第166話 「ヘウレーカ」
「ぬぅいいいい! もう限界……!」
歯を食いしばるニニコ。
『がんばれ、それでも女か!』
わめく煙羅煙羅。
ぴぃんと張りつめたロープの中心で、ニニコに引っぱられている。
……煙羅煙羅をパチンコの玉にしようとしている。
「ふざけ、ふざっ、ふざけるな!!」
ドガン!
ドガンッ!
ドガン!!
独楽砲3連射!!
だが、ニニコには届かない。
「ぐぅお……む・だ・だ!」
シーカは立ちあがった。
なんという根性……撃ち放たれた弾を3発とも粉砕した。そのたびに大衝撃が彼を襲う。だが今度は倒れない。
ズバン!
ズバ!
ズバン!
鉄球でも食らったみたいな衝撃。だが倒れない! だが……変な方向にシーカの腕は曲がった。顔を苦痛にゆがめ、汗だくで、それでも笑う。
「俺の・負けだ。肩・折れたぞ……」
「貴様、どけ! 見えん! どけ!!」
絶叫。
立ちあがったシーカのせいで、背後のニニコが見えない。
ガコン!
スライドする独楽。もう1発……撃つことは出来なかった。
「ひゃ……100問目の・答えは・わ、わかったか……?」
ドサ。
前のめりに倒れたシーカ。今度こそ倒れてしまった。
ロドニーが、ようやくニニコの姿を捕らえた。
だがそれも、ほんの一瞬だけ。
「もうダメ! 発射! ワーワー!」
ニニコの手から、煙羅煙羅が離れた。
次の瞬間、
ロドニーは吹っ飛んでいた。
ドガアアアアアアア!!
「ぐぅえ!!」
触手のボウガンから、煙羅煙羅が放たれた。
まるでロケット弾!
一直線にロドニーをブッ飛ばした。
だが直撃はしていない。
独楽だ。
一瞬早く大バサミが閉じ、盾となった。
否!
煙羅煙羅をはさみ取った。
『おのれ……っ! 煙羅煙羅……なんだこの力は……!!』
『どうだ独楽よ。クロロプレンゴムの投石だぞ! すばらしい加速だ……!』
楽しそうな煙羅煙羅。
だがすぐに、恐ろしい声を漏らす。
『離せ、独楽。それともこのまま、ランデブーといくか!?』
ドォオオオン!!
空へ。
上空、約40メートル。50メートル……ジェットの推進力で、ロドニーは空に舞い上がる。
「うおおおおおおおおおおおおおお!?」
高い。
高い高い高い!!
今日2度目の飛翔。
だが今度はコントロールできない。ものすごいG。体がちぎれるほどの速度―――
地上がはっきり見える。
買い占めた土地が、開発を任された土地が、全景が。
「は、ははは……」
笑うロドニー。
……なにを笑う?
「は、はは……わ、私は……なにを笑ってるんだ? はは、わ、笑うしかないわ」
圧力。
独楽が空中分解しそうな圧力。内臓が圧迫される。レバーの操作などまったくできない。
眼下に、ニニコとシーカが見える。
なんという、なんという!
「は、はは……笑ってしまうね。な、なんて小さいんだ」
ははは。
下の2人も、私を見てそう思っているんだろうか。
同じく、煙羅煙羅も笑う。
興奮した笑い。
爆笑!
『ハーハッハ、すばらしい! 褒めてやるぞ、バスター・ロドニー! まったく貴様はすばらしい!』
『まさか、まさか鎧を改造する人間がいようとはな!! 独楽を使ったキャタピラ、感心したぞ! 目を奪われたわ!』
『あの機構があれば、どんな重い靴を履いても自由に動ける……! 脚力などまったく関係なく、移動することができようて!』
『貴様はうわさ通りの天才だ! ハハハ! ほうびに生かしておいてやる。貴様は殺すにはもったいなすぎる、ハハハ!』
爆笑。
爆笑の煙羅煙羅。
ロドニーの表情は、絶望に染まる。
「死ぬのか……死ぬのか、クソ」
生かしておいてやるとか喚いてるな、このロボット。
ということはつまり、私は死ぬのか。
死ぬのか、私は。
ああ……こんな若くして死ぬのか。
若くもないか、もう39だしな。
いかんいかん。
こういう感覚のズレが、私が変わり者に見える元凶なんだ。
最年少で教授になんぞなるもんだから、周りの同僚が年寄りばかりだから、自分がまだ若いように錯覚してしまう。
私はもう39なんだ。
待て。
それでも死ぬにはまだ早すぎんか。
やれやれだ。
研究研究でこの歳まで来てしまった。
あの少女くらいの子供がいても不思議じゃないわけだ。
そんな子供に、してやられるとは。
いや少女のほうはいい。
あんな学のなさそうな若造にやられるとは。
おまけに独楽の最後のクイズもわからん。
女が3人いなければ出来ない、これなーんだ?
知るか。
なんだ、そりゃ……待て。
まて、待て待て。
待て。
子ども?
子ども……あ、わかった。
ひ孫だ。
「わかった。ひ孫だ」
空中のロドニーが、なんかつぶやいた。
「親、子、孫……ぜったいに、女が3人必要だ」
回答。
独楽のクイズの100問目、回答―――
バアアアアアアアアン!!
『正解~! 100問達成だ……呪いは解かれた』
バァアン!!
バッラバラになる独楽。
『お前を解放しよう……次が待ち遠しい……』
空中で呪いは解かれた。
『な、なに!?』
いきなり独楽が無くなって、煙羅煙羅はどっか遠くに飛んでいった。
『あ――――――……!!』
まるでミサイル。一瞬で見えなくなってしまった。赤い噴射炎だけが、どこまでも空に続いている。
さようなら煙羅煙羅。
「な・に!?」
「なんてこと!」
ニニコとシーカも地上で叫ぶ。
「あいつ……ク、クイズを・解きやがった!」
「呪いも解いちゃった……すごいわ」
まったく煙羅煙羅の心配などしていない2人。
それどころじゃない。
ロドニーが落ちてくる。
助けないと、確実に転落死するだろう―――だが、一緒に独楽のパーツも降ってくる。その数、おそらく数百個。
呪いから解放された鎧がどうなるか。
簡単である。
次の犠牲者に憑りつくのみ。
落下地点に行ってはならない……なんて理屈で、ニニコが動くものか!
「あああああああああ!」
ダッシュ。
ニニコは走る。
「ニニコ! だ、だ、やめ、しばくぞ!」
倒れたままのシーカ。
テンパリながら叫ぶ。
ムダだ!
ニニコが言うこと聞くものか!
「クロロプレンゴム発動! ワーワー!」
バババババ!!
フトモモ……真っ白闇から、12本の灰色の触手が飛びだした。
灰色の触手が、周りのコンクリートや鉄材に巻きついて網を作った。まるでクモの巣―――
まるでクッション。
そして。
「だああああああああああ!」
ロドニーはネットに着地した。
びょん!
ナイスキャッチ!
びょーん!
「だあああああああああ!」
トランポリンのごとく、ふたたびロドニーは宙に舞う。
高い。
今度は独楽すらない、生身の体。
「ひぃいいいいいい!」
ズドォオオン!!
数秒の滞空のあと、ロドニーは地面に激突した。
「グベァ! むぅ……か、か、カバン……私のカバン……」
砂利の上に転がりながら、必死でうめく。
アタッシュケース。
アタッシュケースがどこかにいった……
「あれが、ないと……魔王から、金を……か、かね……」
体が動かない。
「アッ、ロドニー! えらいことに……!」
ニニコの絶叫。
次の瞬間!
『腰だ、腰がある……』
バラバラバラ!
無数の、独楽のパーツが降ってきた。
ハチの群れのように。
流星群のように。
『100問に答えろ……』
バラバラバラバラ……!
「ギャ―――!!」
「うわ・わあ―――!!」
逃げまどうニニコ。
地べたで丸まるしかないシーカ。
「ど……ドグ、ラ……」
土石雨のごとく降りそそぐブロック群に、ロドニーは手を伸ばす。
「わ、私を、捨てないで、くれ……」
ロドニーの意識は、そこで途切れた。




