第122話 「トゥー レイト」
すまないが長い夜になる。
覚悟してもらおうか、長い長い夜になる。
物語の主人公は……主人公なんかいない。
アホどもはどうしているだろうか。星湾センタービルの様子から見て行こう。
※ ※
ガラスの檻の中。
捕らわれのハムハム。
捕らわれのフォックス。
2人はどんなに怯えているだろう。
「お姉さん、怖がらないで。きっと大丈夫だから」
健気にはげますハムハム。
しかし―――
「うるせえ! 黙ってろボケ!」
どなるフォックス。
まったく怯えてなんかいない。
「おい、ケータイ持ってねえか!? アタシのケータイ、あいつらに取られちまったクソ……ムカつく!」
腹をすかせたゴリラのように、檻の中をうろうろするフォックス。
どうやら、シルフィードからもらった携帯電話を没収されてしまったらしい。づかづかと不機嫌アピールをしながら歩く様子は……ゴリラだなあ、マジに。
彼女の籠手には手榴弾。
がっしりと接着されたそれは、とても剥がせそうもない。
「くそ、これさえ無きゃこんなガラス溶かしてやんのによ……いっそレバー外してやろうか!」
もうヤケクソ……忌々しく右手の爆弾をにらむ。
ハムハムがおそるおそる壁を指さした。
「あの……ケータイは持ってないけど、電話ならそこにあるよ」
「あん!? うお、マジかよ!」
目を輝かせてフォックスは壁に飛びついた。灯台もと暗しだ。ちゃんと備えつけの電話があるではないか。
受話器をつかみ取ると、うれしそうに番号をプッシュ……できない。
「おい、なんだコリャ?」
本来あるはずの「0から9」までの数字。それがない。「内線1」と「内線2」のボタンしかない。どうやら外部には通電していないらしい。
フォックスの顔面がゆがむ。かつてないほど、形容できないほど怒りにゆがむ。空腹のゴリラのように。
「へ、へへ。ア、アタシはもう完全にプッツンしちまったよ……は、は……あああああああああ!!」
バァン!
受話器を破壊するほどの勢いで叩きつける。
「ヒー!」
檻のすみに飛びのくハムハム。
「ルディィイイイ!! このガラス開けろァ! アタシは! カンペキに! 着火してんだよボケァ!」
ガン!
ガンッ!
ドガァ!!
……分厚いガラス板を蹴りまくる。どうやら、どうやら、マジに脳天に着火してしまったらしい。
怯えるハムハム。
怒り狂うフォックス。
「ルディ――――――!!」
時間だけが過ぎていく。
時間だけが過ぎていく。
※ ※
『ケケケ。咲き銛よ、覚えているか』
『いいえ、覚えていませんね』
懐かしがる穢卑面。いままでの沈黙の反動とばかりに、しゃべるしゃべる。
対して、無視をきめこむ咲き銛。
ひたすらルディに語り続ける。
『お願いです、神父さま。正気に戻ってください……おねがいですから』
咲き銛の懇願もむなしく、ルディはピクリとも動かない。ソファに座ったまま、ぶつぶつとつぶやき続ける。懺悔を。
「神よ……罪深い私をお許しください……」
時間だけが過ぎていく。
時間だけが過ぎていく。
※ ※
ルディを見守る……っていうか、遠巻きに見ている男たち。総勢12人、もちろん主任のオスカー・エイプリルを含めてだ。
実際には14人だが、うち2人は外出中だ。
「おーい、コピー用紙ねえぞ。発注しといてくれ」
「どこにだよ。この町の流通サービスなんか動いてねえっつうの」
雑談する隊員たち。
ワイワイ。
「お前、本国に帰ったらなにする? またいつもの釣り三昧か?」
「またってなんだ。休暇取って家族サービスだよ、家族で釣りに行くんだ」
「よくカミさんが文句言わねえな。ウチのやつなら2秒で実家に帰っちまうよ」
和気あいあい。
各ご家庭の話になってきた。
「フィル。お前んとこの坊主、今年受験だっけ?」
「ああ、今年は帰省できそうもねえよ」
「なら俺たちと一緒にサッカー見に行かねえか? ロッキースタジアムの券があるんだ」
「マジか!? あ、いやダメだ。女房に殺される」
「お待ちどうさま。コーヒーが沸きましたよ」
ひとまわり若い隊員が、紙コップの束と電気ケトルを持って来た。深夜のティータイムだ。
「おう、やっと一息つけるな」
「やれやれだ。おいどうする? 神父さんのぶんも淹れるか?」
「やめとけ、近づかねえほうがいいぜ。それよかバーベキューファイアとハムハムには用意してやれ」
好き勝手なことを言う隊員たち。
ケトルを持って来た若者は、12個も紙コップを机に並べて、コーヒーを注ぎはじめた。
椅子に座って手帳をながめていたオスカーが、慌ててそれを止める。
「おいおい、サモン。僕のぶんのコーヒーはいらないよ。カフェインは医者に止められてるからね」
「あ! す、すいません主任」
しまった、という顔で詫びる若者。
「いいよいいよ、僕はウーロン茶をいただくさ。冷蔵庫にあったはずだ」
にこにこと笑顔で返すオスカー。
「しかし今度の作戦は順調だねえ。モーリスとクイックは、いまごろトラ君とステファニー君と合流してるころかな?」
ギシと立ちあがり、冷蔵庫のある隣室に向かった。小さい、本当に小さい声でオスカーは独り言をつぶやいた。
「腎臓のないステファニー君か……かわいそうに。あのリハビリはものすごく辛いんだよねえ」
自身の脇腹をさするオスカー。
時間だけが過ぎていく。
時間だけが過ぎていく。
※ ※
さて……さっき名前が出たが、モーリス、クイックとは誰なのだろうか?
もちろん、トラとステフを迎えに行った隊員たちだ。
彼らが今いるのは、ルディ一行の教会トレーラーの前。どうやらトラとステフが戻る前に、彼らのほうが先に着いてしまったようだ。
「こりゃそうとう改造してあるぞ。聖なるトレーラーハウスだな」
眼鏡をかけた大柄の中年男が、査定するようにトレーラーをながめている。
おや、彼ひとりしかいない。
もう1人は?
「ふーい、内装もすごいっすよ。ホントに教会みたいスよ」
ガチャ。
教会のドアが開き、車内から若者が現れた。
「中に便所あって助かりましたよ。ずっとガマンしてたんス」
ドアはオートロックになっているはずなのに……と言いたいところだが、どうせ穢卑面がパスコードを教えたのだろう。
若者はドーナッツを手にしているではないか。それはフォックスのだ。
「もぐもぐ。半分いかがです?」
かぶりついた残りを差し出した。
「いるか、お前ちゃんと手を洗ってないだろ。いつも言ってるだろ、現場のものを食うんじゃない」
あきれながら叱る中年。腕時計を見て、またため息をつく。
「しかし遅いな。対象の……トラブリック・オールデイズだったか? わかってるな、そっちは俺が対応する。お前はステファニー・アグリルを見とけ」
「やりい! どんな子ですかね、ステファニー」
「知るか。まったく……さっさと来てほしいね。早くオフィスに戻りたいよ。クイック、帰ったら書類整理手伝えよ」
「もぐもぐ。先輩、ほんとに仕事中毒ですよ。今度の連休は、うんとハネ伸ばしてくださいよ。もぐもぐ」
「ふざけるな。俺にバカンスなんかない。なにしろバーベキューファイアを尋問しなくちゃならん。時間はいくらあっても足りん」
「もぐもぐ」
「ふぅ、なんか腹が減ってきたよ……食いながらこっちを見るな、バカ!」
トラとステフを待つ2人。
夜は長い。
時間だけが過ぎていく。
時間だけが過ぎていく。
※ ※
トラとステフはどうしているだろうか。もちろんトレーラーに向かっている。
おそらくあと10分ほどで着くだろう。
トラとステフはトレーラーに向かっていた。
5分前までは。
「そうだ、俺は本気だ。えらいさんに代わる気がないなら、アンタの名前を聞かせてよ」
トラはいま、スマホで電話をしている。ものすごく険しい目で。少し声が震えているのは……まさかこの男、ビビってるのか?
いったい、どこにかけているのか。
「とにかく急いだほうがいいぜ。保証してやるよ、俺達はなんにも保証しねえ。はあ? 俺たちって言ったんだよ。複数犯に決まってんだろ」
「イタズラかどうかよく検討するんだな。じゃ、残業がんばってくれや」
通話を切った。
ふだんの彼からは想像もつかないような、神妙な顔。なにか覚悟を決めたような……取り返しがつかないことをしてしまった、という顔。
「これでもう取り返しはつかねえぞ。ステフ」
「わかってるわよ……わかってるわよ」
ステフはもう死にそう。ひざを抱えてうずくまり、トラを見ようともしない。泣いているのだろうか?
「おなか痛い……おなか痛い」
ズシン!!
ズシイ!!
トラが乱暴に歩み寄る。そして……手を差しのべた。
「立てよボス。これはお前の作戦だ、今さら降りるなんて言わないでくれよ」
ゆっくり、ゆっくりと顔をあげるステフ。
涙でグシャグシャだ。
「ねえ……私って昔からこうなのよ。信じらんないようなことを思いついて、それをやってから後悔するのよ。でも今度のアイディアは人生最悪だわ……」
トラは―――差し出した手をひっこめた。
「いいぜ、逃げても」
やはり声は震えている。
「ていうか逃げろよ。もういいだろ、逃げろ」
しつこいほど、逃げるようにステフに促す。
……こいつら一体、なにをしようとしているのか。さっきの電話と関係が?
ステフは―――
「なにしてんの……立たせてよ、爆弾魔!」
ずい、と手をつき出した。
「……これは気がつきませんで。テロリスト」
トラがステフの手を取り、ゆっくりと立たせた。
「だいぶ時間を食っちまったな……おい、いつまで俺の手ェつかんでんだ。離せよ」
「離さないわよ」
……ぎゅっ。
手どころじゃない、トラの腕にしがみついた。
「逃げちゃいそうなのを必死でこらえてんの。このまま連れてって。今度置き去りにしたら殺すわよ」
「ヘッ……鉄パイプはもうごめんだぜ。おい、もっとしがみつけよ。ダブルバーガーみてえに巨乳に挟んでくれ」
「死ねバカ」
「はいはい死にます。ルディとフォックスを助けたらな。さ、行くか……トレーラーはどこだ」
ズシン!
ズシン、ズシン、ズシン。
教会トレーラーに向かって、勝手に歩きだす長靴。ずし、ずし。自動走行のトラに、しがみついて離れないステフ。
「暗いわね、足もと見えない」
「だからしっかりつかまれっての。ああ……いっそ2人で逃げようか」
「イヤよ」
―――このあとどうなってしまうのか。最悪の事態にならなきゃいいが。
時間だけが過ぎていく。
時間だけが過ぎていく。




