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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第16章「行くあてもないゴーストを焼き捨てる列福の朝へ」
141/249

第141話 「ベルセルク」


 

 撃たれた。

 トラとハムハムが撃たれた。



「あ、うぐっ……ウソだろ!? ウソだろ」

 ドガッ!

 ひざをつくトラ。太ももを撃ち抜かれ、苦痛に顔をゆがめる。


「うあっ! あ……!』

 どすん。

 トラの背からすべり落ちるハムハムの体。ごろりと仰向(あおむ)けに倒れた。そのふくらはぎからは血……


『おわ!』

 ()(もり)の悲鳴。びたんとルディの体も床に落ちる。



 誰が撃った?

 


 誰だと思う?



「おい、おいおいおい」

「う、うそ……」

 トラ、ハムハムの絶句。



 オスカーが、こちらに銃を向けている。






 ……オスカー?




 オスカー!!?





 腹にはガラス板が刺さったままだ。口から吐き出された血は凍結し、オスカーの顔に(ウロコ)のようにこびり(・・・)ついている。腹の血も、バキバキに凍結してシャツに貼りついているではないか。

 まちがいなく、死体。



 じゃあ、なんで動いてる?



挿絵(By みてみん)



 まだ白煙をあげる銃口を、3人に向けるオスカー。そして、おそろしい早さで引き金を引きまくる。


 ガチ。

 ガチガチガチ!

 ガチガチガチ!


「ヒィっ!!」

「ぎゃあ!!」

 

 死!

 いや、弾丸は発射されない。残弾はもう無いようだ。

 

 オスカーに表情なんかない。銃を降ろし、ゾンビのようにふらふらと歩き出す。

 ふら、ふら。

 3人に近づいて……来ない。氷漬けのデスクの前でしゃがんだ。銃をふりあげると―――


 ガリ、バキっ、ガン!

 銃のグリップで、デスクを殴りはじめた。武器、弾薬の詰まったデスクだ。引き出しは、分厚い氷で覆われている。

 ガン、ガン、ガン!

 めちゃくちゃに殴りつけて氷を(くだ)く。


「おい、おいおいおい」

「う、うそ……」

 トラ、ハムハムの絶句。

 2人とも撃たれた足を押さえている。立ちあがれない。血―――


 氷を砕く音がひびく。

 ガシッ、ガシッ、バキッ。

 ゴッ。

 勢いあまって、銃がオスカーの手から飛んでいった。


 ガゴッ、ガン、ガンっ!

 お構いなし、素手で凍ったデスクを殴っている。そんなバカな。でも、たしかにオスカーが氷を掘っている。素手で。

 両手はもはや粉々(こなごな)に折れているのだろう。すべての指が、あらぬ方向に曲がっている。

 痛みを感じていないのだろうか。それこそ本当に死体ではないか。



 なら、なんで動ける?



「う、うそだ……」

「おい、おいおいおい。待ってくれよ……」

 

 信じられない光景。オスカーはたしかに死んでいる。腹を切り裂かれて、生きていられるはずがない。

 なのに、元気に(つくえ)を殴っている。


 ガシャン!

 引き出しを覆っていた氷を、すっかり取り払ってしまった。

 ザシュ。

 バタン。

 勢いよく引き出しを開き、また閉じるオスカー。

 ザシュ! 

 バタン。

 何度も、何往復も、引き出しを開け閉めする。知能なきゾンビのように。


 ゾンビ……そんなものがこの世にいるわけがない。

 じゃあ、あれはなに? 

 人形のようにロボットのように、CGのように。人間どころか生き物とも思えないオスカー。


 表情なんかない。

 本当に、死体が動いているようにしか見えない。



「な、な、な……」

「そ、そんな、まさか……」

 ドン引きのトラ、ハムハム。

「冗談だろ!? 死体の分際(ぶんざい)で動くなよ!?」

「わわわわわ……」



 ザシュ! 

 バタン。

 ザシュ!

 

 ズボッ。

 引き出しを無造作に引き抜いた。


 デスクの一番下の、大きな引き出し。よっこらしょ、という声が聞こえるかのような動きでそれを抱え、オスカーゾンビは歩き出した。

 ズル、ズル、ズル。

 足を引きずりながら、トラ、ハムハム、ルディに向かってくる。

 ズル。

 ズル、ズル。



「……ヘイ。ヘイ! おい……なんだよ、マジか? ウソだよな!?」

「あの、なに、あの……あの引きだし! 手榴弾……!」

 2人の顔は真っ青……

 オスカーが抱えて持ってくる鉄箱には、手榴弾がぎっしり詰まっているではないか。ぜんぶで何個あるのだろう。あれが全部破裂したら……



挿絵(By みてみん)



 ガゴッ!

 オスカーが引き出しから手を放した。


 いや抱えきれなくなったのか。鉄箱が床にガツンと落下し、なかの手榴弾が()ね上がる。



「ぎゃあ!」

「うわああ!」

 トラ、ハムハムの悲鳴……

「痛てて、足が!」

「ひい、足が! 足が!」

 絶叫。



 のろのろと身をかがめて、オスカーは手榴弾をひとつ拾いあげた。ピンに指をかけ、もたつきながら―――

 パチンッ!

 引き抜いた。


 死体のようなオスカー、だが死んではいない。まだ、かろうじて心臓が動いているだけだが。 

 もう意識があるかどうかも不明だが、信念が彼をつき動かす。

 純粋なる信念が。




 オスカー・エイプリルの経歴は錚々(そうそう)たるものだ。



 21歳にしてウィルバー士官学校を卒業後、国防省に配属。

 24歳、結婚。

 28歳、通訳官としてビッター高原への派兵任務に参加。このときゲリラ戦によって負傷。胃の半分と片方の腎臓、左肺の40%を失った。


 32歳、国からの退官勧告を拒否。27か月の復帰治療後、公安警察庁3課に所属。エルトリア号爆破事件の捜査を指揮。同年、長男誕生。


 35歳、警視総監賞および消防総監賞授与。同年、入国管理局執行部に移籍。

 41歳、密入国事件の強制捜査中、銃撃戦となり不法入国者17人を射殺。刑事責任を問われ、入国管理局を退任。


 48歳、内閣官房調査室2課に招聘(しょうへい)され、" 超常文化財収集プロジェクト " の指揮官に就任。このときはじめて「魔王」に謁見(えっけん)。正式に、内閣官房調査室2課は「魔王軍」の一員となった。






挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)






 そして現在。



 ヴェナンランド共和国サントラクタ市における " 超常文化財№7 " の回収任務中に、銃撃を受けた。常人であれば即死する負傷であったが、彼の体は28歳のときに受けた戦闘によって、内臓が欠損していた。

 弾は偶然にも(・・・・)欠損部位を貫通。さらにその傷も " 超常文化財№7 " の凍結能力によって偶然にも(・・・・)ふさがれ、失血死を(まぬが)れた。ほんの45分間だけ。



 オスカーは、まもなく殉職(じゅんしょく)する。だがそのことをオスカーは知らない。そもそも自分が死ぬなんて、これっぽっちも思ってない。



 僕は死なない(・・・・・・)

 なぜなら、今までなにが起ころうとも死ななかったから。



 オーパーツ回収作戦は、現在も継続中なり。

 多少(・・)、予定は狂ってしまったが、まだ失敗には終わっていない。


 「魔王さま」からは、作戦失敗の場合、オーパーツを逃がせ(・・・)と命じられている。

 呪われた全員を逃がせ(・・・)と。

 

 密閉空間において呪われた者が死ねば、鎧はそこに封印されてしまう。では密閉されていない場所で、呪われた者が死ねば?

 答えは、第12話「アンコール」および第83話「ミサイルマン」にて記述したとおり。


 呪いは自発的(・・・)に宿主を探しにいく。

 一番近くにいる人間を呪うために。


 そうなったら、被呪者探しは最初からやり直し。厄介(やっかい)なんてものじゃない。よってチームが敗北したときは「いさぎよく撤退せよ」と言われている。


 魔王は任務のたび、こういう女々(めめ)しい命令を(くだ)した。まったく、野心のかけらもない。


 だからオスカーは " オーパーツ " が大嫌いだった。特殊作戦に従事する以上、落命を覚悟するのは当たり前。

 

 だが、撤退を視野に(・・・・・・)入れて行動しろ(・・・・・・・)ってどういうことかね? 

 部下達の名誉はどこへ行く?


 そのうち、オーパーツのことを考えるだけでムカつくようになり、ときには無意識に発砲することもあった。

 それでも部下たちは、自分を信頼してついてきてくれた。

 たとえ魔王命令に(そむ)くことになろうが、部下たちを敗者にするなど出来ない。


 ここにいる被呪者全員を殺し、僕が全オーパーツに(・・・・・・・・・)呪われる(・・・・)

 そして帰還する。

 オーパーツ回収作戦は、事前の予定を変更しつつも、不備なく継続中なり―――


 鋼のような信念。

 その信念が、ほぼ死に体のオスカーを動かす。




「よ、よせ、マジでよせ!」

「うわあ! わあああ!」

 トラとハムハムに出来るのは、もう叫ぶことだけ……


 オスカーはぴくりとも動かない。その手にピンの抜けた手榴弾を持ったまま、レバーを握りしめて立っている。


 今のところ(・・・・・)は。



 あ、オスカーが……


 どしゃ。




 最悪の事態。

 オスカーが(ひざ)から崩れ落ちた。


 その拍子(ひょうし)に、足もとの引き出しを蹴とばしてしまう。手榴弾の詰まった引き出しを。


 ガシャア!!

 バラバラバラバラ……!

 横倒しになった鉄箱から手榴弾がブチまけられた。

 


「ぎゃあ―――!」

「ひゃあ―――!」

 トラ、ハムハムの人生最大の悲鳴。

 10メートルさきに、いや部屋中に転がる爆弾、爆弾、爆弾―――


「こっちに来た! こっちに来た!」

「ちょちょちょ! それどころじゃねえ、あいつの手に爆弾が……!」



 オスカーは死んだのだろうか。

 ぶちまけられた十数個の爆弾に囲まれ、いよいよ死体のように横たわる。


 動かない……ピンのはずれた手榴弾を握りしめたまま、オスカーは動かない。その手を開けば、レバーはバネによって開いてしまうだろう。

 ドカン!

 と爆発するだろう―――

 


「ハムハム! あいつの爆弾取りあげろ! レバー、レバー、レバーが外れる!」

「きゃあ、足をつかまないで! 足、足、足が外れる!」


 トラとハムハム、人生最後の漫才がはじまった。





イズクラジエイ様よりいただきました。




挿絵(By みてみん)




だいぶ前にもらったファンアートなんですが、ようやく掲載できました。


魔王です。


もうネタバレ同然なのですが、魔王はカブトです。

さて次はいつ登場するものか……


ご期待ください。


イズクラジエイさん、ありがとう!



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終身刑の魔女より

 ↑

いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



ぜひ、応援よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] えー、発砲したのはあの人ですか!? 冷凍マグロ化していたのに、さすがしぶとい。トラとハムハム、ご苦労様です。 魔王が出てきましたね。ん、被呪者は女性!?
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