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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第14章「かけがえもないパラダイスを焼き捨てる異邦人らへ」
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第110話 「ディグアウター」


 

 新章に入ってから、あちこちシーンを入れ()えて申し訳ない。

 前回、前々回に続き、ふたたびシーンは変わる。


 ここはサントラクタの、とある公園である。

 公園といっても広さは相当なものだ。サッカーコート50面分はあるだろうか? 


 そこに立ち並ぶテント、テント、テント。

 あふれかえる人、人、人。

 テロによって住居を失った者たちが、安全地帯を求めてこの公園に身を寄せている。その数、約1000人。


 水道、ガス、電気などのインフラはもちろん存在する。だが1000人の生活を(まかな)う事なんかとてもできない。公園の設備なんだから。


 ホームレスと化し、公園で生活する老若男女……いや、ほとんどが老人だ。なかには若い者もいるにはいるが……少ない。80人弱しかいない。

 50代以下の家庭の多くは、安息をもとめて他の町に移住していった。国外へ行った者もいる。

 金もなく、頼れる親類縁者もいない者たちがここに集まっている。いまさら新天地で再出発などできない者たちの、最後の()(どころ)がこの公園だ。

 


 その公園にルディたちはいた。

 ゲート前に、教会型トレーラーは停留している。彼らがサントラクタに来て、すでに2週間がたっていた。



挿絵(By みてみん)



 朝、昼、晩、ひっきりなしに大勢の人間がやってくる。

 信じられないことに、ルディ使節団は町の人気者になっていた。避難民のだれもが、ルディを(した)(うやま)っていた。

 開放した教会で、テント民らのためにルディは祈る。


「皆さん、神はおっしゃいました。恵みは天から降っては来ない。畑に実るのだと。すなわち……」


 ガイコツ面の異様な神父になど、だれも心を開かないと思われるだろうか? 

 それがスゴイことになってんのよ。



「神父さま、聞いてください。息子は去年に退役した軍人なのですが、内戦でふたたび陸軍にもどってしまったんです」

「神父さま、聞いてください。うちの農場が、駐留軍の設営地にするために接収されてしまったんです」

「神父様、聞いてください……」

 

 みな、ルディ神父に悩みを打ち明けてくれる。

 切実な(うった)えの数々……いや、ここにいる人たちのなかに、切実でない者などいない。

 彼らの悩みのすべてが、現実問題として解決不可能なものばかりだ。がんばってどうにかなることではない。


 だから宗教なんか役にたたない。

 そんなんじゃ誰も救えない。

 ルディは、それをよく知っていた。


 ルディがこの町で始めたのは「物探し」である。


 テロによって破壊された学校、マンション、アパート、病院などなど。住民たちの財産はいま、ガレキの下敷きになっている。

 通帳や現金、あるいは金には代えられない品、あるいは家族やペットの死体……それを探し、持ち主のもとに届ける。


 穢卑面(エヒメ)によって土中だろうと " 見える " ルディには、膨大なコンクリートの下にある硬貨1枚さえ、どこにあるのかわかる。

 それを探して見つけて、掘り当てる。


 金品はもちろんだが、結構しょうもない物を探してほしいという頼みが多い。

 ぬいぐるみ。

 アルバム。

 記念メダル。

 あとは……マンガとか詩集とか。


 それは希望なんかじゃないかもしれない。でも、探してあげるとみんな喜んでくれる。泣いて喜んでくれる。

 みんな、平穏な暮らしを奪われてクタクタのはずなのに、ルディが「ここ掘れ」と言えば、死にものぐるいでガレキを掘り返す。


 補足しておくが、サントラクタに駐留する軍隊も、同じような支援活動はしている。だが彼らの活動の中心は、都心部。そこから外れる現場は後回(あとまわ)しになっていた。

 そんなのルディが許すか。


「そこだ。そこを掘ってくれたまえ。そこに埋まっているぞ」

「さあ、みんなでガレキをどかしましょう。ケガをしないように注意して」


 この2週間でルディが掘り当てた金品・宝石類は、474点。

 生存者15名。

 死体89名。

 ルディはわずか14日で、町の有名人となっていた。


 一方、別の意味で泣いている者もいる。

 


※ ※



「うおおおおおん、もう腕が上がらねえぇええ!」


 トラは泣いている。

 ここでの彼の仕事は、ルディの指示でガレキを撤去することだ。崩れたコンクリートの丘に登り、木材を、石を、レンガを撤去する。何度も(すべ)り落ちそうになりながら、必死にふんばる。

「赤の他人の財産なんか知ったこっちゃねえよぉおお!」

「もう俺を休ませてくれよォオオ!!」

 

 ……悲鳴。


 今日の現場は、内戦のあおりで半壊したレストラン。もちろん営業などしていない。オーナーである老人の頼みで、ルディとトラはやってきた。

 ()えた老人は、心配そうにルディにたずねる。


「ああ、神父さま。ポワル(・・・)は本当に見つかるでしょうか……」


 老人は、いまや解体現場のようにメチャクチャになった自分の店を、泣きそうな表情で眺めていた。

 そんな彼にルディは、やさしく答えるのみ。


「もちろんですよ。私の弟子を信用なさってください」


「誰が弟子やねん―――!!」

 トラは叫ぶ。

 無理もない、肉体作業をしているのはトラのみ。ルディは指示するだけ。 


 1メートルほどの高さに重なったガレキに登るトラ。フラフラの彼に、容赦(ようしゃ)なくルディの命令が飛ぶ。


「トラくん。ひっくり返ってるテーブルをどかしたまえ。ああ、そんなに激しく動いてはいかん。で、その下の食器棚をどかしなさい」

「ハア、ハア! ちょ……ちょっと待て! こんなデカい棚、持てるわけねーだろ!」


「君なら大丈夫だ。さあ、私を信じて」

「悪魔か、てめえは!」

 

 まるで海兵の訓練……だがルディに逆らえるはずもなく、必死に食器棚を持ち上げるトラ。

「うるぁああああああ……お、重い……!!」

 腕力の限界、いや負けるものか!

 棚の下にもぐりこみ、重量挙げのごとく全力をふりしぼる。


 と―――



挿絵(By みてみん)



「はぁ、はぁ……アッ! 見つかったぞ……ちょっと待て!」

 叫ぶトラ。

「なんじゃこりゃ!? フライパンじゃねえか!!」

 

「なに! あったのか。み、見せてくれ!」

 聞くなり老人は、必死の様子でガレキを登った。何度も何度もつまづきそうになりながら、必死に、必死に。

「いま行くぞ、ポワル!」

 ガレキ山を登るなり、老人は信じられない早さで、トラの足元にもぐりこんだ。


「あっ、じいさん! 邪魔だコラァ!」

 いまだに食器棚を持ち上げたままのトラ。もはや腕は限界……しかし足元に老人がいる。手を離せない。食器棚を下ろせない!

「ぬええええい! どっか行けジジイ、潰されてえのか!!」

 

 老人は聞いちゃいない。

 グシャグシャにひしゃげてしまったフライパンを、うずくまって抱きしめる。

「うおおお! ぶ、無事じゃったか。50年、毎日料理を続けたワシの誇り。ワ、ワシの生きた証よ……」

 土ぼこりにまみれた、老人の宝物。

 愛おしそうに人生の相棒……フライパンを抱く。


 頭上からは、ぺしゃんこになりそうなトラの絶叫。

「ジジイ、生き埋めになりてーのか!!」


 

 それから5分後、老人はようやくガレキの山から()い出た。直後、トラは手を(すべ)らせて食器棚に潰された。



 さらに5分後―――



「ぶっ殺すぞジジイ! なにがポワルだ、フライパンに名前なんかつけてんじゃねえ!」


 自力で棚の下から出てきたトラ。

 ボロボロになってなお、老人を怒鳴りつける。

「こんなボロフライパンがてめえの人生かよ! 新しいの買やいいだろ!」


「やかましい! これはワシが墓まで持っていくんじゃ! (バチ)当たりなことぬかすと許さんぞ!」

「だったら掘り返すことねーだろ! てめえがフライパンと一緒に埋まってろよ! ああああああ!」


 どなり返す老人。

 またどなり返すトラ。たちまちケンカになる。

 

 やっと仲裁(ちゅうさい)に入るルディ。

「そこまでになさい。見つかってよかったですね。パッパカトルトレ・ニャンニャンさん」

 


 老人はパッパカトルトレ・ニャンニャンと言う名前らしい。くしゃくしゃに顔をほころばせた。


「おお神父様。見つかりました、見つかりましたよ。わ、私はもう死のうと、死にたいと毎日願っていたのです。それが……ハハ。ふ、不思議ですわい。いまは……う、ううう!」

 泣き崩れるパッパカトルト……なんとかさん。


「ジジイ、実際に掘り起こしたのは俺だぞ! オレに感謝しろや!」

 当然の主張、しかし誰も聞いていない。

 あきらめずトラは訴える。

「ルディ、もう勘弁してくれよ。毎日毎日、穴掘りしてはガラクタ発掘だ! お、俺は今まさに生きてんのがイヤなんだよ! おおおおん!」

 


 ルディは、トラに厳しく命じる。

「トラブリックくん、何度言わせるのかね。私のことは " 先生 " と呼びたまえ。町の人の財産をガラクタと呼ぶことも許さん」


「クソガキめ、少しは神父様を見習ったらどうだ! なんだその長靴は!」

 ルディの尻馬に乗るパッパカトルトなんとかさん。

 いい気な年寄りだ。


「調子乗んなジジイ、そのフライパンよこせ! てめえをパエリアにしてやる! うおおおおん、ステフ! うおおおん、オーナー!」

 ブチ切れるトラ。

 泣きながら、ここにいない女たちの名を叫んだ。





 さて、フォックスはどこにいるのだろうか?

 ステフは?

 次回は、彼女たちのほうにスポットをあてよう。


 彼女たちのエピソードから、ストーリーは急転直下する。


 そして以降の物語は「呪いの真の恐ろしさ」を知る勇気のある者しか、読んではならない。





挿絵(By みてみん)



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終身刑の魔女より

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いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



ぜひ、応援よろしくお願いします。
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