第130話 「キューティー エアボーントルーパーズ」
「マジに予定と全然ちげーよ! なんだって敵陣に飛びこんじゃったわけ!?」
「うるさいうるさい! 私だって好きでやったんじゃないわよ!」
元気にケンカをする2人。
トラの恰好はひどい。
全身ずたぼろ、そのうえ血まみれだ。シャツはもう真っ赤、むせ返るような血のにおいを放つ。
「グエッホ! くそ……他人の血ってのはなんでこうも臭うんだ。ウェッ……」
「ゲホ、ゲホッ。近寄らないでよ、吐きそう……!」
ステフの恰好もひどい。
髪はぐしゃぐしゃ、鼻から口から血だらけだ。修道服のスカートが破け、フトモモ丸出しである。
「おいおいおい……ここまで派手になるなんて思わなかったぜ」
トラがあたりを見回す。
ここはビルのロビーだろうか?
恐ろしいほど高い吹き抜けの天井……大理石調の落ちついたフロア、だったのだろう。いまは見る影もないが。
一面に散乱する、ガラス、建材、金属片、その他もろもろ。非常ベルが鳴っていないのが不思議なくらいだ。
ホントはこんなはずじゃなかった。
平和維持軍をビルまで誘導し、彼らを星湾センタービルに乗りこませるはずだった。オスカーらは国家機関の所属。国際問題に発展しかねない事態に持ちこめば、交渉に持ちこめると踏んだ。
事態の一切を隠したまま、軍隊を介入させるにはこれしかなかった。爆弾を持っていると言えば、さすがに撃ってこないはず。
甘かった。
だが作戦は成功だ。まもなく軍が大挙してやってくるだろう。その前に逃げるはずだったのだが……
「おい何してんだよ! さっさと逃げようや!!」
叫ぶトラ。
「うるっさいわね! アンタも手伝いなさいよ!」
叫ぶステフ。
彼女はいま、横転した軍用ジープの周辺を這いずり回っていた。言うまでもなく、彼女がトレーラーで追突した軍用車だ。
あちこち凹んで傷だらけになっているが、車体そのものは歪んでいないらしい。猛スピードで壁にたたきつけられたはずなのに、さすがに頑丈に出来ている。とはいえ、横倒しになってしまっては使い物にならない。
で、ステフ。
「ない、ない……なんか無いの!? なんで無いのよ!」
美しかった彼女が、いまやボロボロの姿で床を這いずっている。泣き出しそうな表情で、虫のように。
「ない、ない、ない……」
転がったジープの座席、リアケース、運転席の下まで覗きこみ、なにか知らないが探している。
あきれ顔のトラ。
「あのな……なにしてるわけ!? 冗談じゃねえぞ、はやく逃げようってんだ! 閉じこめられたのわかってんのか!」
「わかってるわよ! だからこうして爆弾系の武器を探してるんじゃないの! なんかシャッターをブッ飛ばせるような武器かなにか……なんで機関銃しかないのよ、このポンコツ!」
バン!
ジープを叩く!
すると―――ドガッ、ごろん!!
微妙なバランスで横倒しの状態を保っていたジープが、ぐらり……傾いた。
「ぎゃあ―――!!」
ゴキブリのごとき態勢で逃げるステフ。だが不幸中の幸い、ジープはステフと反対側に倒れ、あるべき姿にもどった。
すなわちタイヤがすべて地面についた、車として正しい状態に……
ドシン!
ごろん。
だめだ。
勢いあまってもう半回転。こんどは逆向きに横転した。サイコロみたいなジープだ。
「どこまで役に立たないのよ、このボロ車!!」
とうとうステフは泣いてしまった。
「なに遊んでんだよ! 泣くな。こんなシャッター、俺がぶっ壊してやる!」
ズシズシとシャッターに向かって走るトラ。
「とおおおお!」
助走をつけて―――ドガシャアアア!!
ガシィイン!
飛び蹴り。
そのまま鉄格子に長靴で貼りついた。
メキメキメキ。
超重量によって、シャッターはメキメキと音を立てて曲がる。内側へ、ゆっくりとひしゃげ……
バシャアアアアアアン!!
バシャンバシャン、バシャン!
倒れた。
そしてトラは、広さ4畳ほどもある金網の下敷きになった。ガシャンガシャン。
「ガッシャガッシャ! 痛てえ! くそッ、どうだ開いたぞステフ! このっ……助けて!」
まるでハエ叩きにつぶされた虫。巨大な網の下で暴れるたび、シャッターはガシャガシャと音をたてた。
その様子を、ぽかんと眺めるステフ。
ジープから離れ、のろのろとトラに歩みよる。
「トラブリック。あんた……いま、水平に立ってなかった?」
「どうでもいいだろ、今そんなこと! このシャッターをどけて……ああ、もういい! うるあ! てやっ!!」
ガッシャ、ガッシャ!
ガシャーン!
自力でシャッターを払いのけた。
「痛てて! てめえ、少しは俺の役に立てよ! なんだってそう俺を困らせんだよ!」
どなり続けるトラ。
だがステフは……じっと彼の長靴を見つめていた。
「もしかしてその長靴……壁とかにくっつくわけ?」
「そうだよ、言わなかったっけか! はいはい、隠しててスイマセンでしたー。馬鹿アマ、それどころじゃねーだろ!」
いまにも掴みかからんばかりのトラ。
ステフは聞いているのかいないのか、真剣な目で見つめ返す。
「もしかして、あのジープ……転がってるの……もとの状態に出来る? もとの状態っていうか、ちゃんとした状態……正常位にもどせる?」
車のタイヤが、4つすべて地面についた状態。これを正常位と表現したのは、世界でステフだけだろう。
またトラの怒号。
「ハァ? なに言ってんだよ!? シャッターは空いたんだから、ここから逃げりゃいいだろうが!」
「……」
答えない。
ふたたび流れ出た鼻血をぬぐいながら、ステフは装甲車をじっと見つめている。
「おい、もしかしてあの車で逃げようってのか? 冗談だろ、目立ちすぎるって!」
「……」
答えない。
「軍用車だぞ!? 確実にGPSで捕捉されちまうって!」
「わかってる……ちがうわよ、ちがう。逃げるんじゃなくて」
首をふるステフ。
「もしかして私たち、神父さまを助けられるかも」
「ああもう! いいかげんにしねえと俺だけ逃げちまうぞ! いまなんて言った!?」
いまステフは、なんと言った?
「おい、今なんつった? どうやって……どうやって?」
時が止まるような感覚。
見つめ合うボロボロの男女。
「わかんない? アンタの靴があれば、神父さまもハムハムも助けられるかもしれないわ」
「ひとり忘れてんぞ」
血のにおい。
「……」
「……」
血が。
「……どうせ、ロクでもないアイディアだって思ってるんでしょ」
「ああ。でも一応聞いてやるよ。ほんとに、ほんとに聞いてやるだけだ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
5分後―――場所は変わっていない。
「おい、こっちだ! うわっ……なんだよこりゃ!」
「信じられねえ。単なる事故だって言ってくれよ」
1階にやって来たオスカーの部下3名。イーグル、デリック、ウェブナーだ。めちゃくちゃになったフロアを見るや、騒ぎたてる。
デリックがトレーラーに近づき、運転席をのぞきこんだ。
「最悪だ、こいつは事故なんかじゃないな。ドライバーがいないぞ」
ほかの2人は車体を調べている。
「まだわからんぞ、このコンテナの下敷きかもしれねえ。なかは……ウゲッ! なんだよこりゃあ!!」
「ウソだろ、なんてこった!」
大穴から内部をのぞいた2人が絶叫する。なかは……血の海だ。
「おいおいおい、どういうこった!? 誰なんだよ、この死体は! 上半分が挽き肉だぞ!」
「どうなってんだこりゃ……おいちょっと待て。この……なんだよ、この内装」
「……なんか教会っぽくないか?」
ものすごい異臭、血のにおい……おそるべき嫌な予感。誰ともなしに、最悪の想像が言葉になる。
「このトレーラー、あれじゃないか? モーリスとクイックが迎えに行ったやつじゃないのか?」
と、デリックが叫んだ。
「おい、こっちに来てくれ! シャッターが外れてやがるぞ!」
「な、なに!? どこだ!」
「おいおい、なんだよこりゃ!」
鉄格子の前に集合した3人が、顔を見合わせる。一部分だけ、ごっそりと鉄格子が壊されているではないか。
「……どっちだと思う? 誰かが侵入しやがったのか? それとも出て行きやがったのか?」
「決まってんだろうが。ここには誰もいないんだぜ」
「……やべえぞこりゃ、主任に連絡しろ。おい、やべえぞこりゃ」
やばいやばいとくり返す3人。
と―――……
ギャギャギャ!!
ドドドドドドドド……キキィ。
外から、轟音。
数台の車が急停止した音だ。
「な!?」
「なんだ? 今度はなんだよ!?」
ビルのおもてに、軍用車が5台到着した。ばたばたと車から降りてきた軍人たちは、いずれも自動小銃を抱えている。
指揮官と思しき、眼鏡をかけた軍人を先頭に、シャッターのはずれた入口の前に立つ。その後ろに並ぶ、総勢31名の軍人―――軍人らはビルのなかに入ってこようとはしない。
指揮官がビルのなかを睨んだ。彼の目に映るものは、ビジネスマン風の3人と、横転したトレーラー。
「失礼……我々は国連平和維持軍のものです。所属はカルガニア共和国陸軍、第4空挺旅団。あなたがたは、このビルの関係者の方々ですかな?」
指揮官は、きわめて紳士的に語る。
一方―――
" カルガニア第4空挺 " 。
部隊名を聞いた瞬間、氷のように固まるオスカーの部下たち。
指揮官が続ける。
「その……奥のほうに転がっている巨大なスクラップですが、テロ活動の嫌疑があります。入ってもよろしいかな?」
「そ、それはちょっと」
「……だ、ダメです」
「……いいえ。ちょっとその……上司に聞かないと」
顔面蒼白のイーグル、ウェブナー、デリック。
対する指揮官は、とても穏やかな表情である。うしろに整列する軍人たちは、戦闘狂のような目で睨んでいるが。
指揮官は穏やかだ。声以外は。最後通牒とでも言わんばかりに、恐ろしい声で伝える。
「では責任者のかたにお会いしたい。それから……あなたがたはここで、なにをなさっているんです?」
「いえ、とくになにも……」
「……それも、その……上司の許可がないと回答が」
「れ、連絡をとってもいいですか? その……上司に」
「よろしい、ではもうひとつ。我々の隊の車両が1台、あのトレーラーに巻きこまれて行方不明になっております。見たところ、ここにはないようですが……ご存じありませんか?」
「は!?」
「……いいえ。もう1台って?」
「……も、もう1台? どこに!?」
フロアを振りかえるイーグル。そこに車両は……スクラップのトレーラーしかない。もう1台など無い!
「もう1台?? どこに……」
「な、なにかの間違いでは? その……もう1台!?」
さて、いよいよ収拾がつかなくなってきた。
トラ、ステフの思惑どおり、平和維持軍を介入させることは出来るのだろうか? 出来るのだろうかって、これ以上ないくらい介入されてしまいましたけどね。
緊迫の1階フロアには、トラとステフの姿はない。ジープもない。
どこへ……?




