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光る闇  作者: よし
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6年前の春。

高校を卒業し就職も進学もせずフリーターとなった僕は目標と呼べるものもなくただ無意味な毎日を繰り返しているだけだった。

週末に気の知れた友人と集まるのが唯一の楽しみだった。

小学生の頃からの友人のユウとカズマ。

中学生の頃からの友人のコウヘイ、シン。

中学生の頃は同級生程度の仲だったが同じ高校に通っていて仲良くなったマサト。

僕以外の5人は面識は無かったが皆僕を通して仲良くなった。

僕を含めたこの6人がお決まりのメンバーだった。

高校の頃はほぼ毎週末集まって外が明るくなるまでくだらない話で盛り上がったりしていた。

カラオケやボーリングなどもよくしていた。


だが、僕以外の友人は全員進学していた。

そこだけがみんなとすこし違っていたのだがあまり気にはしていなかった。

高校卒業後も特に変わることなく毎週末集まっていたしバカみたいに明るくなるまで騒いでいた。

こいつらとはずっと変わらずに友達でいられるというような恥ずかしいことを僕は本気で思っていた。

変わったことがあるとするなら会話の内容だろうか。

それぞれが自慢するかのように新しい学生生活、新しい友人の話をしていた。

少し複雑な気持ちはあったが、僕たち以上の関係になることはないだろうという自信もあった。

だからこそ、そんな話も笑って聞いていられた。




今思えばこの時から何かが狂い始めていたのかもしれない。




夏を迎える頃。

毎週末のように遊んでいた5人とはしばらく会っていなかった。

それぞれが新しい生活を楽しんでいるようだった。

集まる機会は激減し、全員が集まるなんてことはほとんど無くなってしまった。

みんな服装や髪型なども変わっていき僕の知っている彼らとはまるで別人のようになっていった。


ある日、久々に会ったコウヘイとカズマは見た目もだが会話の内容も全くの別物になっていた。


『この前さー、朝イチから並んで打ちに行ったのに全然出んかったわー』


『マジかー。あの店イベントの日じゃないと全然出さんからなー』


『それなー。けど、明日は新台入替あるしまた朝イチから行こかなー』


『明日入替あるんや!あの台入るんかな!?』


『20台やったかなー。他の店で打ったけど、結構おもしろかったで』


『まじかー!じゃあ俺も明日行こかな!』


『一緒に行く?整理券取るから結構早めに行くけど』


『いいよ!じゃあ何時にどこ集合にするか。。。』



会話が全く理解出来なかった。

入替?イベント?朝イチ?

知らない単語がいくつも飛び交っていて、まるで外国に来たかのような気分になった。

だが、あまりにも楽しそうに話す2人を見ているとそれが何かは分からなかったが楽しいことなのだろうということだけは理解することができた。


僕は友達が多いほうではない。

正直なところ、この5人以外に友達と呼べる人はいない。

聞こえのいい言い方をするなら狭く深く付き合う。

そういう関係性を作ることしか出来なかった。

むしろそういう関係だけを望んでいた。

僕は自分自身についてこう分析していたが、恐らく世間では社交的ではないと言うのだろう。

初対面の人に自分から話しかけるのが苦手だった。

距離感の保ち方が分からなかった。

いわゆるコミュニケーション能力というものが極端に低いのだろう。


だからこそ数少ない友人を大事にした。

失恋したカズマのために学校を休み一日中話を聞いたりもした。

マサトが別れた彼女との思い出の品を捨てる小旅行に行ったりもした。

シンの片想いの相手とのデート代を少ないバイト代から出してあげたりもした。

やはり男というものはいつの時代も見栄を張りたいものだ。


彼らがどういう風に僕のことを見ていたのかは分からないが、僕自身は友達のために出来ることなら何でもしてあげようと常に思っていた。


そんな友達思いな部分とはかけ離れた独占欲も強かった。

”こいつらは僕の友達だ”

”僕だけの友達だ”

”僕はこいつらのためなら何でも出来る”

”だからあいつらも僕のためなら何でも出来るはずだ”

ストーカーと呼ばれる人たちはこういう感情が捻じ曲がって様々な凶行に及ぶのではないだろうか。

愛情とそれに似た憎悪。

何かを一つ間違えるだけで殺意にすらなる得る危険な感情。

今思えば僕は彼らに対して友情とは少し違う感情を持っていたような気がする。


僕は1人が嫌いだった。

仲間はずれが嫌いだった。

1人になることは平気だったが1人にされるのはたまらなく苦痛だった。

だからこの時もこの会話に何とか入らなければと思った。

彼らと同じところに立って同じ景色を見ながら同じ歩幅で歩いていきたかった。


『それ何の話?』


僕のこの一言をきっかけに2人は目を輝かせながら色々なことを僕に教えてくれた。

儲かった時の話や、ダメだった時の話。

スロットあるあるやパチンコあるある。

近くのパチンコ店のイベント日や交換率。

あまりにも多くの情報を与えられたので少し混乱していた。

だが、正直どの情報もあまり頭には入らなかった。

友人の興味が自分に向いている。

話題の中心に自分がいる。

それだけで満足していた。



あまりにも興味のない顔をしていたのだろう。

一通りの情報を話し終えたカズマは

『一緒に行ってみる?』

と僕に訪ねてきた。

僕はまるでカラオケやボーリングに行くような感覚で

『行ってみようかな』と返事をした。

2人は僕の返事を聞いた途端、おもちゃを買い与えられた子供のようにはしゃぎ意気揚々と予定を決めていった。

その日は既に夜中0時を回っていたのでそのままカズマの家に泊まり翌日の朝から行くことになった。



依存者や依存予備軍の人たちによく見られる行動として

『仲間を作りたがる』

というものがあるらしい。

この時の彼らの行動はまさにこれに当てはまる。

彼らのことを悪く言うわけではない。

彼らも悪意を持って僕を誘ったわけではないのだから。

この時の僕らに問題があったとするのなら”友達”という関係を勘違いしていたことだろう。

何をするにも一緒なのが友達なんだと本気で思っていた。

道を踏み外したのなら一緒になって踏み外してやるのが友達なんだと本気で思っていた。

いつからか僕らの友情はいびつなものになっていた。


翌日、カズマがよく行っているという店に3人で向かった。

僕達が着く頃には既に20人程の人が列を作っていた。

開店までまだ1時間以上もある。

しかし、新台整理券というものを手に入れるためにはこれくらいの時間に来るのが当然だとカズマは自慢気に話した。

列に並び配布時間まで他愛もない話をしながら時間を潰した。

2人はかろうじて会話を成立させていたが、心ここに在らずといった様子でソワソワしていた。

そんな2人に影響されてか、何一つ分からない僕も少しばかり気分が盛り上がってきていた。

開店30分前になり先頭から新台整理券が配られた。

この日はパチンコ、スロット共にかなりの台数の新台が導入されるらしく2人は無事に整理券を手に入れていた。

僕もカズマに言われるがままスロットの整理券を受け取った。


開店5分前になる頃、列には100人以上の人が並びその列の周りにも人が集まってきていた。

そのほとんどの人がソワソワしていたり少しばかり殺気立っているような人もいた。


『おはようございます!!お待たせ致しました!!

只今よりオープンとさせていただきます!!』


30代半ばだろうか。

少し小太りの店員が僕たちに向かって元気よく挨拶をすると同時に他の店員によって店の扉が開けられた。

先頭から順に店内に入っていく。

店員に促され列を乱さず歩いているがほとんどの人が今にも走り出しそうな様子だ。

2人も例外なく同じ様子で僕の前を歩いている。

その雰囲気に僕は圧倒されていた。

僕とカズマはスロット、コウヘイはパチンコをするようなので店の真ん中あたりで別れた。

僕らの目的の新台は10台あり僕らが到着する頃には既に3人座っていた。

カズマは最初から座る台を決めていたらしく僕に構うことなく目的の台に座った。

急に放置されどうしたらいいか分からず混乱したが狭い通路で棒立ちするわけにもいかずカズマから少し離れた席に座った。


”BET”と書かれたボタンとレバー。

正面にはボタンが三つ並んでいる。

目の前の画面ではデモ映像のようなものが延々と流れている。

どうしたらいいか分からずカズマの方を見たが既に自分の台に夢中になっていて僕の視線にはまるで気付かない。

このまま座っているだけなのも不自然だろうと思い周りの人を観察しながら見様見真似でお金を機械に入れた。

コウヘイに『最低でも1万円は持っていた方がいい』と言われていたのでとりあえず2万円を準備していた。

とはいえ、フリーターの僕に2万円は大金だったので1万円使ったら帰ろうと2人には内緒で決めていた。

1万円を吸い込んだ機械の小さな画面に100と表示されしばらくすると細長く湾曲したレールのようなものからメダルが流れてきた。

画面を見ると表示が90に減っている。

メダルを数えながら再び周りを観察した。

お金を入れた機械の画面の下には”貸出”というボタンがある。

隣の人がそのボタンを押すとメダルが流れていた。

恐らくこのボタンを押すとメダル流れてくるのだろう。

メダルは全部で50枚ある。

ボタンを押すごとにメダルが50枚流れてきて画面に表示された数字が0になると終わりなのだろう。

ようやくメダルの準備の仕方を理解した頃には1万円を機械に入れたということは忘れていた。

少なからず僕も興奮していたのだろう。


そこからも周りの人を観察しながら初めてのスロットをした。

メダルを3枚入れレバーを下げる。

リールが回り出しボタンを押すと押したボタンに対応したリールが止まる。

黄色い絵が揃うと右下にある数字が8増え青い絵が揃うとメダルを入れずにもう一度回せる。

他にも色々な絵があるが特に意味が分からなかったのでメダルを入れレバーを下げボタンを順番に押す。

この作業を延々と繰り返した。


何度か”貸出”ボタンを押し数字は30になっていた。

特に何かが起こるわけでもなく面白さを感じれなかった僕はこの単純作業に飽き始めていた。


プチューーン。


これまで聞いたことのない音と共に画面が真っ暗になりレバーもボタンも反応しなくなった。

何が起きたのか分からず呆然としていると両隣の人達が僕の台を横目でチラチラと見ながら悔しそうな顔をしている。

しばらくすると画面ではデモムービーと似たような映像が流れリールが回り出した。

画面には赤い7図柄を揃えるようにと出ている。

しばらくリールとにらめっこをしていたので簡単に揃えることができた。

揃うと同時に大音量の音楽が流れ台全体が虹色に光りだした。

台の様子と両隣の人の様子から普通のことではないと理解できたのでカズマを呼びに席を立った。

大音量の音楽が流れる店内で普通に声をかけても聞こえるはずもないので肩を叩き彼の耳元で自分の台に起こったことを説明した。

一通り説明を聞き終えるとカズマは急いで席を立ち僕の台へと向かった。


『お前これやばいやつやって!』


地鳴りのような轟音が鳴響き続ける店内でもはっきりと聞こえる声でカズマは僕に向かって叫んだ。

イマイチ状況を理解できていない僕を席に座らせると耳元でいかにすごい当たりなのかと打ち方を説明してくれた。

興奮しながらの説明だったので内容はかなり分かりづらかったが、どうやら何万分の1の確率の当たりを引いたらしい。


どれ程すごいことなのか。

なぜあんなに興奮しているのか。

何もかもが分からなかった僕は教わった通りの打ち方で淡々と打ち続けた。

見るからに素人の僕がとんでもない当たりを引いたにも関わらず驚く様子も興奮する様子もなく淡々と打ち続けている。

知っている人にとってこんなにも不快なことはないのだろう。

しばらくして両隣の人達は納得のいかない様子で席を立った。

新台ということもあり席が空くたびに次の人が座ってきたが僕の台の様子を横目でチラチラと見ながらしばらく打つと皆席を立った。


どれくらい経ったのだろう。

席を立ち飲み物を買うついでに携帯で時間を確認した。

いつの間にか15時を回っていた。

今日は朝も昼もまともな食事を摂っていない。

だが不思議と空腹感はなかった。

席に戻ると同時に店員が僕のところに来た。

『箱の方を後ろに積ませていただいてもよろしいですか?』

台の上にはドル箱を置くスペースがあるのだが、僕の台の上には既に置くスペースが無かった。

店員の目を見ずに僕が頷くと店員はテキパキと箱を降ろして僕の席の後ろに積み上げた。

店員が去った後に後ろを確認すると”大勝利”と書かれた札がついた台車のようなものにドル箱が積み上げられていた。

その後もメダルは増え続け店員が再びドル箱を降ろしに来た頃には疲れが溜まり少しウンザリしてきていた。

結局当たりが終わったのは19時前だった。

2人は僕が打ち終えるかなり前に打ち終えたらしく、僕の席の後ろで僕が打ち終えるのを待っていた。

2人に教えてもらいながらメダルを交換し換金所へと向かった。

一体いくらくらいになるのだろう。

全く想像がつかなかったが期待感よりも疲労感のほうが強く一刻も早く帰って横になりたかった。

だが、表示された金額を見た瞬間疲労はどこかへと消え失せ全身を巡る血が急に熱くなったような感覚に襲われた。

それは僕の1ヶ月のバイト代を遥かに上回る金額だった。

1ヶ月働いてようやく稼げる金額を上回る金額をたった半日で手に入れた。


この世の全てが変わった気がした。

今まで働いてきた時間全てが無駄だった感じた。

何の苦労もせずこんなに簡単に稼ぐことが出来ることを何故自分は知らなかったんだと後悔さえした。


ギャンブル全般において”ビギナーズラック”というものは本当に存在する。

他のギャンブルはよく知らないがパチンコ、パチスロにおいては70パーセント以上の初心者が初打ちで勝っているのではないだろうか。

少なくとも僕は初打ちで負けた人の話を聞いたことがない。

店側が初心者を見抜き台を遠隔操作しているのではないかと疑ってしまうほどに初心者はよく勝つ。

この時の僕も例外なく”ビギナーズラック”を掴み取り大金を手にすることができた。


帰りに3人で牛丼屋に寄って帰った。

2人はどうやら勝つことが出来なかったらしく、朝とはまるで様子が違っていて口数も少なかった。

あまり気持ちの良い雰囲気ではなかったので手早く食事を済ませて2人と別れた

家に着いてすぐにベッドに横たわった。

色々な音が混ざり合い耳鳴りとなって僕の頭の中に鳴り響いていた。

体は疲れきっていたのですぐ眠りたかったが耳鳴りと目に焼き付いた今日の光景が眠ることを許さなかった。

横たわりながら財布を取り出し中身を確認した。

今まで手にしたことのない大金をたった半日で手にしたことに心が躍り笑いを堪えられなかった。

その日はなかなか興奮が収まらず明け方まで寝ることができなかった。


この日を境に僕はあの世界の虜となった。

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