第120話 「オスカー」
……誰だろうか?
男の声。
とても軽い口調の、中年の男の声。
《えー、はじめまして。僕はオスカー。オスカー・エイプリル。ハムハム君を監禁してる一味って言えばわかるよね?》
言葉を失うトラ、ステフ。
一体なにがどうなっているのか?
スマートホンから流れる、信じられない告知。
《もしもし、聞いてるかい? もしもし?》
「な……」
回答しようとしたのだろうか、ステフが口を開く。
「おっと」
だが、すぐにトラはケータイの通話口をふさぎ、ぶるぶると首を振って見せた。お前はしゃべるな、と。
「~~……!」
不満そうに口をつむぐステフ。
早口でトラが応対する。
「さっきから何なんだよ! 誰にかけてんだ、お前? 番号間違えてんぞコラ!」
とても最良の策とは思えないが、とにかく間違い電話を装う。
しかし―――
《シラを切るなんて酷いなあ。君は……トラブリック・オールデイズ君だろう? " 足枷 " に呪われてるんだよね? 大変だねえ》
!!
!!!!
「ななななな??」
「な……!?」
なんで知ってる、と言いたかったが言葉にならない。
さらにオスカーは続ける。
《えーっと、バーベキューファイアは一緒じゃないのかな? うしろで女の子の声が聞こえるけど、ステファニー君かな。「アルベルスタジアム事件」で、腎臓を一個失くしちゃったんだってねえ。かわいそうに》
!!!!
!!!!
「……」
「……!!」
言葉にならない。
なんだってんだ、この状況は―――?
《もしもーし、もしもし? あ、もしかして……信じてなかった? ルディ神父が裏切ったのを。さっき本人が言ってたじゃないか》
ルディが、オスカーに味方している?
いや、さっきそう言ってたけど。
―――マジ??
いやいやいやいや、マジ??
沈黙を破ったのは、トラ。
「チッ! ……俺がトラブリックだ。トラでいい。オスカー、あんたは何者だ?」
名乗った。
だがオスカーは許さない。
《おいおい、何度もシラを切らないでくれよ。ルディ神父から聞いて、全部知ってるんだろ? 穢卑面で見ていたらしいじゃないか。いや、便利なオーパーツだねえ》
なんでも知ってるオスカー。
ビキビキとトラの額に血管が浮き出る。
「……頭イタくなってきたぜ。なんだよオーパーツって。アイテム……いや、鎧のことか?」
《呼びかたなんてどうでもいいじゃないか。僕は全部知ってるんだよ、君たちが知ってるのを。ハムハムくんが井氷鹿に呪われてること。僕らがハムハムくんを監禁していること。君たちがそれを知っていることを、僕は知っている》
本当に頭を抱えるトラ。
「……念のために聞くけど、なんで知ってんの?」
《いや、何度言わせるんだい。ルディ神父がみんな教えてくれたんだって。ほかにどんな理由があるんだい?》
瞬間、電話に怒鳴るトラ。
なんていうか……本当に失望した。
「しょーもな! ホントに裏切ってやがるよクソが! ルディ聞いてっか? てめえ、えらそうなこと言っときながらザケんなよ! なにかの間違いであってくれと期待したじゃねえかボケッ!!」
ブチ切れ―――
聞くなりステフが叫ぶ。悲痛な声で。
「神父さまがそんなことするはずあるか! 神父さま、聞こえてますか? 説明してください!」
返って来たのは、オスカーの答え。
《えーっと、ステファニー・アグリル君だよね? 悪いけど用があるのは、オーパーツに呪われてる人間だけなんだ。話に入ってこないでくれないか?》
驚愕するステフ。
「な、なんで私の名前を!?」
《いや、だから神父に聞いたんだって。君、ホントに大丈夫かい? 頼むからすこし黙っててよ》
呆れた口調のオスカー。
「そんなわけにいくか! 神父さま、神父さま!? そいつらに監禁されてるんですか?」
「うるせーな、お前! ちょっと黙ってろ!」
必死のステフ。
どなり散らすトラ。
《あのねえ、ケンカしないでくれないかな。主導権は僕にあるんだよ? ステファニー君さあ、何度も言うようだけど黙っててくれ。その気になれば、殺人幇助罪で起訴できるんだよ? ルディ神父の大量殺人に関与した容疑で……なんだっけ、 " 赤の暦 " だっけ?》
赤の暦。
アルベル・スタジアム事件を引き起こしたテロ組織。
ルディが皆殺しにした連中だ。
「おお、もう最悪……こいつ、なんでも知ってやがるぜ! ルディのやつ、マジで全部言っちまいやがったな!」
トラの悲鳴。
「ルディ聞いてっか!? お前、自分の仲間まで破滅させる気かよ!? 死ね、もう!」
《聞いたときはタマげたよ。国会議員の先生やら、空軍の将校まで支援者にいるんだね。アルベル事件の被害者団体っていうのは、えらい人が多いんだねえ》
「……うそ……」
絶望に染まるステフの顔……
これは間違いなく、ルディ自身が自供しなければ知りえないことのはず。
《えーっと、起訴って言葉が出たところで、改めて自己紹介しておこうかな。僕はオスカー・エイプリル。もう知ってくれてると思うけど、とある国の情報機関の人間だ》
自慢するかのように話すオスカー。
《僕たちがどこにいるのかも、もう知ってるんだよね? " 星湾センタービル " の14階だよ。ビジネスフロアになってるんだけど、いまは僕らが貸し切ってる……っていうか、ビルごと無人みたいなもんだけどね。話したいことがたくさんあるから、悪いけど来てくれないか》
「行くか!」
「行くか!」
即座に拒否する2人。
しかし―――オスカーは許さない。
《待ってくれ。ルディ神父はこっちの味方だ。同時に人質でもあるんだよ。言う通りにしないと、彼の無事を保証できなくなるよ?》
「聞かなかったことにして、もう切っちまおうかな……」
トラのひとりごと。
《待ってくれ、なんで切るんだ。いいかい? バーベキューファイア……つまりフォックス君と、トラ君、2人で僕のところへ来てほしい。ステフ君は、来ても来なくてもいいや。そっちの判断に任せるよ》
絶句するトラ、ステフ。
顔を見合わせることさえしない。ただただ、トラの手にあるスマホを見つめるのみ。
《とりあえず君たちのトレーラーに戻ってくれるかな? うちの若い者がすでに到着してるから、彼らの指示に従ってくれ。じゃあ約束だよ。よろしく》
ブツッ―――
通話が切られた。
呆然と立ちつくすトラ、ステフ。
初めて顔を見合わせる。
互いに、絶望の表情を……いやステフの顔色はひどい。震えながら、いまにも気を失いそうな様子だ。
トラは―――
「落ちつけステフ。まだルディが裏切ったと決まったわけじゃねえ」
嘘をついた。
自分でも信じようのない嘘を。
もちろんダマせるわけもない。
「さっきの話聞いてなかったの? 神父さま、本当に私たちを……」
絶望のステフ。
涙を浮かべ、ヒザから崩れ落ちた。
頭を掻きむしるトラ。
ぐしゃぐしゃぐしゃ……ブチブチと何本か髪が抜けた。それがどうした! マジにどうすれば……
落ち着け、俺も落ち着け。
まずルディが裏切った……そんなことがあるだろうか??
あの潔癖な男が?
考えられる可能性とは。
①金で買収された。
ノー、ありえない。
金に目がくらむような男じゃない。
②人質を取られて脅迫されている。
ノー、ありえない。
そんなことで止まる男ではない。
③彼らの思想に寝返った。
ノー、ありえない。
咲き銛が許すはずがない。
ちょい待ち。
トラの表情がこわばる。いや、目が覚めたようにハッと……思いついた。
「……なあ、咲き銛は?」
顔を見上げるステフ。
「あ……え?」
「妙だぞステフ。おいおい……こりゃ妙だぞ、咲き銛はなにしてやがる? ルディと一緒に裏切ったってのか?」
まだうずくまって泣いているステフの肩をゆする。
ゆっさゆっさ。
「あ……触んないでよ。キショい」
泣きそうな声で訴える。
話が通じてない。
ってか、キショいとか言われた!
「ぶえええええああ! ふざけ……もういい! とにかく……どうする……OK。わかった。フォックスと合流すんぞ。立て!」
今度こそ、強引に腕をつかんで引き寄せるトラ。ステフを無理やり立ち上がらせようと引っぱる。よいしょ。
「お前、ちゃんと立てよ!」
「……触んないでよ。自分で立てるから……」
気丈に……というにはあまりにも、か弱い声。
だがステフは立ち上がる。
「フォックスと合流ってどうする気よ。あいつのスマホは、私がブッ壊したわよ」
涙を浮かべて、トラをにらむ。
「チッ……余計なことしてくれたぜ。 " 探索 " も誰かさんに中断させられたしよ。フォックスはどこだ!? おい! だめだ……」
ふたたび長靴に叫ぶトラ。
フォックスはどこだ!?
しかし、長靴は反応しない。
「ああもう! 仕方ねえ、トレーラーに戻るしかねえ。いや……待てよ。ああ、最悪だぜこりゃ……」
いよいよ頭を抱えるトラ。どうしたというのか?
「なに、どうしたっての? トレーラーにはオスカーの部下がいるんでしょ、戻れないわよ……あっ! フォ、フォックス……」
ステフも言葉を失う。
最悪の想像。
そう。
フォックスが今このタイミングで、トレーラーに帰っていたら?
オスカーの部下と鉢合わせになっているはず。ま、まさか殺してたりして……
「ヤベエぞ、こりゃ……どうしたもんかな……」
天を仰ぐトラ。
こんなときフォックスならどうするだろうか―――いやフォックスなら、どこかで携帯電話を調達しているのではないだろうか。
「ダメもとで、かけてみるか?」
スマホを操作し、電話帳から " FAX " のアイコンをスクロールする。
スペルを思いきり間違っているが、そんな場合じゃない!
と―――その時。
PLLLL!
PLLLL!
着信……
「ウワッ!」
「うわっ! 痛い!」
びっくりしてステフを離すトラ。
お尻を強打したステフが悲鳴を上げる。
「な、なんだぁ? アッ! み、見ろ。まただ!」
スマートホンの画面を見るなり、ディスプレイをステフに向けて叫ぶ。
画面には…… " 悪魔司祭 " の文字。
ふたたびルディから、いや、ルディのケータイから着信。
「ど、どうする?」
「どうするって……で、出るしかないじゃないの!」
パニックになる2人。
PLLLL!
PLLLL!
PL……ピ。
おそるおそる、電話に出るトラ。
スピーカーモード―――
《あーもしもし? ごめんごめん、何回も》
またオスカーだ。
いったい何だというのか。
うんざりするトラが、やれやれと応答した。
「またアンタかよ……いい加減にしてくれよマジ」
《いやあ、ゴメンゴメン。いまそっちはどんな感じ? トレーラーに向かってくれてる状況かな?》
またしても軽い口調のオスカー。
付き合いきれないといった顔のトラ。
「いーや、まださっきの地点から動いてねーよ。せっかちすぎるぜ。今度はなんなんだよ?」
脅迫されてる立場とは思えない、強気なセリフ。
オスカーは、とても困った様子で答える。
《それがちょっと状況が変わってね。さっき僕が言った要求覚えてる? フォックス君と一緒に来いって言ったの》
当たり前だ。
忘れてたらニワトリ級のアホだ。
「俺はニワトリ級のアホか!? 覚えてるに決まってんだろ! そのことでこっちは頭が痛え……いや、なんでもねえ。それがどうした?」
《あれねえ、もういいよ。トラ君さえ来てくれたらそれでいい。ゴメンね、コロコロ言うこと変わって》
「はあ?? どういうこった??」
思いもかけないことを言うオスカー。
フォックスを連れてこなくていい……とは?
《それが、ややこしいことになっちゃってねえ。いまここにフォックス君がいるんだ》
What?
「はい?」
「はい?」
固まる2人。
《あー、そりゃ意味わかんないよね? なんかさっき、僕の友達がフォックス君を連れてきたんだよ。途中でナンパしたらしくってさあ。よくわかんないだろう?》
「……」
「……」
もう、なにも答えられないトラとステフ。
彫像のように固まってしまった。
《あー……もし信じられないようなら、本人に代わるね。あ、フォックス君? ちょっと電話に出てくれないかな?》
「……」
「……」
《おいマークス。彼女のガムテープを……口をふさいでるガムテープをはがしてやれ》
「……」
「……」
《あっ、バカ! 鎖は解かなくていいよ! 椅子にしばりつけておけ。 " 焼き籠手 " には絶対さわるなよ! 焼け死ぬぞ》
「……」
「……」
ひとことも言葉を発せない2人。
なにか電話の向こうで騒いでいるような……大騒ぎしているような声が聞こえてくる。
そして―――
フォックスの絶叫が聞こえてきた。
《どチキショーが! てめー離せ、トラ! ステフ! こっち来てさっさとコイツらを殺せ!!》
「……」
「……」
まだ固まってる2人。
電話の向こうで、フォックスは叫び続ける。半狂乱―――
《ざけんな、あのロン毛ヤローはどこ行きやがった! キツネ色に焼いてやる! あああああ!》
叫ぶ。
オスカーの叫びも聞こえてきた。
《も、もういい。はやくガムテープを彼女の口に! 早くしてくれ、撃ち殺したくなってきた》
《ウップ、アタシに触るんじゃねー! ルディ、てめえ黙ってねーでなんとか言いやが……ムグムグ! やめっ、汚ねえガムテープ近づけんじゃ、ムグムグ……!》
「……」
「……」
《や、やれやれ……待たせてゴメン。すごい女の子だなあ》
ふたたび、オスカー。
《そういうわけなんだ。こっちにはハムハム君と、ルディ神父と、フォックス君、あわせて人質が3人いるんだ。下手な小細工なんか考えずに、トレーラーに戻ってくれ。ウチの連中が待機してるから》
「……」
「……」
《じゃあ、急がなくてもいいけど絶対に来てね。じゃあねー》
プツ。
電話が切れた。
「……」
「……」
固まったまま、微動だにしない2人。
夜は更けていく。
この後どうなってしまうのだろう。
マジでどうしよう。
もうハムハムとか勇者とか、どうでもええわ。




