第141話 「ベルセルク」
撃たれた。
トラとハムハムが撃たれた。
「あ、うぐっ……ウソだろ!? ウソだろ」
ドガッ!
ひざをつくトラ。太ももを撃ち抜かれ、苦痛に顔をゆがめる。
「うあっ! あ……!』
どすん。
トラの背からすべり落ちるハムハムの体。ごろりと仰向けに倒れた。そのふくらはぎからは血……
『おわ!』
咲き銛の悲鳴。びたんとルディの体も床に落ちる。
誰が撃った?
誰だと思う?
「おい、おいおいおい」
「う、うそ……」
トラ、ハムハムの絶句。
オスカーが、こちらに銃を向けている。
……オスカー?
オスカー!!?
腹にはガラス板が刺さったままだ。口から吐き出された血は凍結し、オスカーの顔に鱗のようにこびりついている。腹の血も、バキバキに凍結してシャツに貼りついているではないか。
まちがいなく、死体。
じゃあ、なんで動いてる?
まだ白煙をあげる銃口を、3人に向けるオスカー。そして、おそろしい早さで引き金を引きまくる。
ガチ。
ガチガチガチ!
ガチガチガチ!
「ヒィっ!!」
「ぎゃあ!!」
死!
いや、弾丸は発射されない。残弾はもう無いようだ。
オスカーに表情なんかない。銃を降ろし、ゾンビのようにふらふらと歩き出す。
ふら、ふら。
3人に近づいて……来ない。氷漬けのデスクの前でしゃがんだ。銃をふりあげると―――
ガリ、バキっ、ガン!
銃のグリップで、デスクを殴りはじめた。武器、弾薬の詰まったデスクだ。引き出しは、分厚い氷で覆われている。
ガン、ガン、ガン!
めちゃくちゃに殴りつけて氷を砕く。
「おい、おいおいおい」
「う、うそ……」
トラ、ハムハムの絶句。
2人とも撃たれた足を押さえている。立ちあがれない。血―――
氷を砕く音がひびく。
ガシッ、ガシッ、バキッ。
ゴッ。
勢いあまって、銃がオスカーの手から飛んでいった。
ガゴッ、ガン、ガンっ!
お構いなし、素手で凍ったデスクを殴っている。そんなバカな。でも、たしかにオスカーが氷を掘っている。素手で。
両手はもはや粉々に折れているのだろう。すべての指が、あらぬ方向に曲がっている。
痛みを感じていないのだろうか。それこそ本当に死体ではないか。
なら、なんで動ける?
「う、うそだ……」
「おい、おいおいおい。待ってくれよ……」
信じられない光景。オスカーはたしかに死んでいる。腹を切り裂かれて、生きていられるはずがない。
なのに、元気に机を殴っている。
ガシャン!
引き出しを覆っていた氷を、すっかり取り払ってしまった。
ザシュ。
バタン。
勢いよく引き出しを開き、また閉じるオスカー。
ザシュ!
バタン。
何度も、何往復も、引き出しを開け閉めする。知能なきゾンビのように。
ゾンビ……そんなものがこの世にいるわけがない。
じゃあ、あれはなに?
人形のようにロボットのように、CGのように。人間どころか生き物とも思えないオスカー。
表情なんかない。
本当に、死体が動いているようにしか見えない。
「な、な、な……」
「そ、そんな、まさか……」
ドン引きのトラ、ハムハム。
「冗談だろ!? 死体の分際で動くなよ!?」
「わわわわわ……」
ザシュ!
バタン。
ザシュ!
ズボッ。
引き出しを無造作に引き抜いた。
デスクの一番下の、大きな引き出し。よっこらしょ、という声が聞こえるかのような動きでそれを抱え、オスカーゾンビは歩き出した。
ズル、ズル、ズル。
足を引きずりながら、トラ、ハムハム、ルディに向かってくる。
ズル。
ズル、ズル。
「……ヘイ。ヘイ! おい……なんだよ、マジか? ウソだよな!?」
「あの、なに、あの……あの引きだし! 手榴弾……!」
2人の顔は真っ青……
オスカーが抱えて持ってくる鉄箱には、手榴弾がぎっしり詰まっているではないか。ぜんぶで何個あるのだろう。あれが全部破裂したら……
ガゴッ!
オスカーが引き出しから手を放した。
いや抱えきれなくなったのか。鉄箱が床にガツンと落下し、なかの手榴弾が跳ね上がる。
「ぎゃあ!」
「うわああ!」
トラ、ハムハムの悲鳴……
「痛てて、足が!」
「ひい、足が! 足が!」
絶叫。
のろのろと身をかがめて、オスカーは手榴弾をひとつ拾いあげた。ピンに指をかけ、もたつきながら―――
パチンッ!
引き抜いた。
死体のようなオスカー、だが死んではいない。まだ、かろうじて心臓が動いているだけだが。
もう意識があるかどうかも不明だが、信念が彼をつき動かす。
純粋なる信念が。
オスカー・エイプリルの経歴は錚々たるものだ。
21歳にしてウィルバー士官学校を卒業後、国防省に配属。
24歳、結婚。
28歳、通訳官としてビッター高原への派兵任務に参加。このときゲリラ戦によって負傷。胃の半分と片方の腎臓、左肺の40%を失った。
32歳、国からの退官勧告を拒否。27か月の復帰治療後、公安警察庁3課に所属。エルトリア号爆破事件の捜査を指揮。同年、長男誕生。
35歳、警視総監賞および消防総監賞授与。同年、入国管理局執行部に移籍。
41歳、密入国事件の強制捜査中、銃撃戦となり不法入国者17人を射殺。刑事責任を問われ、入国管理局を退任。
48歳、内閣官房調査室2課に招聘され、" 超常文化財収集プロジェクト " の指揮官に就任。このときはじめて「魔王」に謁見。正式に、内閣官房調査室2課は「魔王軍」の一員となった。
そして現在。
ヴェナンランド共和国サントラクタ市における " 超常文化財№7 " の回収任務中に、銃撃を受けた。常人であれば即死する負傷であったが、彼の体は28歳のときに受けた戦闘によって、内臓が欠損していた。
弾は偶然にも欠損部位を貫通。さらにその傷も " 超常文化財№7 " の凍結能力によって偶然にもふさがれ、失血死を免れた。ほんの45分間だけ。
オスカーは、まもなく殉職する。だがそのことをオスカーは知らない。そもそも自分が死ぬなんて、これっぽっちも思ってない。
僕は死なない。
なぜなら、今までなにが起ころうとも死ななかったから。
オーパーツ回収作戦は、現在も継続中なり。
多少、予定は狂ってしまったが、まだ失敗には終わっていない。
「魔王さま」からは、作戦失敗の場合、オーパーツを逃がせと命じられている。
呪われた全員を逃がせと。
密閉空間において呪われた者が死ねば、鎧はそこに封印されてしまう。では密閉されていない場所で、呪われた者が死ねば?
答えは、第12話「アンコール」および第83話「ミサイルマン」にて記述したとおり。
呪いは自発的に宿主を探しにいく。
一番近くにいる人間を呪うために。
そうなったら、被呪者探しは最初からやり直し。厄介なんてものじゃない。よってチームが敗北したときは「いさぎよく撤退せよ」と言われている。
魔王は任務のたび、こういう女々しい命令を下した。まったく、野心のかけらもない。
だからオスカーは " オーパーツ " が大嫌いだった。特殊作戦に従事する以上、落命を覚悟するのは当たり前。
だが、撤退を視野に入れて行動しろってどういうことかね?
部下達の名誉はどこへ行く?
そのうち、オーパーツのことを考えるだけでムカつくようになり、ときには無意識に発砲することもあった。
それでも部下たちは、自分を信頼してついてきてくれた。
たとえ魔王命令に背くことになろうが、部下たちを敗者にするなど出来ない。
ここにいる被呪者全員を殺し、僕が全オーパーツに呪われる。
そして帰還する。
オーパーツ回収作戦は、事前の予定を変更しつつも、不備なく継続中なり―――
鋼のような信念。
その信念が、ほぼ死に体のオスカーを動かす。
「よ、よせ、マジでよせ!」
「うわあ! わあああ!」
トラとハムハムに出来るのは、もう叫ぶことだけ……
オスカーはぴくりとも動かない。その手にピンの抜けた手榴弾を持ったまま、レバーを握りしめて立っている。
今のところは。
あ、オスカーが……
どしゃ。
最悪の事態。
オスカーが膝から崩れ落ちた。
その拍子に、足もとの引き出しを蹴とばしてしまう。手榴弾の詰まった引き出しを。
ガシャア!!
バラバラバラバラ……!
横倒しになった鉄箱から手榴弾がブチまけられた。
「ぎゃあ―――!」
「ひゃあ―――!」
トラ、ハムハムの人生最大の悲鳴。
10メートルさきに、いや部屋中に転がる爆弾、爆弾、爆弾―――
「こっちに来た! こっちに来た!」
「ちょちょちょ! それどころじゃねえ、あいつの手に爆弾が……!」
オスカーは死んだのだろうか。
ぶちまけられた十数個の爆弾に囲まれ、いよいよ死体のように横たわる。
動かない……ピンのはずれた手榴弾を握りしめたまま、オスカーは動かない。その手を開けば、レバーはバネによって開いてしまうだろう。
ドカン!
と爆発するだろう―――
「ハムハム! あいつの爆弾取りあげろ! レバー、レバー、レバーが外れる!」
「きゃあ、足をつかまないで! 足、足、足が外れる!」
トラとハムハム、人生最後の漫才がはじまった。




