第110話 「ディグアウター」
新章に入ってから、あちこちシーンを入れ替えて申し訳ない。
前回、前々回に続き、ふたたびシーンは変わる。
ここはサントラクタの、とある公園である。
公園といっても広さは相当なものだ。サッカーコート50面分はあるだろうか?
そこに立ち並ぶテント、テント、テント。
あふれかえる人、人、人。
テロによって住居を失った者たちが、安全地帯を求めてこの公園に身を寄せている。その数、約1000人。
水道、ガス、電気などのインフラはもちろん存在する。だが1000人の生活を賄う事なんかとてもできない。公園の設備なんだから。
ホームレスと化し、公園で生活する老若男女……いや、ほとんどが老人だ。なかには若い者もいるにはいるが……少ない。80人弱しかいない。
50代以下の家庭の多くは、安息をもとめて他の町に移住していった。国外へ行った者もいる。
金もなく、頼れる親類縁者もいない者たちがここに集まっている。いまさら新天地で再出発などできない者たちの、最後の拠り所がこの公園だ。
その公園にルディたちはいた。
ゲート前に、教会型トレーラーは停留している。彼らがサントラクタに来て、すでに2週間がたっていた。
朝、昼、晩、ひっきりなしに大勢の人間がやってくる。
信じられないことに、ルディ使節団は町の人気者になっていた。避難民のだれもが、ルディを慕い敬っていた。
開放した教会で、テント民らのためにルディは祈る。
「皆さん、神はおっしゃいました。恵みは天から降っては来ない。畑に実るのだと。すなわち……」
ガイコツ面の異様な神父になど、だれも心を開かないと思われるだろうか?
それがスゴイことになってんのよ。
「神父さま、聞いてください。息子は去年に退役した軍人なのですが、内戦でふたたび陸軍にもどってしまったんです」
「神父さま、聞いてください。うちの農場が、駐留軍の設営地にするために接収されてしまったんです」
「神父様、聞いてください……」
みな、ルディ神父に悩みを打ち明けてくれる。
切実な訴えの数々……いや、ここにいる人たちのなかに、切実でない者などいない。
彼らの悩みのすべてが、現実問題として解決不可能なものばかりだ。がんばってどうにかなることではない。
だから宗教なんか役にたたない。
そんなんじゃ誰も救えない。
ルディは、それをよく知っていた。
ルディがこの町で始めたのは「物探し」である。
テロによって破壊された学校、マンション、アパート、病院などなど。住民たちの財産はいま、ガレキの下敷きになっている。
通帳や現金、あるいは金には代えられない品、あるいは家族やペットの死体……それを探し、持ち主のもとに届ける。
穢卑面によって土中だろうと " 見える " ルディには、膨大なコンクリートの下にある硬貨1枚さえ、どこにあるのかわかる。
それを探して見つけて、掘り当てる。
金品はもちろんだが、結構しょうもない物を探してほしいという頼みが多い。
ぬいぐるみ。
アルバム。
記念メダル。
あとは……マンガとか詩集とか。
それは希望なんかじゃないかもしれない。でも、探してあげるとみんな喜んでくれる。泣いて喜んでくれる。
みんな、平穏な暮らしを奪われてクタクタのはずなのに、ルディが「ここ掘れ」と言えば、死にものぐるいでガレキを掘り返す。
補足しておくが、サントラクタに駐留する軍隊も、同じような支援活動はしている。だが彼らの活動の中心は、都心部。そこから外れる現場は後回しになっていた。
そんなのルディが許すか。
「そこだ。そこを掘ってくれたまえ。そこに埋まっているぞ」
「さあ、みんなでガレキをどかしましょう。ケガをしないように注意して」
この2週間でルディが掘り当てた金品・宝石類は、474点。
生存者15名。
死体89名。
ルディはわずか14日で、町の有名人となっていた。
一方、別の意味で泣いている者もいる。
※ ※
「うおおおおおん、もう腕が上がらねえぇええ!」
トラは泣いている。
ここでの彼の仕事は、ルディの指示でガレキを撤去することだ。崩れたコンクリートの丘に登り、木材を、石を、レンガを撤去する。何度も滑り落ちそうになりながら、必死にふんばる。
「赤の他人の財産なんか知ったこっちゃねえよぉおお!」
「もう俺を休ませてくれよォオオ!!」
……悲鳴。
今日の現場は、内戦のあおりで半壊したレストラン。もちろん営業などしていない。オーナーである老人の頼みで、ルディとトラはやってきた。
肥えた老人は、心配そうにルディにたずねる。
「ああ、神父さま。ポワルは本当に見つかるでしょうか……」
老人は、いまや解体現場のようにメチャクチャになった自分の店を、泣きそうな表情で眺めていた。
そんな彼にルディは、やさしく答えるのみ。
「もちろんですよ。私の弟子を信用なさってください」
「誰が弟子やねん―――!!」
トラは叫ぶ。
無理もない、肉体作業をしているのはトラのみ。ルディは指示するだけ。
1メートルほどの高さに重なったガレキに登るトラ。フラフラの彼に、容赦なくルディの命令が飛ぶ。
「トラくん。ひっくり返ってるテーブルをどかしたまえ。ああ、そんなに激しく動いてはいかん。で、その下の食器棚をどかしなさい」
「ハア、ハア! ちょ……ちょっと待て! こんなデカい棚、持てるわけねーだろ!」
「君なら大丈夫だ。さあ、私を信じて」
「悪魔か、てめえは!」
まるで海兵の訓練……だがルディに逆らえるはずもなく、必死に食器棚を持ち上げるトラ。
「うるぁああああああ……お、重い……!!」
腕力の限界、いや負けるものか!
棚の下にもぐりこみ、重量挙げのごとく全力をふりしぼる。
と―――
「はぁ、はぁ……アッ! 見つかったぞ……ちょっと待て!」
叫ぶトラ。
「なんじゃこりゃ!? フライパンじゃねえか!!」
「なに! あったのか。み、見せてくれ!」
聞くなり老人は、必死の様子でガレキを登った。何度も何度もつまづきそうになりながら、必死に、必死に。
「いま行くぞ、ポワル!」
ガレキ山を登るなり、老人は信じられない早さで、トラの足元にもぐりこんだ。
「あっ、じいさん! 邪魔だコラァ!」
いまだに食器棚を持ち上げたままのトラ。もはや腕は限界……しかし足元に老人がいる。手を離せない。食器棚を下ろせない!
「ぬええええい! どっか行けジジイ、潰されてえのか!!」
老人は聞いちゃいない。
グシャグシャにひしゃげてしまったフライパンを、うずくまって抱きしめる。
「うおおお! ぶ、無事じゃったか。50年、毎日料理を続けたワシの誇り。ワ、ワシの生きた証よ……」
土ぼこりにまみれた、老人の宝物。
愛おしそうに人生の相棒……フライパンを抱く。
頭上からは、ぺしゃんこになりそうなトラの絶叫。
「ジジイ、生き埋めになりてーのか!!」
それから5分後、老人はようやくガレキの山から這い出た。直後、トラは手を滑らせて食器棚に潰された。
さらに5分後―――
「ぶっ殺すぞジジイ! なにがポワルだ、フライパンに名前なんかつけてんじゃねえ!」
自力で棚の下から出てきたトラ。
ボロボロになってなお、老人を怒鳴りつける。
「こんなボロフライパンがてめえの人生かよ! 新しいの買やいいだろ!」
「やかましい! これはワシが墓まで持っていくんじゃ! 罰当たりなことぬかすと許さんぞ!」
「だったら掘り返すことねーだろ! てめえがフライパンと一緒に埋まってろよ! ああああああ!」
どなり返す老人。
またどなり返すトラ。たちまちケンカになる。
やっと仲裁に入るルディ。
「そこまでになさい。見つかってよかったですね。パッパカトルトレ・ニャンニャンさん」
老人はパッパカトルトレ・ニャンニャンと言う名前らしい。くしゃくしゃに顔をほころばせた。
「おお神父様。見つかりました、見つかりましたよ。わ、私はもう死のうと、死にたいと毎日願っていたのです。それが……ハハ。ふ、不思議ですわい。いまは……う、ううう!」
泣き崩れるパッパカトルト……なんとかさん。
「ジジイ、実際に掘り起こしたのは俺だぞ! オレに感謝しろや!」
当然の主張、しかし誰も聞いていない。
あきらめずトラは訴える。
「ルディ、もう勘弁してくれよ。毎日毎日、穴掘りしてはガラクタ発掘だ! お、俺は今まさに生きてんのがイヤなんだよ! おおおおん!」
ルディは、トラに厳しく命じる。
「トラブリックくん、何度言わせるのかね。私のことは " 先生 " と呼びたまえ。町の人の財産をガラクタと呼ぶことも許さん」
「クソガキめ、少しは神父様を見習ったらどうだ! なんだその長靴は!」
ルディの尻馬に乗るパッパカトルトなんとかさん。
いい気な年寄りだ。
「調子乗んなジジイ、そのフライパンよこせ! てめえをパエリアにしてやる! うおおおおん、ステフ! うおおおん、オーナー!」
ブチ切れるトラ。
泣きながら、ここにいない女たちの名を叫んだ。
さて、フォックスはどこにいるのだろうか?
ステフは?
次回は、彼女たちのほうにスポットをあてよう。
彼女たちのエピソードから、ストーリーは急転直下する。
そして以降の物語は「呪いの真の恐ろしさ」を知る勇気のある者しか、読んではならない。




