表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第14章「かけがえもないパラダイスを焼き捨てる異邦人らへ」
120/249

第120話 「オスカー」



挿絵(By みてみん)



 ……誰だろうか?

 男の声。

 とても軽い口調の、中年の男の声。


《えー、はじめまして。僕はオスカー。オスカー・エイプリル。ハムハム君を監禁してる一味(・・)って言えばわかるよね?》



 言葉を失うトラ、ステフ。

 一体なにがどうなっているのか?

 

 スマートホンから流れる、信じられない告知。



《もしもし、聞いてるかい? もしもし?》

 

 


「な……」

 回答しようとしたのだろうか、ステフが口を開く。


「おっと」

 だが、すぐにトラはケータイの通話口をふさぎ、ぶるぶると首を振って見せた。お前はしゃべるな、と。


「~~……!」

 不満そうに口をつむぐステフ。



 早口でトラが応対する。

「さっきから何なんだよ! 誰にかけてんだ、お前? 番号間違えてんぞコラ!」


 とても最良の策とは思えないが、とにかく間違い電話を装う。

 しかし―――



《シラを切るなんて(ひど)いなあ。君は……トラブリック・オールデイズ君だろう? " 足枷 " に呪われてるんだよね? 大変だねえ》



 !!

 !!!!


「ななななな??」

「な……!?」


 なんで知ってる、と言いたかったが言葉にならない。

 さらにオスカーは続ける。


《えーっと、バーベキューファイアは一緒じゃないのかな? うしろで女の子の声が聞こえるけど、ステファニー君かな。「アルベルスタジアム事件」で、腎臓(じんぞう)を一個失くしちゃったんだってねえ。かわいそうに》




 !!!!

 !!!!


「……」

「……!!」


 言葉にならない。

 なんだってんだ、この状況は―――?



《もしもーし、もしもし? あ、もしかして……信じてなかった? ルディ神父が裏切ったのを。さっき本人が言ってたじゃないか》

 

 

 ルディが、オスカーに味方している?

 いや、さっきそう言ってたけど。


 ―――マジ??

 いやいやいやいや、マジ?? 





 沈黙を破ったのは、トラ。


「チッ! ……俺がトラブリックだ。トラでいい。オスカー、あんたは何者だ?」

 

 名乗った。

 だがオスカーは許さない。


《おいおい、何度もシラを切らないでくれよ。ルディ神父から聞いて、全部知ってるんだろ? 穢卑面(エヒメ)で見ていたらしいじゃないか。いや、便利なオーパーツだねえ》



 なんでも知ってるオスカー。

 ビキビキとトラの額に血管が浮き出る。



「……頭イタくなってきたぜ。なんだよオーパーツ(・・・・・)って。アイテム……いや、鎧のことか?」


《呼びかたなんてどうでもいいじゃないか。僕は全部知ってるんだよ、君たちが知ってるのを。ハムハムくんが井氷鹿(イヒカ)に呪われてること。僕らがハムハムくんを監禁していること。君たちがそれを知っていることを(・・・・・・・・)、僕は知っている》



 本当に頭を抱えるトラ。

「……念のために聞くけど、なんで知ってんの?」


《いや、何度言わせるんだい。ルディ神父がみんな教えてくれたんだって。ほかにどんな理由があるんだい?》



 瞬間、電話に怒鳴るトラ。

 なんていうか……本当に失望した。


「しょーもな! ホントに裏切ってやがるよクソが! ルディ聞いてっか? てめえ、えらそうなこと言っときながらザケんなよ! なにかの間違いであってくれと期待したじゃねえかボケッ!!」


 ブチ切れ―――


 聞くなりステフが叫ぶ。悲痛な声で。

「神父さまがそんなことするはずあるか! 神父さま、聞こえてますか? 説明してください!」



挿絵(By みてみん)



 返って来たのは、オスカーの答え。 


《えーっと、ステファニー・アグリル君だよね? 悪いけど用があるのは、オーパーツに呪われてる人間だけなんだ。話に入ってこないでくれないか?》

 

 驚愕するステフ。

「な、なんで私の名前を!?」

 


《いや、だから神父に聞いたんだって。君、ホントに大丈夫かい? 頼むからすこし黙っててよ》

 呆れた口調のオスカー。


「そんなわけにいくか! 神父さま、神父さま!? そいつらに監禁されてるんですか?」

「うるせーな、お前! ちょっと黙ってろ!」

 必死のステフ。

 どなり散らすトラ。



《あのねえ、ケンカしないでくれないかな。主導権は僕にあるんだよ? ステファニー君さあ、何度も言うようだけど黙っててくれ。その気になれば、殺人幇助(ほうじょ)罪で起訴できるんだよ? ルディ神父の大量殺人に関与した容疑で……なんだっけ、 " 赤の(こよみ) " だっけ?》


 赤の暦。

 アルベル・スタジアム事件を引き起こしたテロ組織。

 ルディが皆殺しにした連中だ。



「おお、もう最悪……こいつ、なんでも知ってやがるぜ! ルディのやつ、マジで全部言っちまいやがったな!」

 トラの悲鳴。 

「ルディ聞いてっか!? お前、自分の仲間まで破滅させる気かよ!? 死ね、もう!」



《聞いたときはタマげたよ。国会議員の先生やら、空軍の将校まで支援者にいるんだね。アルベル事件の被害者団体っていうのは、えらい人が多いんだねえ》

 

「……うそ……」

 絶望に染まるステフの顔……

 これは間違いなく、ルディ自身が自供しなければ知りえないことのはず。



《えーっと、起訴(・・)って言葉が出たところで、改めて自己紹介しておこうかな。僕はオスカー・エイプリル。もう知ってくれてると思うけど、とある国の情報機関の人間だ》

 自慢するかのように話すオスカー。


《僕たちがどこにいるのかも、もう知ってるんだよね? " 星湾センタービル " の14階だよ。ビジネスフロアになってるんだけど、いまは僕らが貸し切ってる……っていうか、ビルごと無人みたいなもんだけどね。話したいことがたくさんあるから、悪いけど来てくれないか》

 

「行くか!」

「行くか!」

 即座に拒否する2人。



挿絵(By みてみん)



 しかし―――オスカーは許さない。


《待ってくれ。ルディ神父はこっちの味方だ。同時に人質でもあるんだよ。言う通りにしないと、彼の無事を保証できなくなるよ?》


「聞かなかったことにして、もう切っちまおうかな……」

 トラのひとりごと。


《待ってくれ、なんで切るんだ。いいかい? バーベキューファイア……つまりフォックス君と、トラ君、2人で僕のところへ来てほしい。ステフ君は、来ても来なくてもいいや。そっちの判断に任せるよ》


 絶句するトラ、ステフ。

 顔を見合わせることさえしない。ただただ、トラの手にあるスマホを見つめるのみ。


《とりあえず君たちのトレーラーに戻ってくれるかな? うちの若い者(・・・)がすでに到着してるから、彼らの指示に従ってくれ。じゃあ約束だよ。よろしく》



 ブツッ―――

 通話が切られた。



 呆然(ボーゼン)と立ちつくすトラ、ステフ。

 初めて顔を見合わせる。

 互いに、絶望の表情を……いやステフの顔色はひどい。震えながら、いまにも気を失いそうな様子だ。



 トラは―――


「落ちつけステフ。まだルディが裏切ったと決まったわけじゃねえ」

 嘘をついた。

 自分でも信じようのない嘘を。

 もちろんダマせるわけもない。


「さっきの話聞いてなかったの? 神父さま、本当に私たちを……」

 絶望のステフ。

 涙を浮かべ、ヒザから崩れ落ちた。

 

 頭を()きむしるトラ。

 ぐしゃぐしゃぐしゃ……ブチブチと何本か髪が抜けた。それがどうした! マジにどうすれば……

 落ち着け、俺も落ち着け。

 まずルディが裏切った……そんなことがあるだろうか??

 あの潔癖(けっぺき)な男が?

 

 考えられる可能性とは。



 ①金で買収された。


 ノー、ありえない。

 金に目がくらむような男じゃない。



 ②人質を取られて脅迫されている。


 ノー、ありえない。

 そんなことで止まる男ではない。



 ③彼らの思想に寝返った。


 ノー、ありえない。

 ()(もり)が許すはずがない。





 ちょい待ち。



 トラの表情がこわばる。いや、目が覚めたようにハッと……思いついた。

「……なあ、咲き銛は?」


 顔を見上げるステフ。

「あ……え?」


(みょう)だぞステフ。おいおい……こりゃ妙だぞ、咲き銛はなにしてやがる(・・・・・・・)? ルディと一緒に裏切ったってのか?」


 まだうずくまって泣いているステフの肩をゆする。

 ゆっさゆっさ。


「あ……触んないでよ。キショい」

 

 泣きそうな声で訴える。

 話が通じてない。

 ってか、キショいとか言われた!


「ぶえええええああ! ふざけ……もういい! とにかく……どうする……OK。わかった。フォックスと合流すんぞ。立て!」

 今度こそ、強引に腕をつかんで引き寄せるトラ。ステフを無理やり立ち上がらせようと引っぱる。よいしょ。

「お前、ちゃんと立てよ!」

 

「……触んないでよ。自分で立てるから……」

 気丈(きじょう)に……というにはあまりにも、か弱い声。

 だがステフは立ち上がる。

「フォックスと合流ってどうする気よ。あいつのスマホは、私がブッ壊したわよ」

 涙を浮かべて、トラをにらむ。



「チッ……余計なことしてくれたぜ。 " 探索 " も誰かさん(・・・・)に中断させられたしよ。フォックスはどこだ!? おい! だめだ……」


 ふたたび長靴に叫ぶトラ。

 フォックスはどこだ!?

 しかし、長靴は反応しない。


「ああもう! 仕方ねえ、トレーラーに戻るしかねえ。いや……待てよ。ああ、最悪だぜこりゃ……」

 いよいよ頭を抱えるトラ。どうしたというのか?



「なに、どうしたっての? トレーラーにはオスカーの部下がいるんでしょ、戻れないわよ……あっ! フォ、フォックス……」

 ステフも言葉を失う。

 


 最悪の想像。

 

 そう。

 フォックスが今このタイミングで、トレーラーに帰っていたら?


 オスカーの部下と鉢合(はちあ)わせになっているはず。ま、まさか殺してたりして……



「ヤベエぞ、こりゃ……どうしたもんかな……」

 天を(あお)ぐトラ。

 こんなときフォックスならどうするだろうか―――いやフォックスなら、どこかで携帯電話を調達しているのではないだろうか。

「ダメもとで、かけてみるか?」


 スマホを操作し、電話帳から " FAX " のアイコンをスクロールする。

 スペルを思いきり間違っているが、そんな場合じゃない!






 と―――その時。



   PLLLL!

   PLLLL!


   着信……


「ウワッ!」

「うわっ! 痛い!」

 びっくりしてステフを離すトラ。

 お(しり)を強打したステフが悲鳴を上げる。


「な、なんだぁ? アッ! み、見ろ。まただ!」


 スマートホンの画面を見るなり、ディスプレイをステフに向けて叫ぶ。

 画面には…… " 悪魔司祭 " の文字。


 ふたたびルディから、いや、ルディのケータイから着信。


「ど、どうする?」

「どうするって……で、出るしかないじゃないの!」

 パニックになる2人。


   PLLLL!

   PLLLL!


   PL……ピ。

   

 おそるおそる、電話に出るトラ。

 スピーカーモード―――


《あーもしもし? ごめんごめん、何回も》



 またオスカーだ。

 いったい何だというのか。

 うんざりするトラが、やれやれと応答した。


「またアンタかよ……いい加減にしてくれよマジ」

 


《いやあ、ゴメンゴメン。いまそっちはどんな感じ? トレーラーに向かってくれてる状況かな?》


 またしても軽い口調のオスカー。 

 付き合いきれないといった顔のトラ。


「いーや、まださっきの地点から動いてねーよ。せっかちすぎるぜ。今度はなんなんだよ?」


 脅迫されてる立場とは思えない、強気なセリフ。

 オスカーは、とても困った様子で答える。


《それがちょっと状況が変わってね。さっき僕が言った要求覚えてる? フォックス君と一緒に来いって言ったの》


 当たり前だ。

 忘れてたらニワトリ級のアホだ。


「俺はニワトリ級のアホか!? 覚えてるに決まってんだろ! そのことでこっちは頭が痛え……いや、なんでもねえ。それがどうした?」


《あれねえ、もういいよ。トラ君さえ来てくれたらそれでいい。ゴメンね、コロコロ言うこと変わって》


「はあ?? どういうこった??」


 思いもかけないことを言うオスカー。

 フォックスを連れてこなくていい……とは?


《それが、ややこしいことになっちゃってねえ。いまここにフォックス君がいるんだ》



 What?


「はい?」

「はい?」

 固まる2人。

 


《あー、そりゃ意味わかんないよね? なんかさっき、僕の友達がフォックス君を連れてきたんだよ。途中でナンパしたらしくってさあ。よくわかんないだろう?》



「……」

「……」


 もう、なにも答えられないトラとステフ。

 彫像のように固まってしまった。



《あー……もし信じられないようなら、本人に代わるね。あ、フォックス君? ちょっと電話に出てくれないかな?》


「……」

「……」


《おいマークス。彼女のガムテープを……口をふさいでるガムテープをはがしてやれ》


「……」

「……」


《あっ、バカ! (くさり)(ほど)かなくていいよ! 椅子にしばりつけておけ。 " ()籠手(ごて) " には絶対さわるなよ! 焼け死ぬぞ》


「……」

「……」


 ひとことも言葉を発せない2人。

 なにか電話の向こうで騒いでいるような……大騒ぎしているような声が聞こえてくる。


 そして―――

 


 フォックスの絶叫が聞こえてきた。


《どチキショーが! てめー離せ、トラ! ステフ! こっち来てさっさとコイツらを殺せ!!》



「……」

「……」

 まだ固まってる2人。

 電話の向こうで、フォックスは叫び続ける。半狂乱―――


《ざけんな、あのロン毛ヤローはどこ行きやがった! キツネ色に(・・・・・)焼いてやる! あああああ!》



挿絵(By みてみん)



 叫ぶ。

 オスカーの叫びも聞こえてきた。

《も、もういい。はやくガムテープを彼女の口に! 早くしてくれ、撃ち殺したくなってきた》


《ウップ、アタシに触るんじゃねー! ルディ、てめえ黙ってねーでなんとか言いやが……ムグムグ! やめっ、汚ねえガムテープ近づけんじゃ、ムグムグ……!》


「……」

「……」



《や、やれやれ……待たせてゴメン。すごい女の子だなあ》

 ふたたび、オスカー。

《そういうわけなんだ。こっちにはハムハム君と、ルディ神父と、フォックス君、あわせて人質が3人いるんだ。下手な小細工(こざいく)なんか考えずに、トレーラーに戻ってくれ。ウチの連中が待機してるから》



「……」

「……」



《じゃあ、急がなくてもいいけど絶対に来てね。じゃあねー》


 プツ。

 電話が切れた。


「……」

「……」


 固まったまま、微動(びどう)だにしない2人。


 夜は()けていく。

 この後どうなってしまうのだろう。


 マジでどうしよう。



 もうハムハムとか勇者とか、どうでもええわ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


終身刑の魔女より

 ↑

いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



ぜひ、応援よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ