第124話 「ストロング」
「バーベキューファイアを殺すんですよ。そうすれば " 焼き籠手 " の呪いは解けます」
なんかものすごいことを言いだした男。
以下、彼をイーグルと記載する。
黒い短髪に、185センチはあろうかという長身……それにムッキムキ。その体をズイと押し出し、オスカーに訴える。
「主任、あの女は3年前の警視庁本庁全焼事件の犯人ですよ。俺やデリック、ウェブナー、それにモーリスにとっちゃ、あの女は因縁の相手ですよ。なあ、お前ら」
うしろの2人……デリックとウェブナーもうなずく。
「主任、イーグルの言う通りです。なんとかなりませんか?」
「俺達みたいに警察から出向してきた人間は、広域手配犯は全員、その場でぶっ殺せと教えられてきたんです」
とんでもないことを言う連中だ。
だが、オスカーは3人の顔を順にながめ、首を振る。
「気持ちはすごくわかるよ、しかしだねえ……」
今度は、ガラスの檻の中へ目をやる。
声は聞こえないが、フォックスは受話器をもって怒鳴り散らしている。こちらに向けて叫んでいるところを見ると、もっぺん電話に出ろ! と喚いているにちがいない。
オスカーがほほえみながら3人をなだめ始めた。
「見なよ、あの姿を。犯罪者どころか、捕らわれのお姫さまじゃないか。非武装の女の子を殺すなんて、さすがに公務員の僕たちがやっていいことじゃないよ」
3人もガラスの檻に目を向けた。中では、信じがたい光景がくり広げられているではないか。
ハムハムは諦めずに、フォックスになにやら訴えている。だがフォックスは、一喝するなり彼を抱きしめた。
いやちがう、ヘッドロックだ。
フォックスの胸に顔を埋め、苦しそうに暴れるハムハム。かわいそうに、顔が真っ赤だ。
「……」
「……」
「……」
絶句する3人。
続けるオスカー。
「ほらね。ハムハム君とも上手くやってるみたいだし、力押しの方法は最後の手段に取っておこうよ」
「……」
「……」
「……」
冗談はやめてくれ。
檻の中では2人が激しく格闘していた。ヘッドロックから必死に逃れようとするハムハムが、手当たり次第に腕を伸ばす。
ふにふに。
フォックスの胸を掴んだ。
もみもみもみもみ。
瞬間!
修道服のスカートをまくり上げて、フォックスの大外刈りがハムハムを襲う! 宙を舞い、床に叩きつけられるハムハム!
だがまともには食らわない。ハムハムが受身を取った。ついでに頭も打つ。
まるでカンフー映画……
拍手するオスカー。
「お見事! 迫力があるねえ、下手なプロレスより見ごたえがあるよ。なあ、みんな」
「……」
「……」
「……」
答えない。
「さあ、今のうちになにか食っておこうよ。今夜は長丁場になるぞ。ははは」
イーグルの肩を叩き、3人を夜食に促すオスカー。とてもいい上司だ。
「はあ……」
「主任がそうおっしゃるなら」
大暴れしているフォックスとハムハムを、苦々しい顔で睨む3人。納得いかない様子―――
―――イーグルの、意を決した顔。
「俺が " 焼き籠手 " に呪われます」
「……なんだって?」
オスカーの表情が変わった。
もう笑っていない……イーグルの肩に置いた手をおろす。
「正気かい? 冗談じゃすまないよ」
「おい、イーグル!」
「なにを……」
デリックとウェブナーも言葉を失う。
にらみあう、オスカー主任とイーグル。
「バーベキューファイアを殺させてください。解放された " 焼き籠手 " には俺が呪われます。ですから主任……!」
沈黙。
5秒、7秒―――オスカーの答えは……
「考えておくよ……おいおい! そんなに深刻になるなよ。ははは、さ、なにか食おう。いつものレトルトだけどな!」
ふたたびイーグルの肩を叩き、ほほえみながら背を向けた。そしてオフィスの真ん中に置かれたソファに向かい、大きな声を出す。
「穢卑面さん! なにか召し上がりませんか? ルディ神父もお腹空かれてるでしょ」
いまだソファに腰かけて、微動だにしないルディ。仮面だけが静かに答える。こちらを見もせずに。
『酒はあるか』
恐ろしく、低い声。
『トラが来るまで退屈でたまらん。我には味覚はないが、ルディに捧げてやってくれ。ケケケ』
『ケケケ。聞き耳を立てていたわけではないが、話は聞こえたぞ。フォックスを殺すとかいうプランについて言っておくぞ。反対だ』
『頭の固いやつらめ。殺さずに、焼き籠手だけを入手する方法もある』
『右腕を切り落とせ。ケケケケ!』
※ ※
さて……檻の中では大騒ぎになっていた。
投げ技を食らい、床に転がって頭を押さえるモミモミ。フォックスの胸をハムハムしたのがまずかった。
……逆だっけ?
フォックスの胸をモミモミしたのがまずかった。
「なにしやがんだ、このクソガキ! 今度やったら殺すぞ!」
すでに死にそうなハムハムに、ひどいことを言う。そもそもフォックスがヘッドロックなんかしたのが原因なのに、勝手な女だ。
「わ、わざとじゃ……お、お姉さんがヘッドロックなんかするから」
半泣きのハムハムが、転がったまま訴える。
フォックスの興奮はおさまらない。
「ケッ! オスカーのやつ、どっか行きやがったな!」
檻の外……ガラスの向こうに、オスカーの姿はない。数人の男が作業をしているのは見えるが、もう誰もこっちを見ていない。
部屋の中央、テーブルを囲むソファにはルディが見える。腰かけたままピクリとも動かない。
舌打ちするフォックス。
「チッ……! 無様なもんだぜ」
珍しく、他人のことで気持ちが沈む。
ルディが穢卑面に支配されたことは聞いた。なんていうか……2つの気持ちが交錯している。
①ぎゃはは、なっさけねー!
②おいおい、ざまーみろっての!
ちがった。
①ぎゃはは、なっさけねー!
②いくらなんでも気の毒に。
「気の毒だね、あの牧師さま」
泣きそうな声でハムハムがつぶやく。
カチンとくるフォックス―――
「ハン、なにもかも間違ってるぜ。あいつは神父だ、牧師じゃねえ。それに気の毒な結果になるかは、まだわかんねえさ」
「でも、でも……かわいそうだよ。なんとか助けてあげなくちゃ。お姉さんだって、あいつらはキライでしょ?」
やっと立ち上がったハムハムの、何度目かの訴え。
「何回言うんだお前は! 九官鳥じゃねえんだからよ。あいつらがどんな悪党だか知ったこっちゃねえし、アタシは連中のヘッドハンティグを断る理由がねえ」
「でも……!」
「でももマルチバーストもあるか。アタシはあいつらの話に乗るの!」
悪態―――そしてため息。
「あのな……アタシはこう見えて指名手配の身なんだよ。お先は真っ暗だ」
「えっ、シスターなのに!?」
「ちがう! この姿は世を忍ぶ……いや、まあどうでもいい。とにかくアタシはオッズの高いほうにつくだけさ。頼むから邪魔だけはしないでくれ」
言い放ち、壁に背をもたれて座りこんだ。
床に置いてある雑誌を拾い、適当にページをめくる……が、すぐに放り投げてしまった。
「ケッ、この国の字はなんで公用語じゃねえんだ。読めやしねえ、もうサントラクタはたくさんだぜ」
サントラクタはたくさん。
その言葉を聞いて、ハムハムの顔は悲しみに暮れる。しかし諦めない。
「でも、お姉さん」
「なんだよ、まだなにかあんのか?」
うんざりと髪をかきあげるフォックスが、じろりと見上げた。
今度はなにを言いだしやがるか―――
「お姉さん、たぶん殺されるよ」
真剣な目で、泣き出しそうな目で訴えるハムハム。ぎゅっと拳を握る。
「あいつらはただの誘拐集団じゃない! どんな裏技でも使える連中なんだ。本当に命を取られかねないよ!」
身ぶり手ぶり、必死に説得する。
「……あのな」
フォックスの口元がゆがむ。やれやれと言わんばかりに。
「知っとるわ、そんなもん」
「え?」
「わかってるっつーの、そんなの」
キョトンとするハムハム。
ため息をつくフォックス。
「いいか? お前みたく、自分の国に閉じこもってたら想像もつかねえだろうけどな。こんな籠手でも利用しようと寄ってたかってくる連中は、山ほどいるんだよ」
ガシャン。
籠手を持ち上げるフォックスの、心底うんざりといった顔。
「いいこと教えてやるよ。甘い言葉でダマそうとしてくる悪党にいちばん効果的なのは " ダマされたふりをする " ことさ。今はとにかくチャンスを待つしかねえ」
「チャ、チャンス……?」
「連中の人数を見ろよ。あれだけの人間がいたらな、最低1人は出しゃばり屋がいるんだ。人間ってのは不思議なもんでよ、予定がスムーズに動いてるときほど、余計なことしたがるもんなのさ」
「……」
「とにかく今は、連中を挑発するしかねえ。トチ狂ってアタシを殺そうとするやつとか、輪姦そうとするやつが出てくりゃ追い風だ。ここから出れない以上、出してくれるのを待つしかねえからな」
「……」
「まあ、まずはこの手榴弾をなんとかしねえとな。なにで引っつけやがったんだコレ、剥がれやしねえ。まあ、まさかこのまま移送されねえだろうけどよ」
「……」
「タイムスケジュールマンの裏をかくにゃあ、ハプニングを起こしてやるのがいちばんさ。チャンスを待つんだよ、じっくりな」
「……」
あっけにとられるハムハム。
この人は、すごい百戦錬磨だ。僕とはトラブルの経験値がぜんぜんちがう。さっきまでの怒りの絶叫からは想像もつかないほど、クールな女性。すごい。
ぽかんとフォックスを見つめる。
急に静かになったハムハムを、口元をつり上げて見あげるフォックス。
「どうした、お小言はおしまいか? だったらもう話しかけんのをやめろ。アタシは考えることが山ほどあるんでな」
ふい、と目をつむるフォックス。
もう本当に、ルディのこともハムハムのこともどうでもいいらしい。このあとの成り行きをどうコントロールするかしか頭にない。
身勝手、いや―――これがプロの犯罪者なのか?
またハムハムが口を開く。
今度はとても静かに。
「お姉さん」
いよいよ怒鳴るフォックス―――
「ああ、もう! うるせえな、今度はなんだ!」
「その手榴弾、はずせるかもしれないよ」




