第172話 「ハイパーデンジャラス」
「殺してやる……! 殺してやるァアアアア!!」
ブツン。
ブッツーン!!
トラのスーパーブチ切れショー開幕……
「あああああああ! ごああああああああああ!」
車内にあったアルミの脚立を引きずり出し、クイックめがけて振り下ろした! だがそんなもの、かすりもしなかった。
ひらりと躱される。
それどころではない。
ドゴドゴドゴ!!
クイックの上中下段!
3連続の蹴りがトラの生身の部分に食いこむ。脚立の隙間をくぐってブチこまれるキック、キック、キック!
なんという精密な技、まるでモーリスそのものではないか。
いや、恐るべき速さ……
これは、
この速さはまるで、
長靴の脱げたトラそのものではないか。
怒りの絶頂だったはずのトラ。だが三連撃を食らい、完全に戦闘不能となった。意識がブッ飛ぶほどの衝撃。
「がばッ……!!」
なにがなんだかわからない。
さきに飛びかかったのはトラ。なのにクイックの攻撃が先に決まった。早い、早すぎる! 倒れそうになったところへ、とどめの一撃!
ズガン!!
矢のような蹴りがブチこまれる。間一髪、今度はなんとか脚立でガードした。しかしその威力はすさまじい。
「ぐぶっ……!」
脚立がへし曲がるほどの衝撃を受けて、トラは後ずさる。
ズン。
ズン、ドガァッ!
よろめき、開きっぱなしだったスライドドアから車内に倒れこんだ。
「ぐえ……つ、強ええ……」
さっきの三連撃で、トラはもう敗北していた。指一本動かせない……もし最後の一撃をモロに食らっていたら、死んでいたかもしれない。
「トラ!!」
まだ運転席の下を探っていたハムハムの悲鳴。信じられない……トラを肉弾戦でブッ飛ばす!? そんな無茶苦茶な……いや、トラも心配だがフォックスも助けねば。
「あ……く、くそっ!」
レバーは見つからない。
腰を覆う " 井氷鹿 " が、ガチャガチャと運転席のあらゆる突起に引っかかる。こんなに井氷鹿を邪魔だと思ったことはかつてない。
「く、くそっ! くそ……!」
「は、ハムハム。早く……シートを下げろ……!」
ひどく弱々しいフォックスの声。
もう痛いとも言わない。
「今やってるから……ヒッ!」
あせるハムハム。
そのときフロントガラス越しに、クイックと目が合ってしまった。
「う、うわ……」
「よう、ハムハム」
鬼のような目。
星湾センタービルで、ハムハムとクイックは何度か言葉を交わしたことがあった。もちろん監禁犯一味と、その被害者という立場でだが。
そのときハムハムが彼に抱いた印象は、軽薄なチャラい男でしかなかった。
いまは違う。
「ハムハム……痛そうだな、その足」
いつのまに車の前面にやってきたのか……ものすごい迫力。
オスカー隊はどいつもこいつも怪物ぞろいだったが、クイックはなにかが根本的に違う。
怖い、怖い、怖い。
だがハムハムは、キッと眼光鋭く、車内からクイックを非難する。
「こ、この車は借りものだ。どうしてくれるんだ!」
強い。
ハムハムは本当に強くなった。
瞬間。
ガシャァアン!!
クイックがなにを思ったのか、フロントガラスにヘッドバットを叩きこんだ!
とてつもない頭突き!
割れ残っていたフロントガラスを、完全に大破する威力の―――
ちがう!
何者かが、クイックの頭をつかんで窓に叩きつけたらしい。
「誰だ……あ、うあ」
ガラスまみれのクイック。
いきなり頭を掴まれ、車にぶつけられたのだからたまらない。だが……犯人を見たとたん、クイックの顔がはじめて怯えを見せた。
「うあ……イーグル先輩」
自分の頭をつかむ大男の名を呟く。
クイックを車に叩きこんだのは、大男のイーグル。パムズ製粉でトラ達を待っているはずのオスカー隊のひとりだ。
「妙な音が聞こえたんで来てみりゃ……なにやってんだお前」
鬼。
鬼のようなイーグルの顔。
「なに勝手なことしてんだ、お前。どういうつもりだ」
「すいません……」
シュンとなるクイック。
「すいません、俺が……俺のせいで主任もモーリス先輩も……こうでもしなきゃ、魔王様になんて弁解したもんか……」
泣いている。
泣いているではないか。さっきまで人間離れの強さを見せていた男とは思えない。
「みんなに会わせる顔が無いっス。ホントどうしていいのか……」
クイックは泣く。
頭を掴まれたまま、ただ泣く。
なんなんだよ、コイツは。
「ふぅ……クソバカ野郎。お前はバイトじゃねえんだぞ。それでも魔王軍か」
ため息をつくイーグル。
「新人のお前が作戦の成否を気に病むなんざ、10年早いんだよ。いいからさっさと、被呪者3匹を連れて来やがれ」
ようやくクイックの頭を離すと、イーグルは運転席のドアに手をかけた。
ギ、ギギギ……ズバンっ!!
ひしゃげたドアを、なんと怪力だけで引きちぎった。この男も化け物―――
「出ろ、バーベキューファイア」
おそろしい声……イーグルは身を屈め、運転席をのぞきこむ。
シートの上で身を縮めるフォックスの小さいことよ。
ドアが根こそぎ外れたことで、ようやく圧迫から解放された。腕の傷がすこし開いたらしい。血がにじんでいる。
それがどうした。
「野蛮な出迎えだな。お里が知れるぜ」
笑う。
痛めた腕をさすりながら、フォックスは睨み返す。そして不敵に笑う。
イーグルは……
「魔王軍にようこそ、ハムハムほか2名。このあとは楽しいバス旅行が待ってるぜ。そのあとは楽しい空の旅だ……さっさと車を中に入れろ」
車内をひと睨みしたあと、背を向けて歩きだした。
パムズ製粉に向かって。
トタン壁の向こうは駐車場だったらしい。
幅3メートルほどの鉄戸が内側に開き、敷地を見ることが出来た。その汚いこと、およそ食品工場とは思えない。いや荒れ果てている。
そこには数十人の人間がいた。
どいつもこいつも製粉工場の人間には見えない。旅行客のようにラフな服装だ。その中にオスカー隊の2人、デリックとウェブナーの姿も見える。
すでに工場の敷地内を歩くイーグルのあとを、ふらふらと追うクイック。その彼に―――
「お……怒られてやんの」
またいらないことを。
トラが皮肉たっぷりに嘲笑した。まだ立ちあがる力もないくせに。
「いよいよ……俺たちを本拠地に……移送か? モーリスから、恩給生活を約束してもらったぜ……あの約束はまだ無効じゃねえよな?」
ザ。
足を止めるクイック。
ふり返ったその目は……すごい。
「さっさと車を中に入れろよ。俺が怒られんじゃんか」
泣いている。
ボロボロと涙を流している。
さすがのトラもフォックスも、ごくりと固唾を飲みこんだ。なんなんだ、この化け物は?
たったひとり、ハムハムだけが震えながら言い返した。
「魔王ってなんだ! お前らのボスか!? そいつのところに行くまで、僕たちの安全は保証してくれるんだろうな!」
一気にまくし立てた。
立ちあがる力もないくせに。
目を丸めるクイック。
ため息をついて、感心したようにつぶやく。
「たまげたな……なにがあったか知らないけど、手強そうな顔になったな。お前が一番おっかないよ、ハムハム」
と!
「そりゃ、キミもおんなじだよ。クイックちゃん」
これまたいつの間に!
別の男が現れた。
どうやら工場内にいた集団のひとりらしい。
「車の弁償なら、ボクが持ち主にしておくよ。初めまして、3人とも」
40代くらいだろうか。
レゲエダンサーみたいな、ものすごいドレッドヘア。スーツ姿の中年が、陽気な声でやってきた。
「あー、なーるほど。ホントに " ひみつ道具 " に呪われてんねー」
クイックの肩に手を当て、ドレッドマンは楽しそうに話す。
「いやー昨日から働きっぱだよー。情報屋ローリーちゃんを移送してから、そのままトンボ帰りでバス手配してさー。眠いのなんのって……」
よくしゃべる。
だがいきなり真面目な顔になった。ウィンクしながら呪われた3人に聞こえるように、小声でささやく。
「あのさ、なにがなんだかわかんないと思うけど、ここは俺たちに従って行動してよ。さもないと―――」
もう一度、ウィンク。
「スイッチひとつで、国連軍が飛んでくるぜ」
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さて。
サントラクタの物語は、本当にここで終わりになる。
この後のことを簡単に書いておこう。
3人はそれぞれ違う3台のバスに押しこまれた。そして、3台別々に国境を越えた。
さらば、サントラクタ。
そして、3人別々のチャーター機に乗せられ、そして翌日……
3人そろって、魔王の城へと到着した。




