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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第15章「息つく暇もないサスペンスを焼き捨てるわずか45分間へ」
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第130話 「キューティー エアボーントルーパーズ」



「マジに予定と全然ちげーよ! なんだって敵陣に飛びこんじゃったわけ!?」

「うるさいうるさい! 私だって好きでやったんじゃないわよ!」

  

 元気にケンカをする2人。


 トラの恰好はひどい。

 全身ずたぼろ、そのうえ血まみれだ。シャツはもう真っ赤、むせ返るような血のにおいを放つ。



挿絵(By みてみん)



「グエッホ! くそ……他人の血ってのはなんでこうも(にお)うんだ。ウェッ……」

「ゲホ、ゲホッ。近寄らないでよ、吐きそう……!」


 ステフの恰好もひどい。

 髪はぐしゃぐしゃ、鼻から口から血だらけだ。修道服のスカートが破け、フトモモ丸出しである。


「おいおいおい……ここまで派手になるなんて思わなかったぜ」 

 トラがあたりを見回す。


 ここはビルのロビーだろうか? 

 恐ろしいほど高い吹き抜けの天井……大理石調の落ちついたフロア、だったのだろう。いまは見る影もないが。


 一面に散乱する、ガラス、建材、金属片、その他もろもろ。非常ベルが鳴っていないのが不思議なくらいだ。



 ホントはこんなはずじゃなかった。


 平和維持軍をビルまで誘導し、彼らを星湾センタービルに乗りこませるはずだった。オスカーらは国家機関の所属。国際問題に発展しかねない事態に持ちこめば、交渉に持ちこめると踏んだ。

 事態の一切を隠したまま、軍隊を介入させるにはこれしかなかった。爆弾を持っていると言えば、さすがに撃ってこないはず。


 甘かった。

 だが作戦は成功だ。まもなく軍が大挙(たいきょ)してやってくるだろう。その前に逃げるはずだったのだが……

 

「おい何してんだよ! さっさと逃げようや!!」

 叫ぶトラ。


「うるっさいわね! アンタも手伝いなさいよ!」

 叫ぶステフ。

 彼女はいま、横転した軍用ジープの周辺を()いずり回っていた。言うまでもなく、彼女がトレーラーで追突した軍用車だ。

 

 あちこち凹んで傷だらけになっているが、車体そのものは(ゆが)んでいないらしい。猛スピードで壁にたたきつけられたはずなのに、さすがに頑丈(がんじょう)に出来ている。とはいえ、横倒しになってしまっては使い物にならない。

 

 で、ステフ。


「ない、ない……なんか無いの!? なんで無いのよ!」

 美しかった彼女が、いまやボロボロの姿で床を這いずっている。泣き出しそうな表情で、虫のように。

「ない、ない、ない……」

 転がったジープの座席、リアケース、運転席の下まで(のぞ)きこみ、なにか知らないが探している。


 あきれ顔のトラ。

「あのな……なにしてるわけ!? 冗談じゃねえぞ、はやく逃げようってんだ! 閉じこめられたのわかってんのか!」


「わかってるわよ! だからこうして爆弾系の武器を探してるんじゃないの! なんかシャッターをブッ飛ばせるような武器かなにか……なんで機関銃しかないのよ、このポンコツ!」

 

 バン!

 ジープを叩く!


 すると―――ドガッ、ごろん!!

 

 微妙なバランスで横倒しの状態を保っていたジープが、ぐらり……(かたむ)いた。 

「ぎゃあ―――!!」

 ゴキブリのごとき態勢で逃げるステフ。だが不幸中の幸い、ジープはステフと反対側に倒れ、あるべき姿にもどった。

 すなわちタイヤがすべて地面についた、車として正しい状態に……


 ドシン!

 ごろん。


 だめだ。

 勢いあまってもう半回転。こんどは逆向きに横転した。サイコロみたいなジープだ。 


「どこまで役に立たないのよ、このボロ車!!」 

 とうとうステフは泣いてしまった。


「なに遊んでんだよ! 泣くな。こんなシャッター、俺がぶっ壊してやる!」

 ズシズシとシャッターに向かって走るトラ。

「とおおおお!」

 助走をつけて―――ドガシャアアア!! 


 ガシィイン!


 飛び蹴り。

 そのまま鉄格子に長靴で貼りついた。


 メキメキメキ。

 超重量によって、シャッターはメキメキと音を立てて曲がる。内側へ、ゆっくりとひしゃげ(・・・・)……


  バシャアアアアアアン!! 

   バシャンバシャン、バシャン!


 倒れた。

 そしてトラは、広さ4畳ほどもある金網(かなあみ)の下敷きになった。ガシャンガシャン。



挿絵(By みてみん)



「ガッシャガッシャ! 痛てえ! くそッ、どうだ開いたぞステフ! このっ……助けて!」

 まるでハエ叩きにつぶされた虫。巨大な(あみ)の下で暴れるたび、シャッターはガシャガシャと音をたてた。

  

 その様子を、ぽかんと眺めるステフ。

 ジープから離れ、のろのろとトラに歩みよる。


「トラブリック。あんた……いま、水平に立ってなかった?」

 

「どうでもいいだろ、今そんなこと! このシャッターをどけて……ああ、もういい! うるあ! てやっ!!」

 ガッシャ、ガッシャ!

 ガシャーン!

 自力でシャッターを(はら)いのけた。

「痛てて! てめえ、少しは俺の役に立てよ! なんだってそう俺を困らせんだよ!」

 

 どなり続けるトラ。

 だがステフは……じっと彼の長靴を見つめていた。


「もしかしてその長靴……壁とかにくっつく(・・・・)わけ?」 


「そうだよ、言わなかったっけか! はいはい、隠しててスイマセンでしたー。馬鹿アマ、それどころじゃねーだろ!」

 いまにも(つか)みかからんばかりのトラ。


 ステフは聞いているのかいないのか、真剣な目で見つめ返す。

「もしかして、あのジープ……転がってるの……もとの状態に出来る? もとの状態っていうか、ちゃんとした状態……正常位(・・・)にもどせる?」


 車のタイヤが、4つすべて地面についた状態。これを正常位と表現したのは、世界でステフだけだろう。

 またトラの怒号。


「ハァ? なに言ってんだよ!? シャッターは空いたんだから、ここから逃げりゃいいだろうが!」


「……」

 答えない。

 ふたたび流れ出た鼻血をぬぐいながら、ステフは装甲車をじっと見つめている。


「おい、もしかしてあの車で逃げようってのか? 冗談だろ、目立ちすぎるって!」

 

「……」

 答えない。



「軍用車だぞ!? 確実にGPSで捕捉されちまうって!」


「わかってる……ちがうわよ、ちがう。逃げるんじゃなくて」

 首をふるステフ。

「もしかして私たち、神父さまを助けられるかも」



「ああもう! いいかげんにしねえと俺だけ逃げちまうぞ! いまなんて言った!?」

 


 いまステフは、なんと言った?

 

「おい、今なんつった? どうやって……どうやって?」

 

 時が止まるような感覚。

 見つめ合うボロボロの男女。

 

「わかんない? アンタの靴があれば、神父さまもハムハムも助けられるかもしれないわ」

「ひとり忘れてんぞ」


 血のにおい。


「……」

「……」


 血が。

 

「……どうせ、ロクでもないアイディアだって思ってるんでしょ」

「ああ。でも一応聞いてやるよ。ほんとに、ほんとに聞いてやるだけだ」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 5分後―――場所は変わっていない。


「おい、こっちだ! うわっ……なんだよこりゃ!」

「信じられねえ。単なる事故だって言ってくれよ」


 1階にやって来たオスカーの部下3名。イーグル、デリック、ウェブナーだ。めちゃくちゃになったフロアを見るや、騒ぎたてる。

 デリックがトレーラーに近づき、運転席をのぞきこんだ。

「最悪だ、こいつは事故なんかじゃないな。ドライバーがいないぞ」

 

 ほかの2人は車体を調べている。

「まだわからんぞ、このコンテナの下敷きかもしれねえ。なかは……ウゲッ! なんだよこりゃあ!!」

「ウソだろ、なんてこった!」


 大穴から内部をのぞいた2人が絶叫する。なかは……血の海だ。


「おいおいおい、どういうこった!? 誰なんだよ、この死体は! 上半分が()き肉だぞ!」

「どうなってんだこりゃ……おいちょっと待て。この……なんだよ、この内装」

「……なんか教会っぽくないか?」


 ものすごい異臭、血のにおい……おそるべき嫌な予感。誰ともなしに、最悪の想像が言葉になる。

「このトレーラー、あれじゃないか? モーリスとクイックが迎えに行ったやつじゃないのか?」


 と、デリックが叫んだ。

「おい、こっちに来てくれ! シャッターが外れてやがるぞ!」


「な、なに!? どこだ!」

「おいおい、なんだよこりゃ!」


 鉄格子の前に集合した3人が、顔を見合わせる。一部分だけ、ごっそりと鉄格子が壊されているではないか。

「……どっちだと思う? 誰かが侵入しやがったのか? それとも出て行きやがったのか?」

「決まってんだろうが。ここには誰もいないんだぜ」

「……やべえぞこりゃ、主任に連絡しろ。おい、やべえぞこりゃ」



 やばいやばいとくり返す3人。



 と―――……



   ギャギャギャ!!

   ドドドドドドドド……キキィ。

 

 外から、轟音。

 数台の車が急停止した音だ。


「な!?」

「なんだ? 今度はなんだよ!?」



 ビルのおもてに、軍用車が5台到着した。ばたばたと車から降りてきた軍人たちは、いずれも自動小銃を抱えている。

 指揮官と(おぼ)しき、眼鏡をかけた軍人を先頭に、シャッターのはずれた入口の前に立つ。その後ろに並ぶ、総勢31名の軍人―――軍人らはビルのなかに入ってこようとはしない。

 

 指揮官がビルのなかを(にら)んだ。彼の目に映るものは、ビジネスマン風の3人と、横転したトレーラー。

 

「失礼……我々は国連平和維持軍(PKF)のものです。所属はカルガニア共和国陸軍、第4空挺旅団。あなたがたは、このビルの関係者の方々ですかな?」

 指揮官は、きわめて紳士的に語る。

 

 一方―――


  " カルガニア第4空挺 " 。

 部隊名を聞いた瞬間、氷のように固まるオスカーの部下たち。


 指揮官が続ける。


「その……奥のほうに転がっている巨大なスクラップ(・・・・・・・・)ですが、テロ活動の嫌疑があります。入ってもよろしいかな?」



「そ、それはちょっと」

「……だ、ダメです」

「……いいえ。ちょっとその……上司に聞かないと」

 顔面蒼白のイーグル、ウェブナー、デリック。


 対する指揮官は、とても穏やかな表情である。うしろに整列する軍人たちは、戦闘狂のような目で睨んでいるが。

 指揮官は穏やかだ。声以外は。最後通牒(さいごつうちょう)とでも言わんばかりに、恐ろしい声で伝える。

「では責任者のかたにお会いしたい。それから……あなたがたはここで、なにをなさっているんです?」


「いえ、とくになにも……」

「……それも、その……上司の許可がないと回答が」

「れ、連絡をとってもいいですか? その……上司に」


「よろしい、ではもうひとつ。我々の隊の車両が1台、あのトレーラーに巻きこまれて行方不明になっております。見たところ、ここには(・・・・)ないようですが(・・・・・・・)……ご存じありませんか?」


「は!?」

「……いいえ。もう1台って?」

「……も、もう1台? どこに!?」


 フロアを振りかえるイーグル。そこに車両は……スクラップのトレーラーしかない。もう1台など無い!

「もう1台?? どこに……」

「な、なにかの間違いでは? その……もう1台!?」



挿絵(By みてみん)



 さて、いよいよ収拾がつかなくなってきた。

  

 トラ、ステフの思惑(おもわく)どおり、平和維持軍を介入させることは出来るのだろうか? 出来るのだろうかって、これ以上ないくらい介入されてしまいましたけどね。


 緊迫の1階フロアには、トラとステフの姿はない。ジープもない。


 どこへ……?



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終身刑の魔女より

 ↑

いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



ぜひ、応援よろしくお願いします。
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