寄ってくるシーカの顔たるや、昨日までの彼とは別人だ。頬の傷をゆがませて、トラとフォックスに迫る。
「……さがってな、ニニコ」
乱暴にニニコを突き放すと、フォックスはソファを立った。もちろんトラもだ。
ただならぬ雰囲気に、ハムハムは一言も声を出せない。
こ、このクソ怖いのがシーカ……かな?
とても味方とは思えない敵意を感じる。
まるで決闘のようにトラとフォックスが立ちはだかる。さきに声をかけたのはフォックスだった。
「よう、シーカ。あいかわらず無口なキャラ気取ってんのか?」
薄ら笑いで、いつもの挑発。
いや。
そんなのが通じるアレではなかった。
「ぐべッ!!」
バギッッッ!!
シーカの右鉄拳を顔面に食らい、フォックスはソファに倒れこんだ。速い……いまの不意打ちを " 朽ち灯 " で放たれていたら即死だったろう。
頬の内側を切ったのか、フォックスは口から血を流す。白目をむいたまま動かない―――
「てめッ……がっはッ!」
ドガッ!
ドシィン!!
つかみかかろうとした瞬間、トラも殴り倒された。人間のパンチ力程度で倒れる体重ではないが、バランスを崩したようだ。ドシンと床が震える。
「痛ってえな、この……う」
そこまで言ってトラは戦慄した。見上げたシーカの表情は、かつて見たことがないほど悲痛に満ちている。
悲しい、とでも言いたげな。
失望。
失望に満ちている。
「……お前ら・ルディを・みすみす・死なせたのか?」
失望に満ちた声。
マジでいつもとは別人だ。
「どこまでも・あ、足手まとい・だな……」
ガシャンと朽ち灯を開いた。
その目はゆっくりとフォックス、トラを追う。そして固まったままのニニコへ。もう一度、フォックスへ。
ゆっくりと視線を移す。
と―――
「やめろ」
びくり。
今度はシーカが身じろぎした。
目の前に、腰から下を呪われたガキ!
なんだこいつは?
いつの間に……背が低すぎて気づかなかった。いや、片足で立っているのだ。なんだかよくわからないが、中世の騎士甲冑みたいなのを着たガキ。
「いきなり何するんだ。頭大丈夫か、あんた」
シーカの前に立ちはだかり、ハムハムは鋭い目を向ける。
井氷鹿。
井氷鹿のアンテナがばらばらと広がった。
「神父を死なせたのは僕だ。文句があるなら僕に言え」
「……うるさい・チビだな」
キッと睨みあうハムハムとシーカ。
お互い、相手の能力がわからない。
先に引いたのは……シーカのほうだった。
「お、お、お前は・手強そうだ。それに」
ため息。
「俺は・疲れてる……」
ガシャンと籠手を下ろした。
ズシン。
ようやく起き上がったトラ。
「……痛えじゃねえかよ。クソ」
え?
それだけ?
この男がぶん殴られて、なにも無しとは……
だがフォックスはちがう。
ソファに倒れこんだまま、意地悪く笑う。
「そんなにルディが死んじまったのがショックかぁ? お前までキャラ変かよ」
笑う。
「ルディが死んだのは、ルディのせいだ。あいつがサントラクタに行くって決めて、アタシ達は巻きぞえでこのザマだ……ニニコ、こっち来な」
「う、うん」
硬直していたニニコだったが、フォックスに促され、よちよちとソファにかけた。
「さあ……誰から話す?」
まだ突っ立ったままの男3人に、ヘラヘラと笑顔をむけるフォックス。
「もちろん、アタシからでいいよな? 座れよ、ボーイズ」
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30分後。
「なにそれ?? じゃあ、その……ルディ神父が死んだのは、穢卑面とかいう仮面がぜんぶ悪いんじゃないの!」
怒るニニコ。
サントラクタのエピソードを聞いて、プンスカプンスカだ。
「ルディとかいう人、かわいそう……」
複雑な顔のシーカ。
「……フ・ン」
一方、トラとフォックス。
「やっぱりな。魔王ってのはアイテムのひとつだったか。まあ " 勇者 " が出てきた時点で想像できたぜ」
「あいつの話はよせッ! ここで吐いてもいいんだぞ!」
「しかし女子高生ね……もうなにがどうなってんだか」
「アタシの趣味じゃないね。ホント」
ニニコらが島で経験した1週間。
ロドニーのこと、魔王軍加入のこと、独楽のことを聞いた。
「そういや……おい、シーカ。煙羅煙羅は一緒じゃねえのか?」
ギロリと睨むトラ。
だが、シーカは何も答えない。
「てめえ」
トラはふたたびガンを飛ばす。掴みかからんばかりに腰を上げた。
「煙羅煙羅ならマオちゃんと一緒よ!」
不穏な空気に、ニニコが割って入る。
「ちょっとトラ、座ってちょうだい! ケンカしないで!」
すごい顔でシーカをにらむトラ。
だが肝心のシーカは、なにを考えているのかトラを見ようともしない。
「おい、シーカのやつずっとこんな感じだったのか?」
ひそひそ。
フォックスが、ニニコに耳打ちする。
「うん。飛行機でトラが電話してきたでしょ。ルディ神父が死んだって聞いてから、ひとことも喋ってくれなくって……すごく怖かったわ」
ひそひそ。
せっかく小声でしゃべったが、会話は全員に丸聞こえだった。ぴくぴくとシーカの眉が動く。
ルディの死の顛末を聞いて、彼はなにを思っているのか。腕組みをしたまま、不機嫌そうな表情を変えない。
というか、やはりマオちゃんもこの城にいるらしい。煙羅煙羅も一緒とは……イヤな予感がする。
「ヘイヘイ! 待てよ。とりあえずニニコ、お前らがこの城に来たのも今朝って言ったよな。いまは……10時くらいか? ここに着いてからお前ら、なにしてたんだよ」
「なんにも。ここに着くなり、マオちゃんは自分の部屋に閉じこもっちゃったの。私たちは応接間みたいなとこで待たされて、ずっとテレビ見てたわ。フォックスたちが着いたって聞かされたのが、ついさっきよ。あわててこの部屋に来たの」
どうやらマオちゃんは、なにごとか取り込み中らしい。せっかく集めた呪いの5人を放置してまで、なにをしているのだろうか。
だが今はそんな場合ではない。
少しでもアイテムの情報を共有しておかねば。
アモロ。
最後のアイテム、アモロ。
「ニニコ。で、アモロのことをその……ロドニーとかいう博士に聞いたんだろ? いったいどういうアイテムなんだ?」
険しい表情でフォックスは煙草をふかす。
顔が険しくなるのも無理はない、まさかあっさりアモロの秘密が聞けるとは。
「なーんかなー。棚ボタすぎて、今までの苦労が……まあいいや。で、そのアモロは魔王が持ってんだよな?」
首をかしげるニニコ。
「さあ……マオちゃんはそう言ってたけど、実際どうだかわかんないわ。でもなんでトラもフォックスも、アモロの能力を知らないの? そのルディ神父から聞かされてなかったの?」
「まあな。マジでなーんも教えてくれんかった」
ポリポリとトラは額をかく。
「それよりニニコ、続けてくれ。アモロの……そうだな、能力とかから教えてよ」
「うん。アモロの能力はすごいわよ。驚かないで聞いてね」
ニニコは肩をすくめ、ひどく神妙な顔で語る。
「アモロは、人間の身体機能を一時的に消せるんですって。ヤバくない?」




