第105話 「イザベッラ」
じゃ、トラ、フォックス、ルディの物語へ戻ろうか?
はい戻ってきました。
ここは礼拝堂―――礼拝堂に、声が響く。
「お届けにあがりましたー!」
ピザチェーン店「シンフォニア・デブ」のデリバリーのお兄さんが、愛想よくしゃべる声が響く。
「あ、ここにサインお願いします神父さま。えーと、22,000ナラーお預かりしましたんで、お返しが4ナラーです」
「……ありがとう」
お釣りのアルミ硬貨4枚と、レシートを受け取るルディ。チャリチャリと無造作にポケット突っこんだ。
お兄さんは「毎度ありがとうございます」と言って、乗ってきた配送車で帰っていった。どうでもいいが、店名にふさわしくない、じつに痩せた配達員であった。
簡易テーブルに並べられる、3種のパスタ、3種のサラダ、8種のフライ、クワトロピザ8枚。ホットサンド4種、ドリンク6本。
すべてLサイズ。
礼拝堂がニンニクのにおいに包まれる。
「ガツガツ、もぐもぐ、ずるずる。この照り焼きソーセージサンド、美味いスよ。もぐもぐ」
「はぐはぐ、パリパリ、もくもく。あっ、これクリームアップルピザだ。最後に食べようと思ってたのにミスった。バクバク」
召しあがれとか言われるより前に、ガッツガツ食べだすトラとフォックス。
丸2日ぶりの食事―――
「酒が欲しいスね」
「酒が欲しいな、もぐもぐ」
厚かましい。
そんな2人の食べっぷりを、ルディはテーブルの向かいに座ってじっと見ている。まるで観察―――ガイコツの仮面でのぞきこんでいる。
「……もぐもぐ」
「……あの、ちょっと……ルディ?」
「なにかね?」
「気になってしょうがねえ。そんな見ないでくれ」
「アンタの奢りなんだ。アンタも食えよ……食えるんだよな? その仮面は」
ルディにも食べるように勧める。
食べれるんだよね?
「……いただこう」
オニオンパウダーをまぶしたカリカリのベーコンをつまみ、ドクロの口元へ運ぶルディ。
ガパッ。
左右に開くガイコツ面の口。
ルディ自身の口内がのぞく。
「……」
「……」
ガン見する、トラとフォックス。
「パリパリパリ……うん、はじめて食べたが美味いな。シスターたちが食べているのは、しょっちゅう見ていたのだがね……ちょっと待ってくれ。君たちのほうこそ、そんなに見られると食べにくいじゃないか」
「見るっつーの」
「よく出来てるなあ……」
感心する2人。
穢卑面の口はふたたび閉じたが、ルディの顎はもぐもぐと動いている。
「むぐむぐ……ふふ、いいね。人と食事をするのはいい。私の次男と長女は、生きていたら君たちくらいの歳だったかな……」
さみしそうに、懐かしそうに、ルディがつぶやく。
「生きていたらって……ああ、悪い。アルベル事件でってことか」
複雑な顔のフォックス。
「え……こ、子供いたの? たしか神父って結婚しちゃいけないんじゃなかったっけ? 隠し子?」
驚いた顔のトラ。
さすがコイツは教会のことに詳しい。
「カリカリ、パリパリ」
ベーコンを食べるルディ。答えない。
「いやルディ、子供……言いたくないの?」
「そろそろアンタ自身のことも聞かせてよ。そうでなきゃ、ワケが分かんねえよ」
「……」
また沈黙。
10秒、12秒―――
「私の……私の人生は……幸福だったと思う。聞いてくれるかね」
うかがいましょう。
ルディの半生記の、はじまりはじまり。
※ ※
「まず、私の人生が変わったのは10歳のときだ。実家の近くに教会があってね。そこには、絶対に立ち入ってはいけないと言われた地下室があった」
「私は好奇心からそこに入ってしまったのだよ。そこに封印されていたのが、この “ 咲き銛 ” だ」
トゲだらけの胸甲に手を触れる。
『懐かしいですね。あれからもう42年になるのですか』
低い低い、咲き銛の声。
「あの時は絶望したよ。 “ 666人を殺せ、それまでは決して外れない ” と、コイツに言われてね。そうか、もう42年もたつのか……」
しみじみ。
『コイツ呼ばわりはひどいですよ、神父』
文句を言う咲き銛。
「……」
ぽかんと口を開くトラ。
「666人って、それがノルマかよ。いったいアンタ、どんくらい殺したんだ?」
数秒、黙りこんで答えるルディ。
「レインショットで661人だよ。全員が、アルベル事件の犯人グループだ。だが私はもう、人を殺すことはあるまい。はは……あとほんの少しなんだけどね。私はもう、人を殺すことはあるまい」
「おっと、話が前後したね。呪いにかかって私は、ずっと咲き銛に語って聞かせた」
「 “ 僕は絶対に、人を殺したりなんかしない。だから、一生呪いにかかったままで構わない。もしお前が勝手に人を殺したら、すぐさまお前を封印してやる ” とね」
「はあ!? ちょ、ちょっと待ってよ!」
スっ頓狂な声を上げるトラ。
「なにかね?」
「封印って? どうやって?」
肩をすくめるルディ。
「……もしかして知らないのかね? 簡単だよ。呪いにかかった人間が、密室で死ねばいい。そうすれば、鎧は部屋から出られなくなってしまうんだ。当時の私はそれこそ、命と引き換えに、咲き銛を再封印することだけを考えていたよ」
『あれには参りましたよ、神父。あなたは毎日、医学書を抱えて、教会の地下室にこもっていましたね。苦しまずに死ねる方法を医学書で調べていましたね……ついに私が根負けしたのが、神父が14歳のときでしたか』
あっさり言いやがる。
ボーゼンとするトラ。
「……」
「フン、やっぱしな。封印の方法はうすうす予想してたよ」
特に驚かないフォックス。
「10歳でよくそんなこと決断するな。そういやトラ、お前も教会で呪われたんだっけ?」
「ええ……マジに奇遇だなルディ。俺が呪われたのも教会で、10歳のときだったぜ。なんか物置みたいな小屋ん中で」
なんか急に親近感。
「トラくんの長靴もかね。それはすなわち、前の持ち主がその小屋で死んだことを意味する。むろん、呪いにかかったままね」
少しだけルディの声の調子が変わる。
「いかん、また話が前後しているな。とにかく私は、ただの一度も咲き銛を使うことなく10代を過ごした。で、毎日のように教会に通っていたら、父が勝手に神学校に入学願書を出していたんだ。16の時だ」
「そこで私はイザベッラに……妻だ。イザベッラに出会った」
「さっきトラくんが言ったとおりだ。神父になるものは妻帯が出来ない。いや、実は学校を出て、いちどは神父になったんだがね。父が病気になって家業を継がなければならず、神職を辞したんだ。あれは……いくつのときだったかな?」
『あなたが25歳のときですよ。あなたは父上の事業を継がれて半年もせずに、イザベッラに求婚されたじゃありませんか』
思い出話を捕捉する咲き銛。
……さすが10歳からずっと一緒に過ごしているだけある。
「やるねえ、ルディ」
「へえ、神父って辞めれんだ。知らんかった」
のめりこんで聞いているトラ。
煙草に火をつけるフォックス。
「まあ、それからいろいろあって子供も3人できてね。で……ここからは思い出したくもないのだが……アルベル事件が起こった」
「たまたま会社の関係者から、ワールドベースボールの観戦チケットをもらったんだ。忙しさにかまけて妻にも子供たちにも、ろくに出かける機会を作ってやれなかったんでね。みんなは喜んでくれたさ……行くんじゃなかったよ。行くんじゃなかった」
「6回の表に、突然スタジアムのあちこちで爆発が起こってね。花火のように、火の玉が何万発も飛んできた。同時に球場が、白煙に包まれて大混乱になったんだ。なにも見えなかったよ。人の波に押し流されて、家族はみな圧死した」
「その日から私の復讐が始まった。あとは……さっき言った通りだ」
おしまい。
「……」
なにも言えないトラ。
押し黙る……いや、ルディをまともに見ることさえできない。
フォックスが沈黙を破ってたずねる。
「ルディ……祭壇に、蝋燭10本あるんだけど。10人分の慰霊ってことだよな? 家族のほかに、だれか殺されたのか?」
ゆらゆらと室内を揺らす蝋燭の炎。
フォックスの言うとおり、祭壇には10本の蝋燭が灯されている。
死者を鎮魂するための蝋燭が、3人を照らす。
「すべて家族のだよ。妻と長男、次男、長女……それに祖母、父、母、姉、義兄、姪だ」
!!!!!!!!
「……家族って、家族全員かよ!」
「まさか、全員アルベル事件で!?」
凍りつく2人。
「ふ―――む……」
ルディは椅子に座ったまま、長い髪を震わせるほどの深呼吸をして―――続きを語りだした。
ヘビーだろ? まだつづくぜ。




