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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第14章「かけがえもないパラダイスを焼き捨てる異邦人らへ」
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第118話 「ソード」



挿絵(By みてみん)



 いきなり店にやって来た男に、勇者が近づいていく。

 血のプールを歩くたび、びちゃびちゃと足音が響く。


「君、ヒグマに似てるね……行政書士かい?」



「ま、ちょ、ちょっと待ってくれ……来るんじゃねえ! こ、これアンタが……?」

 ヒグマ……いや、大男の情けない声。

 血だまりに尻もちをついたまま後ずさる。


「ま、待ってくれ。俺はなにも見てねえ! 俺はただ、待ち合わせにこの店に来ただけなんだ……へ、へっへ……」

 顔中、脂汗(あぶらあせ)を流して、なにも見ていないと主張しはじめた。

 ウソつけ。

 


 勇者は許さない。

「待ち合わせのシスターなら帰っちゃったよ。ずいぶん待たされて、怒ってたみたいだったよ」

 (まゆ)ひとつ動かさない。



 しかし。


 しかし……事態は最悪の展開をむかえる。

 大バカ野郎のヒグマ男のせいで。

 


「シ、シスター……? ははは! そ、そうかよ。アンタ、バーベキューファイアのツレか!」

 パッと明るく……とは言えないが、とにかく男がはじめて笑顔になった。とても引きつった笑顔。

 バカ野郎め。

「ひ、ひひ……傑作(ケッサク)だぜ。あの女がシスターの修行だとか電話で聞かされたときは、なにかの冗談かと思ったがな。へ、へへ。マジかよ」

 笑いながら、なんとか立ち上がろうともがく。


 そして、とんでもない失言をしてしまった。


「アッ……も、もしかして、あんた、トラブリック・オールデイズかい?」



 勇者の表情が変わる。

「……うん? トラブリック?」


 勇者は、肯定したつもりはなかった。ただ聞き返しただけ―――


 だが、ヒグマの顔色は変わった。

 助かったと言わんばかりに。

「はは、なんだそうかよ! アンタがそうか。いや、俺のことは聞いてるだろ? 偽造屋のローリーだよ」


 必死に身元を明かすヒグマ。



挿絵(By みてみん)



「へへ、心配いらねえよ。仕事はカンペキに終わらせたさ。依頼どおり、バーベキューファイアの隠し口座を、べつの隠し口座に移してきたぜ。大変だったよ。へへへ」

 笑う。

 必死に笑う。

「へへへ。ちゃんとアンタの預金も、新規の口座に移しといたぜ。あ、あんまり少ねえから驚いたよ。も、もちろん手数料はいただいたぜ? 約束通り30%な。ははは……その…………20%にまけようか?」



 首をかしげる勇者。

「うん??」



「ははは、遅れたのは悪かったよ。あいにくタクシーが捕まらなくってよ」

 ようやく立ち上がる男。

 いや、ローリーと記載しよう。

「バーベキューファイアに電話しても、つながりゃしねえんだ。はは、ま、まいったよ。まさかスマホが壊れたなんてギャグじゃねえだろ?」 

 よくしゃべるローリー。

「はは……この死体の山は……アンタが? まさかバーベキューファイアのわけないよな?」



「ああ……うん、僕がやった」

 話について行けない、といった顔の勇者。

 首をかしげる。

「待ってくれ。バーベキューファイアって、あの国際指名手配犯のかい? ……あれ? トラブリックの名前もどこかで聞いたような……」

 ジャケットのポケットを探る。

 ごそごそ。


 スマホを取り出した勇者。

 アイコンのひとつをタップして、画面をスクロールしていく。

 

 ディスプレイに映るのは、リスト。

 数人の名前がならんでいる。

 スクロール―――

 

「えー……ニニコ・スプリングチケット」

「えー……シーカ・カリングッド」

「えー…………バスター・ロドニー」

「マリィ・ブロウニング……あ、やっぱりだ。トラブリック・オールデイズの名前もあるね」



 いったいなんのファイルを見ているのか?

 まさか、呪われた者のリスト……なんでそんなものが!?

 

 ……バスター・ロドニー?

 

「バーベキューファイア、バーベキュー……あった。おいおい、ちょっと待ってよ!」

 勇者の驚いた顔。

 コイツが初めて見せる、人間らしい表情かもしれない。

 

 画面に映っていたのはフォックス。

「軍艦かしはら」での映像だろうか、メガネをかけた白衣姿だ。そして、逮捕直後の包帯姿の写真もある。


 ……なんでこんな画像を持っているのか?



挿絵(By みてみん)


 

「ひどいな、こんなの気づくわけないよ。女の子はメイクで変わるっていうけど、これじゃ別人じゃないか。まんまとダマされたなあ」

 

 

 ひとりでしゃべる勇者。

 口をはさむヒマもないローリー。


「ねえ。えーっと、ローリーは彼女に会いに来たのかい? その……バーベキューファイアに」

 

 勇者の表情は、形容のしようがない。 

 無表情のような、うすら笑っているような、なにも考えていないような……なんなんだよコイツは。

 

 ローリーの表情は……顔面蒼白だ。

 真っ青になって質問に答える。

「はは、当たり前じゃねえか。そっちが呼んだんだろ、はは…………お前、トラブリックじゃねえのか?」


 さらに顔を青くするローリー。

 実にカンのニブい、そしておしゃべりな男だった。





 ジャケットが、ほどけていく。




 勇者の羽織(はお)るジャケットが、ほどける。

 布にしか見えなかったジャケットが、ばたばたと(ひるがえ)る。いや変形する。


 ほどける。


 帯状に何十本とほどけて(・・・・)、ジャケットだったものが勇者の右ひじに結束していく……巨大な剣になった。


 ただの剣ではない。

 長さ2メートルを超える、まるでサーベルのような剣……


 ちょい待ち。

 以前は、包丁みたいな剣だったよな?

 なんか前と、形が違うんですけど。



「詳しく話を聞かせてもらえるかな。ローリー」

 ジャキジャキジャキ……勇者の剣が、ふたたび変形していく。

 

 店のスペースいっぱいに広がるように、網の目のように。ジャキジャキと(ハサミ)が開くような音を立てて、幾何学(きかがく)模様に広がる。


 ジャケットがほどけていく。

 剣が、ジャケットに化けていた???


 広く、広く―――ブラインドカーテンの1枚1枚のような、薄さ、鋭さ。


 細く細く伸びる剣のカーテン(・・・・)にふれたテーブルが、照明が、椅子が、床が、マーガリンのように切れていく。

 まるで刃の竹林。

 さっと()でられた瞬間、切れていく。



 ふたたび、べしゃんと尻もちをつくローリー。

「あひゃ、あひゃ、あひゃ……」

 ひいひいと後ずさる。

 逃げられない―――


 右手の " 腕覆(うでおお)い " だけはそのまま、(ヒジ)から無数のカッターを振り伸ばし、近づいてくる。

 まるで化物……


「ローリー、いいこと教えてあげるよ。バーベキューファイアなら、いまこの店を出たばかりだよ。電話して呼び戻せばいい」


 失神寸前のローリーに肉薄する。


「い、いや……さ、さっきも言ったろ。電話がつながらねえんだ。何度呼び出しても……ちょっと待ってくれ。アンタ、本当にトラブリックか!?」

 

 

 笑う。

 にっこりと笑う勇者。

「大丈夫、もう一度電話してごらん。たぶん(つな)がるよ。いまごろSIMカードを入れ替えてるはずから」


「いや、アンタはトラブリックなんだよな? なあ!? お前はなんなんだ(・・・・・)よ!?」

 死にもの(ぐる)いのローリー。

 


 勇者は―――


「ああ、自己紹介がまだだったね。僕はシルフィード。シルフィード・ウィンドナイトだ」


 名乗る。

 そして、右腕に形成される剣の名も告げた。

「この剣の名前は……いや、ジャケットの名前は【 勇者 】っていうんだ」

 

 うつろな目で、つぶやく。

 つぶやく。



挿絵(By みてみん)

 


 右ひじを覆うアイテム!

 形状は剣!

 ノルマは1945回、戦争を終結させること!

 能力は、繊維(せんい)状にほどけること!

 

 アイテムの名前は……ふざけんなよ、マジに。


「バーベキューファイアを呼び戻してくれ、いますぐに。あ……ヤバイ」


 くりかえし要求を突きつける勇者……じゃない。勇者はアイテムのほうで、こいつはシルフィードだっけ?

 なにかを思いついたようにシルフィードは立ち上がり、天井を見上げると―――


「歌いたくなってきた……」


 


 

 さて中途半端ではあるが、勇者のエピソードは、ここでいったん区切らせてもらう。

 

 なぜメインになるべき " 井氷鹿(イヒカ) " の話を置いといて、さきに勇者……いや、シルフィードを紹介したか、お分かりだろうか?


 ご理解いただきたかったからだ。

 やってくる悪夢に順番などないと。

 


 ふざけんなよ、マジに。



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終身刑の魔女より

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いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



ぜひ、応援よろしくお願いします。
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