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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第17章「元も子もないプランを焼き捨てる嘘へ」
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第148話 「プリーズ モバイル」



さて―――何から書くべきだろうか。


ひとまず現在の状況から書くことにしよう。



ルディの死が午前5時24分。

その際、オスカー隊員からパムズ製粉に向かうよう伝えられたはずだ。


フォックス、トラ、ハムハム、ステフはパムズ製粉に向かったであろうか。



向かってるわきゃねえだろ。




※ ※



 午後17時41分。


「お願い、電話を……電話を貸して!」

 ステフは叫ぶ。


「やかましい娘じゃわい……! 大人しゅうせいと言うに」

 老人のためいき。


 

 ここは……どこだろうか。

 

 市の中心部から少し外れた、難民キャンプのひとつだ。星湾センタービルから60ブロックも外れた場所にある。

 そこには数百人の難民たちがテント生活を送っているが……そのひとつ、8畳ほどの広さに、ベッドが4台並んでいる。


 そのひとつにステフは寝かされていた。

 他の3つのベッドには、誰もいない。


 右足は銃創(じゅうそう)2か所を()われ固定されている。そのうえ足首の骨折も判明、ギプスをはめられた。

 ボロボロだった修道服ではなく、無地のTシャツを着ていた。下はなにも履いていない。

 そして少女のように泣きじゃくっている。


「電話、電話貸してえ……」

「バカぬかせ、さあこれで終わったぞ」


 白衣を着た老人は、ステフの検温を終えて立ちあがった。

 大変、不機嫌そうに。

「フン! まったく近ごろの若いもんは、けしからんわい。こんな被災地で飲んだくれて、ケンカ騒ぎ起こして朝帰りとはな。ゴースト神父さまの弟子どもでなければ、治療なんぞせんかったわい」

 

「待って! 電話……電話を……!」

 

 ステフの懇願もむなしく、老医師はテントを出て行ってしまった。

 


挿絵(By みてみん)



「トラブリック! トラブリック、どこ……フォックス! なんでいないのよ、あああ……」

 ステフの叫びが、テントの外にまで響く。

 だがトラもフォックスも、ハムハムも、ここにはいない。彼女を助けには来ない。

「神父さま、神父さまあ……」

 

 もちろん、神父も来ない。



 先ほどまで……と言っても4時間前くらいだが、トラもフォックスもハムハムも、この難民キャンプにいた。

 ステフと同じテントで、老医師の治療を受けていたのだ。


 だが今、彼らはいない。


 ステフが骨折の処置をされている間、簡単な麻酔を打たれた。意識混濁(こんだく)を起こすような強い薬ではなかったが、ステフはよほど疲れていたのだろう。1時間半ほど昏睡(こんすい)状態となり、目が覚めたとき、ほかの3つのベッドはもう空だった。



 なにがどうなっているのか?



 時系列で説明する。

 さかのぼること数時間前……



※ ※



 午前5時49分。

 駅。



挿絵(By みてみん)



 トラは、難民キャンプの共同公衆回線に電話をかけた。テント村の中心にある公衆電話だが、いまは難民たちに管理されている。

 

「もしもし? あ、すいません俺です、トラブリックです。いや、誰って。ルディ神父のとこのバイトっすよ。そっちはどなた……てめえかよジジイ!」


 むこうは公衆電話なので、誰が出るかはわからない。悪いことに、パッパカトルトレ・ニャンニャンさんが電話に出たらしい。

 覚えてる?

 第110話 「ディグアウター」に出てきた、フライパンおじさんである。


「なにがこんな時間にだ! ジジイども毎朝3時には起きてやがんだろうが! 待て、いいから聞いてくれ。キャンプに、ワンボックスのバンで生活してる人いたろ。港区の星湾センタービル……いや、その近くのベイライト駅まで迎えに来てくれ」

 

 スマホに早口でまくしたてるトラ。


「いいか、ルディは死……いや、ルディ神父が一時帰国することになったんだ。で、俺たちは空港までトレーラーで送って行ったんだよ。その帰りに武装強盗に襲われて、大ケガしちまったんだ」

 

 ウソ。

 本当にトラは、ウソが上手くなった。


「頼むよ、迎えに来てくれ。トレーラーも奪われて身動きがとれねえんだ。そ、そうか! いや、助かるよ。なるべく早く頼む」


 午前5時51分、通話終了。

 


 もはや体力のすべてを使い果たした4人。全員、重症―――いま彼らがいるのは、トラが言ったように星湾ビルの最寄(もよ)り駅だ。


 痛みに気を失ったハムハム。

 ()(がら)のようになったステフ。

 フォックスは……ようやくありつけた煙草をプカプカとふかし、ご満悦(まんえつ)だ。


 駅と書いたが、内戦で電車の運行はストップしている。その構内にあるコンビニも、閉鎖中に何者かが盗みに入ったらしい。商品はほとんどが持ち去られていた。


 これ(さいわ)いと、フォックスも遠慮なく店内を物色。

 かろうじて盗みを(まぬが)れていたジャージに着替えたのが3分前。


 ……窃盗。

 被災地での窃盗。


 お忘れにならないでほしい、フォックスはこういう女である。

 いや、いつもと違う点がひとつ。


 やたらトラに優しい。

 


「トラ、まだ飲めそうなジュースあったぞ。冷えてねーけど飲んどけよ」

 コンビニ袋から缶を取り出し、手渡した。


 びっくりするトラ……


「あ、ど、どうも。あれオーナー、いつ着替えたんです? たぶんあと30分くらいで迎え来ますよ」

「ちーがーうだろ、アタシのことはオーナーじゃなくて! フォックスって呼べ。敬語もやめろ!」


 騒がしい2人と対照的に、ステフとハムハムは静寂だ。ハムハムは前述のとおり、痛みに気を失ってダンボールの上に寝かされている。

 ステフは……体育すわりをしたまま、ピクリとも動かない。

 

「ステフ、着替(きが)え盗んできてやったぞ。ダッセえTシャツとスウェットだけどな。おいって……ダメか。まーだ放心状態だな」


 フォックスはステフの手に、強引にコンビニ袋をにぎらせ……ふたたび煙草をふかし始めた。

 ぷかぷか。

 ぷかぷか。


 

※ ※



 午前6時30分。

 駅にバンがやってきた。


 運転してきたのは……まあ名前はどうでもいい。難民の老人のひとりである。老人はルディ使節団のピンチと聞くなり、飛んできてくれた。

 彼はトラ達の有様を見るなり驚き、4人を乗せて難民キャンプに引き返してくれた。大急ぎで。



※ ※



 午前7時04分。

 難民キャンプに到着。

 

 なにがあったんだ、神父さまは!? と大勢が質問攻めにしてきた。当然である。



挿絵(By みてみん)



 直後、フォックスが「医者かナースの免許持ってるやつ以外消えろ」と恫喝(どうかつ)。みんないなくなった。


 6000人の難民のなかに、医師免許をもつ者は3人いた。難民たちが貴重な消毒薬や包帯を提供してくれたのは、ひとえにルディの人徳があったればこそだろう。


 午前7時10分。

 不衛生(きわ)まるが、雑菌だらけであろう診療所テントの中で、全員の治療が開始された。


 

※ ※


 

 午前11時。

 処置完了。

 

 トラ、局部麻酔。

 全身6か所を縫合(ほうごう)。右手橈骨(とうこつ)の不全骨折を固定。


 フォックス、局部麻酔。

 両腕2か所を縫合。


 ハムハム、局部麻酔。

 右足の不全骨折部位を固定。ならびに全身の凍傷を処置。

 

 ステフ、全身麻酔。

 右足の銃創2か所を縫合。ならびに脛骨、腓骨、膝蓋骨の骨折を処置。


 なお感染症を防ぐため、全員に抗生物質を投与。



※ ※



 午後12時40分。

 トラ、フォックス、ハムハム昼食。



※ ※



 午後15時00分。

 トラ、フォックス、ハムハム失踪。



※ ※



 午後17時37分。

 ステフ、昏睡状態から覚醒。

 

 トラ達の失踪を聞かされる。



※ ※



 午後17時41分。


「お願い、電話を……電話を貸して!」

 ステフは叫ぶ。

 


挿絵(By みてみん)



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終身刑の魔女より

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いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



ぜひ、応援よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] おおおおおっ?! 更新されてる?! [一言] ああ、もう日曜日になってたのか・・・って。 ちょうどパソコンのOS処置が終わったので観てみたら・・・更新されてたw ナイスタイミングだったで…
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