第15話 「ネクスト」
『119軒に火を付けろ。ただし完成してからだ……』
「……………え?」
「………………へ?」
喜びの表情もそのまま、2人が硬直する。
同じく。
1か所欠けた右の長靴が、嘲るように言い捨てる。
『ふざけたマネをした罰だ。一億歩歩け』
『完成するまでカウントはしない……』
静まりかえる室内。
ま、まさか―――
メチャクチャになった室内が、沈黙につつまれる。
トラとフォックスが顔を見合わせた。
まさか……しっかり呪えるのか?
1個足りないのに!?
し、しかも……完全に組み上げないと、ノルマをカウントさえしてくれない……ってか?
ふたたび沈黙。
と―――
「「 嘘ォオオオオオオオオオオオ! 」」
壁を震わせるほどの絶叫。
「い、1億ぅうううううううううう!?」
「じょ、冗談じゃねえ! 金庫、金庫を開けろ!」
「わ、わかってるよ! くそっ開かねえ! 番号は……ええ、ぶっ壊してやる!」
うおおとトラが金庫を持ち上げた!
こんな金庫、ぶっ壊してやる!
その騒ぎに反応したのか、気を失っていた男が目を覚ました。
「う~……ム……うわっ!」
彼が見たのは、しっちゃかメッチャカに破壊された事務所。
夜空を覗く天井の穴、立ちこめる煙。
そして黒髪の若いメイドと、金庫を頭上に掲げた男。
な、なんてこったい!
「ど、泥棒……!」
とんでもない誤解をする中年男。
「ち、ちが……!」
慌てて釈明しようとしたトラだったが……頭上に金庫をかかげる姿は、泥棒でなければなんだというのか。
「金庫を返せ、この野郎!」
中年男が、ひっくり返った机の引き出しから拳銃を取り出した。引き金を引く!
バァン、バァアン!
チュン、チュンッ!
「ヒィ!」
弾は2発ともトラの顔面をかすめた。
「に、逃げろ!」
「ぎゃあ!」
金庫とフォックスを担いでトラは逃走する。ドッスドッスドッス……遅いのなんの。
男が追い撃ちをかける。
「待ちやがれ!」
バァアン!
バアン!!
そのうちの1発は、フォックスの顔面へ―――
弾丸がフォックスに当たる……
瞬間!
籠手が彼女の意志に反してぐるりと動き、
バシンッ!
なにかを掴んだ。
籠手が、勝手に!
「ひゃ! な、なんだ……タマ!?」
とつぜん右腕が勝手に動いた。
いや、動いたのは籠手。
なにかを掴み取った―――弾丸だ!
籠手がピストルの弾を手づかみにした!
勝手に!!
―――籠手が、フォックスを守った?
「こ……なんだ?? このマーク……」
異常事態はそれだけではない。
籠手のおもてに、今までなかった模様が浮き出ている。
“ マンガチックな目 ” っぽい模様。
今までこんなの無かったのに……
ドッスンドッスン。
ドッスンドッスン。
トラは全身汗だく、目はうつろ……金庫と女を肩にかついで、走る、走る、走る―――
足はフラフラ。
あろうことか発砲までされて必死で逃げる。こんな残酷な現実ってあるか?
「ぜぇ、はあ、ぜぇ……こ、これは夢だ。悪夢なんだ。頼む、覚めてくれ……」
とうとう、うわごとを言い始めた。
ドッスンドッスン。
ドッスンドッスン……
トラの長靴の側面にも、同じマークが浮かんでいた。
" マンガチックな目 " のような模様。
ドッスンドッスン。
ドッスンドッスン……
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同じころ、町のべつの場所。
うす暗い路地に、野良犬の悲鳴が響きわたる。耳を塞ぎたくなるような叫び。
「ギャン、ギャイン!! ギャン!」
スマートな男。
男はノラ犬の首をがっしりとつかみ、すごい力で宙づりにしている。細身の体に、どうしてこんな腕力があるのか。
「ギャン! ギャン!」
半狂乱の抵抗をくりかえす犬を、冷たく見つめる男。
「わ、ワン、ワグ……」
犬の暴れかたはすさまじく、必死に4本の脚をふり乱している。だが、むなしく空をかくばかりだ。
犬をつかむ、男の左手―――
男は左腕に、フォックスのそれとそっくりの籠手をしているではないか。
ガチャリ。
掴む力が強くなった。それにあわせて、籠手の掌がボンヤリと赤い光を放つ。
「ア、ギャオア! ……ア…………」
息絶えた犬。
だが普通の死にかたではない。
ボン!!
頭部が破裂……いや砕けた。
いや分解された。
ザラザラザラ。
サアアアアアアア……
消えていく。
いや、崩れていく。
砂のようにさらさらと、細かい粒に分解されていく。
犬の頭が、無くなった。
『犬……うまいいい……』
籠手が喋った。
……美味い、だと―――?
「右手と両足は、近いのですか。“ 朽ち灯 ”」
男が丁寧な口調で、籠手に話しかける。
…………朽ち灯?
『あっちだ……移動しているな……』
『足枷、焼き籠手……』
『はやく、はやく喰いたい……』
『どこだ……あっちだ』
ガシャ……
ビシッ!
「あっちだ」と籠手が言うや、すぅっと持ち上がって遠くを指さした。
ビシッ!
籠手が……いや “ 朽ち灯 ” が指し示したのはどこか?
どこもなにも……
いまごろ大騒ぎになっているであろう、あの事務所の方角だ。
籠手がしゃべっている。
まぎれもなく、トラとフォックスと同じ呪い。
彼の籠手の甲にも、やはりあの模様が刻まれていた。
マンガチックな、目のような模様が―――




