第117話 「マスト キル」
「グアナ党。サントラクタ半島の、4か国分離を声明にしているテログループさ。って、トボけなくていいよ。警察機能の落ちこんだ都市に潜伏するのは、彼らのいつもの手だしね」
雄弁に語る勇者。
「で、この店がアジトのひとつだろ? 君もグアナ党のメンバーかい? こないだの爆弾テロの首謀者も、今夜来るのかな?」
トランプに興じていた女たちが、いつの間にか全員こちらを見ている。いまにも刺し殺してきそうな目で。
バーテンダーも同じ目を向けていた。
その手にはアイスピック―――
「話にならねえ、悪酔いしてんのか? そのテロリストが、なんでこの店で集会すると思うんだ?」
「しらばっくれなくてもいいよ。こっちも、なんの情報もなしに来たわけじゃない。後ろの彼女たちは、グアナ党幹部たちの女かな?」
にこにこと笑いを浮かべたままの勇者。
カラカラカラ……グラスの氷が音を立てる。
と―――
「ナメてんじゃねえデスよ、こんのクソアマがデスよ」
背後から、ムチャクチャな発音の女の声。
グリーン。
目が覚めるような緑色の髪の女が、勇者のとなりにドカッと座った。その顔たるや、イレズミだらけ……やたらと面積の少ない、穴だらけのボンテージを着ている。
なんちゅう特徴だらけの女だ。
「メスイヌめ。余計なことにケツをつっこむとどうなるか、教えてやるデスよ」
ジャキン……女が勇者に銃を向けた。
細い体に似合わない、とてつもなくゴツい銃。
「これは失礼。君がボスの女? どこの部族だい?」
勇者はまったく動じない。
「なんていうか……僕はメスでもイヌでもないよ。そんなんで不法滞在がよくバレないね」
女の表情がゆがむ。
「なんで、ミーが移民だとわかったデスか!? パパたちが来る前に殺してやんデスよ、ドロボウネコめ」
パパたちが来るとか言う女。
自供―――
「黙ってろキャロル! 頼むから黙れ!」
叫ぶバーテンダー。
いつの間にやら、ほかの女たちも勇者に銃を向けていた。
それでも動じない勇者。
ゆっくりゆっくり、最後までグラスの酒を飲みくだし……カタン。グラスをカウンターにそっと置いた。
「パパね……それ、だまされてるよ。現地妻を作って内部工作をするのは、グアナ党の手口デスよ」
勇者は、きわめて優しく語りかける。
真剣に女を諭しているのか、単に煽っているのか。
バーテンダーの声が震える。
アイスピックを握る手も。
「……お前はなんなんだよ。サツじゃないよな? 連邦特捜局か? 西州保安局か?」
なんか、よくわからない組織をうたがう。
「ちがうよ……僕はどこにも属してない、ただの個人だ」
とつぜん、笑みを失う勇者の顔。つぶやくように否定し、うつろな目を浮かべて立ち上がった。
「この国を平和に導かなきゃいけないんだ……」
「おい、動くんじゃねえ!」
「なに言ってんだ、コイツ……座れ!」
口々に叫ぶ女たち。
だが、勇者は……
「僕には、使命があるんだ。1945回、戦争を終わらせなければならないんだ。だから君たちみたいな反社会団体を、この世から根こそがなきゃいけないんだ」
うつろな目。
「こーろさなくちゃ……♪」
歌う。
小さく歌う。
だが!
「こーろさ……うぐッ!」
ぐっ。
歌う勇者の口につっこまれる銃。
「黙れデスよ」
銃を押しこむイレズミ女。
ぐりぐり、ぐりぐり。銃身が半分以上、押しこまれる。
信じられないかもしれないが、この状態でも勇者はまだ歌っている。
「おーおああうひゃ、うぐっ、おーろあにゃくちゃ……うぐうぐ」
鉄を噛む音がカチャカチャと鳴る。狂気―――女の人差し指が、引き金にかかった。
「そろそろ出すデスよ。全部飲めよ、シャチョーさん」
女の射殺宣告。
死―――
次の瞬間のことは、ここに記載できない。
マンガにもできない。
勇者をのぞく、全員が死んだ。
全員バラバラになった。
もう一度。
勇者をのぞく、全員が死んだ。
血の海。
血の海だ。
天井、床、壁、真っ赤―――
「こーろさなくちゃ……♪」
返り血にまみれる勇者。
いったいなにが起こったのか?
この説明は、先の展開をお待ちいただきたい。
今日判明したことは、彼に課せられた使命。
1945回、戦争を終わらせること。
んで―――
「うわあっ!!」
悲鳴。
悲鳴がした。
店の入り口からだれかの悲鳴が聞こえた。
全身に返り血を浴びた勇者が、ゆっくりと目をやる。
笑っているわけでもない。
もう歌っていない。
生気のない目―――
吐きそうなほどの血の臭いが店内に立ちこめる。
「ひっ、ひっ……!」
ツーブロックの大男が、入口の壁に寄りかかっていた。
「な、なんなんだよ、こりゃ……!!」
とつぜん店にやってきて大騒ぎする男。いったい誰なのか―――勇者が男に近づく。
血だまりを歩くたび、びちゃびちゃと足音が響いた。
勇者の口から出た言葉は……
「君……ヒグマに似てるね。お仕事は? もしかして行政書士かい?」




